詩人の詩   作:117

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台風、大変でしたね。
皆さまのご無事をお祈りします。


097話

 

 

 魔王殿。

 600年前に世界を制した魔王の居城であったそこは、永い年月を経た今尚その威風を失っていない。様々な学者が己が研究の為、護衛を引き連れて魔物の巣窟になっていた魔王殿を探索したのも昔の話。やがて観光名所として遠くから眺める者や、後ろ暗い者がピドナの旧市街にも住めずに逃げ込んで帰って来なくなる程度しか人目に触れる機会がなくなってしまっていた。

 だがそれも15年前に死食が起きるまで。死食が起きて真っ先に心配されたことの一つにアビスゲートの復活が存在した。ピドナにアラケスのゲートがあるというのは一般的に流布された話であり、時のピドナの支配者はすぐ傍にアビスへの入り口があると思われる現状で、それを確認しない程に楽観的でもなければ危機感がない者ではなかった。

 そこでの調査結果は、シャールはよく知っている。

 今までほんの僅かにしかいなかった魔物が有り得ない増殖を見せていたこと。当時ではそこまで脅威ではなかったがこの先どうなるかは誰にも分からず、また魔王の玉座の後ろに開かずの扉があったということ。以前からそこに扉があることは知られていたが、斧でも術でも傷つかないその不思議な扉から特に聖なる封印の気配を感じたという。

 魔王の玉座は、様々な伝説を生んだ場所だ。魔王が覇を唱え、世界中を破壊して回った時に命令を出していた場所はそこだった。また、聖王が己の寿命を悟りその魔王の玉座に腰かけて静かにこの世を去った場所でもあるという。その背後にあるこの扉こそアラケスのゲートに続いているのではないかと噂されたが、確証はなかった。こじ開けて侵入する事は不可能であり、周囲から入ろうとしても同じような材質と封印でやはり入れない。しかも封じられたその空間が部屋1つ分程度というのもそこにゲートがあるというのに否定的な見方をするのに十分なものであった。伝承にある聖王とアラケスの戦いはそんな狭い範囲で行われるようなものではないからだ。

 では他にゲートらしき場所があるかというと、魔王殿をくまなく探してもそれらしい場所はない。封印が施された場所に何か手掛かりがあるかも知れず、以降封印を解除するよう調査が必要だと、そう締め括り報告は終わっている。そしてそれ以降の調査が為される事はなかった。死食による混乱により、人々同士の争いで封印を解除するどころの話ではなくなってしまったからだ。

 そして今現在、魔王殿へ侵入を果たそうとしている6人は、ここにアラケスのゲートがないと思っているのだろうか?

 エレンとタチアナ、詩人は否だ。聖王と共に生きた詩人がした説明で納得しない訳がない。封印の先にはいわば空間を折り返すような、魔王殿の裏側とでも云えるような場所へ繋がる転移装置があるのだという。その封印を解除する指輪をナジュ王国に託した辺り、聖王はカムシーンを伝承する彼らこそアラケスを倒すに相応しいと思っていたのかも知れないが。その王国は神王教団によって滅ぼされて、封印の鍵が教団内部に居たアビスに魅入られた者に渡ってしまったのは皮肉としか言いようがない。

 ユリアンはここにアラケスのゲートがあるかどうかについて、どうでもいいと思っている。大事なのはサラをジャッカルから助け出す事である。がしかし、アラケスと戦う可能性があるということは頭の隅に置いてある。

 カタリナも狙いはゲートではない。サラでさえもある意味おまけであり、最優先するべきはマスカレイドの奪還と強奪犯であるジャッカルの始末である。その次に世話になったサラの救出があり、可能ならロアーヌと世界の為にゲートを閉じるのに協力するのにやぶさかではないといった程度だ。

 シャールに関しては調査報告を読んでいるというのもあり、アラケスのゲートが魔王殿にあるというのはやや懐疑的だった。ゲートがどういったものか完全に理解している存在を知らない以上、アラケスのゲートは全く別の場所で開いている可能性さえある。とにかく彼の目標も主君の娘であるミューズを害するジャッカルやルードヴィッヒの排除であり、サラの救出やゲートを閉じる事はおまけといっていいだろう。ピドナで身を立てた以上、カタリナよりかは危機感は強い程度。

 たとえサラが宿命の子であったとして、ゲートに至るまでにジャッカルを仕留めればいい。そういった考えが前提であり、それは共通しているのは間違いない。

 しかしながら詩人は間に合わないであろうことを、どこかで感じ取っていた。神王の塔で入手した聖王の指輪が偽物であった瞬間より考えていた最悪の可能性。それが成立しつつある事に運命的な悪意を考えずにはいられない。そんな詩人の顔色は、悪い。

「詩人」

 そんな詩人に気が付いたのはカタリナ。エレンは愛しい妹の危機に奮起して先頭を走っており、普段はエレンにフォローされる立場のタチアナがエレンをフォローするように気を配っている。ユリアンとシャールは共にそんな女性2人と連携を上手くとれるような立ち位置を保持していた。

 詩人は一歩下がった場所で弓を携えるという、マクシムスの秘密基地からのフォーメーションのままだったが。ジャッカルとの闘いまでにふと空いた時間に仲間たちを見渡したカタリナにそのおかしい様子を見咎められたという訳だ。

「どうかしましたか? 顔色が良くないようですが」

「カタリナ。愚問だが聞かせてくれ」

 思ったよりもしっかりした口調。思ったよりも厳しい声色。それにやや困惑しながら、カタリナは詩人の問いを待つ。

「お前はマスカレイドの為にミカエルやモニカを殺せるか?」

「まさか。マスカレイドはロアーヌの血筋を守る為にあるもの。マスカレイドの為にミカエル様やモニカ様を害するなどあり得ません」

「ならばユリアンならば?」

「殺します」

 即答だった。

「確かにユリアンは忠臣でしょう、ロアーヌを支える人材として申し分ない。

 だがしかし、マスカレイドと比べるならば私はマスカレイドを取ります。それが嫌ならばユリアンは私に抗えばいい」

「…………」

「マスカレイドとユリアンを天秤にかける、そんな事があるとは思いませんが。この程度の覚悟を問われるとは不思議です。貴方もその程度は分かっていると思いましたが」

「ああ、単なる例えだ。ではもう一つ、もしもユリアンとモニカの間の子ならば?」

 

 沈黙。

 

「………………………は?」

「答えは?」

「いや、前提が有り得ない、としか」

 ユリアンとモニカの間に子供が? 平民と貴族が結婚できる訳もなし、ユリアンが血迷ってモニカを襲うようなこともないと信じている。

 カタリナの中ではこの二人が結びつくという可能性が全く存在していない。

 何を聞いているのかさっぱり分からないという風情のカタリナに、詩人はそういえばこの女騎士はその事実を知らなかったなと説明する。

「ユリアンはモニカ護衛の功と、四魔貴族のアウナスとビューネイを撃破した功を合わせて男爵に任じられた。また、その後にされたモニカの求愛に応えもしたな」

「――ミカエル様は、それを?」

「知っている、というかその場にいた。つまりユリアンは現在、ミカエル公認のモニカの婚約者という訳だな」

 呆然。

 そんなカタリナにちょっと失敗したかと思う詩人。別に隠すことではないが、このタイミングで伝えることでもなかったなと。

「大丈夫か?」

「え、ええ! 私は元気です!!」

 ちょっと的を外した返事をする辺り、カタリナの動揺がうかがえる。

 だがそれも短時間で抑えつけ、カタリナは己を取り戻した。

「見苦しいところをお見せしました。しかし、モニカ様の子とマスカレイドですか…。

 状況次第としか言えませんね。マスカレイドはロアーヌ候の奥方が持つべき、ロアーヌの血筋を守る為の聖王遺物。ミカエル様が奥方を娶り、正統な後継者をおつくりになるのならば。それ以外は必要とあれば切り捨てます。

 しかしモニカ様にロアーヌの血筋を託すというのならば、ロアーヌの正嫡はその御子です。ならば何があってもマスカレイドとその持ち手は主君を守り通すでしょう」

「……そうか」

 見定めるものを見定め、冷静にしっかりと為すべきことを為すだけだというカタリナに詩人は憧憬を覚える。

 彼は悩んだのだから。目的の為には必要でも、それは詩人にとっては切りたくないモノなのだから。しかし答えは決まっている、復讐を――四魔貴族を追い詰めないなんてことはできないのだ。そんなこと、300年前に決めた筈なのに、目の前に再び現れればこうも心が揺らぐ。

 答えは変わらない。切ると、そう決意はした。だが、どうしてこうも、哀しくなるのだろう?

 その時になって泣き叫ぶ訳にはいかない。せめて心を決めた後のこの猶予期間だけは、未だ切っていない僅かな時間を嘆く事に詩人は費やしたかった。

 そんな詩人を嘲笑うかのように、魔王殿の入り口に辿り着いてしまったのだけれども。

 

「……これは!」

「前に来たときよりも瘴気が強いな」

「でもビューネイの巣とか、別の四魔貴族の拠点程じゃないね」

 エレンとシャール、タチアナはゴンを救出する為に魔王殿に侵入したことがある。その時とは明らかに違う空気に身構えるエレンとシャールだが、タチアナだけはこの程度では警戒に値しないと肩の力を抜いている。

 そんなタチアナに乗るのはユリアン。

「まあ、正直そこまでじゃないよな、ここは」

「だよねー」

「……それもゲートが開けば全てが変わる。急ごう」

 ちょっと抜けすぎた事を危惧したのかシャールが引き締めるように言う。

 まあ急ぐ事に異論がある訳もなし。魔王殿の封印は奥にあり、左にある階段へ向かおうとする一同。

「待った」

 それを止めた詩人。怪訝な視線を向ける一同の中で、特にエレンは殺気立ってチリチリとしている。それを平然と受け流し、詩人は右側の壁に向かって歩き、何かを探るよう手探りで壁の感触を確かめている。

「詩人さん、何して――」

 ガコンという音と共に壁がせり下がり、タチアナの言葉を遮る。詩人がした何かがこれを為したのは明白で、その奥にある小部屋には床に複雑な文様が描かれて輝いていた。

「転移法陣。結んだ特定の場所に即座に移動できる術式だ。……そういえば、ウンディーネは自分で開発してたな。

 これは玉座の間に繋がっている」

「……貴方はこれをどこで知ったのだ?」

「ほら、俺はアバロンだから」

 怪しい者を見る目で睨みながらシャールが問うが、詩人の返事は軽い。信じられる事を前提としていない返答の仕方だった。

 これは問い詰めても時間の無駄だとシャールは諦め、とにかく今は時間が惜しいと先に進むことを優先する。

「急いで!!」

 余裕のないエレンの言葉に全員の背が押され、転移法陣の上に乗る一同。

 そして瞬間で彼らの姿がその場から掻き消えるのだった。

 

「振り切ったな」

 魔王の玉座にまで辿り着いたマクシムスはそう呟き、ニヤリと笑う。目の前にある封印を解けるのは自分の持つ聖王の指輪のみ。ここに逃げ込んでしまえばもう英雄エレンといえども追って来る事はできない。

 いや、それ以前の問題なのかもしれない。マクシムスの秘密基地に配置したピドナ最強剣士を憑依させた仁王は彼の親衛隊であるマクシムスガードとほぼ互角、手駒を減らす愚は犯せない為に決着をつけさせてはいないが聖王遺物を持つ者と同等の力量があるのである。

 向こうにも聖王遺物が複数あるとはいえ、銀の手や聖王のかぶとといった防具や遠距離攻撃専門の妖精の弓では近接戦を得意とする仁王を相手すれば苦戦は免れない。氷の剣を持つのが幼い少女であることを考えればあそこで果てていてもおかしくはないし、時間稼ぎは十分にできる筈である。今この瞬間にこの場に間に合わせるなんて、できる訳がないのだ。

「! マクシムス様!!」

 だというのに。何故、氷の斧と鋭い矢が彼に向かって飛来するのだろう。マクシムスガードが持つ聖王の槍とルツェルンガードが氷の斧を砕き、七星剣が全ての矢を弾き落とす。栄光の杖を持つ男がウォーターポールを唱えてマクシムスの身を守る。

 だがそれらをマクシムスは一顧だにしない。その心中は不甲斐ない手下への失望と、自身の邪魔をする厄介者への敵意で溢れていた。攻撃が飛んできた方を睨みつけ、声を張り上げる。

「英雄――エレンがぁぁぁ!!」

「サラァ、無事!?」

「お姉ちゃん!!」

 小さな部屋から健康的な美女が飛び出してくる。聞いた通りの風貌であり、英雄エレンに間違えはないだろう。喜色の声をあげる宿命の子の姉ということは確定だ。

 そこからぞろぞろと人が溢れてくる。氷の剣を持った少女、妖精の弓を携えた詩人、フランベルジュを背負って強化弓に矢を番える女騎士、そしていつでも朱鳥術を扱えるように警戒している元ピドナ近衛騎士筆頭のシャール。

 封印を解き、中に入ってしまえばマクシムスの勝ちである。しかしそのまま逃げるようにその場を立ち去るには、マクシムスが受けた屈辱は大きく自尊心が許さなかった。

「お前たち、奴らを殺せ」

「「はっ!!」」

 七星剣と栄光の杖を持つ男たちはサラと少年を担いでいるからその場には残れないが、聖王の槍とルツェルンガードを持つ男たちにその縛りはない。

 手下の半分をその場に残し、マクシムスは奥へと進む。

「逃がすかってのよ!!」

 エレンのトマホークが鋭く襲い掛かり、あっさりと聖王遺物の槍に砕かれる。先ほどの焼き直しのように。

「無駄だ、英雄エレン。それに邪魔でもある。これ以上抵抗するなら、貴様の妹の首をこの場で刎ねてやろうか?」

「やれるもんならやってみなさいよ、宿命の子を傷つけられる度胸がアンタにあるならね!」

 見透かされていると、マクシムスの胸中の怒りはますます燃え上がる。

 宿命の子がゲートを開くのにどれだけ体力や気力、術力を消耗するのか分からないのだ。下手に傷つけて、そのせいでゲートを開いてアラケスを縛るのに支障が出てしまうとなれば目も当てられない。そういうことで、サラと少年を今は大事に扱わなくてはならないのだ。

 しかしその怒りが逆にエレンの厄介さを伝える事になり、怒りながらも冷静な判断をマクシムスに下させるに至る。ここで対決をして負けてしまう可能性を嫌い、四魔貴族のアラケスを手下に置いてから今までの屈辱を晴らそうと考えたのだ。

 マクシムスは黙って魔王の玉座、その奥にある封印された扉に近づく。

不抜(ぬかず)太刀(たち)

「スパーリングミスト」

 詩人の不可視の斬撃が彼らを襲うが、栄光の杖を操る男の術が彼らの姿を覆い隠して斬撃効果を安定させない。

 そして忘れてはならないのは、不抜(ぬかず)太刀(たち)が術の一種だということだ。栄光の杖で強化されたスパーリングミストの中に居る男たちに不抜(ぬかず)太刀(たち)の効果は激減してしまう。結果、ピリとした痛みを与えるだけに留まってしまった。無効化された攻撃に、詩人が心底悔しそうに舌打ちをする。

 そしてほんの僅かとはいえ、遠くから理解のできないダメージを受けたマクシムスたちに警戒が走る。もはや猶予がないと判断した彼の打つ、逃げの一手は早かった。

「聖王の指輪よ、封印を解け」

「サラ、サラ、サラァーー!!」

「お姉ちゃん、助け――」

 扉が開き、閉じる。無情にも姉妹の声を封印は遮ってしまう。

 残るのはエレンたちと、槍を構えたマクシムスガード2人。彼らは無言でその穂先を敵対者に向けていた。

「――そこを、どけ」

「…………」

「そこをぉ――どけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 般若の顔でエレンがブラックの斧を構え、突撃する。タチアナはそのフォローをするように後ろについた。エレンは明らかに視野狭窄に陥っていたからだ。

 また、他の面々も攻撃に参加しない理由がない。各々の武器を構えて突進するエレンに追随する。

 迎え撃つように聖王の槍とルツェルンガードを握る手に力を入れるマクシムスガード。相手が聖王遺物となれば生半可な被害で済むかどうか分からないと、覚悟を決める。

不抜(ぬかず)太刀(たち)

 それら全てとマクシムスガードの首二つをあっさりと斬り落とす詩人。栄光の杖を持つ男が居なくなり、スパーリングミストの効果は切れている。ならば彼の攻撃を防ぐ手段は存在しない。

 ずるりと胴から首が離れ、力を失った手から聖王遺物が零れ落ちる。

 ユリアンとシャール、カタリナはそれを見て。そして恐る恐る詩人に振り返り、視線を向ける。

 彼は当然、平然としていた。

「楽勝」

 さらりと言い捨てる辺り、頼もしいと思っていいのかどうか。もはや困惑しかない3人だが、詩人がこのくらいをやると知っているタチアナは動揺しない。そして封印の扉に向かうエレンには動揺しかない。彼女にはあっさりと死んでいった男たちに微塵の興味もなかった。

 封印の扉に向かってブラックの斧を振り上げるエレン。

「壊れろぉぉぉーー!!」

 その刃が扉にぶつかる刹那、ピタリとエレンの動きが止まった。いや、動いている。かたかたと身体を震わせて、まるで鍔迫り合いをしている剣士の様に。

 そう思ったユリアンであったが、果たしてその感想は間違っていなかった。扉から透明で、綺麗な人の手が伸びているのだ。それがエレンが振るった斧を止めている。

 そしてもう一本の手が出現し、押し返すような動きをすると同時にエレンが扉から弾き飛ばされた。ゴロゴロと転がり、即座に立ち上がって封印の扉を睨みつける彼女の心配はしなくてよさそうである。

 問題はその視線の先にある、封印の扉。透明の女が扉から生えている、そんな状態だった。腰から下は扉と同化し、上半身だけが存在している。その両手を広げ、感情の読めない目でこちらをじっと見つめる。感情は見えない、見えないのだがその目は――引けと言っているように見えた。

「まさか……」

「――聖王、アウレリウス?」

 遺された肖像画でその顔を知っていたシャールとカタリナが呟く。

 曰く、聖王はこの玉座にて崩御したと伝えられる。だがそれは己の命を最後まで有効利用する為だった。聖王が四魔貴族最強と見定めたアラケスを封印する為に、その命を使ってアラケスへと続く道を閉じた。いつか聖王の指輪を持った誰かがアラケスに挑むまで、アラケスの脅威は絶対に世には出させないという覚悟で。

 何度でも言うが、本当に皮肉である。聖王の遺志とは異なり、悪意ある者を通して世界を守る者を遮ってしまっているのだから。

「通せ」

「…………」

「通せ……」

「…………」

「通せぇぇぇーーーー!!」

 再びエレンはブラックの斧を振りかぶり、アウレリウスの封印に突撃する。

 結果は変わらない、エレンは再び弾き返され、ゴロゴロと床を転がる。その場にいる全員が感じ取っていた、この封印の強固さを。諦めるしかないと諦観する者、諦めてなるものかと奮起する者、諦めたくはないと思考する者。そして彼だけは違っていた。

 転がるエレンの後ろに立ち、詩人はその回転を止める。それに構うことなくエレンは立ち上がろうとするが、その肩に手を置いて動きを止める。

 しかし激昂するエレンはそれだけでは止まらない。

「離せ! 向こうに、サラが――」

「ああ、俺が送ってやる」

 穏やか過ぎるその声に、エレンの思考が冷や水を浴びせられたように止まる。

 そんなエレンの横を、詩人は剣を抜きながら通り抜ける。向かう先はアウレリウスの封印。

 詩人と聖王の関係を知るタチアナは、それが意味する事を悟って慌てて言葉をかけた。

「詩人さん、切っちゃダメ! これは私たちがなんとかするから!!」

「時間がない」

 心遣いを一言で切って捨てる。これさえも彼の苦痛になると感じたタチアナは歯噛みするしかない。どういう事か分からない他の3人にもできる事は何もない。

 コツコツと足音を立てて、ゆっくりと詩人は扉に近づく。

「エレン、タチアナ、ユリアン、シャール、カタリナ。

 ほんの少しの間だけ、封印を破る。その僅かな時間を逃すな、ジャッカルを追いかけてサラを確保しろ」

 頷く事しかできない4人。1人だけ、彼に声をかける。

「――詩人」

「大丈夫、優先順位は間違えない」

 もう何も言う事はない。近づく詩人をアウレリウスの封印は無感情に見ていた。それも当然、これはアウレリウス本人ではなく、ただの命を使った装置なのだから。

 たとえ相手が聖王が全霊をかけて愛した男だとしても、封印には何の関係のない話である。それは詩人にも言えることであり、かつて愛した女の()を見ながら詩人は口を開く。

「言ったことがあるな、アリィ」

「…………」

「立ち塞がるならばたとえお前でも切る、と」

「…………」

 詩人の剣が黄色く輝いていく。気と、太陽術。その両方を込めた刀身は輝きを増し、黄色からやがて白色に変わり、そして凝縮された光は外に漏れる事無く凝縮する。

 光っている筈、輝いている筈。それなのに、その色を視認できない。その光りを察知する事ができない。込められて凝縮された力に、それを見る者は戦慄する。

「無色の太刀」

 詩人は剣を振るう。透明なアウレリウスを切り、心にあるその想いを切り、その奥にある扉も切る。

 ガラガラと音を立てて崩れ落ちる封印の扉。

「やった……」

 ぽつりとユリアンが呟くが、そんなぼんやりとしていられないと言わんばかりに状況は推移する。

 ぎゅるんと崩された扉の残骸が有機的に動き、元に戻ろうと浮かび上がる。が、止まる、ピタリと。詩人が術力を放出してその動きを阻害しているのだ。

 この聖王の封印は、彼女の属性である命術によって構築されている。無形を操るそれは、同じく無形を支配する詩人の天術ならば対抗呪文足りうるのだ。とはいえ詩人は術はそこまで得意ではない。文字通り命を懸けた封印には、全身全霊で僅かな足止めが精いっぱいだ。

「行けっ!」

 詩人の言葉に我に返った5人は急いで崩れた封印に殺到する。

 エレンが詩人の横を通った時、彼女の道具袋が僅かに重みを増した。

「結界石。効果は以前言った通りだ、有効に使え」

「――ありがとう」

 幾つか存在する詩人の切り札の一つ。彼が作成したその結界石は、いわばファティマ姫にかけた封印の簡易版といったところだ。砕くことで周囲数メートルの空間を取り込み、内側と外側を隔絶する。大きく広がった空間の矛盾は外から見て数秒で自壊してしまうが、内側に取り込まれた存在は時間の流れが狂って数時間の猶予が与えられるのだ。1秒を争う状況で、完全に安全な時空間で休養が取れる。そのアドバンテージは言うまでもないだろう。

 それを与えられたエレンは言葉だけそこに置き、速度を落とさずに駆け抜ける。全ての仲間が封印を通った事を確認した詩人は術力の放出を止めた。瞬間、封印の扉は即座に元に戻る。

「……しんどいな」

 言いながら詩人は聖王の槍とルツェルンガードを回収し、その場に腰かける。

 アリィを切った、想いを切った、封印を切った。

 

 迷いだけは、切れなかった。

 

 

 




描きたい事をたくさん描けて結構満足。
物語を一気に加速させて、フィナーレに向けて頑張りたいと思います!
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