そしてこれからも頑張る!!
5人が砕かれた扉を潜り抜ける。それとほぼ同時に扉はギュルリと蠢きながら、ほんの小さな破片さえ呑み込んで元の形に戻った。
聖王の封印を突破したのはエレン、タチアナ、ユリアン、シャール、カタリナ。そしてこの中に詩人はいない。その面々の瞳に部屋の様子が映る。壁にかけられたガラスから光が溢れて周囲を照らしている。火、ではない。炎の揺らめきがないのだ。エレンとタチアナにはそれが海底宮で見た光と同じものだと理解できた。
しかしそんなものより異質なモノが部屋の中央に描かれている。さきほど魔王殿の入り口から魔王の玉座まで跳んだ転移法陣だ。先に入ったマクシムスたちが存在しないのはこれを使ったのだと、想像しなくても分かる。
鬼の目つきをしたエレンがそれに向かって足を一歩踏み出す。いや、踏み出そうとした。それが叶わなかったのは腕を掴まれたから。
掴んだのはタチアナ。振り返って妹分を見るエレンの内心は憤怒のみだ。サラが連れ去られて、アラケスの元へ運ばれるカウントダウンは既に始まっている。この一時が値千金、無駄なことをしている場合ではないと。
文句を言おうとした――いや、怒鳴りつけようとしたエレンの体が宙に浮く。タチアナの空気投げによってエレンの体は持ち上がり、地面に叩きつけられた。
「かは」
肺から空気を吐き出して、エレンは痛みに顔をしかめた。その上で視線はタチアナへ向け、いったいどういうつもりかとますますの怒りを叩きつける。
しかしそれを受けたタチアナの視線もまた怒りを含んだもの。なぜなら体術でタチアナがエレンを上回ることなどまずありえないからだ。エレンは鍛錬のほぼ全てを斧と体術、そして玄武術に傾けてきた特化型だ。対してタチアナは万能型であり、術も蒼龍術と太陽術の両方を鍛えている。その上でエレンの歳は二十歳であり、タチアナは体が出来上がっていない十四歳。体術でタチアナに軍配があがらない訳である。
それでもタチアナの空気投げがエレンに決まった。これはどういう事かを論じるまでもない、エレンの気が逸り過ぎているのだ。通じるはずのない技が通じてしまうほどに。
「エレンさん、分かってるの?」
「アンタこそ分かってるの、時間がないの!」
「時間はないよ! けど、そんな状態で何ができるってのよ!!」
タチアナがエレンにここまで本気で怒る事は珍しい。というか、初めての事だった。その気迫に一瞬だけエレンが黙ってしまう。それを見逃さずにタチアナはまくしたてる。
「詩人さんはいない、だからサラお姉ちゃんと聖王の指輪を奪取して戻って来なくちゃいけない! ジャッカルと、あの護衛たちを追い詰めなきゃいけない!
エレンさんはサラお姉ちゃんだけしか見ていない、本当に分かってるの!?」
「最優先はサラよ!」
「それじゃあここで詰まって終わりじゃん!!」
言われてようやくエレンは思い出す。ふと後ろを見ればそこには聖王の封印があり、これを突破する方法をエレンたちは持っていないということを。つまり退却するにもジャッカルの持つ聖王の指輪は必須なのだ。サラだけ確保して終わり、とはならない。そんな事も分からない程にエレンは取り乱していたといえる。
その点、タチアナは冷静だ。タチアナにとって、エレンの目的も大事だが詩人の狙いも忘れていない。詩人を思うのならば、彼を連れてサラと共にアビスゲートまで辿り着かなくてはならないのだ。それにはやはり聖王の指輪も必須になる。マイペースなタチアナは普段はその呑気さで同行者を呆れさせることも多いが、こういった土壇場では揺るぎない個を発揮するということでもある。彼女だけ重いものを背負っていないということも理由の一つにあるかも知れないが。
とにもかくにも、エレンたちの勝利条件は聖王の指輪とサラの両方の奪取という事になる。対してジャッカルの勝利条件はサラと少年の両方を連れてアラケスの元に辿り着くというもの。エレンたちはサラが宿命の子だと信じているが、ジャッカルにとってはサラと少年はどちらが宿命の子なのか分からない。どちらも宿命の子ということも考えているが、どちらも宿命の子でもない可能性もある。どちらにせよ、ゲートに連れて行けば分かる話ではある。逆に言えば、未確定な現状では両方を確保しておかなくてならないという事でもある。サラを奪われたとしたら死に物狂いで取り返しに来るだろう。
微妙に食い違いが生じているが、争いの中心にサラがいるのは違いない。その上で聖王の指輪と少年という別々の勝利条件も存在している。事はもう単純な話ではなくなっているのだ。
「……こんなところで時間を使っていいんでしょうか?」
怒鳴り合うエレンとタチアナを見ながら、ユリアンがポツリと呟く。泰然としながらそれに問題ないと返答するのはシャール。
「ジャッカルは恐らく聖王の封印が破られる事は想定していない。つまり、どのタイミングで仕掛けても奇襲になる。
今の時間は確かに値千金と言えるだろうが、敵が油断しているだろう現在は自分たちの為に時間を使える千載一遇の好機ともいえる。このタイミングでしか落ち着けないと考えれば、悪くはない」
冷静なシャールだが、全員がそうではない。カタリナなどはマスカレイドを強奪しただろうジャッカルを目前にして何を悠長なことをしているのだという思いもある。
もちろん、マスカレイドを奪回してもそのまま戦線離脱はしないだろう。くどいようだが聖王の指輪も奪わなければ退却もできないのだ。
「行きましょう」
貴重な時間を費やして、唯一の好機を使い。そして頭を冷やしたエレンが全員に声をかける。
残る4人が頷き、そして転移法陣へ足を進めた。
「お姉ちゃん、助けて!!」
「サラァァァーー!!」
そして一瞬で頭に血がのぼるエレン。縛られ、担がれるサラが連れ去られそうになっているのを見て、据えた筈の冷静さがすっとんでしまったらしい。
誰ともなしにため息が漏れる。人間は値千金の時間を使った千載一遇の好機も生かせるとは限らないのだ。
マクシムスは己の正気を疑った。
有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ないっっ!!
「お姉ちゃん、助けて!!」
「サラァァァーー!!」
裏の魔王殿、そこに足を運び小休止。周囲にいるモンスターは須らくアラケスの配下であり、すなわち彼を害することはない。そしてここに至る転移法陣の部屋には聖王の封印が施されている。これを解除できるのは聖王の指輪の所持者のみ。つまり、もうここに敵対者が侵入することは有り得ない。
そんな事実を嘲笑うかのように、ここに5人の敵対者が足を踏み入れた。特筆すべきは先頭で己の配下が担ぐ宿命の子の可能性があるサラの名を叫ぶ英雄、名はエレン。残りの4人はどこか疲れた顔をしているが、まあそれはどうでもいい。
エレンがフォルネウス、アウナスを倒したのは確定。状況から考えてビューネイも撃破しただろうその女。しかし有り得ない、あってはいけないのだそんな事。
四魔貴族を3体まで倒す。有り得ない。四魔貴族を倒したことがあるのは聖王のみ。それと同等の成果をあげるあの女は聖王と等しくあるということになる。
巨竜ドーラの仔、グゥエインを業してロアーヌからピドナまで翔ける。有り得ない。四魔貴族と同等とまで謳われるドーラ、その仔であるグゥエインに認められるなど聖王と等しくあるということでないか。
いや、ここまではいい、ここまではいいのだ。有り得ないとは思うが、それはエレンが聖王の再来という事で説明がつく。聖王と同じ偉業を為したということは、過去をなぞったということ。そこまでは否定しない。前例があるからこそ否定できない。
だが、聖王の封印を破ったことは有り得ない。つまりそれはあの女が聖王が全てを注いだモノすら超越したということで――
「――神王」
ポツリとそんな言葉がその口から漏れた。魔王を超え聖王を超えた存在が生まれるという戯言、だったそれ。それは明確に現実に侵食してきている。魔王が従えた四魔貴族を倒し、聖王が為した偉業をなぞらえ、そしてそれら以上を為す存在。それは神王と呼ばれるものではなかったのか。
ヤツは神王ではないのか。そんな疑問が頭に芽生えるが、それを否定する。
有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ないっっ!!
ヤツは宿命の子ではない。二十歳という年齢が宿命の子などではない事を証明している。
つまりエレンは宿命の子すら超えた化け物ということに、なる……?
「ヒ」
思わずマクシムスはその喉を鳴らした。アラケスを解放しても勝てないのではないかという恐怖がその脳裏によぎったのだ。そんな彼に向かって投げ込まれる氷の斧、エレンが投擲したトマホークだ。
侍らせているマクシムスガードはサラと少年を担ぎ、満足に動けない。対処は自分でするしかないと、マクシムスは手に持った得物にて氷の斧を迎撃。そして粉砕。引き抜かれた魔王の斧の前には玄武術でその場凌ぎに作った氷の斧などものの数ではない。あっさりと砕き、その場に氷の粉を飛び散らさせる。
「はー、はー、はー」
追い詰められている。その感覚がマクシムスの呼吸を荒く乱した。しかしそれだけで彼が心まで乱しきる事はない。危機に晒されてこそ冷静にならなければ今まで生き残れなかった。今回の事もその一つといえばその通りだ。
アラケスのみでエレンに勝てないかもしれないという焦燥はある。だが、追加できる戦力はまだある。魔王の斧を持ったマクシムス自身と、七星剣と栄光の杖を持つ配下。それにマクシムスにもまだ切り札を持つ。負けるとは限らない、いや、勝つしかないのだ。
マクシムスは己の頭上を見上げる。そこには巨大な紅い宝石が浮いていた。これは転移法陣の効果を内包し、アラケスのゲートの直前にある同じ形をした宝石の場所まで瞬間移動をさせてくれるというもの。
本来ならばこれを使って移動時間を短縮する予定だったが、エレンたちに見られている現在はこの手段を使う訳にはいかない。そんな事をすれば相手も同じ方法で追って来るのは明白であり、ほとんどタイムラグなくゲートまで案内する羽目になるだろう。それよりかは通常のルートでゲートへ至り、その途中にいるモンスター共をけしかけていった方がよほど時間も稼げるし敵の余力も削れる。
「貴様らっ、エレンたちを殺せぇ!!」
周囲にいたモンスターたちにそう命じると、マクシムスはサラと少年を担いだ己の配下と共に奥へ通じる通路へと走っていく。
その途中にいるモンスター全てにエレンを殺すように指示を出しながら、マクシムスは一刻も早くゲートへ到達するべく駆けるのだった。
ジャッカルに命じられ、広場にいたモンスターは一斉にエレンたちに襲い掛かった。ゲートから漏れるアビスの力が強まったせいか、それとも魔王殿の真髄ともいうべきこの場所だからこそか。そのモンスターたちは強力なものばかりだった。
それでも今ここにいるメンバーにとっては雑魚に違いない。
「メガホーク!」
エレンはいくつもの氷の斧を作り出し、頭上から襲い掛かってくるグリフォンにその全てを投げつける。その重量と勢いで空を飛ぶためにある翼の骨を砕くだけではなく、その頭部まで粉砕した。
「
小剣術と蒼龍術、そして氷の剣が持つ玄武術も併せてタチアナが零下まで温度を下げた攻撃を放つ。狙う先にはバジリスク。変温動物であるバジリスクに低温による攻撃はたまったものではなく、一瞬にしてその体温を奪い取ると同時に突きの威力でその胴体に風穴を空ける。後に残るのはピクピクと痙攣する死にかけのみ。
「十文字斬り!」
白銀の剣によって繰り出されるその技は、そこまで難易度は高くない。しかし幾度となく鍛錬してきたユリアンの熟練度は相応に高くなっている。基本的な攻撃だからこそ、その鋭さは明確に表れる。
独特の形をした斧を持つカーペンターを、ただの一撃で斬り伏せる。そのモンスターは生命力が高いゾンビの一種だったが、退魔の意味が込められた十字には弱かった。
シャールは穂先に周囲に充満する邪気を集める。何せここは魔王殿の最奥に近く、ゲートのすぐそばである。酸素と同じに当たり前の様に邪気が存在する訳で、邪気を集めるには事欠かない。いや、普段使うよりも高密度の邪気を集められる。それを蛇の形にして放つのがこの技。
「ミヅチ!」
邪気を纏った毒蛇が人狼に向かい、くねりながら襲い掛かる。たとえ邪悪なモンスターだとしても、責め苛む目的の攻撃的邪気を受けて何ともない訳がない。というよりも、邪気を纏っているからといって邪気が効かないという理屈は存在しない。
シャールの創り出した毒蛇はその太ももに噛みつき、大腿骨を噛み砕く。それだけでは飽き足らず、邪気が集まって生まれ出た猛毒に侵されて激痛にのたうち回る羽目になる。人狼はやがてピクリとも動かなくなるのだが、そこまで見届ける程シャールは暇ではなかった。
空飛ぶ昆虫属のモンスターであるバーサーカーを相手取るのはカタリナ。フランベルジュを握りしめて力を溜める。大剣はその重量と合わさって一撃が強烈なのが特徴だ。代わりに速度が殺されるという側面もあるが、そのような弱点を克服しないでミカエルの信頼を得られる筈もない。
「ブルクラッシュ!」
宙空を自在に翔けるといえる程に素早く動けるバーサーカーを、回避する余裕を与えずに先手を取って大剣の奥義ともいえるその一撃を叩きこむ。口にならば簡単にできる理想だが、実現できる者が果たして世界に何人いるのか。カタリナが放った一撃はそのようなものなのだ。
結果、バーサーカーはたったの一撃で爆発でもしたかのように弾け飛んだ。何せ(滅多に使える者がいないとはいえ)並の者が使うブルクラッシュで刃先から発火熱が生じる程の威力になるのだ。カタリナ程の使い手が使うとこうなるのは納得のいく威力だろう。
そのようにあっという間に広場にいる敵を駆逐し、生存しているのはたったの5人にまで減る。
邪魔者がいなくなったその場でエレンはジャッカルが逃げ込んだ通路を強く睨みつける。
「逃げた先にゲートがあるね」
アビスの気配を探れるタチアナが補足した。やはりサラを、宿命の子をゲートに運ぶのがジャッカルの目的であると理解する。ならばもう迷わない。
「タチアナ、先導しなさい」
「――。りょーかい、エレンさん」
これは何を言っても無駄だと悟ったタチアナからは雑な言葉が出る。そして走り出すタチアナに鬼の目つきで着いていくエレン。
それを見た残りの3人も複雑そうな顔をして後に続く。
「こりゃ、制御できないな……」
ユリアンが呆れて言葉を零す。エレンの焦燥は分からなくもないとはいえ、この場では冷静さも欲しいところだ。陣形を組もうにもエレンが自分から壊してしまうように感じてしまう。そしてその感想は恐らく間違っていない。
そんなユリアンの嘆きを拾い、シャールがユリアンとカタリナだけに聞こえるように口を開く。
「エレンをなんとかするのは諦めた方がいいかも知れないな」
「じゃあどうするのです?」
カタリナは刺々しい口調で返す。彼女とて余裕がある訳ではなく、目前まで迫ったマスカレイドに手が届きそうなのだ。気も逸る。しかもジャッカル側は未だにマスカレイドをこちらに見せていない。本当に奴らがマスカレイドを奪ったのかという疑惑も、ほんの僅かながら存在するのだ。それなのにエレンに場を引っ掻き回されて穏やかでいられる訳もない。彼女は彼女で相当フラストレーションがたまっていた。
とはいえ、ここでは常識があった事がむしろ不幸だった。話が通じる相手としてシャールに作戦を告げられてしまうのだから。
「エレンを従わせるのは無理だろう。ならば、こちらがエレンに合わせるしかない。
場合によってはエレンの道を開く為に強敵を受け持つべきだろうな」
「……捨て石になれと?」
「私も不本意だが、仕方あるまい。それにエレン・カーソンといえば四魔貴族を倒してきた英雄。アラケスを倒せる可能性が最も高いだろう。彼女を最後まで温存するべきだ」
「理屈は分かるわ。けど……」
「そしてこれが最善だ」
きっぱりというシャールに返す言葉がない。ここでカタリナまで暴走してしまえば、本格的に5人パーティではなくて単独の人間が5組になりかねない。
チッと下品に舌打ちをして、カタリナは渋々と従うのだった。
奥へ続く道からはアビスの気配と悪意とが濃厚に漂って来る。先は長いと覚悟しなくてはならないと、うんざりする気持ちは隠せない。