今後の事とかも書くかもしれないので、気が向いたら見てください。
ドラゴンの亡骸、骨となった竜に悪しき霊が集ったアビスドレークが襲い掛かる。
「活殺破邪法!」
エレンの退魔の気が込められた拳の一撃で粉々に砕け散る。
太陽の力を存分に蓄え、それを以って捕食する植物型モンスターのサンフラワー。
「マキ割ダイナミック!」
破壊力に特化し、敵の動きが鈍い程に威力が増すその奥義で強力なモンスターを一太刀に切り捨てる。
ドビー、ウーズ、リーパー、ガスト。雑多なモンスターが数を頼りに行く手を塞ぐ。
「サンダークラップ!」
電撃を蓄えた高圧の水球がその全てを粉砕する。
「出番ないですね」
ユリアンがそう呟くのも無理はないだろう、出てくる敵全てをエレン一人で駆逐しているのだから。魔王殿の奥底へ破竹の勢いで進んでいく。
「時間の問題ですけどね」
「まあそうだな」
カタリナの言葉にシャールが頷く。もちろんそれが分からないユリアンではない、エレンは全力全開でスタミナ配分というものを考えていない。これではあっという間にバテてしまうだろう。タチアナなどはエレンの真後ろにつき、彼女がミスをしたら即座にフォローできるように注意を払っているし、弓で援護もしている。
だがその成果は大きい。まるで無人の野を往くが如くという言葉を表したかのようにモンスターたちを薙ぎ払っていくエレン。ジャッカルとの差がつまる事はないだろうが、そう大きく開いているとも思いたくない。何せ相手はサラと少年を担いでいるのだ。それなりの負担があるだろうとは思う。思うがしかし。
「……間に合わないだろうな」
エレン以外の全員が思っていることをシャールが代表して言葉にした。ぽつりと零した言葉であるにも拘わらず、先行しているエレンの側にいたタチアナも後ろを振り返って頷く。
「モンスターに足止めされているこっちの方が明らかに障害が多いし、無理かなとは思うよ。
あ、エレンさん、次は左ね」
「分かったわ!」
タチアナの指示に従い、十字路を左に進む。それと同時にひらける視界。広場に出たらしいが、やはりジャッカルには追い付かない。広場の奥にある通路にサラと少年を担いだジャッカルの部下が消えていくのが見れたのみだ。
「サラァァァ!!」
一瞬だけ見れたサラの姿を目指し、広場に蠢くモンスターたちへとエレンは突撃する。戦いはそんなエレンに任せて、タチアナはいったんユリアンたちのところまで下がった。まだエレンには体力が残っており、そう簡単に遅れは取らないであろう事と、このタイミングでしかユリアンたちと会話ができないだろうと判断したからだ。タチアナの方がエレンよりもよほど状況判断ができている。
練気を身に纏い、雑魚を弾き飛ばしてタフなモンスターには短勁として気を叩き込み打ち倒していく。あっという間に敵の数を減らしていくエレンは流石の一言だろう。会話する時間はあまり残されていないのかも知れない。
「差が広がっていない」
現状を一言で説明するタチアナ。モンスターを素通りするジャッカルと、それら全てを相手にしなくてはいけないエレンたちと比べたら不思議な話である。差は広がって当たり前、なのにそうなっていないのはどう考えてもジャッカルたちに問題がある。タチアナはそう考えている。
その彼女の考えは正しく、実はジャッカルたちは一度もこの通路を通っていない。入り口とゲート前を繋ぐ転移装置を使って即座にゲートの間に行ったこと数回、この裏の魔王殿に立ち入ったのはそれが全てだ。これはアラケスが己の領域に人間を余り招きたくなかったというのも一因である。一応の通路や目印は聞いていたとはいえ、初めて走る迷路のような道に加えて後ろから追われているという圧迫感。その上、手が空いているのはジャッカルのみで彼が先導しなくてはならないが、そんな事を暴君の気質を持つ彼が慣れている筈もない。それなのに相手は迷いもせずに一直線に迫ってくるという理不尽。全てがジャッカルたちの不利に働き足は鈍る一方なのだ。
相手の事情はともかく、今重要なのはエレンが全力で敵を薙ぎ払って進み、それで五分という事実。エレンの勢いはこれ以上増す事はないだろう、衰える事はあってもだ。たまにチラチラとサラが見えるから全力疾走を続けられているだけで、いつ彼女の勢いが減じてしまっても不思議ではない。
「宿命の子がはたらきかけたらゲートは即座に開かれるのか?」
「分かんないよ、そんなの」
「……幸い、サラたちにも助けの希望はある筈です。抵抗してくれると信じるしかないですね」
シャールの言葉に首を横に振るタチアナ。全てが未確定な今、都合のいい希望を信じるしかないというのが歯痒いとカタリナが合わせた。
実際、こればかりはここにいる誰も分からない。即座に開閉できるとは思いたくないが、時間が有り余っていると考えるのも愚かな事だ。とにかく急ぐしかない。それが結論であるし、分かってはいたことでもあった。
「ある意味エレンも間違っている訳じゃないんだけどなぁ……」
モンスターたちを相手に孤独に暴れるエレンを見つつ、ユリアンがため息を吐く。
選択としては間違っていない。通路が広いとは言えない魔王殿では多くても3人程しか戦えないだろうし、連携が拙いものでは2人が互いに足を引っ張らないのが限度。そういった意味で、エレンが先頭を走るというのは間違ってはいない。だがそれは後ろからタチアナが弓で援護して、いざというは手を出せる状態だったからこそという面は当然ある。その上でユリアンたち三人が僅かな間だけであれ、周囲や様子を観察できたというのは大きい。もちろんそれはエレンが指示した訳でもなく、咄嗟にフォローにはいれたタチアナの功績だ。
冷静にそこら辺を見通せていれば話は違ったのだが、今のエレンは猪と同じ。もしくは目の前にサラというエサをぶら下げられて走らされている馬か。とにかく作戦行動がとれる状態ではなく、他がエレンに合わせるしかない。できればエレンを温存したかったのだが、そういった状況でもないし余裕もない。
「問題はエレンの勢いが衰えた時か、強敵が現れた時。それから背後から襲われた時だ」
シャールがそう言いながら今まで来た道を振り返る。
通ってきた道にいたモンスターは全て駆逐してきたが、言い換えればその他の通路や小部屋は全て無視してきたという意味でもある。ここまで目立つ侵攻をしておいて、挟撃されない訳がない。
「背後は俺に任せてくれ」
ユリアンがそう言う。この中で最も劣っている者は自分だという考えが彼にはあり、そしてそれは間違っていない。それにユリアンは一体の強敵に単独で戦うという経験が圧倒的に不足している。雑魚であろう敵を防ぎ続けるという役割は彼が最も適しているといえた。
それを理解している他の面々は反対しない。カタリナなどはよくぞ自分でそれを言えたと感心気味だ。かつて教えを与えた者がしっかり成長していて嬉しかったというのも多分にある。
「エレンの勢いが衰えた時、任せられるのはタチアナしかいませんね」
「当然だね」
そんなカタリナが言った言葉に胸を張って答えるタチアナ。ユリアンも付き合いの長さは一番長いが、エレンに合わせられるというのはタチアナ以上に適役がいない。
自信を持って応えられるくらいの時間、タチアナはエレンと一緒に戦い共に強くなっていた。
「強敵が現れた時に対処するのは俺とカタリナだな。
同時でないなら俺から先に足止めをする」
「感謝します」
シャールの言葉にカタリナが慇懃に頭を下げる。カタリナとて先頭を走り、真っ先にジャッカルを討ちたいと思う程度には焦りもある。その役割をエレンに取られて後方支援に甘んじているだけなのだ。
そんな彼女の心情を鑑みて、シャールはよりジャッカルに近い位置にカタリナを配置した。敵を見て相性のいい方を残すという選択肢もあったが、それよりもエレンに合わせて勢いをとった形だ。それに強襲される事も考えられ、思考する時間がないパターンも考えうる。キッチリ作戦を決めてもそれを遂行できない事態になれば、前の考えが足を引っ張るという事も十分にあり得るのだ。とりあえずシャールが先に対応すると決めるだけでもこの状況では縛っていると考えられなくもない。この辺りは相手の出方が見えないと本当に匙加減が難しい。そして相手の出方が見えた時には手遅れなので、ほとんど運次第といっても過言ではないかもしれない。
とにかくおおよその方向性は決まった。その上でカタリナが不思議に思った事を口にする。
「ところでタチアナ。あなたは迷うことなく進んでいますが、何か目印でもあるのですか?」
「目印ってか、アビスの気配を辿ってるの。アビスは天術の反対属性に近いから、それを遡ってるっていうか……。とにかくヤな感じがする方に進んでるって訳」
「ヤな感じ、ですか」
カタリナは集中するが、アビス特有の悪意は感じるものの、その濃淡は分からない。これは何度かアビスゲートに近づいた事のあるタチアナの経験値の賜物だといえるだろう。
そしてアビスゲートに近づいたことがあるといえばもう一人。
「ユリアン、あなたはアビスの気配を感じられますか?」
「俺は術に才能がありません」
「…………」
きっぱりと言われて思わずカタリナが沈黙した。天術の反対属性と言われても、そもそも天術を習得していなければ何も分からないのと同意義である。
カタリナとシャールは天術も扱えるが、アビスの気配の濃淡を感じるまで慣れがない。となると時間が大事な今、この中で最も大事な者はタチアナということになる。そういう意味でもエレンの側に彼女を置くのは間違いではないといえるだろう。
「そろそろエレンさんの方も終わるね」
「出発の時間ですか。ユリアン、分かってはいると思いますが……」
「はい。殿になるのはまだ先、追い付かれた時ですね。その上、前方からもモンスターが来る可能性も考えなくてはならない。孤立無援を覚悟しろというのでしょう」
「分かっているのならいいです」
先がどれだけあるのか分からないのである。殿は敵をギリギリまで引き付けるべきだ。
その上、先行するエレンたちは進行上以外の敵を無視するということでもある。ならば無視されたモンスターはエレンたちとユリアンとに分かれるのは必至。ユリアンが挟撃の憂き目に遭うのは避けられない。
だがそれが分かっているのならば対策はある。ユリアンはカタリナへ向かって力強く頷いた。
「あ、終わった。
……エレンさん、こっちを確認もしないなぁ」
「全く。もう少し冷静であって欲しいものだ」
「いいから後を追いますよ」
カタリナの言葉で、広場にいた数十のモンスターを一人で撃破したエレンに続くのだった。
エレンの進撃は異常といって良かった。モンスターの巣においてそれらを意に介さないような進行速度、それをただ一人で叩き出しているのである。
しかしそれは永遠と続くものではなく、やがてエレンは息切れをおこす。
斧を振るう腕が重くなる、突き出す拳が鈍くなる、唱えた術に威力が伴わない。
それがどうしたとエレンは奮起する。弱音を吐いている場合ではない、今進まなくていつ進むのか。歯を食いしばって更に足を進めようとする。
「エレンさん、交代っ!」
氷の剣を振りかざした少女がエレンの前に躍り出た。十分に体力を温存していたタチアナはエレンの代わりを十分に果たし、エレンと変わらない速度で侵攻を開始する。
とはいえ1人よりかは2人の方が効率がいい。そう思ったエレンはタチアナの隣に並ぼうと足を踏み出しかけるが、後ろから伸びてきた腕にグイと引かれて後退してしまう。
「ちょ、何すんのよ!」
「何すんのじゃねぇよ。休まなくてまともに戦える状態だと思ってるんのか」
腕をひいたのはユリアンで、彼に文句を言うも厳しい口調で言い返されてしまう。しかしそれで冷静になれるようだったらここまでになってはいない。
エレンは頭に血をのぼらせて強く言葉を返す。
「できるできないじゃない、やるのよあたしはっ!!」
「そのフォローを俺たちにさせろって事だよっ! なんで一人きりで突っ走ってるんだお前は!!
時間はない、余裕もない。そこで冷静さまでなくしてどうするつもりだ!!」
ユリアンの叫びと同時にシャールの槍とカタリナの大剣が向けられる。
「ロクな判断ができないのであればただの害悪になる。休まないというなら叩きのめしますが?」
「上等よ、やってやろうじゃないの!!」
「いい加減にしろぉぉぉ!!」
バカが過ぎるエレンを、ユリアンが思いっきり平手打ちした。思わず固まるエレンに、容赦なくカタリナとシャールが追撃する。
カタリナはその腹の拳を叩き込み、シャールは腕を取って関節を極める。
「本当に叩きのめすハメになるとは思いませんでした……。本物のバカですね」
「とりあえずこれの魔力と生気を吸収しろ」
呆れ果てるカタリナとシャール。仮にも味方に刃を本気で向けるとはどういう判断なのか。エレンが四魔貴族を倒してきた者でなかったら、この先でもしかしたらアラケスと戦うのでなかったら。2人は本気でエレンを殺していたかもしれない。エレンはそこまで愚かだったといっていい。
しかし状況がエレンという戦力を保持せざるを得なかった。カタリナは動きを止めたエレンに高級傷薬をぶっかけて、シャールが彼女にピドナジュエルを翳して砕く。ピドナジュエルとはピドナの特産品の一つであり、魔力や生気を吸収する特性を持つ宝石にそれらを吸着させたもの。その技術はピドナでは門外不出のものであり、ピドナ以外では製造販売される事はない。そして宝石を素材にしていることから分かるように高価な品物でもある。シャールは惜しげもなくエレンにそれを使っていた。
高級傷薬をぶっかけられ、ピドナジュエルによって魔力と体力を癒され、そして背後から迫るモンスターの群れをみてようやくエレンは黙る。
「……分かったか?」
「ゴメン、ナサイ」
ここまで至って自分の愚かさを認めない訳にはいかなかったエレンは謝罪の言葉を口にする。
怒る余裕もない他の者たちはそれを流した。
「まあいい。幸い、君の勢いでここまでこれた面はある。この先もタチアナと協力して前を切り開いてくれ」
シャールはそう言い、ユリアンに目配せをする。
ユリアンはその意志を汲み取って頷いた。そう、ここが潮時だと。
「後方の敵は俺に任せろ」
「……ユリアン?」
「時間がないのは分かってるだろ? ここは誰か一人が残って足止めするのが一番だ。それを俺がやるってだけの話だ」
そう言い残し、ユリアンは白銀の剣を握り、エレンたちに背を向ける。
大挙として押し寄せるモンスター共は生半可な迫力ではない。だがしかし、もちろんユリアンは怯まない。それがどうしたと自分から走り出し、敵の軍勢に向かっていく。
「ユリアン、死なないでっ!」
エレンには、そう声をかけるのが精いっぱいだった。エレンには見えない位置でユリアンは不敵に笑う。
死ぬもんか、と。
「ちょ、こっちも変なの出てきたっ!」
タチアナの言葉に前を見る3人。通路のモンスターは蹴散らされ、その先の部屋で氷の剣を振るっていたタチアナに襲い掛かるのは七星剣を持つ男。少年を担いでいたその男は、その荷物をもう一人の男へと渡してここで奇襲をかけるようにジャッカルに指示されたのだった。
ゲートへ至る通路から外れて前しか見ない侵入者に奇襲を仕掛けるも、結果は失敗。ゆっきーの感知能力も持つタチアナには通用しなかった。とはいえ、ジャッカルが聖王遺物を貸し与えた人物である。腕が劣る訳がなく、タチアナを攻め立てていた。
「ち」
シャールがその窮地に舌打ちをして援護に回る。走り寄って鋭い突きを男に放つが、奇襲をする男が奇襲をされる事に警戒をしない訳がない。あっさりとシャールの攻撃をパリィする。
その場に居る敵は七星剣を持つ男と、数体のモンスター。
「先に行けっ!」
シャールの言葉に力強く頷く3人。シャールをそのまま置き去りにして、部屋を走り抜ける。
「――ゲートは近いよ」
「でしょうとも」
タチアナのように気配を感じずともカタリナには分かる。人を一人担ぐだけでも大変なのに、それをジャッカルがやる。もしくは一人に二人を担がせる。これはどう考えても持久戦を考えていない。ゴールが近い事を向こうが教えてくれたようなものだ。
それに相手は焦っているとも感じる。いくら聖王遺物を持つ者とはいえ、長い距離を人を抱えて走ってきた男を単独で襲わせたのだ。どんな薬や道具を使って体力を回復させたとしても、欠けた集中力だけは戻らない。他にも手札がある状態でこの手を選択するというのは明らかにミスである。戦力の逐次投入など下策の極みなのだから。
つまりそれ程にジャッカルに余裕はなく、そしてそれはゲートまでの距離の少なさを示していた。
「突き進むよ、エレンさん!」
「分かってるわよっ!」
突撃の選択をしたのはエレン。冷静さをなくしていたのは悪かったとはいえ、作戦や結果は悪くない。ひたすら前進するというのは十分にアリである。
そしてその方法がエレンの精神衛生上にもよかった。とにかくサラに向かっているという状況を作る事が彼女の心を落ち着かせるのだ。
前へ、前へ。そんな彼女たちを出迎えたのは、人一人の大きさがあろう巨剣を持った巨人と、栄光の杖を持った男。これでジャッカルが二人の人間を抱えているのは確定であり、カタリナの予想が当たっている事を示している。
「ブリザードドラゴン!」
「ソウルフリーズ!」
タチアナがトルネードに玄武術を合わせた凍てつく竜巻を発生させ、カタリナが魂をも凍てつかせる死の息吹を追加で起こす。
巨人はその冷気をもろに受け、栄光の杖を持つ男は術で防御膜を張って凌ぐ。巨人もその体格に見合ったエネルギーを有しており、ただこれだけの冷気で体力を削り切る事は叶わないだろう。
だが目晦ましにはなる。事前に打ち合わせていたタチアナとカタリナには無駄がない。
「はぁぁぁぁぁ!!」
カタリナが烈火の如く気炎をあげる一方で、タチアナはエレンの腕を掴んで無言で自らが生み出した冷気の中で突っ込んでいく。
巨人や栄光の杖を持つ男が冷気やカタリナに気を取られている脇を通り過ぎ、仲間をまた一人残して2人は先に進んでいく。
先を行く自分たちの為に強敵を引き受ける。無様に冷静さをなくした自分を先に進めてくれる。それがエレンの心を熱くした。
「タチアナ」
「どったの、エレンさん」
「後でみんなにお礼を言わなくちゃね。それから、謝んなきゃ」
冷静さを完全に取り戻したと判断したタチアナはにっこりと笑う。
「それ、私にも謝ってよ?」
「もちろんよ」
「約束したからね」
そう言ったタチアナはその場で止まり、振り返る。
「タチアナっ!?」
「振り返るなぁっ! ゲートはすぐそこ、次の部屋。そこに敵は通さない!!」
タチアナの眼前にはアラケスの戦鬼と呼ばれるアラケス直下の精鋭たちが数多に迫っていた。
大方、ゲートの間にいるアラケスと挟撃しようとしたのだろう。だがその戦法はフォルネウスが使っていた。故にタチアナには通用しない。
足音でエレンが先に進むのを確認し、タチアナはニィと好戦的に嗤う。
「楽しめそうじゃん。ここは一歩も通さない!」
タチアナに、アラケスの戦鬼たちが殺到した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
マクシムスは二人の人間を抱えてゲートの間に到着していた。
マクシムスの息は切れているが、消耗具合は担がれた二人も負けていない。負荷を考慮されず、物のように容赦なく運ばれたのだ。それなりに体力は削られる。
『マクシムスか』
その声と共に白い球に一つの姿が現れる。獣に騎乗して未だに熱を持つ槍を持った偉丈夫の姿、しかしその顔は人間のそれではなくてまるで鬼のよう。その映像が瞬く間に巨大になり、現実に侵食する。最も聖王を苦しめたとされる四魔貴族、アラケスの姿がゲートの間に現れた。
『そんなに息を切らせてどうした?』
「侵入者だっ! 他の全てのゲートを閉じたエレンという女が目前まで攻め入っている!
我が配下はその足止めに残してきたっ!!」
『……そうか』
「お前と俺ならば奴に勝てる、魔王の斧と四魔貴族ならば奴を滅ぼせるっ!」
『それはいいが、担いでいる子供二人はなんだ?』
「宿命の子の可能性が高い奴らだ、こいつらを使ってゲートを開ければこちらが絶対に勝つ!!」
そう言いつつ、マクシムスはサラと少年をぞんざいな扱いでゲートの直上に投げ捨てる。
「ぐっ!」
「かはっ!」
縛られた二人に受け身が取れる筈もない。地面に叩きつけられた衝撃で苦悶の声をあげる二人。
だが災難はそれで終わらない。
「な、なにこれ……?」
「これ、なんなんだ?」
サラと少年、そして白い球が共鳴を始めた。それは筆舌に尽くし難い感覚であった。どこか満たされるような気もすれば、痛みでも苦しみでもない嫌悪感もある。心地よい安堵感もあれば、今まで感じたことのない恐怖心も湧き上がってくる。
サラと少年は気が付いていなかったが、それは生と死という命そのものを感覚化したようなそんなものである。アビスとはそのうちの死という一側面しか表現していないのだが、ゲートというものは違う。生を体現するこの世界と死を表現するアビスの世界、その境界であるゲートはまさしく生死の境そのものであり、それは宿命の子にしか干渉できない命の理。
それに共鳴するということは、つまり――
「お、おおっ! やはりコイツラが宿命の子っ!!」
『間違いないようだな、マクシムス。貴様に借りが一つできたようだ』
歓喜するマクシムスに、ニヤリと笑うアラケス。
「サラァァァ!!」
その場所に叫び声をあげながらエレンが飛び込んでくる。
そして見た、今までとは違い、明らかに活性化している白い球を。
「お姉ちゃん…助けて」
言いようのない感覚に翻弄されつつ、サラと少年はそれに流されつつある。この感覚と一体化した時、生死の境はなくなりゲートは完全に開くだろう。それが朧気ながらに理解できた。
エレンはそれを見て、しかし深呼吸をする。息と気持ちを同時に整えて、冷静さを忘れずに斧を構えた。
「ふん、来るか。魔王の斧を持った俺とアラケスに勝てるとでも思ったか!」
マクシムスはエレンに向かって右手に持った魔王の斧を向ける。こうなれば時間稼ぎでも自分の勝ちだ、完全になったアラケスに人間が勝てる訳がない。
エレンが神王であるという恐怖を忘れるように、振り切るように。エレンを睨みつける。
「――え」
そのエレンが呆ける様が見えた。視線は自分の後ろを向いているよう。
何があるかとマクシムスが疑問を覚えたのは一瞬で、左腕に灼熱の痛みが走ると同時にその感覚がなくなった。腕が斬り落とされたと判断できたと同時、その激しい痛みは左の脇腹から臓腑へと至る。
「がはっ」
血を吐きながら、マクシムスは宙に浮く。空を飛んでいる訳ではない、腹に刺さった痛みに持ち上げられているのだ。己を貫いているのが見える、腹から灼熱を持ったままの槍が見える。
この得物を持つのはこの場に一つしかない。
「ア、アラ、ケス、何、を……」
『殺せば貸しも何もあるまい。何より、宿命の子を見つけた貴様はもう用無しだ』
そう言ってアラケスはマクシムスを背後に振り捨てる。マクシムスは先ほど自分がサラと少年にしたように、ゲートの上に投げ捨てられた。
死ぬような痛みを感じつつ、生死の境目にあるゲートに居れば安易な死は許されない。死に近くもなるが、生に引き戻されるのもゲートの特性。もはや叫ぶ気力もないマクシムスは激痛に呻きつつピクピクと痙攣する事しかできない。
そうして最後まで握っていた魔王の斧が白い球の上に落ちる。アビスの瘴気を纏った魔王遺物はゲートを更に活性化させる。
また、マクシムスの懐からカランと小剣が落ちた。それは豪奢な細工がされた聖王遺物、マスカレイド。普段は隠し持つことができ、いざという時は即座に大剣になるそれがマクシムスの切り札だった。それが生かされた事はなく、そして生かされる事ももうないが。
聖なる気配を感じたそれに、思わずサラが縋り付いた。縛られたままにじり寄り、マスカレイドを掴み取る。
『さて』
そんな背後の事に気が付かないまま、アラケスは増したアビスの波動だけで良しとした。
ニタリと恐ろしく笑いながら、侵入したエレンに向かう。
『戦いだ。せいぜい浅ましく血を流せ』
最後の四魔貴族。最強の四魔貴族。
アラケスがエレンに牙を剥いた。
狙った訳ではないですが、100話でアラケス戦となりました。
これからもお付き合いいただければ幸いです。