カチッ
時計がその針を動かす
カチッ
針の動きに合わせて、音がなる
カチッ
起床まで残り三分
カチッ
彼の額には汗が流れていた
───…よう…ら
───…り…とね…提督
提督「…っやめ…!」ガバッ
カチッ
カチッ
カチッ
カチッ
提督「…夢か…」
時計を横目に見る
時刻は0658、普段より二分早い起床だった。
提督「…くそ…」
うっすらとまだ残っている声が頭を滅茶苦茶にかき混ぜる、汗で貼り付く服も相まって、気分は最悪だった。
提督「…米炊くか」
嘘をつくように、何かから逃げるように、体を起こし、執務室の扉を開けた。
■■■
ザー キュッ
右手を冷水につける、つけた途端に指先から一気に体温が下がる。まるで血が抜けていくような感覚だな、と思いながら、米を研いでいく。
提督「あぁ…くっそ、冷たすぎるだろ…」
久々に刺すような冷たさを味わっているが、同時に「鳳翔には、こんなことさせていたのか…なんかすまなくなってくるような…」と言う気持ちにもなってしまった。
提督「…ん、これで良いか、んで、朝は何作るかなぁ…」
まるで昔に戻ったようだった。母がまだ起きてこない休日の朝早くに、冷蔵庫を漁っては、何か作っていたものだ。
提督「…豚汁と塩鮭かな」
献立を決め、材料を取り出して下ごしらえを開始する。
■■■
提督「いただきます」
時刻は0800
目の前には炊けてからさほど時間の経っていない白飯と豚汁、塩鮭、偶然入っていた漬物が並んでいる。冷めないうちに食べようと箸を手に、食べ始める。
肉、魚、野菜、米、食べ物が胃袋に入り、熱が体をじんわりと暖めていく。そして、ゆっくりと体が目を覚まし、食べ物を消化する。消化されているからか、徐々に熱が増していき、体の隅々まで熱が行き渡る感覚が、体の全体に広がる。
ピロリロン
提督「ん」
ふと、ポケットの中から音がなる。箸を置き、ポケットの中から支給されたスマートフォンを取り出して、確認する。
そこには、「
提督「…はい、何の用でしょうか」
「久し振りだね、声を聞くのは、実に二ヶ月ぶりかな?」
提督「…その節はお世話になりました」
「なに、私の元で戦い、生き残った数少ない教え子の為だ、少しぐらいは無茶すると言うものだよ。」
そう言った、相手の声は、どこか暖かく、しかし油断の出来ない雰囲気を醸し出していた。しかし、自分にとっては、申し訳ないと言う気持ちばかりが沸いていた。
提督「…対深海棲艦駆逐師団、元師団長どの、ご用件は」
師団長「…対深海棲艦駆逐師団、元斬り込み隊長である君に命令だ。」
「…無理をするな、君は『死』を見つめすぎた」
かつての戦友、かつての師団長から伝えられた言葉は、一瞬だけ、何かを掠めていったような気がした。
提督「…無理なんてしてませんよ、今は、新しい鎮守府になれるので大変なので」
師団長「…そう言うことにしよう、では、幸運を。後に大本営からも連絡が来るだろう、0900を予定している」
提督「ありがとうございます、師団長殿」
師団長「…ではな」
ブツッ…ツーツーツー
電話が切られ、同時に少しだけ張っていた肩が緩む。
体を椅子の背もたれに預け、天井を見つめる。脳の奥がチクリと、また痛んだ。湯気をあげていた豚汁は、冷めていた。
■■■
0905
執務室の椅子に座ると、ミシミシ…と音をたてる。
まだ少し埃っぽい執務室の中で、提督はため息をつく。
───例の武装は明日中に届く、かつての愛銃だ、受け取りたまえ。
提督「…受け取りたまえ?提督になるって時はこちらで預からせてもらうとか言っていたくせに、今更返すなんてな…維持費がもったいないから返還したってところか…」
大本営から来た連絡は以下のものだった
・初期艦「多摩」は1130に到着予定
・この通話終了後、工廠の使用許可受諾
・深海棲艦駆逐師団所属時代の武装の返還
これらだった。
提督「1130に来るのか…あとは、建造などの許可か…」
ひとまずは地図を広げ、何処の部屋を居住可能な場所にするか、決めるところから始めることにした。
取り敢えず一部屋は掃除しないと多摩が来ても部屋がないなんてことになりかねないので、ホウキとちりとりを持って部屋の片付けをすることにした。
…その頭の片隅には、先程の通話の内容が残っていた。過去に使っていた銃が戻ってくると言う話。心なしか、何処か嫌な予感が拭えなかった。
■■■
サッサッサッ サッサッサッ
機械的な動きで、個室の埃を一ヶ所に集めていく。少々広めな部屋にはベッドと幾つかの家具が置いてあり、複数人が住めるような部屋になっている。
見たところ、何か変わった様な様子はなく、新品同然の物が、長らく放置されていた様な印象がやはりある。
提督「…こんなもんか、すみずみまで掃除なんてするもんじゃないな…一部屋しか掃除してないのに50分もかかってるし…」
昔から掃除が好きだったのもあり、徹底的に部屋の埃を集めていた。しかし、その額には汗一つなく、また嫌そうな顔もしていなかった。きっと、他の提督が見れば、変わったやつだなと思われていただろう。
提督「さーて…掃除終わったし、飯食いに行くか、『如月』食堂に行かない…か…?」
今、ふと後ろを振り向き誰かに話しかけていた、いない筈の誰かに向けて。
自分は何を言っているのだろう、今この鎮守府には自分しかいないはずだ、何故『如月』と言う名前が出てきた、そして、この心にある喪失感は一体…?
提督「…昔、誰かとこうやって…掃除をして…俺は何を…?」
飯を食いに行くか、と言う言葉に反して、時刻は1010、まだ腹が減った等と言う感覚はなかった。しかし、一瞬前の自分の思考の中には、間違いなく、鳳翔のところで飯を食べると言う事を考えていた。
今のは、もしかして昔の鎮守府にいた…
そこまで考えたとき、頭に鈍い痛みが現れ、思考が中断される。そして、ある意味ではそれが証拠になる。
恐らく、『忘れてしまった昔の鎮守府の記憶』だ
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人間には、幾つものセーフティーがかかっている。
全力を出せないようにする為のセーフティー、精神、心の崩壊を食い止めるためのセーフティー、様々なものがある。
前者は、命の蝋燭を激しく燃やし、一時的に肉体の限界を超えた全力を出せないようにするために。そして後者は、あまりにもショックな出来事から目を背け、心を守るためにある。
肉体の限界を越えないため、肉体的には、無意識のブレーキが常にかかっている、しかし、精神においては、後遺症として、『記憶喪失』によって、強制的にその事象について思い出せなくしてしまう。
壁に背中を預け俯く、記憶の引き出しを片っ端から開けるが、『如月』と言う人物に聞き覚えはない。
しかし、聞き覚えのない筈の名前なのに、酷く、懐かしく感じる。
提督「…俺は何をやったんだろうな、なぁ…教えてくれ…」
頭を鈍い痛みが残る、それはさも昔の自分が残した懺悔と罰のような気がした。
1020、時刻は少しずつだが進む
かつての悔いは、逃れられない枷となる