民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

1 / 49
他の作品も投稿していますが、つい出来心でこれも投稿してしまった…………




第1章 厳冬


「提督、そろそろ仕事を終えたらどうだ」

 

 目の前の大量の書類を捌く俺に声が降ってきた。

 

「もう、二三〇〇(ふたさんまるまる)だ」

 

 もうそんな時間か…………俺は軽く息を吐いた。

 デスクワークも中々に疲れるものである。

 いや、別に俺の仕事が遅いとかと言うわけではない。自分で言うのもなんだが要領はいい方だと思う。しかしながら、その能力を持ってしてもこの山のような書類を1日で捌くのは大変なのだ。

 今日の仕事の成果、艦娘たちの状態、装備の確認票、警護の依頼…………1日分だけでも大量の書類が届く。いかに、大変かは想像に難くないだろう。

 だが、現地で戦っている艦娘達の方が大変である。こっちはどれだけの量の書類が来ようとも命の危機に瀕することはない。しかし、実際の戦場で謎の敵ーー深海棲艦と戦う艦娘達は常に生死を伴っている。

 今日とて、貿易船の護衛に艦隊を派遣したが戻ってきたときにはある程度負傷し、入渠させた。

 ただ、秘書艦である長門の言う通り、時間ももう遅い。明日とて執務をしなければならない。俺は依頼書に目を通したところでぐったりとなり、もう一度息を吐いた。

 ふと、カレンダーに目をやり、日付を確認した。

 

「…………もうすぐ一年か」

「一年って…………あぁ」

 

 俺が呟いたことに長門は同調した。一年とはこの艦隊が組まれてから一年と言う意味である。

 最初は数名だったここもあっという間に立派になったものである。その時になったら記念祭でもやらないといけまい。

 

「変わったもんだ。ここも。俺も」

 

 急に立ち上がり、そう呟いたものだから長門は少し驚いた表情を見せた。

 

「たしかにここは変わったが…………提督は変わってないぞ」

「はは…………進歩してない、か」

「そう言う意味じゃないぞ!」

「分かってる分かってる、疲労回復のために君を揶揄っただけ」

 

 そう言うと、長門は少し微笑しながら感慨深そうに呟いた。

 

「本当に変わってないさ…………」

 

 

 

 

 補足しておこう。

 俺はこの鎮守府の提督を勤めている。鎮守府と言っても海軍の軍事機関ではなく、民間軍事会社であり、勝手にこっちがそう名乗っているだけである。そこにおいて、俺は社長、海軍ぽく言うなら司令官、提督と言ったところである。

 提督と言ったが、出身は陸軍であり、そこで色々あって今の鎮守府ーー民間軍事会社を立ち上げた。

 民間、と言えども主な商売相手は一般人ではなく国である。もちろん、平和主義を唱える日本の憲法を犯そうなど微塵に思っていない。こちらが提供するのは安全であり、武力ではない。しかし、深海棲艦から守ることができる機関はここぐらいのため多くの依頼を受けている。

 先程から、艦娘だぁ、深海棲艦だぁと言っているがこれも説明しておこう。

 

 まずは深海棲艦のことからだ。深海棲艦とは突然海から現れる敵。それだけである。他には…………艦隊を組んで仕掛けてくるとか…………うーむ、思いつかない。それぐらいに情報がない。分かるのは精々、俺たちの味方ではない。味方なら攻撃とかしてこないしね。

 

 次に艦娘。艦娘は謎の妖精さん達と人間の科学によって生み出された特殊兵士。妖精?ふざけているのかと言いたいのかもしれない。いや、まぁ…………たしかにそうだけど…………しかし、人間に艤装を取り付け、海上を滑るように移動する技術が人間で生み出すことができるだろうか?見た目は手のひらサイズの妖精さんだが…………恐ろしいテクノロジーを持っている。人間の科学とか言ったがそれは全体の1割もあるかないかだ。

 まぉ、それによって生み出される艦娘は普段は人間と相違ないが、艤装をつければ船一隻分の武力を有する。しかし、かかる燃料は艦娘1人につき艤装と人間1人の食事分。なんという低燃費。それ故に日本政府はたくさんの艦娘を生み出そうとし、表向きは希望制で人を実験に妖精さんの技術を埋め込んだ。結果から言うと成果は3分の1の確率。その結果から、政府は頭を抱えたが、実は妖精さんが指名した人のみが艦娘になれることが判明(その指名した人が全員女性だから艦娘となったんだが)。それを機に政府はじゃんじゃん艦娘を生み出した。

 しかし、それが簡単に許されるわけがない。人権侵害として艦娘達は反旗を翻し訴えた。結局、一般人に戻ったり、それでも軍に所属するものに別れたのだが…………そうは簡単に問屋がおろさなかった。人ならざる者に人々は怯えて、馴染むことはできなかったのだ。

 

 それと同時期に俺は陸軍として陸上に侵入してきた深海棲艦と戦っていたのだが…………非人道的な作戦を命令されたことで反抗。ストライキを起こし、俺も含めていくつかの部隊は解散させられた。

 いきなり無職となった俺に声をかけたのが昔ながらの知り合いの長門で、彼女とともに行き場の失った艦娘や兵士を社会復帰させるための団体を立ち上げたのだが…………もう、戦闘に駆り出されるのは懲り懲りなのではと思っていたのだが、そうではない者が多く、人を守るために戦いたいという要望の下、この民間軍事会社を立ち上げた。と言うのが、ここの概略である。

 

 ちなみに、俺はこの職場の中では年長の方に入る。鳳翔さんとかは俺よりも年上なのだが…………基本的には俺よりも歳下が多い。俺とてまだ若いのだが、そんな俺よりも若く、そして女の子達が深海棲艦に対抗できる唯一の人たちなのだから嘆かわしい。

 

 さて、と書類を小脇に抱え辺りを見回せば、当然ながら静寂が広がっていた。

 

 昼間は主に駆逐艦などで賑わう鎮守府だが、今の時間帯では完全にお休みモード。ここで目を開けているのは俺と長門くらいである。

 

 ここに所属する艦娘達は基本的にここの寮を利用している。基本的にと言ったが、全員と言うのが正しい、か。

 地方都市に過ぎないこの町にある鎮守府だが、日を追うごとに艦娘達の人数を増やしている。いずれ、全艦娘がここに来るのでは?と妄想してしまうが、現実に起きそうで笑えない。

 それぐらいに日本政府は艦娘を生み出した。

 それだけしておいてアフターケアもしないのはどうかと思うがそう言ってもキリがない。どうにかしろと言っても実情は変わらない。だから、この鎮守府を立ち上げた。やらない善意よりはやる偽善である。

 

「提督、いつまでボーッとしてるんだ。早く見回りに行くぞ」

 

 そう言い、彼女は先に寮の見回りへと行った。

 長門。俺と同い年であり、孤児院からの仲である。凛とした立ち振る舞いで軍人気質な彼女で有るが、戦場では勿論、秘書としても有能で美人な艦娘である。彼女を慕う艦娘も少なくない。

 俺は書類を机に置き、長門に続くように執務室を出た。

 

「ボーッとはしてない。今後の日本の展望に憂いていただけだ」

 

 言いながらドアを閉じれば、ライトをすでに準備していた。まことに手際が良い。

 

「ボヤくのもいいが、頭の中にしてくれ。ただでさえ、変人だと重巡達が面白がっているんだ。気をつけないと仕事に差し支えるぞ」

「部下達を思って世の中を憂う上司を変人扱いするとは…………理不尽だな」

 

 聞こえよがしに呟きながら、俺は足を進めた。まぁ、俺を面白がっている話は今に始まったことではない。俺は気にせず、それっぽい行動をしていればいい。

 長門は、苦笑を浮かべつつ俺の横を並びながら歩みを進めた。

 駆逐艦寮を過ぎ、軽巡寮へ来たところで、張りのある声が聞こえた。

 

「夜戦〜夜戦しようよ!」

 

 静寂な空間があっという間にぶち壊された。

 

「ああ、三水戦か…………」

 

 ほかの軽巡達が迷惑そうに顔を出した。声のする部屋のネームプレートを見る。言わずもがな"川内"の文字が目に入る。

 

「あー、どうにかするから、寝ててもいいぞ」

「もう、部屋を遠くにしてくださいよ…………」

「そんな余裕はないんだ、我慢してくれ」

 

 何度も注意してるのだかな…………

 

「流石に限界だな。提督、たまにはお灸を据えてやるのも大事だぞ?」

 

 そう言われながら他の部屋をちらりと見る。軽巡の熊や龍もうなずいていた。彼女達も限界のようだ。

 蛇足だが、先程の2人はここで働き始めてまだ1ヶ月も立っておらず、名前からの印象で勝手に頭の中で読んでいるだけだ。熊の方は語尾にクマーとかつけているのであながち間違いではないだろう。当たり前だが、口には出さない。

 騒ぎの部屋から神通がちらりと俺を見た。流石の妹でも限界らしい。

 

「すまないな、今回ばかりは俺から注意しよう」

「川内姉さんがすいません…………」

「神通も夜戦しようよ!提督に言えばどうにかなるって!」

 

 言っているそばから川内のやかましい声が聞こえる。声に気づいた神通が申し訳なさそうな顔をする。

 

「とりあえず、静かにさせないと…………」

 

 女性の部屋に入るのは気が引けるが今はそんなこと言っている場合じゃない。他の娘の仕事にも支障が出る。

 唯一明かりのついた部屋には、1人目を爛々に輝かせ制服を纏った彼女はいつでも出撃できると言わんばかり。しかし、俺を見つけると固まった。

 一瞬の沈黙。そしてため息。

 

「や「夜戦はしないぞ」えー…………」

 

 川内が言い切る前に俺は遮るように言った。

 

「あのなぁ…………夜戦の演習は週に1度だけと決めているんだ。それ以外の日はしっかりと寝て次の日に備えろ」

「でも、足りないんだよぉ〜」

 

 しかし、相手も食い下がらない。すると、長門も一歩出て、

 

「足りない、足りるの話ではない。そもそも夜戦は無闇にするものではない。三水戦、君が無理を言った上で週一に夜戦の演習を入れてもらったのだろう?」

「で、でも…………」

「それ以上我儘言うのなら、折檻を受けるか?」

 

 実に有能である。

 先程まで威勢の良かった川内は"折檻"と言う言葉に黙り込んでしまった。ここで言う"折檻"は周りより少し訓練がきつくなるだけだ。いや、むしろ長門と一対一で教えてもらうのだからいいのかもしれない。と思うのだが、そうじゃないらしい。

 

「分かったのなら、これからは夜は静かに、な?」

 

 俺はできるだけの注意をして、長門を顧みた。彼女は拍子抜けした顔を少し見せた後、不満気な顔をした。

 どうやら、俺の注意に不満があるらしい。

 俺は川内の部屋を後にして、まだ残っている寮の見回りへと向かった。

 部屋を出る前に、ふと時計を見る。

 二三三〇(フタサンサンマル)

 今日は比較的早く寝れそうだ。

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 眠い…………。

 一生懸命瞼を上げようとするが中々上がらない。気を抜けばすぐに閉じて夢の世界に旅立ちそうだ。

 ちなみに11日間眠らずにいたと言う高校生がいたらしい。その青年は薬も使わず自然な状態で11日間も起きていたそうだ。しかし、徐々に障害が出始め、妄想、果てには言語障害も出たそうだ。もちろん、そんなことに挑戦しようなんぞ微塵も思わない。

 いずれにせよ、この睡眠への欲求をどうにか振り切らなければと思考するが、思考すればするほど意識が彼方へと消えそうになる。

 執務室のソファに斜めに寝そべったまま時計を見るが、時刻は〇七〇〇(マルナナマルマル)少し前…………

 実は昨日の夜戦騒ぎの後、やり残した書類を思い出してそれを処理していたのだ。最初は今日に回そうと思ったのだが、気になって寝付けなかったのでついやってしまった。そして、他の書類にも手を出し…………結局、気づけば朝日が見えていた。1時間半程度仮眠を取ったが、全く足りない。

 これから執務があると思うと余計に眠気が強くなる。

 

「7時になりましてよ?ちゃんと目をお開けなさいな」

 

 いいとこの育ちを感じさせる声が夢へと出発しかけた俺を引き戻した。

 未だに開けることに抗う瞼を無理やり開き、体を起こすと栗色のポニーテールの女の子が軍事会社なのにブレザー姿を纏い立っていた。

 服装は別に自由、としているので今さら突っ込まない。

 

「すいません、お嬢様。ここは関係者以外立ち入り禁止となっていまして、貴女のような高貴な方が来る部屋ではありません…………」

「馬鹿なことを言いませんの」

 

 とお嬢様口調で返された。

 この、ただでさえブレザー姿で軍事会社とはあるはずのない組み合わせに、どこかの金持ちのごとく品のある様相を見せる艦娘が熊野である。

 昨日の熊とはまた別の熊であるこの艦娘は、この会社を設立してからの数少ない初期メンバーの一員だったりする。さらに言えば、陸軍時代にも接点があり、共同戦線を張っていたりする。戦闘中、「とぉぉ↑おう↓」と奇声を発する姿を見て、あまり関わらないようにしようと思っていたのだがどういう奇縁か、設立時に長門が連れてきたメンバーにこの熊野がいたのだ。

 

「御機嫌よう、重巡熊野ですわ」

 

 と言う自己紹介に始まり、エステだぁ、夜更かしは肌の天敵だぁなどと俺の頭を悩ませた艦娘の1人であったりする。

 

「流石、"変わった提督"ですわ。戦果は右肩上がり。感謝の手紙もたくさんありますわよ」

 

 と言いながら、馴れた手つきで紅茶を2人分淹れる。

 紅茶はお嬢様の大好物だ。

 ちなみに、俺は朝はコーヒー派である。無論、お洒落な重巡がコーヒーを淹れてくれるわけもない。長門の場合はコーヒーを淹れてくれるのだが…………彼女は見た目に反してかなりの甘党で、これでもかと言うほど多量の砂糖を投入する。やたらと甘い長門ブレンドはブラック派の俺には徹夜明けで判断力が鈍っている時以外とても飲めたものではない。

 

「また、どこかのバカが大騒ぎしていたんですの?」

 

 と、俺の向かいに腰を下ろした。

 徹夜でかなりの疲労状態である俺は、答えるのですら億劫で黙って紅茶をすする。…………いまいち紅茶は好きになれん。

 

「また、遅くまで執務をしていましたの?とてもひどい顔をしていますわよ」

「…………そう思うのなら、疲労困憊な俺を労う意味でも、コーヒーを淹れてくれた方が嬉しいんだが」

 

 聞こえよがしにそう言うものの、俺の苦情など、お洒落な重巡には全く通用しない。クスクスと上品な笑いが返ってくるだけ。

 実際、川内がここに来てから俺の就寝時間は短くなった。川内のことを他の艦娘たちは「夜戦バカ」と言って随分と迷惑がる。「川内の部屋が近いと眠れない」と、軽巡の者たちが口を揃えて言う。中には川内の夜戦騒ぎに対策するために耳栓を買った者がいるくらいだ。

 しかし、彼女は昼間はしっかりとしているため、余計に注意しづらい。

 俺はソファにもたれかかり、窓の外へと視線を向けた。

 

「だいたい政府が無闇に艦娘を生み出すから、かくも多くの者が集まって、許容を超えた仕事をしなければならないんだよ」

 

 窓からは海が見え、それなりの景色である。とそれはいいか…………

 ここは艦娘を無条件に受け入れ、艦娘が社会復帰できるようにサポートする、それが当初の目的だったはずが今では全員雇い、日々海へと駆り出す始末である。

 

「過ぎたことを言ってもどうにもなりませんわ」

 

 そう言い、手に持ったカップを下ろした。

 

「今ではどこも艦娘を怖がってまともに対応してくれませんわ。そんな中でこうして艦娘を受け入れると言う理念を貫いていることは、それだけでも素晴らしいことですわ」

「分かっているさ。俺は長門に賛同して今こうして働いている。でもな…………」

 

 漏れるのはため息ばかり。

 この鎮守府を創立して以来、誰一人拒否することもなくやってきた。最初こそは周りと馴染めず肩身の狭い思いをしてきた艦娘がやってきたが、次第に海上自衛隊の方から現役バリバリの艦娘たちがやってくるようになった。

 無論、それを受け入れるのがここの理念である。

 その結果、艦娘の社会復帰へのサポートと言う面は完全に民間軍事会社の面に隠れ、事実上の蒸発に至った次第である。

 

「そう、落ち込まないでくださいな。わたくしたちはこの国を支えている。やり甲斐のある仕事じゃありませんの」

 

 揚々とそのセリフを言う彼女を俺は少し驚きながら見た。

 

「その底抜けに前向きな思考は、熊野のいいところだな」

「あら、わたしくしに惚れましたの?」

「真に受けるな。眠気ゆえの戯言だ」

 

 そう言うのものの、熊野はどこ吹く風、相変わらずクスクスと微笑している。

 そのお嬢様が急に神妙な顔つきになった。

 

「ところで提督、聞きたいことが…………」

 

 声と小さい。先程までと打って変わり、妙にしおらしくなった。

 

「鈴谷がここに配属されると言う噂を聞いたのですけど…………本当なのかしら?」

 

 熊野の意図を汲みきれず、首をかしげる。

 

「…………鈴谷と言うのは重巡の?」

「そうですわ。最上型重巡洋艦3番艦の鈴谷ですわ」

「最上型…………」

「お気づきになりました?」

 

 最上型、ねぇ…………ああ。

 俺がようやく理解したことに気づいたのか、

 

「それが本当なら友として嬉しいことですわ」

「どうりで妙な話し方をしていたのな」

 

 熊野は最上型重巡洋艦4番艦。そりゃあ、どこか接点があるはずだ。

 鈴谷、たしかにこっちに配属されるという書類を見た。配属日は受け取って一週間後だったから…………明日か。まぁ、職場に昔からの友がいるといないでは精神的には大きな差が出るだろう。

 

「で、本当ですの?」

「ああ、鈴谷という艦娘が配属されるのは本当だ。明日にはくるだろう」

 

 それにしても、基本的にお嬢様らしく慎ましく振る舞う彼女が珍しくウキウキしてるのは面白いものである。

 

「もちろん、歓迎会をするのでしょう?今回は私が計画してあげますわ!」

 

 言っておくが、今まで歓迎会を催したことはない。紹介などはしていたが、基本的にはそのままというのが普通であった。

 

「歓迎会って、何をするつもりだ?明日はそんな暇はないぞ」

「分かってますわよ。でも、鈴谷に提督を紹介するのも悪くありませんわ」

「最初は顔と名前を知っとけりゃぁいいだろ」

「お茶会を開くのもいいですわね」

「人の話を聞け」

 

 勝手に決まっていく熊野の歓迎会をよそに 俺はカップの中の紅茶を飲み干して立ち上がった。

 昨日徹夜したと言えども、まだ業務がある。

 

「あら?逃げますの?」

「仕事だ。工廠に用があるんだ」

「そう…………明日、鈴谷と会うときは必ずわたくしも呼んでくださいな」

「好きにしろ…………」

「別に鈴谷にわたくしと提督の関係を教えてあげてもよろしくてよ?」

「関係を教えるって…………部下と上司というだけだろうに…………」

「あら、照れていらっしゃるの?」

「…………何を?」

 

 だんだん馬鹿らしくなってきた俺は、背後で頬を赤らめる重巡を無視して、執務室を出た。眠気は無くなったが明らかに頭痛が出始めた。

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 この鎮守府の従業員というか…………所属者は基本的に女性が大半である。まぁ、艦娘を採用しているのだから当たり前っちゃあ当たり前なのだが。そんな中での男は俺の他に1人いる。その人は俺のキャリアを遥かに超える超ベテランの老輩で、今は工廠で長を務めている。

 その人は橘さんという人で見た目は小柄で好々爺のような人物で、工廠を担当する艦娘達からは慕われている。

 しかし、見た目とは裏腹に驚くべき技術を持ち合わせており、かつては海上自衛隊で技術曹を務めていた。

 よって、女所帯のこの鎮守府には、俺と橘さんしか男がいない。つまり、主戦力は艦娘。ていうか彼女たちしかいない。俺だってまだまだやれるのだが…………半ば強制的に退役させられているのでどうしようもない。

 無論、最初は復帰しようとしていたが、何故だか許されず結局今の形に収まっている。

 まぁ、周りの艦娘たちからは変人扱いされたりするが、別段不満もなくこうしてまもなく1年を迎えようとしている。

 

「おや、提督さん…………見回りですか?」

 

 熊野を振り切って執務室から、工廠へと顔を出した途端、早速弱々しい声が聞こえてきた。

 工廠の片隅で、作業していた橘さんが微笑んでいた。ひょろりと手を上げ、こちらへと歩いてきた。

 

「橘さん、体調は大丈夫ですか?」

「体調?ハハ、絶好調ですよ。提督さんこそ、いつも遅くまで仕事お疲れ様。何か用事で?」

「ええ。橘さんではなく明石に用事がありますから、たまには休んでください。3日も工廠に泊まり込んでいらっしゃるのでしょう?」

「ハハ、もう3日になりますか」

 

 あまり大きな声ではないものの、しっかりとした声、年季のある振る舞い…………。橘さんと話すと、何故か敬語になってしまう。

 

「ちょうど作業も終わりましたし、お言葉に甘えて今日は休ませてもらいます」

「そうしてください。それと明石はどこにいますか?」

「彼女なら夕張さんと何かおもいついたようでずっと部屋にこもってますよ。何でも世紀の大発明らしいですよ」

 

 ハハと、笑う橘さんはまるで孫のことを話しているようだった。たしか、橘さんは結婚しておらず、子供がいない。

 ふらりふらりと歩く橘さんを見送って、俺は明石のいる部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 工廠には様々な装備が転がっている。しかし、どの装備も俺が扱える代物ではない。

 そして、奥の部屋からは何やら作業音と話し声が聞こえる。

 ドアをそっと開け、部屋に入るとそこには2人の女性が工具を持って何やら作業をしている。あまりに夢中になっているせいか俺が部屋に入ってきたことに気づいていない。

 

「ここをもっと大きくすれば火力が大きくなりますよ!」

「うーん。そうすると爆発する可能性が…………ま、陸奥さんなら大丈夫かな?」

「そうですよ!さぁ、もっと火力を…………」

 

 また、良からぬ装備品でも開発している。この前、長門に叱られて、長門式特訓法をフルで受けたばっかりというのにまだ懲りていないのか。「二度とこんなことはしません」と泣きながら言っていたのが記憶に新しい。

 川内に続く、この鎮守府の悩みの種である2人の艦娘ーー明石と夕張はほぼ真後ろにいる俺にも気付かず魔改造を施している。

 夕張は病気的なまでに火力に執着している。彼女に好きに改造を頼むと大体火力を底上げして他の性能が捨てられる。掃除機の改造なんか吸引力が高すぎて、部屋が無茶苦茶になった上に掃除機自体が爆発した。

 対する明石はオリジナリティを求める。無論、そのオリジナリティにまともなのがないが。「研究者は探究心が大事なんです!」と、様々な創作品を作ってくるがどれも実用的ではなかった。

 言っておくが資材は会社持ちである。この鎮守府の出費は食事費が一番だが、開発費も安くはない。食事費はみんなによる出費に対して、開発費は大体この2人によるものである。

 ゆえに、これは見過ごせないことであり、注意どころか罰則を受けるべき事柄である。

 よってやるべきことは

 

「明石、夕張何をしている?」

「ひゃっ!?て、提督!?」

「こ、これは…………その…………陸奥さんに頼まれまして」

「陸奥はそんなこと頼まない。それにお前たちの会話はさっきまで聞いている」

「で、でも、これが完成すれば役に立つこと間違いなしですよ!」

「あのなぁ…………明石、それを言って役に立ったか?反省していないのなら長門に報告するぞ」

「「すいませんしたー!」」

 

 長門、恐るべし。一体どのような特訓をさせればこうなるのだろうか。

 

「次からは自分たちの費用でするように。分かったな?」

「「は、はい!」」

 

 俺は踵を返し、部屋を出た。数歩進んだところで本来の用事を思い出し、再び部屋に入った。

 

「そうそう、明石。明日新しい娘が来るから重巡用の装備を準備しておいてくれ…………って、何をしている」

「…………い、いやぁ、そのぉ…………」

 

 部屋に入ってみれば作業を再開していた。成る程、こりゃあお灸をすえないといけまい。

 

「これは橘さんに報告しておく。あと、明石さっき言ったこと忘れないように」

「た、橘さんに!?そ、それだけは勘弁してください!!」

 

 青ざめて訴える2人を後にして工廠を出て、また執務室へと向かった。

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 執務室に戻ると、電が冊子を持ってソファに座っていた。

 ここの駆逐艦は皆幼いため、毎日日替わりで日直のようなものを担当してそれぞれの体調を確認して冊子に記入し執務室に持って来るようにしている。ちなみに冊子には他にも日記なども自由に書けるようにしており、本当に日直日誌のようになっている。

 日誌を持ってきた電は人思いで健気な娘である。いつも、会う度に丁寧に頭を下げて挨拶してくれる。その可愛らしい姿ゆえにほかの艦娘からも人気がある。

 長門なんかは完全に彼女の虜(駆逐艦には基本的に虜だが)なため、いつも頭を撫でたりしている。

 

「司令官さん!日誌なのです!」

 

 とにこやかに日誌を渡す姿に、長門の言うことに賛同する。

 成る程、俺の心が洗われる。

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 電が部屋を出た後、俺は早速日誌を開き内容を読んでいた。可愛らしい字が並んでいる。

 

「何をしているの?ニヤニヤして気味が悪いわ」

 

 日誌を読み、再び心が洗われていると、前から声をかけられた。

 顔を上げると、電と同じ駆逐艦の叢雲が立っている。

 

「小さい子の日誌を読みながらニヤニヤする司令官…………変態ね」

 

 変人の次は変態ときたか…………

 それにしても、出会って早々この言い草である。

 

「微笑ましいことに対して微笑んでいるだけだ」

「そう。執務室を放っておいて何をしていたのかしら?」

「明石のところに行ってたんだ。今度新しく来る娘のために装備を準備してもらうためにな」

 

 そう、と呟いて、叢雲はソファに腰を下ろした。今日の書類を仕分けしている。

 

「それにしても、明石と夕張の開発はどうにかならんのか…………」

「また、改造でもしてたの?」

 

 俺は黙ってうなずいた。

 叢雲は幼い子が多い駆逐艦の中でも、大人びており駆逐艦の中で唯一、秘書艦代理などを務めることもある極めて優秀な艦娘である。ちなみに彼女も設立時の初期メンバーである。頭がいい上、どんな事態にも絶対に慌てない冷静さに定評がある。少々キツイことを言う時もあるが、いくつもの修羅場に、少なからず世話になった。

 その切れ者叢雲が珍しく浮かない顔をしている。

 

「どうした?」

「新しく入ってくる娘のことなんだけど…………」

 

 叢雲が少し声を落として話したことによると、新しく入ってくる艦娘ーー鈴谷は海上自衛隊の下で前線で戦っていたそうだ。しかし、そこで上司からの嫌がらせーー所謂セクハラというのを受けていたらしく、人間不信に陥っているかもしれないとのこと。

 

「なら、俺はあまり彼女と関わらないようにしてあげたほうがいいかもな」

「そういう問題じゃないでしょ。ここの真の目的は社会復帰よ?」

 

 あきれ顔の叢雲である。怒った顔も様になる。

 

「私としてはここでちゃんと克服して、社会復帰して欲しいのよ」

「ほぉ、で、ここの長である俺に言ったわけなんだな」

「そうよ」

「鈴谷、だったな。熊野の友人でもあるらしいし気に留めておこう」

 

 ふと、日誌をめくる手を止める。

 

「どうしたの?」

「いや、熊野の友人ならお嬢様っぽいのかなって」

「…………あのね、あんた、酸素魚雷でも受けたいの?人が真面目な話をしているのに」

 

 ムッとした叢雲は俺を睨みつけた。

 あまりに疲労が溜まっているせいか、考えていることがそのまま口に出てしまったらしい。

 

「あんたは、ただでさえ変な人だって言われてんだから、人の話くらい真面目に聞きなさいよ。いい加減私もフォローしきれないわ」

「俺はいつも真面目だ。むしろここまで部下を思って悩む上司を変人扱いする方がおかしいんだ」

「だいたい、死にそうな顔をして仕事しているから変人扱いされるのよ」

 

 理不尽な物言いだ。だいたい戦闘員の俺にこんなデスクワークをさせるからダメなんだよ。俺を教官にでもしたらもう少しマシだなろうに。

 

「俺とて好きで死にそうになりながら仕事してないんだ。そもそも俺が変人扱いされようが君の知ったことではなかろうに」

「ええ、そうよ。でも、私なりに…………」

 

 と叢雲は口をつぐんだ。

 

「ん?」

「なんでもないわよ!」

 

 と怒鳴りつけられた。やっぱり理不尽だ。そして、叢雲はため息混じりに

 

「心配しているのよ。戦いじゃあ、天才なのに、変なところで自覚が足りないんだから」

「戦い以外にも得意なことはあるぞ」

 

 この後の沈黙はより一層叢雲をムッとさせた。

 何か言おうとした叢雲は、しかし大きなため息と冷ややかな視線を残して何処かに行った。

 うーむ…………。

 疲労のせいにするのもよくないかもしれないが失言が増える。変なことにこだわってしまう。あとで叢雲に詫びを入れないとな。

 俺は大きくあくびをして時計を見た。

 〇九〇〇(マルキュウマルマル)

 再び睡魔に襲われるが、これからの執務を放っぽりだすわけにもいけない。

 もう一度大きくあくびをしたところで、いきなり目の前にコーヒーが置かれた。

 

「ま、せいぜい頑張りなさい」

 

 顔を上げれば、どっかに行ったと思われる叢雲だった。

 カフェインの匂いが俺の気力を復活させた。

 一口飲んで息を吐く。美味い。

 これがコーヒーだ。長門のように馬鹿みたいに砂糖を入れるものではない。

 うまそうに飲む俺を見て、叢雲は微笑していた。

 

「元気は出たかしら?」

「ああ。だが、コーヒーだけでたぶらかされる俺じゃないぞ」

 

 叢雲の微笑が凍りついた。

 身を翻して執務室を出ようとした叢雲は、振り返りもせずに、

 

「やっぱり一度酸素魚雷を撃ち込んだ方がいいかもね」

 

 カフェインで目が覚めたわけではないらしい。




気分転換と言う割にこの量である。何かアドバイス、感想がありましたらよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。