民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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あけましておめでとうございます。1月1日には間に合いませんでしたが、正月回となります。




閑話4"あけおめ"

「提督、あけおめことよろ!新年も、鈴谷をよろしくね!さぁ、お年玉、ちょうだぁ~い?」

 

 突然開かれた執務室の扉。新しい年の幕開けを象徴する言葉を発しながら、鈴谷はやってきた。

 あいにく、秘書の長門は不在。おかげでズカズカと入ってくる鈴谷を咎める者はいない。さらに俺は咎めることすら億劫であり、ちらりと一瞥したあと、再び画面に目を向けた。

 補足しておくと、今はジャスト0時。すなわち本当に新年がやってきたばかりだ。そんな中、俺は労働基準法の労働時間を大幅に超えて、仕事している俺は疲労困憊で意識も白濁しつつある。

 そんな俺にいきなり入ってきて、お年玉ちょうだいなどとぬけぬけと言う彼女はいささか配慮が足りていない。いや、かなり足りていない。

 

「…………すまんが、回れ右をして出てくれ。年末年始は仕事がなぜか殺到するんだ」

「むー…………お年玉…………」

「急がずともお年玉は昼にちゃんとやるから…………」

 

 クリスマスの件もそうだが、この鈴谷という艦娘はイベントのある日は必ず早めに来る。楽しみで待ちきれないというのも分からんではないが、火の車状態の俺からすれば迷惑もいいところである。

 

「てか、年越しなのに仕事してんの?」

「逆に年越しだからといって仕事がなくなるわけでもなかろう。なんなら、執務を手伝ってくれればお年玉も弾むぞ」

「え?マジ?」

「ああ。手伝ってくれるか?」

「うん!するする!」

 

 実に単純だ。このくらい簡単に動いてくれると、仕事も楽になるのだが。熊野とかは必ず条件を増やして来るからな。

 

「てか、この山積みの書類なに?」

「これか?艦娘の今までの活躍を記録したものだ」

 

 1年が終わることはつまり、まとめもしなければならない。それぞれの戦果などをこのハイテク機器に入れるわけなのだが…………

 

「これ、終わるの?」

「終わるさ。いや、終わらせないといけないんだ」

 

 1年という長さは伊達ではなく、相当な量の書類になっている。おかげで、生気を戻しつつあった俺の顔が再び死にかける羽目となり、叢雲に心配されたばかりである。

 

「じゃあ、鈴谷は何をすればいいの?」

「とりあえず、書類を艦娘ごとに仕分けてくれ」

「りょーかーい、鈴谷は夜型だからね、こういうのもチャチャっとやっちゃうよ!」

 

 威勢良く鈴谷は言うが、この仕事をなめてはいけない。

 延々と同じ作業をすると頭がどうにかなりそうになるのである。今までは叢雲のコーヒーによって、どうにか持ちこたえてきたが、さすがに年越しにまで叢雲に手伝わせるのも気が引けるので1人でやっている。おかげで、俺は現在進行形でおかしくなりそうなのである。

 

「とにかく、あけましておめでとう。今年は問題を起こさないでくれよ?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ!鈴谷にお任せ!」

 

 

 ーーーー

 

 

「はあぁぁ…………やっと、おわったぁぁ」

 

 今は1時15分。幾度もパソコンを投げ出したい衝動に駆られながらもなんとか持ちこたえた。いなくなってその存在のありがたさに気づくと言うが、なるほどその通りだ。今までは手際よく彼女が手伝ってくれ、さらにコーヒーで活力まで与えてくれるありがたい存在だ。

 その代わりを務めてくれた鈴谷はと言うと…………

 

「へへ…………鈴谷にお任せ…………」

 

 呑気にもスヤスヤと眠ってくれている。夜型とはなんだったのやら…………まぁ、眠くなるのも仕方ない。

 

「うわぁ…………ヌメヌメする…………」

「…………どんな夢を見てるんだ?」

 

 妙に頰を赤く染める鈴谷を抱え上げ、ソファに寝せる。風邪でも引いてるのか心配したがそうでもなさそうだ。

 寝せるだけでは寒そうだったので何かかけるものを探したがなかったので、仕方なく軍服をかけた。

 

「あぁん…………提督、そんなに触んないで…………」

「…………本当にどんな夢を見てやがるんだ」

 

 軍服をかけた途端、妙に体をくねくねさせ始めた鈴谷だが気にしても仕方あるまい。俺は一刻でも早く布団に行きたいのだ。

 

「…………おやすみ」

 

 ソファに眠る鈴谷に小声でそう告げ、俺は自室に向かった。

 

 

 ーーーー

 

 

 ピピピピピピ…………

 

「ああ?なんだよ、もう…………」

 

 誰もいない虚空に向けて悪態をつくものの、何も起こるわけでもない。

 いや、思わず悪態ついたのには理由がある。正月だから少し長めに睡眠を取ろうと思ってたらうっかり定刻通り6時に目覚ましが鳴ってしまったのだ。

 寝ようと思っても、一度起きてしまった体はもう寝ることができない。全く不便な体だ…………

 

「新年でも平常運転なのは上司の鑑だな」

 

 今年も訳の分からんことを言いつつ、俺は服を着替えた。さすがに2日間同じ服は気が引ける。

 そんなことを気にしない人もいるだろうが、俺はなんとなく嫌なのだ。

 そのまま洗面所に向かい鏡を見るが、いつもに増して酷い顔が映っていた。この顔を見て叢雲が心配するのも頷ける。

 

「…………お腹空いたな、食堂にでも行くか」

 

 俺はそのまま自室を出た。

 

「すー…………すー…………」

 

 そういえば、鈴谷が寝ていたのを忘れていた。少しいたずら心で落書きでもしてやるかと思ったが、やめておいた。代わりに前々から用意していたお年玉を置いておいた。ここの艦娘はなかなかの数なので必然的に大金になってしまうが、金を持っていても使い道はせいぜいトレーニンググッズしかないので、こういうときに使うのが良い。

 

 

 ーーーー

 

 

 間宮さんの朝は早い。俺がボヤきながら起きて来たのが6時だったのにも関わらず、間宮さんはすでに起きていて食堂の準備を終えている。

 ひょっとしたら、俺よりもハードな日々を過ごしているのでは?と、ときおり思うのが、間宮さんからは提督の方が大変です、とニコニコ顔で言ってくれた。

 常に死にそうな顔で文句ばっかり言っている俺に対して、間宮さんは弱音1つ吐かない。俺も見習うべきだなぁ。

 

「…………」

 

 食堂は正月らしく飾られているが、俺が驚いたのはそこではない。俺よりも先に先客がいたことに驚いたのだ。さらに驚いたのは机一面に並べられた料理だ。

 

「…………何これ?」

「あら、司令官じゃない。あけましておめでとう」

「ああ、あけましておめでとう。ところで、何を食べているんだ?」

 

 俺と間宮さん以外にこんな朝早くから起きる真面目な奴は誰かと思えば叢雲だった。彼女は朝から黄色い団子のようなものを食べている。

 頰に黄色い餡子までつけて、食べてるあたりよっぽど美味しいのだろう。

 

「何って、栗金団よ。あんたも食べる?」

「あとでいただこう…………いや、そうではなくてだな。この山のような料理はなんだ?」

「間宮さんが作ったのよ。この発足して1年が経つことも含めて、今年は贅沢に祝おうって」

「しっかし、これだけの量を一晩で…………俺にも言ってくれたら手伝いぐらいはしたのだが」

「提督も昨日はお忙しかったでしょう?」

「おぉ、間宮さん。あけましておめでとうございます」

「はい!あけましておめでとうございます!」

「それにしても、この量は大変だったでしょう?」

「いえいえ、提督さんこそ。昨日は夜遅くまで仕事で…………」

「もうこの話は止めにしましょう。とにかく今日は謹賀新年、お祝いしましょう」

 

 そう言い俺は懐から2つの封筒を取り出し、間宮さんと叢雲に渡した。

 

「あら、これは?」

「お年玉、です。少ないですが」

「私にも?」

「そうだ。お世話になってるからな」

「そう、悪くないわ」

「あら、叢雲さん嬉しいんですね?」

「そうなのか?」

「な、何?感謝なんかしていないし!」

「叢雲さん、嬉しいときは頭の機械がピンクに光るんですよ?」

「へぇ、そうなのか」

 

 たしかによく見ると、頭の機械がピンク色に点灯している。その機械にそんな機能があったのか。

 

「あ、え?ちょ、ちょっと…………あんた、こっち見ないでよ!」

 

 新年早々、叢雲の理不尽な物言いから始まった。うむ、今年も良い年になりそうだ。

 

 

 ーーーー

 

 

 間宮さん特製のおせち料理を食べた後、俺は仕事始めとした。執務室に入るとすでに長門が待機していた。

 

「長門、あけましておめでとう。今年もよろしく頼むぞ」

「…………え?あ、ああ。あけましておめでとう」

 

 新年なのに長門の様子が少々おかしい。妙にそわそわしている。

 

「どうした?様子がおかしいようだが」

「いや、何でもない。…………駆逐艦たち、遅いなぁ…………

 

 やはり、妙だ。まぁ、気にしていても仕方あるまい。こちらは早急に執務を進めなければならない。

 すると、ドアが荒々しく開かれ、

 

「お正月っぽーい!提督、あけましておめでとう!」

「おお、夕立か。あけ…………ぬぉ!?」

 

 着物姿で登場するなり、文字通り飛んできた夕立。かなりの勢いで走ってきたのか俺の無防備な腹に突っ込んできた。

 

「…………新年早々慌ただしい奴だ。ともかく、あけましておめでとう、だ。今年もよろしく頼むぞ?」

「今年も夕立頑張るっぽい!」

 

 そのまま夕立は腕を俺の腰に回してしがみついた。なぜか妙に後ろから黒いオーラを感じるがこの際は無視しておこう。

 

「もぉ!あたしがいっちばーんに挨拶しようと思ったのに!提督、あけましておめでとう!いっちばーんたくさん入ったお年玉をちょうだい!」

「2人とも慌てすぎよ?提督、あけましておめでとうございます」

 

 と、白露と村雨もやってきた。皆揃いに揃って着物姿だ。

 

「ああ、あけましておめでとう。あれ?時雨は?」

「…………ここにいるよ。提督、あけましておめでとう」

「おう、あけましておめでとう。時雨も入ってきたらいいじゃないか。お年玉あるぞ」

「ねぇ、白露。どうしてもこの格好じゃないとダメかな?」

「大丈夫、大丈夫。時雨も着物似合ってるよ!」

 

 どうやら、俺に着物姿を見せるのが少々恥ずかしいらしい。時雨のことだから、着物姿も似合うだろうな。

 

「ほら、こっち来て!」

 

 無理矢理白露に引っ張られ時雨は恥ずかしそうに頰を染めながら出てきた。

 

「黒の着物か。よく似合ってるぞ、時雨」

「そ、そうかな?提督がそういうのなら嬉しいよ」

 

 これでいつもの仲良しこよしの4人組が揃ったわけだな。俺は引き出しからお年玉を取り出し、4人に渡した。

 

「それじゃあ、改めまして…………あけましておめでとう。今年も君たちが活躍できるように精一杯サポートさせてもらうぞ?」

「はい!あたしたちも提督のために精一杯戦います!」

「ハハ、別に俺のためではなくてもいいんだが」

 

 ここはあくまで"艦娘"のためにあるのだから。まずは自分のために戦ってほしい。

 

「それはそうと、その着物は誰に着付けてもらったんだ?」

「鳳翔さんです!早く提督に見せてあげようと思ったけど…………」

「時雨が着るのを渋ったのよね」

「僕にはそういうのを似合わないから…………」

「嘘っぽい。時雨、朝早くから『どれが似合うかな…………』って言ってたっぽい」

「そうそう!『提督に見られるのなら可愛いって言われたいなぁ』ってね」

「そしていざ、提督の提督の前になったら恥ずかしいってねぇ?」

「…………もう!//」

 

 3人に諸事情をバラされた時雨は顔を真っ赤にしている。何を恥ずかしがる必要があるのか分からんが、それが年頃の女の子と言うのだろう。

 

「ねぇ、時雨、可愛いですよね?提督」

「ん、そうだな…………可愛いというより、美しいって感じだな」

 

 この4人に共通することだが、第六駆逐艦などの駆逐艦に比べて少々年上であり、どことは言わないが成長している。

 その上、時雨は普段から落ち着いており可愛いと言うよりも大人っぽさが目立つため美しいと表現した方がいいと主観的ながら判断したのだ。

 

「提…………あ、ああ!」

「あ、時雨が逃げたっぽい!」

「逃がさないよ!」

「周りに迷惑かけるなよ〜」

 

 逃げ出した時雨を3人は追いかけて、執務室は静かになった。嵐なうな奴らだったな。

 

「白露型の娘ですらあの可愛さ…………第六駆逐艦の娘たちならもっと可愛いのだろうな…………」

「長門…………少し自重してくれ」

 

 彼女の煩悩は除夜の鐘では浄化されてなかったようだ。新年早々彼女がこうだと先が思いやられる。

 

「コホン、すまない。気が緩んでいたようだ」

「そ、そうか…………ところで君は着物を着ないのか?」

「今は執務中だからな…………そんなに見たいか?」

「うーん、見たいと言われたら見たい、かな?」

「微妙な反応だな。提督こそいい加減、提督服姿とジャージ姿以外も見せたらどうだ?」

「…………ジャージ、いいじゃないか」

 

 と力のない反論をしてみるが、ジャージ以外着ないのはただ単に俺がファッションに疎いだけなのである。

 

「ともかく!今年の執務、始めようじゃないか」

「ああ、今年もこの長門に任せておけ」

 

 すでに今年初の仕事はやっていたのだが、細かいことは気にしない。俺はすぐさまパソコンに向かい仕事を始めた。

 

 

 ーーーー

 

 

 1時半過ぎた頃、再び執務室に来訪者がやってきた。その人たちも着物を着飾っている。

 

「提督、新年もこの熊野を、よろしくお願いしてよ? 初詣には、いつ出発なさるの?」

「あけましておめでとう、熊野。初詣は行きたいのは山々なのだが…………見ての通り、仕事があってだな」

「えぇ!?深夜までしてたのに?」

「それは去年のまとめの分だ、鈴谷。今は今年初の仕事が山ほどきているのだ」

 

 鎮守府が円滑に回るようにするには俺の仕事が捌かなければ始まらないのだ。一年の計は元旦にありと言うように、初っ端からグダグダしていたら、その年はあまり上手くいかなくなるだろう。

 

「提督、初詣行ってきたらいい」

「長門…………気持ちはありがたいが…………」

「今日ぐらい私がやるさ。安心しろ、パソコンの扱いならすでに習得している」

「そ、そうか…………なら、言葉に甘えるとしよう」

 

 俺の中で、任せるか否か、かなり葛藤したがここは甘えることにした。とにかく、彼女が誤ってデータを全て消さぬよう祈るだけだ。この前のように、パソコンを破壊するのは本当にやめてほしい。

 

「よし、熊野と鈴谷、俺も初詣に参ろう」

「ほんと!?」

「ああ、とその前に…………はい、お年玉だ。無駄遣いは控えるように」

「やった!提督、サンキュー♪」

「ありがたく頂戴しますわ…………そうそう提督?」

「なんだ?」

「何か気づくことはありませんの?」

「気づく…………?はて?」

 

 何か気づく…………この場合は、彼女たちの着物について触れればいいのだろうか?いや、そうだろう。熊野が露骨に着物を見せびらかす動きをしているからな。

 少し時間がかかったせいで訝しむ顔をする熊野。

 

「着物のことだろ?似合ってるよ」

「それだけ…………?」

「えっ…………あ、あまりにも可憐すぎてつい見とれそうだよ」

「そ、そうでしょう?熊野は美容に対しては人一倍、気を使っておりますのよ?」

 

 俺の解答が正しかったのかは分からんが、熊野が満足してるのならそれでいいか。

 

「むぅ…………鈴谷は?」

「ん?いいんじゃないか?」

「テキトーすぎるよ!もっと、他に言うことがあるでしょ!?」

「他に、他に…………あー…………」

「なんでそこで詰まるの?」

 

 俺の頭の中の語彙力はもう空っぽだ。どう頑張ってもいい言葉が出てこん。

 

「なぁ、いい加減初詣に行ったらどうだ?」

「そ、そうだ、長門の言う通りだ!」

「そうですわね、せっかくの晴れ着なのですから、提督と歩きたいですわ」

「なぁっ…………!」

「了解。それならとっとと行こうか」

「そうですわね」

「え?ちょっ!」

 

 鈴谷を置いて行きつつ、俺は外出するために支度を進めた。そこで気付かされるのだが、俺の服の数が絶望的に少ない。一瞬、ジャージが頭に浮かんだがさすがにそれはひどいので、ジャンバーとジーパンを着ることにした。

 

「準備できましたの?」

「ああ、行こうか」

「ええ」

 

 と、熊野は俺の横に近づき、俺の腕に抱きつくようにピタッと密着した。

 

「えっと、これは?」

「気が利きませんのね。紳士ならレディをエスコートするものでしょう?」

「そ、そうなのか?ところで、鈴谷は?」

「待ちきれないと言って先に行ってしまいましたわ」

 

 たかが5分くらい待ってくれてもよかろうに…………

 

「とにかく、行くか」

「ええ」

 

 なんとなく丸め込まれたような気がしたが、熊野を右に執務室を出た。

 

 

 ーーーー

 

 

「A Happy New Year! テートク、New yearも 金剛型高速戦艦を ヨロシクオネガイシマース!ってテートクは?」

「ん、金剛か、提督なら熊野と初詣に行ったぞ」

「What!?」

「まぁ、とにかく金剛、ちょうどいい。執務を手伝ってくれ」

「え!?ちょっと待っテ…………」

「これを終わらせればさぞかし、提督は喜ぶだろうな」

「…………!なら、ワタシに任せるネー!」

「(単純だな…………)」

 

 

 ーーーー

 

 

 神社に到着すると午後とは言え、かなりの人が参拝にやってきていた。家族連れ、友人同士、カップル…………と多種多様な人々が今年も良き年になるように参拝にきている。

 

「これくらい人が多いと、鈴谷は迷子になってるんじゃないのか?」

「そうですわね…………でも、鈴谷のことですから御神籤でもしてると思いますわ」

「そうか、ともかく熊野、離れるなよ?」

「あら、提督にしては男前なセリフですわね」

 

 そう言いながら、腕を抱きしめる力がより強くなった気がした。そんなに迷子が嫌か。

 

 大層な行列だったが、案外早く進みそれほど時間かからず賽銭の前まで到着した。賽銭を入れ二礼二拍し、願をかけた。

 

「…………」

「…………」

「…………よし」

「何をお願いしましたの?」

「皆の安全」

「あなたらしいですわね。あなたの安全は私が願っておきましたから安心してもいいですわよ」

「そりゃ、ありがたいな」

「さぁ、ここに来ましたらやることはもう一つありますわよね?」

 

 熊野は御神籤の方向を指しながら言った。俺としては運試しはあまり好きではないので、気が引けるが…………まぁ、やるだけやっておこう。

 お金を入れ、御神籤を取りだす。それを開けば…………

 

「…………」

「あら、私は大吉でしたわ。提督は?」

「…………今年はいい年になりそうだ」

「あら、その様子だと凶でも引きましたの?」

 

 本当に今年はいい年になりそうだ。俺は引いたみくじを熊野に広げてみせた。

 

「え!?だ、大凶…………?」

「俺の人生はこの紙切れごときでは左右されんから安心しろ」

「ですが、さすがに大凶は…………厄落としでもした方がよくって?」

「大丈夫だ。それよりも熊野、鈴谷を探してきたらどうだ?」

「そうさせてもらいますけど…………あなたは?」

「ここにいる」

 

 失物がはっきりと出ないと書かれてあったからついて行かないほうがいいだろう。そこはさすがに熊野は察したのか、鈴谷を探しに人混みの中に消えていった。

 

「提督?」

「ん?誰、って榛名じゃないか!」

「提督、新年あけまして、おめでとうございます!」

「ああ、おめでとう」

「司令官、明けましておめでとうございます。本年もどうぞ、よろしくお願い致します」

「おお?朝潮か。あけましておめでとう。榛名と一緒なのか?」

 

 これはこれはなかなか珍しい組み合わせだ。と思ったが容姿を見る限り意外と馬が合うのかもしれん。

 

「はい!榛名さんに着付けさせていただきました!」

「子供の頃の着物のですけど、朝潮ちゃんに似合って良かったです」

「うん、よく似合ってるぞ」

「はい!ありがとうございます!」

 

 赤を基調とし、梅の花の模様が散らばられた着物は小柄な朝潮によく似合っている。可愛らしいと表現するのが一番いいだろう。

 

「榛名もその着物似合ってるぞ」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 漆黒の織の着物に身を包んだ榛名は、その半身は赤色に染められており、通り過ぎる男は皆一度振り返るほどだ。

 熊野や鈴谷には申し訳ないが、するりと賛辞の言葉が出る。

 

「それはそうと、はい、朝潮。お年玉だ」

「ありがとうございます、司令官!」

「榛名にも」

「いえ、榛名は大丈夫です。提督はたくさんの人にお年玉をあげてるのでしょう?」

「大丈夫。俺が持っているよりも、君たちに使われる方が福沢諭吉殿も本望だ」

「いえいえ、榛名にはもったいないです」

「大丈夫、俺が待ってても…………」

 

 この後、このやり取りを2、3回続いたところで俺の方が折れて、

 

「分かった、なら寒そうだし甘酒でも貰うか?」

「はい!」

 

 とりあえず、神社で振舞われている甘酒をいただくことにした。

 俺は酒を飲まないと言ったが、甘酒は例外だ。そもそも、甘酒にアルコールはほんの少ししか含まれていない。さらには"飲む点滴"と呼ばれるほど栄養があるのだ。健康志望の高い俺には願っても無い飲み物だ。

 俺たちは甘酒を配るおじさんの元へ甘酒を貰いに行った。

 

「いかがです、一杯」

「あ、ありがたくいただきます」

「そこの2人にもね」

「はい、ありがとうございます!」

 

 柔和な顔のおじさんは手際よく甘酒を注ぎ、俺たちに手渡した。

 

「まずは嬢ちゃんから」

「ありがとうございます!」

「はい、奥さんも」

「あ、ありがとうございます…………?」

「はい、旦那さん」

「ど、どうも…………?」

 

 …………んん?朝潮に嬢ちゃんは分かる。榛名に奥さん?俺に旦那さん?えーっと、奥さんは他人の妻を敬って使う言葉のはず…………んん?

 

「嬢ちゃん、可愛い着物だね。よく似合ってるよ。お母さんに着付けしてもらったのか?」

「??…………はい!」

「「!?」」

「奥さんも別嬪さんで…………晴れ着姿もよくお似合いですよ。旦那、いい嫁さんを貰いましたなぁ」

「え…………あ…………まぁ…………」

 

 情報処理が追いつかず、あたふたしながら榛名の方を見ると、

 

「榛名が提督の嫁さん…………//」

 

 あ、これはダメだ。こちらはフリーズしてらっしゃる。

 

「いやぁ、仲がよろしそうで。私にも娘がいるんですけどねぇ…………もう、口も聞いてくれないんですよ」

「そ、そうですか…………」

 

 とにかく、俺は思考をまとめるために甘酒を一口飲んだ。まぁ、娘が大きくなるにつれて父も大変になるのだろう。

 

「嬢ちゃん、美味しいか?」

「はい!大変美味しいです!」

「ほら、口についてるぞ」

 

 と、口周りについた甘酒を拭いてやる。

 あ、これはあかん奴や。これどう見ても親子にしか…………

 気づいたときはすでに遅く、おじさんはすっかり仲の良い親子を見る目になっている。

 

「そちらは仲がよろしそうでなにより。嬢ちゃん、両親は大切にするんだぞ?」

「はい!」

「うんうん、いい返事だ」

「ど、どうもご馳走さまでした」

「ご馳走さまでした!」

「あいよ!」

 

 甘酒を飲み終えた後、2人には耐え難い沈黙がおりた。いや、おじさんは悪くない、そもそも誰も悪くない…………

 

「司令官、あの人が言っていた両親は榛名さんと司令官のことなのでしょうか?」

「ど、どうだろうか…………なぁ、榛名?」

「はい、あなた」

「…………」

「あっ…………えっと…………そうかもしれません」

「そうですか。私は榛名さんと司令官がお母さんとお父さんでも全然構いません!」

「榛名がお母さんで提督がお父さん…………ということは2人は夫婦…………」

 

 榛名は頰に手を当てて、ブツブツと何か呟いているが、そんなことよりも朝潮の爆弾発言にどう答えたらいいのか…………否定するのもよくないかといって肯定したら榛名が嫌がる可能性も…………かといって中間の答えも…………

 

 

「やっと見つけましたわ。って、朝潮と榛名さんもいましたのね」

「本当だ」

「熊野さん、鈴谷さん!あけましておめでとうございます!」

「あけましておめでとうございます、ところでお2人は何をしてらっしゃるの?」

「お父さんとお母さんは…………」

「ん?朝潮の両親来てるの?」

「いえ、榛名さんがお母さんで司令官がお父さんです!」

「何ですって…………?」

「え…………?」

 

 

 まったくどう答えればいいのか…………朝潮に両親がいないのがまた答えを難しくさせる。

 

「提督?」

「ん?おお、熊野か。鈴谷を見つけたのか」

「それはいいですわ。少しお話を」

「私もしたいなぁ…………提督?」

「え?え?ちょっと、君ら目が据わってる、は、榛名!」

「はい!榛名は大丈夫です!()()()!」

「うぉい!」

 

 そこでその呼称は爆弾投下に近いぞ!

 

「榛名さんにあなたと呼ばせてるのですわね?」

「へぇ…………面白いね?」

「なぁ、少し落ち着こう。ここは人混みだ。下手に問題を起こすと…………」

「そうですわね。鎮守府でたっぷりお話いたしましょう。金剛さんも呼んだ方がよろしいかしら?」

「あと、叢雲もね」

「いや、そもそも俺悪いことしてない…………」

「榛名が提督のお嫁さん…………」

 

 この後、こってりお説教というかなんというか…………正月なのにも関わらずひどく疲れる1日となった。

 そもそも俺は彼女らの上司ということをしっかり頭に入れてもらいたい。

 その後、朝潮と榛名が一緒に過ごすことが多くなり、俺が通り過ぎるたびに熱い視線と冷たい視線を同時に感じるようになった。





はい、一年も過ぎるのはあっという間に…………気づけばもう2018年です。除夜の鐘でもつこうかなと思いましたが寒さで断念しました。まったく、だらしないな(他人事
新年グラ、ボイスも楽しみつつ正月を過ごしましたよ。ええ。
今後も一定のペースで投稿を続けようと思いますのでどうぞ『民間軍事会社"鎮守府"』をよろしくお願いします。

あと、登場してほしい艦娘とかリクエストも引き続きよろしくお願いします。

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