民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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本編3話、閑話3話のサイクルでいくと言ったな…………あれは嘘だ。
すいません。閑話のネタが思いつかないので、本編にさせてもらいました。本当にすいません。




 ふと思い出した。

 子供の頃に読んだ本の中に心に残った小説があった。

 戦乱の中で生きる男たちの話だ。ある男は、戦いで劣勢となり、勝ち目のない戦となっていた。その男は天下無双の強さを誇ると言えども、囲まれては勝ち目がなかったのだ。

 その強さを惜しく思った敵は次のようなことを言う。

 

「降伏してくれ、降伏して、天下を目指そう。頼む、降伏してくれ。私とおぬしが一体になれば…………」

 

 と。しかし、男は受け入れなかった。

 

「やめろ。男には守らねばならないものがあるのだ」

「なんなのだ、それは?」

「誇り」

「おぬしの、誇りとは?」

「敗れざること」

 

 不思議なことを言う。

 彼にとって"降伏"とはこれ以上ない屈辱であり、耐え難いことだったのだろう。

 子供の頃の俺はよく分からず、ただその生き方にカッコいいと、ただそう思い、その場面を何度も読み返したことを思い出す。

 

 今思えば、よく分からなかった彼の誇りに少し共感できるかもしれない。

 艦娘の方が力が強いから、俺たち普通の人間は胡座をかいていることなどただの傲慢だ。もとより艦娘たちは人間だ。力が無いから、というのはただの言い訳。力が無いのなら無い者なりに、艦娘を全力でサポートをし、彼女らがのびのびと生活できるようにする。提督とはそんな存在なのでは?

 あの男のようにカッコよく誇りを貫ければそれが一番良い。しかし、軍神ともてはやされた時期があったと言えども俺は無力だ。だからこそ、カッコ悪くても泥臭く貫くしか無いのだ。

 日々のトレーニングである、ランニングの途中に、ふと俺はそんなことを考えていた。

 冬の鎮守府の外気は恐ろしく冷たいらしく、艦娘たちは外に出たがらない。ましてや、朝早くの気温が氷点下のときに外に出てくる者は皆無だろう。

 ちらりと時計を見ると、午前6時。もうそろそろ誰かが起きている頃合いだろう。そう思った途端、電話が鳴った。

 

 "提督、おはよう"

 

 長門だ。

 

 "今日もランニングか。だが、今日も執務があるだろう?"

「ああ、まことに不本意だが、今日もある」

 

 一瞬、長門の苦笑が聞こえ、

 

 "まぁ、今日も頼むぞ。依頼がたくさんきてるからな"

 

 歯切れの良い声が続いた後、ぷつりと電話は切れた。

 この後の執務にため息をつくと、驚くほど白い。

 気が滅入ってくると、自分の吐いた白い吐息にまかれて、そのまま自分はどうすればいいのか分からなくなってしまうのではという、ネガティブな思いが立ち込める。

 まぁ、人生は色々だ。分からなくなるのもまた人生。どんな状況でも、俺はただ一つの誇りを貫き、今日も一心不乱にそれを守るだけだ。

 

 

 ーーーー

 

 

 執務室に戻ると、艦娘たちの今日の体調の報告書が置かれてあった。

 この時期、老若男女構わず手当たり次第に襲い、大量の欠席を量産する恐るべき敵。すなわちインフルエンザだ。

 この鎮守府も例外ではなく、報告書にはいくつかの患者が報告されている。

 インフルエンザの娘たちはマスクをしながらも咳き込み、熱でうなされている。なるべく、接触は避けるようには言ってるが看病も必要だ。

 今の鎮守府は、戦力が大幅に削られている状態だ。今日も朝から元気にランニングでもしている俺は、部外者のように浮いている。

 なので、今日の依頼は3分の2以上断り、1、2件ほどだけ受け入れることにした。

 今、執務室にいるのは、例によって叢雲と熊野だ。

 

「とにかく、手洗いうがいを徹底すること。鎮守府のいたるところにアルコール消毒を設置すること。マスクの着用は厳守」

 

 これを厳命して、仕事に当たらせた。

 今日は演習はしなくてもいいのか、と問われたが、しないと言うしかあるまい。活動できる艦娘が少なすぎて演習などできる暇がない。

 艦娘がたくさんいて、予防もしっかりされていて、休みが出たらすぐに代わりが出る職場なら問題ないだろう。しかし、この鎮守府ではどれもクリアされていない。艦娘は海軍と比べると圧倒的に少ないし、予防摂取なども自己でやってもらわないといけない。代わりなど以ての外だ。それを少ない艦娘の中からさらに少ない艦娘たちで、かろうじて切り盛りしている状態である。どう正論を言われても、最低限にこの鎮守府を機能させるには"少しでもマシ"な選択肢を選ばざるおえないのだ。

 この戦争が終わるまでには1つくらい解決してほしいものだ。

 

「長門、今インフルエンザに罹ってない者にも注意を呼びかけておいてくれ。重症と思われる者には病院に行かせること」

 

 それだけを告げて俺は最前線に参戦した。

 実は今の鎮守府は艦娘の活力の源である間宮さんまでもがインフルエンザなのだ。果てには、工廠の橘さんまで。鎮守府の重要人物が2人も欠いている。食堂は鳳翔さんが代わりにやってくれているが、彼女は病人のお粥なども作ってもらっており、1人だけでは大変だ。工廠は夕張もダメなので明石が1人でどうにかしている状態。その中で常に鎮守府にいて、インフルエンザにも罹っていない奴は俺1人だ。おかげで朝から、俺は慣れない料理をし、装備を運び、普段も執務をこなすと言う3つのことを同時進行でこなしているという状態だ。おかげで指は絆創膏だらけで顔は油やなんやで汚れ、疲れも過ぎて、もはやよく分からん領域に突っ込んでいる。

 結局深夜の3時まで執務を行い、ことなきを得た。

 ようやく任務から帰ってきた艦娘も手伝ってもらい今は彼女らに任せている状態だ。無論、明日は全面的に依頼を断り鎮守府を切り盛りさせることに集中させる。

 とにかく、俺は自分でコーヒーを淹れ、散歩がてらに港まで出かけてみる。

 空気が乾いているせいか、今日の夜空は一段と星が輝いて見えた。海沿いにあるせいか、ここは雪はあまり降らず、積もることはほとんどない。大して美味しくもないコーヒーを一口飲み、1人夜空を眺めていた。殺伐とした鎮守府の空気を、一瞬でも忘れてしまうほど幻想的で美しい。

 あまり上を見上げない俺にとって、星というのは非日常的で神秘的なもの魅力に溢れている。子供の頃は、キラキラ光る星を見るだけで、心が踊ったものだ。軍隊に入ってからはそんなことも考える暇がなかった。

 そんな暇があるのなら目の前に集中すべきだと考えていたからだ。

 一息ついたところで電話が鳴り響いた。

 

 "提督、お疲れ様。新しい依頼が来たぞ。貿易船の護衛だそうだ"

 

 休憩していたところに依頼だ。泣きたくなってくる。

 

「断っておいてくれ」

 "そう言うと思って断っておいた。だから、もう少し休憩していてくれても構わんぞ"

 

 長門は苦笑まじりに答えた。まったく有能な相棒を持ったもんだ。

 

「なら、もう寝てもいいかな?」

 "それは私のセリフだ。だが、まだ終わらんぞ?"

 

 笑い声共に電話は切れた。

 泣きたくなる気持ちを抑えつつ、深呼吸をして、新鮮な外気で肺を洗ってから身を翻した。

 

 

 ーーーー

 

 

 鎮守府を崩壊の危機まで追い込んだインフルエンザの流行は1週間も経てば、おさまり少しずつではあるが平常運転を始めた。

 

「いやぁ、体には気を遣っていたはずなんですがねぇ…………」

 

 橘さんがいつもよりは少し青白い顔で窓の外を眺めている。

 いくら治ったとはいえ、橘さんは歳もある。あまり無理はさせれない。

 

「明日もまた冷えるそうですよ。提督さんも身体には気をつけください…………って、なんでしたっけ?」

 

 ゆらりと振り返って、橘さんは答えた。

 俺は持っていた手紙を机の上に置いた。

 

「妙なもんが届いたもんでして…………橘さんの配慮ですかね?」

 

 手紙は海上自衛隊から俺宛に来ている。

 "来週、水曜日午後1時、横須賀鎮守府にてお待ちしています"と。

 

「海上自衛隊から、最強の艦隊があると言われている横須賀の鎮守府の見学の案内が届いています。来週に来るように、と。でも、俺には心当たりがないんですよ」

 

 横須賀鎮守府は前、提督の指揮を教えるために行ったが、新人の講習会みたいなもので、そこの艦隊は見てないし、設備なども見ていなかった。

 

「私が手配しました」

 

 にっこりと橘さんは微笑む。

 

「お願いした記憶はないんですが…………」

「それとは関係なく私が手配しました」

 

 じっと俺は橘さんの顔を見つめたが、何も読み取れなかった。

 来年度、海上自衛隊に行くか否かと言うことは、曖昧にしたまま決断していなかった。どちらかといえば、という状態にしていた。

 

「海上自衛隊に行けって言ってるんですか?」

「いえ、そんなことはありません」

 

 橘さんはふらふらと歩くと、危なっかしい手つきでカップを2つ取り出し、コーヒーを注ぎ始めた。

 長門もときおり何を考えているかは分からんが、橘さんもよく分からない。どこに飛んで行くか分からない豪速球を長門は投げるに対して、橘さんはどの変化球を投げるかがまったく分からない。リリース直前までまったく分からないのだから困ったもんだ。まぁ、どっちにしろ捕るのには相当苦労する。

 

「あそこはひどいところです」

 

 悲しそうな顔をしている。

 

「常に敵に気を張らなければなりませんし、もしもの時は非難の的にもなります。敵を確認しつつ書類も捌いたりして、ゆっくりとする時間もありません」

 

 ああ、ひどい…………とつぶやきながら、ようやく無事に入ったコーヒーを俺に手渡してくれた。

 

「だから一度見て来なさい」

 

 声はいつもより弱々しいが、その中にぴんと張った緊張感がある。

 

「数日でいいんです。1回その目でしっかり見て、それから決めなさい。あそこがどんなに大変な組織だとしても、そのおかげで保たれている平和がたしかに存在し、そのおかげで生活できている人々はたしかにいるのです。提督さんが海上自衛隊に入るか否かは私には判断できませんが、ゆっくり見学してくる機会はつくれます」

 

 ふと持ち上げた右手の、日本の指を突きあげた。

 

「2日間、長門さんにお願いして休みが取れるようにしました。横須賀鎮守府を見て来てください」

 

 にっこりと笑った。

 

 

 ーーーー

 

 

「へぇ、横須賀鎮守府に?」

 

 不思議そうな顔で叢雲は声をあげた。

 いつものように叢雲はコーヒーの準備に取り掛かっている。赤いコーヒーポットのロゴの入った袋から、こなれたようにミルへと豆を移し替え、小気味好く音を響かせ、挽き始める。ふわりと心地よい匂いが広がる。

 

「橘さんがわざわざ手配してくれてんだ。真意は分からないが」

「長門はなんて言ったの?」

「それもよく分かんない」

 

 あのあと、長門に聞いてみたが、有耶無耶にされてしまった。

 

 "横須賀鎮守府?ろくでもないところだぞ。しっかり見てくるといい"

 

 ニヤリと笑ってそう言われただけ。

 来年度は行ったほうがいいのか聞いてみたが、

 

 "そうか、行ってしまうのか。寂しくなるなぁ…………"

 

 と言いながらどっかに行ってしまった。

 

「ま、実際に見ることも大事よね。決めるのも見てからでいいんじゃない?」

 

 手際よく、挽いた豆をネルのフィルターに移し、お湯の入ったポットを手に取った。

 自分ではインスタントコーヒーしか淹れれないので、ここまで本格的に淹れれる叢雲はすごいもんだ。

 叢雲は円を描くようにポットを動かし、お湯を入れた。

 

「めんどくさい話だ。放っておけば、なんも考えず適当に働くのに」

「みんな、あんたに期待してるのよ」

「前向きに考えたらな」

 

 こういう分岐点はいつも人を動揺させる。

 普通の若い隊員は喜んでそういうところに行きたがるだろうが、別にそう思わない俺は、一体どこに行けばいいのやら。もとより人混みよりも、誰もが避けたがるアウトローな方を選び続けてきた俺だが、明確な目標があって選んだわけでもない。

 軍人を務めたのが9年ほど。そして、この鎮守府に勤めてもう1年過ぎてた。そして、受け入れがたい三十路の壁も現実的なものとなりつつある。だからといって、明確な目標がポンと生まれるはずもなく、前途多難な状態だ。

 あーあ…………

 俺はごろりとソファに横たわった。ふと、見慣れない袋が見えた。どうやら叢雲が買ってきた代物らしい。

 俺の視線に気づいた叢雲が、カップにコーヒーを注ぎながら言った。

 

「それ、ケーキよ」

「へぇ、ケーキ…………か」

 

 俺は起き上がって、淹れたてのコーヒーにミルクを入れる。

 これを邪道だとする人もいるが、そんなことはない。俺はむしろ好んでミルクを加える。コーヒーはその人が1番美味しく思う飲み方が良いのだ。

 

「先日できたばっかりの店だけど、なかなか美味しくて気に入ったのよ」

「ほぉ、それで買ってきたのか」

「えぇ、あんたの分もあるわよ」

 

 やはり、叢雲は気がきく娘だ。

 

「まだ、この店の美味しさに気づいている人は少ないから今のうちに食べてた方がいいわよ」

「叢雲の舌なら確かだな。ありがたくいただくよ」

 

 叢雲はケーキを皿に移している間に俺はフォークを準備した。この執務室、ベンチプレスが置いてあるかと思えば、皿やカップもある。

 叢雲が俺にチョイスしてくれたケーキはチーズケーキだった。本当に気が利く。

 美味しいケーキと叢雲の淹れた絶品のコーヒーに舌鼓をうちつつ、俺はあることを思い出した。

 

「そうだ、叢雲」

「ん?なに?」

「鈴谷の元に一時期通っていた提督さんがいただろう?彼のこと知ってるかなって」

「あの人が良さそうなおじいさんのことね?なかなか有名な人みたいね」

「そうなのか?」

「聞いただけよ」

 

 鈴谷をよろしくお願いします。

 先日、その人から言われたのだ。

 鈴谷は少々肩の荷でも下りたのか、前のような陰りのある顔を見せなくなった。今ではいつも通り、元気な様子だ。

 ただ、艦娘の間ではあの提督さんが気になってる娘も多いらしく、鈴谷によく聞いている姿が目立つ。決まって鈴谷はただの提督だって、と答えるが。

 

「どうも他人のような気がしないのだが…………」

「ま、また会う日があったら聞いたらいいんじゃない」

 

 それもそうか。今は黙ってこのケーキとコーヒーを堪能するとしよう。

 

 

 ーーーー

 

 

 俺は2日間の休みをもらって、横須賀鎮守府を訪れた。

 その日はちょうどよく仕事も少なめの日だったので心置きなく、横須賀鎮守府まで向かった。

 横須賀鎮守府の印象といえば、広い。とにかく広い。こちらの鎮守府がお粗末に見えるほどである。ドッグはこちらの倍以上の大きさがあり、工廠の規模も規格外だ。また、人の数も規格外で艦娘だけでこちらの10割増しはある。さらに、艦娘以外の人々も多くさまざまな分野で専門的に研究や教育もしているようだ。

 俺の案内をしてくれたのは、横須賀鎮守府の提督で風貌穏やかな人だ。その顔がなんとなく慈悲深そうだったので、菩薩提督とでも呼ぼう。背も高く肩幅が広いが、目元には柔らかな光がある。想像していたような軍人特有の威圧感や圧迫感はまったくない。それに声は俺の無機質なものとは違い温かい。

 

「そちらの鎮守府のような民間企業とは全く役割が違いますからね。じっくりと見ていってください」

 

 かなり気構えていた俺だったが、菩薩提督の柔和な笑顔でなんだか拍子抜けしてしまった。

 菩薩提督のおっしゃる通り、鎮守府内は俺が経験したことのないような世界が広がっていた。

 艦隊は、1つにつき6人で構成し、その艦隊がいくつもある。さらに艦隊ごとに役割分担をしており、状況に応じて出撃させる。さらにそれぞれの装備は最新のものを一通り揃えており、見たこともない装備もちらほら見かけた。技術士も装備の種類に応じて、専門家がおりより強力な装備が日々開発されている。

 格が違うというのはこのことだろう。

 

「そちらのようなところで守っていくのも良いですが、守るだけでは根本的な解決にはならないんです。こいうところで、こちらから攻めて平和を手に入れるのもまた艦娘のためになります」

 

 菩薩提督は物腰穏やかに、俺に微笑んだ。

 俺はただ横須賀鎮守府の設備のすごさにめまいを覚えるばかりだ。決断もできようがない。

 

 

 ーーーー

 

 

「どうだったか?」

 

 戻るなり長門の第一声がこれだ。

 深夜の執務室で、1人カタカタとパソコンに向かっている。キーボードを睨みつけながら、2本の人差し指で、カタカタと打ち込んでいく。俺が不在の間は慣れないパソコンに艦娘の成果を入れていったらしい。

 果てしない作業だ。

 

「どう、って言われてもなぁ…………」

「妙なところだろ?」

「妙と言えば妙だな。人が多かった」

「たくさんの艦娘がいて、少しの依頼をこなす。莫大な金を使ってとんでもない装備を造って、とんでもない戦術で戦う。最先端の戦い方ってやつだ」

 

 ふむ、何が言いたいんだ?

 

「やってみたくなったか?最先端」

「興味がまったくない…………といえば嘘になるな」

「まぁ、そうだろうな。貴方のことだから海上自衛隊に行っても十分活躍できるだろう」

「ん?勧めているのか?」

「いいや」

 

 長門はパチパチと散々打ってからモニターを見るなり絶句した。どうやら間違えたまま打ち込んだことに気づいていなかったらしい。舌打ちとともに全部消去する。本当に果てしない作業だ。

 俺は1つため息をついて、横から乱入して、キーボードを奪い代わりに記入を始めた。待ってたら夜が明ける。

 俺のタイピングに長門は驚く。

 

「ふむ、世の中というのは日々進歩しているな。私が戦っているときは素手で殴り合いだったのに、今ではコンピュータを使って戦術で遠くからの射撃ばかり。戦術をいくら勉強しても追いつかない。とは言っても考えるのはコンピュータだがな。ハハハ…………」

 

 束の間の沈黙。静かな執務室に、俺のキーボードを打つ音だけが広がる。皆眠ってしまっているため、長門の笑いも虚しく響くだけだ。

 とりあえず、長門はもう一度ハハハと笑ってから、少し悲しそうに俺の顔を見た。ここは無視に限る。

 何事もなかったように答える。

 

「いいんだよ。長門はもっと大事になことに集中してくれ。デスクワークは俺がやるさ。1人が全部やる必要もない。向き不向きがあるからな」

 

 少々の皮肉をこめて言ったつもりが、長門は静かになった。ちらりと横目を見れば、何やらニヤニヤと笑ってる。

 

「何だ?」

「分かってるじゃないか」

「…………何が?」

「"向き不向き"だよ」

 

 長門は急に後ろに回り込み急に抱きしめてきた。これは機嫌がいいときの行動だ。

 

「提督にだって向き不向きがある。攻めから守りまで、ひとりで全部できる必要はないさ」

「…………」

「ただでさえ兵士が足りないご時世だ。それがこぞって攻めに行ったら、誰がこの国を守るんだ?私たちはそれをやっている。残念ながらひたすら守り続ける仕事が好きな奴は少ないから、みんなこぞって海上自衛隊に行きたがる」

 

 さらに抱きしめる力を強める。

 

「でも、提督は意外と嫌いじゃないだろ?こういうところ」

 

 まったくもって図星だ。

 

「昔みたいに無理なんかしなくていい。貴方がしたいことをすればいい。艦娘だって、提督のこと好きだぞ」

 

 初めての具体的な示唆だ。

 

「…………今度は残れと言ってるのか?」

「いいや」

「どっちだ」

「そんなことは貴方が決めるんだよ。私、人の進路に口出しして責任とるの嫌だから」

 

 また、ニヤニヤと笑っている。

 とりあえず、あらかた打ち終えた。

 

「まぁ、いろいろと悩めばいい。貴方ならどこでも頑張れる。それだけははっきり言える」

 

 長門は、もう一度強く抱きしめてから執務室を去っていった。

 長門に振り回されて続けてもう20年は経つのだろうか?

 まぁ、そんなことも悪くない。

 

 

 ーーーー

 

 

 俺は久しぶりにあるお寺にいた。

 ここ何年かは避けていた場所である。右手には花、左手には水の入ったバケツと柄杓。

 墓から連想されるのは死。物騒ではあるが、仕事柄ゆえに多くの者の死を見てきた。

 だが、今回の墓参りはいつもとは違う意味合いがあった。

 およそ10年前。

 それが俺の人生を大きく変えた出来事だが、恐ろしいほど一瞬でもあった。

 仲間、相棒、親友…………どの言葉にも当てはまらぬ、何か特別な関係であった。それを失ったとき、俺は自分の半分いや、ほとんどを失ったような気がした。

 それから、俺は戦いに没頭したのだろう。それが敵討ちなのか、それとも受け入れない現実を誤魔化すためなのか、それとも再び会えると思ってなのか…………

 だが、今は違う。

 今は提督だ。自分が死ぬということが、どういう意味をするのか俺はもっと深く考えなければならない。全力で戦い散ることが美徳というのはいい加減捨てないといけない。

 無論、勝てる戦なら全力で勝ちにいかないといけないだろう。問題となるのは、勝敗が分からない戦。もしくは絶望的な戦。

 つまりは、あの日の時のような戦い方だ。

 現代の驚異的な装備や戦術を用いれば、深海棲艦に対抗できるだろう。あのような状況下でも打撃ぐらいは与えれるだろう。しかしそれでいいのか?砲撃で四肢がもがれ、人工呼吸の機械で無理矢理酸素を送り込み、辛うじて生きている者もいれば、もう本人かどうかも分からない状態までやられた者もいる。

 これらの行為の結果、深海棲艦の勢力を削ることはできる。

 だが、それが本当に"正しい"のだろうか?

 広い海の中で、助けも来ず沈んでいくのは悲惨だ。今の超高度なレベルの世界では容易にそれは起こりうる。

 命の意味を考えず、ただ感情的に「平和を」と叫ぶのはエゴだ。でも、そう叫ぶ気持ちには同情できる。艦娘または兵士に意思など存在せずにただ国が提督たちのエゴが存在する。誰もがこのエゴを持っている。

 そしてあの時、俺の心中に占めていたのも、エゴだ。

 ひたすら戦い、どんな命令も受け入れ、怪我もしてきた。そうすれば、平和が訪れる。あの日のようにはならない。あいつの仇も討てる…………

 だが、そんな心を地に落ち着かせたのは、他ならぬ長門だ。

 いつものような凛とした面影はなく、ただ泣きじゃくっていた顔。

 包帯に巻かれ、人工呼吸器に繋がれて目が覚めたときに、その顔を見て心の中の何かが溶けたような気がしたのだ。

 

「…………大丈夫だ」

 

 俺ははっきりと言ったつもりだが、声は全くと言っていいほど出てなかった。しかし、長門は小さくうなずいた。

 花を供え、墓参りを終えたとき、俺は言葉にならない虚無感に囚われた。

 その心に残るのは、過去に選んだ選択肢…………今、どうこう言っても変わらないのは分かるが、もしもという選択肢が脳裏をよぎる。

 しかし、今の俺はその選択肢をかき消すかのように艦娘たちの顔が浮かび上がる。

 そうか…………俺の選択肢は初めから心の中で決まっていたのか。俺はまだ過去からのエゴに取り憑かれていただけなのか。

 いつものことながら俺は思う。

 俺はめんどくさいやつだ。そして、悲しみ方が下手くそなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 来年度、海上自衛隊に行くつもりはない。

 その旨を伝えたとき、橘さんはようやく青白かった顔も普通に戻っていた。

 

「…………いいんですか?」

 

 心配そうに首を傾ける。

 

「元から決まっていたんですよ。俺はここで働きたい、と」

「私が言うのもなんですが、苦しい職場ですよ?」

「百の承知です。だからこそ、誰よりも体が弱い橘さんを、置いていくわけにはいきませんから」

 

 俺の言葉に、橘さんは細い目を不思議そうに大きくし、それからすぐにいつもの微笑み顔に戻った。しばらく何やら思考していたが、やがてゆっくりとうなずいた。

 そうですか、とポツリとつぶやいた。

 

「橘さんにいろいろ手配してもらったのにすいません」

「私が勝手にしたことですよ」

 

 橘さんは少し首を傾けてから、今度は大きくうなずき、

 

「うんうん。実は言うと私は嬉しいんです。提督さんがこの場所を肯定してくれたことが」

 

 難しいことをおっしゃる。

 

「では、提督さん」

 

 ゆっくりと右手が出された。

 

「これからもよろしくお願いしますね」

 

 俺は橘さんの細い手を握った。

 握り返された手は、思った以上に力強いものだった。

 

 

 ーーーー

 

 

「やっぱり、残ったか」

「やっぱり、ってまるで俺が最初から残ることを確信していたみたいだな、長門」

 

 長門は前と同じニヤニヤ顔でこちらを見ていた。そんな中、熊野は意外な顔をしつつ、

 

「あら、結局残るのですわね」

「まぁ、君たちに振り回されるのも嫌いじゃない」

 

 正しいことと言われても俺には分からん。が、ここの艦娘たちと過ごすのが楽しいのは確かだ。

 そこに高度な技術など必要ないのだ。いささか、感情的過ぎると言われればそこまでだが。

 

「あら、ここにきて告白ですの?」

「どうしたら、そんな解釈になるんだ」

 

 少々心の中で不安が出てきたが、気にするまい。

 

「それじゃ、これからもあんたと一緒というわけね?」

「そうだ、嬉しいだろ?」

「そうね」

 

 叢雲からの予想外の返答をくらい、思わず黙ってしまった。

 

「…………何よ」

「い、いや、これからも叢雲のコーヒーが飲めて光栄だ」

 

 頭の機械がピンク色に光っているのだから嬉しいのだろう。

 

「おお、そうだ。提督、新たな依頼が5件きたぞ。対応を頼む」

 

 いつもの口調でろくでもないことをさらりと言う。

 

「すでに8件溜まっているんだが…………」

「じゃあ、13件か。大したもんだ。貴方が提督だと安心できる」

「俺は不安になってきた」

「安心なさい、わたくしたちが付いてますわ」

 

「それが不安なんだ」と言うより早く、熊野はエステですわ、とひらひら手を振ってどこかへ行ってしまった。お嬢様の逃亡の常套手段だ。振り回され続けて1年過ぎたが、今も凝りもせず残るのだから、俺も相当物好きなのだろう。…………これでは自分を変人だと自認しているような気もするが。

 まぁ、いい。これが俺の選んだ道だ。目標はまだないが後からついてくる。

 それに向き不向きがあるんだ。ここの艦娘たちと過ごすのが楽しいのと感じるのなら、俺はここに向いているのだろう。

 ささやかな答えをようやく見つけた俺は今日も悠々と執務につくのだった。




これで第1章"厳冬"は終わりです。次回は第2章、もしくはリクエストがあった場合は閑話を投稿したいと思います。

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