民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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はい、リクエストの吹雪です。少し他の閑話よりもストーリーが濃いめです。短編を読むつもりで見るといいっぽい。







閑話5 "新米艦"

「ここが"鎮守府"…………」

 

 地図を頼りにここにやって来た私は目の前の建物を見上げていた。

 地図を見ていて気づいていたけど、この鎮守府の周りには本当に何もない。入り口の門をくぐれば、赤茶色の建物が鎮座しており、周りに工廠やドッグなどのさまざまな建物が建ち並んでいる。

 民間企業のせいか、他の鎮守府より規模が小さい。それでも、初めて本物の鎮守府を見る私を驚かせるには十分だった。それ以上に私を驚かせたのは軍事会社と呼ばれるこの建物から漂う不思議な雰囲気だ。

 

「ヒャッハー!酒だ!酒を持ってこーい!」

「隼鷹!真昼間から酒を飲んでんじゃないよ!」

「みんなー!艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!」

 

 寮から聞こえてくる艦娘たちの声。騒がしくも楽しげな雰囲気がこちらにも伝わってくる。

 

「仲良くできるかな?」

 

 胸に占めるのは期待と不安。これらを両手に待ち私、吹雪は新しい生活への第一歩を踏み出した。

 

 

 ーーーー

 

 

「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」

 

 緊張で周りに聞こえそうなほど心臓が高鳴らせて、私は背筋を伸ばして敬礼した。

 白い軍服姿の男性は頬杖をつきながら手元にある書類と私を交互に見る。そして首を傾げ、

 

「吹雪型…………君の知り合いになるのか?叢雲」

「初対面よ。でも、艦娘としては私の姉妹になるわね。それどころかお姉さんになるんじゃない?」

 

 そう問いかけられたのは後ろのソファで、パソコンのキーボードでカタカタと打っていた女性。緊張し過ぎで存在に気づかなかった。今気づいたけど、彼女以外にもさまざまな人がこの部屋にいた。

 

「…………何か?」

「あ、いえ!なんでもありません」

 

 思わず見つめてしまっていたようだ。それにしても、上司と部下の関係しては、とても親密な雰囲気に少しながら動揺していた。

 私がこの執務室という部屋にやって来たのはほんの数分前。目的はもちろんこれからの上司となる司令官に挨拶するため。お世話になるのだから先に挨拶をするのが礼儀だろう。荷物を置くことよりも先にここにやって来た。

 それと初めての司令官がどのような人なのか知っておきたかったから。

 

「おっと、話が逸れたな、すまん」

 

 抑揚のない声でそう告げる。

 第一印象は冷たい。軍服はきっちりと着ているが真面目さが伺えるわけではない。私を見つめる目は何を込められているのかまったく分からず、声も抑揚がないせいでより一層冷淡な感じを受ける。

 

「まぁ、そんなに堅くならないでくれ。ここでは君に不自由はさせないつもりだ。駆逐艦寮に部屋も設けている。後で叢雲ーー

「私は無理。この後、出撃の予定があるわ」

「…………なら、不知火を呼ぶか。叢雲頼む」

「分かったわ」

 

 叢雲と呼ばれる女性はテキパキと司令官に言われたことをこなす。単純な主従関係ではなく、言いたいことは言える間のようだ。

 

「案内役が来るまで少し待ってくれ…………吹雪、でいいかな?」

「は、はい!お好きなようで構いません」

「そうか、なら今のうちに聞きたいことがあるなら言ってくれ。初めてのことばかりで分からないこともあるだろう?」

「そうですね…………」

「何でもいいぞ?」

 

 司令官の好意に甘え、私は疑問を問う。

 

「その…………あの方は長門さんですよね?」

 

 この部屋に訪れてから感じるその存在感を。

 

「ああ、そうだが?」

「あ、あの長門さんが…………ビッグ7が」

 

 長門、その名を知らない艦娘なんているのだろうか。その手で上げた功績は多く、艦娘の地位を一気に上げた人物で彼女の武勇伝を探せば限りがないほど。

 そんな彼女があんな近くにいるのだ。

 

「ん?私を呼んだか?」

「いや、別に」

 

 そして、もう1つ気になるのは、司令官と長門さんの関係だ。問答を聞く限り、ただの上司と部下の関係とは考えにくい。

 

「隊長、少し報告したいことが…………って、新人さんですか?」

「そうだ。すまないが報告は後にしてくれ、ワタル」

「えっ!?」

 

 その名を聞いて私は思わず声を上げて驚いてしまった。司令官は怪訝そうな顔をして、

 

「どうした?」

「い、いえ…………ワタルさんって、広瀬航さんだったりします?」

「僕のことかな?そうだよ。僕は広瀬航。これからよろしく、新人さん」

「よ、よろしくお願いします…………」

 

 何ということだろうか。ビッグ7に続いて、今度は"期待のエース"。横須賀鎮守府で提督を務め、数々の大作戦を指揮し、成功を収めた人物までもがここにいる。話では小規模な鎮守府だと聞いているのに、この顔ぶれは…………

 

「む、どうやら、この娘は長門さんを前に緊張しているみたいだね」

「は、はい、あの長門さんと会えるなんてとても光栄です!」

「はは、そんな大層なことじゃないさ。なぁ?提督」

「まぁ、そうだな」

「長門さんと隊長はもう少し自分の功績を自覚した方がいいですよ。どちらもビッグ7や軍神やとさまざまな異名が付くくらいの活躍をしたんですから」

「ぐ、軍神!?し、司令官はあの部隊の…………」

「そうだよ、見た目じゃ変人だけど、これでも元軍神なんだから」

「所詮、肩書きだ。実力はそれほどでもない」

「こ、ここの鎮守府は一体…………?」

 

 私はとんでもないところに来てしまったようだ。今、この空間に名を馳せた3人がいる。

 

「これほどの顔ぶれだと緊張するなと言う方が難しいかもね。まぁ、すぐに慣れるよ」

「は、はぁ…………」

 

 未だにこの3人に萎縮したまま、生返事で返す。それと同時に、後ろの扉が開いた。

 

「失礼します、不知火です。新人の案内に参りました」

 

 ピンクの髪をした、私と同じ背丈くらいの女性が入室し、生真面目に敬礼をした。発言を聞く限り、この娘が案内役の不知火さんらしい。

 

「吹雪、とりあえず彼女を部屋まで案内してもらってくれ」

「わ、分かりました」

「不知火、頼んだぞ」

「お任せを。それよりも司令、今日は休んではいかがですか?顔色が悪いように見えます。昨日はどれ程寝ましたか?」

「2時に寝たから…………4時間は寝た。問題ない」

「さすがにそれは厳しいかと。依頼を受け過ぎではないでしょうか?」

「たしかにそうだな。しかし、今は新人の吹雪だ。早く案内してやってくれ」

「分かりました。不知火にお任せを。それでは行きましょう、吹雪さん」

 

 鋭い目をした不知火さん。彼女は物怖じせず、物事をズバズバと言うタイプのようである。軍神とも呼ばれた司令官にも怖じけず意見を言う。

 そんな彼女の後を追って廊下に出た。

 どうやら私が向かうのは駆逐艦寮と呼ばれる場所らしい。そこまでの道中で不知火さんは手短ではあるが丁寧にこの鎮守府について説明してくれた。

 

「軍隊に配属されるのは初めてですか?」

「は、はい。色んな方に話を聞いたらとりあえずここに来たらいいと聞いたものでして…………」

「それならあれほどガチガチになってもしょうがないわね。すごいでしょ?不知火たちの上司」

「はい…………伝説レベルの方々が揃いに揃っているなんて」

「でも、そこまで気にする必要もありませんよ」

 

 と、表情1つ変えずに言う不知火さん。この落ち着きようは私と同じくらいのはずなのに年上のようにすら感じる。しかし、気にするなと言われてもそっちの方が難しい。

 だって彼らはエリート中のエリート。艦娘なら長門さんを目標としている人は多いはずだし、広瀬さんのような指揮能力を羨む人もいる。司令官の武勇伝に胸を高らせる人だって少なくないはずだ。だから、不知火さんの言うすごい上司というのは決して誇張にはならない。

 まして、私のように実戦経験皆無でまだ艤装にすらなれていない私だ。いくら、経験を積むために配属されたとは言え緊張するなと言われてもしない方が難しい。野球の素人がいきなりプロの集団の中で練習を始めるような気分だ。

 

「ここで経験を積んで、正式な鎮守府に推薦してもらうようにするんですよね?」

「は、はい」

「そうならば、いつまでもここにいるわけではなさそうですね…………まぁ、そんなことを言ってもしょがないですね。とりあえず、これからよろしくお願いします」

「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

「不知火と歳も変わらないからそこまで堅くなくてもいいですよ」

「し、しかし…………」

 

 不知火さんも堅い印象を受ける、と言いかけたがなんとか飲み込んだ。

 

「ふむ、せっかくですのでぬいぬいと呼んでも構いません」

「ぬいぬい?さすがにそれは…………」

「大丈夫です。みんなそう呼んでいますから。と、そうこうしているうちに到着しました。ここが吹雪さんの部屋です」

 

 話に夢中になっていたせいでいつのまにか自分の部屋に到着していた。中には別途で送っていた荷物が置かれているので自分の部屋だとすぐに分かる。

 

「となりの部屋は不知火たちの部屋ですから、何かあったらいつでも聞いてください」

「ありがとうございます、不知火さん」

「ぬいぬい」

「ぬ、ぬいぬいさん…………」

「お安い御用です。それではぬいぬいは演習があるので。吹雪さんは長旅の疲れを癒してください」

 

 不知火さんーーもとい、ぬいぬいさんは踵を返して来た道を戻っていった。印象ほど堅い人ではないみたい…………だけど少し変わった人のようだ。心の中でその背中に礼をしてから私は自分の部屋に入った。

 

 

 ーーーー

 

 

 私は今まで軍基地に配属されたことがないけど、ここの鎮守府は変わっていると思う。

 鎮守府全体は特に変わったところはない。規則正しい時間で生活をして、早朝に起き、早めに消灯。昼間は依頼をこなすために出撃、または演習などを行う。まだ経験の浅い私は出撃させてもらえないが演習には積極的に参加するようにしている。少々キツイが、それは覚悟していたことだ。ただ、驚いたのは演習とは別に自主的に特訓している人が多く、私がヘトヘトになって寮に戻るときに武道場に行くというハードな日程をこなしている人もいる。

 大変なのは工廠も同じなようで毎日慌ただしく作業が行われている。そんな中でも、橘さんという人に私のサイズを測ってもらい、それに合わせた装備を与えてもらった。こんなに至りつくせりで、他の鎮守府とも見劣りしない。

 ならどこが変わっているか。それは執務室だ。もっと詳しく言うなら司令官の周り。

 

「提督?もうそろそろ約束したお茶会の時間ですわよ?」

「ねぇねぇ、今度はいつライブを開いたらいいかなぁ?」

「そんなことよりも、オレと稽古つけてくれよ!」

 

 本来はここは名の通り、司令官が執務を行う場所なのだがやけに騒がしい。いや、ちゃんと司令官は執務をこなしている。その周りを艦娘たちが騒ぎ立てている状態だ。その状態で司令官は黙々とこなしているからすごいと言ったらいいの悪いのか…………

 

「し、司令官…………今日の…………」

「「「ん?」」」

「ひっ…………!」

 

 一斉にこちらへ向く鋭い眼光。こ、これが修羅をくぐってきた者の目なのだろうか?体をビクッと強張らせると彼女たちの中心から深いため息が聞こえた。

 

「熊野、お茶会はもう少し待っててくれ。那珂、ライブの日程は依頼も何もない土曜日にしてくれ。天龍、稽古なら今ワタルが暇だろうからそっちを当たってくれ。…………とにかく、今は静かにしてくれ、分かったな?」

 

 司令官の有無を言わさない言葉に一同は押し黙った。しかし、一応、1人1人の対応は行なっている。

 

「それよりも、お疲れ吹雪。日誌を受け取ろう」

 

 そんな状況下でも私の存在を認めていたらしい。周りへの気配りができると言ったらいいのか、それともその状況に慣れてしまっていると言ったらいいのか…………

 司令官に日誌を渡す。駆逐艦たちは日誌を日替わりに書いて司令官に渡すことを義務付けられている。まるで日直のようだけど、意外なことに気づいたりするから結構やる意味もあったりする。

 

「とにかく、お前らはとっとと執務室から去れ」

「そうですわよ」

「お前もだ、熊野」

 

 長門さんの一言によってすごすごと艦娘たちは去っていった。やっぱりビッグ7。迫力が違う。

 

「すまんな、長門」

「それは構わんが、ときにはハッキリ言うのも大事だぞ?」

「肝に命じておく」

「前もそのセリフを聞いたのだが…………」

 

 呆れ顔で肩をすくめる長門さんとそうだったか?ととぼけてみせる司令官。不思議なところは2人の雰囲気だろう。他の艦娘とはどこか違う。強者同士だからなのか、それとも…………

 

「まぁ、そこは置いといてだな。吹雪、もう2週間は経つが…………ここには慣れたか?」

「はい。みなさんによくしてもらったおかげで」

 

 これは本心だ。変わったところだけど、居心地が悪いわけじゃない。むしろ、みんなが仲良くしてくれるおかげで居心地いい。それに設備もいいから、今のところ不満もない。

 

「演習も頑張っているようだな。珍しく叢雲も褒めてたし」

「む、叢雲さんが?」

「そうだ。叢雲は照れ屋だから面と向かって褒めるのが苦手でちゃんと相手のことを認めてるんだぞ?」

 

 叢雲さんには一番お世話になったと思う。分からないことは丁寧に教えてくれるし、自分のダメなところもしっかりと言ってくれるおかげで改善もできる。でも、その叢雲さんが照れ屋だなんて…………

 

「それと君ももう出撃ができると判断した。次の依頼には君も参加してもらう予定だから覚えといてくれ」

「そうですか…………え!?本当ですか!?」

「ああ、本当だ」

 

 迫るように聞き返す私に苦笑する司令官。思わぬことについ興奮していたようだ。私は慌てて後ろに下がる。

 

「と、とにかく!司令官のためにも私、頑張ります!」

「俺のために戦わなくてもいい」

「え?」

 

 思わず間抜けな声が出てしまった。一方の呟くように言った司令官の表情は少しも変わっていない。

 

「誰かのために戦うーーその誰かとは自分にとって大事な人、命を変えても守りたい人のことだろう?まだ出会って2週間ぐらいしか経っていない俺のために戦うのはおかしな話だ」

「え?それはーー

 

 その瞬間、執務室の無線が鳴り響いた。その音で執務室の空気がガラリと変わる。

 すぐさま司令官は無線に出る。

 

 "司令官!敵襲よ!それもなかなかの大物が来たわ!"

「何…………!?」

 

 無線の相手はどうやら叢雲さんのようだ。声からして非常事態のようだ。

 

「被害はもう受けたのか?」

 "いいえ、鈴谷がたまたま偵察機を飛ばしたらものの見事に発見よ"

「向こうは安全だとほざいてたな」

 "そんなこと、いつも信頼していないでしょ?"

「はぁ…………そうだな。とにかく、敵はどのくらいだ?いくらなんでも大軍はないだろ?そうなら海上自衛隊の働きを疑うぞ」

 "ま、大軍ではないけど…………海上自衛隊の働きを疑いたいわね"

 

 タ級2隻、ル級1隻、ヲ級2隻、重巡1隻。

 その編成にさすがの司令官も眉をひそめた。

 

 "多分、タ級とヲ級は1隻ずつフラグシップ級、ついでにル級と重巡はエリート級。これだと私たち全滅するわ。こっちも早く退避するけど、客船の速さだと時間の問題ね"

「久々にそこまでの不吉な報告を聞いたよ。どうやら、伊達に大凶を引いた運勢なわけではないようだ」

 "近くの鎮守府にも救護要請を出すけど、あっちは行動が遅いわ。どうする?"

「対処は任せておけ。とにかく君達は避難することを第一に。頼んだぞ?」

 

 分かったわと相手の連絡が切れてから通信を切った。それを見計らい、長門さんは進言する。

 

「私はいつでも出撃可能だ。今から召集命令を出すか?」

「ああ、緊急事態だ。ワタルも連れて来てくれ」

「全員で行くのか?」

「それだと足が遅い。今必要なのは迅速性と着実性」

「そうだな…………なら、どうするか…………」

「…………考えがある。すぐに金剛、天龍、川内、白露、村雨、時雨、夕立は出撃するように、金剛は俺と連絡を取れる状態にするように伝えてくれ」

「その編成だと、空母の絶好の的だぞ?」

「分かってる」

 

 たしかにそうだ。軽空母がいるはずなのに1人も出撃させないなんておかしい。

 

「複数の艦隊で攻める。吹雪、こんな形ではあるが君も出撃をしてもらう。しっかり準備してくれ」

「は、はい!」

 

 ということは、挟み撃ちにするのだろうか?ともかく、私は初めての出撃に心の準備をしないと。

 

「さ、吹雪、私たちも行くぞ」

「はい!」

 

 私は腕を組んで何か思案している司令官を一瞥して、長門さんの後を追いかけた。

 金剛さんを旗艦とする艦隊が出撃したのはそれから間もなくであった。

 

 

 ーーーー

 

 

「お待たせ。長門さんいつでもいいわよ」

「それにしても、長門がいるのは珍しいな」

「うっ、酒くさ…………それだけ、事態が急なのよ」

「わ、私も準備万端です!」

「そうか…………出撃するぞ!続け!」

 

 長門さんのかけ声とともに、私たちは海へ足を踏み出した。

 同時に陸奥さんを旗艦とした艦隊も同時に出撃しており、先に出撃した金剛さんたちを含めて計3つの艦隊が出撃したのだ。

 敵の編成は空母と戦艦を中心とした超火力型。油断すれば死者も出てしまうだろう。初めての出撃がこれほど過酷とは…………緊張や不安で吐きそうだ。そんな私の肩を誰かがポンと叩く。

 

「吹雪さん、そんなに緊張しなくても大丈夫です。気楽にいきましょう」

 

 しらぬ、じゃなかった、ぬいぬいさんだ。相変わらず表情は変わらないものの、私を励まそうとしてくれる。

 しかし、押し寄せる不安は大きく、

 

「で、でも、失敗したらどうしよう…………」

「不安なのは分かるけど、失敗することを考えてちゃダメよ」

 

 霧島さんが振り向きもせずに言う。

 

「私たちはできることをやる、それだけよ。それに提督の作戦よ。心配する必要はないわ」

「お堅い霧島も提督にはあめぇからな。ま、軍神とも呼ばれた提督の作戦にビッグ7の長門も付いてるんだぜ?余程のことがない限り、失敗しないさ。だから、気楽にな?」

「隼鷹は気楽すぎます。酒が入った状態で出撃するなんて…………」

「いいんだよ。あたしは素面よりほろ酔いぐらいが強いんだ」

「また適当なことを…………」

 

 今から激戦地に行くのに緊張感とは程遠い空気が流れる。

 これが実践未経験者と経験者の差だろう。いくら演習を積んでも、所詮命の危機に瀕しない。

 

「吹雪、引くなら今のうちだ。ビビってるなら戻った方がいい」

「い、いいえ!やってみせます!」

「…………フフ、そうか」

 

 長門さんは小さく笑い、ふたたび前を見る。だがな、と言葉を付け加えた。

 

「1つ君に教えておく」

「はい!」

「敵から絶対に集中を切らすな。集中が途絶えた時、死ぬと思え」

「は、はい!」

 

 初めて実感のある"死"と言う言葉を聞いた。数え切れぬほど戦い抜いた長門さんだからこそ、その言葉に重みが増すのだろう。

 そして、遠くから砲撃の音が聞こえた。もう敵もそこまで来ているのだろう。それを察したのか周りの空気もピンと張り詰める。

 

「そろそろだ。各自備えろ!」

「はい!」

「今回の作戦は一瞬よ。あっという間に決着は着く。勝とうと負けようと、ね」

「分かってるよ、霧島。が、後者はねぇーな」

「当たり前だ。とにかく、祥鳳、隼鷹は作戦通りに頼むぞ」

「任せて!」

「ああ!」

 

 霧島さんが各自の行動を伝える。でも、私は首をかしげるばかりだ。

 

「あ、あのぉ…………作戦とは?」

 

 そう、私には作戦が伝えられていなかったのだ。

 

「そうね、だってあなたには伝えてなかったから」

「ど、どうしてですか!?」

「理由はすぐに分かるわ。今は不知火とともに砲撃することを伝えておくわ」

「…………ッ!」

 

 言いたいことはたくさんあるが、もう交戦としようとしている今、聞くことはできない。私は溢れる想いを無理矢理閉じ込めて目の前に集中することにした。

 その次の瞬間、私は作戦を伝えられなかった理由を痛感することになる。

 ここの鎮守府はこれでも他の鎮守府より練度が劣るらしい。ましてや相手はフラグシップ級やエリート級。正攻法ではこちらの大損害は確実だ。だからこそ、3つに艦隊を分け、挟み討ちにして殲滅することができるようにしたんだと思った。これだと少ないダメージで済む可能性もある。

 しかし、私の思惑と司令官の思惑は大きく違ったようだ。

 司令官が言った、迅速性と着実性。その2つが重要だと。だからこそ、3つに分けた。この時、金剛さんたちの艦隊の意味を理解する。

 目の前に見える金剛さんたち。

 

「え!?」

 

 それは敵にいいように翻弄され攻撃を受けている姿だった。

 

「助けに行かないと!」

「待て、作戦通りに動け」

「で、でも!」

 

 目の前で攻撃を受ける金剛さんたち。もうすでにボロボロだ。

 

「Hey!攻撃はその程度?」

「オラオラ!天龍様の剣はどうだ!」

 

 みんな獅子奮迅の働きをしているが、それでも厳しい。何より距離が近すぎる。こんなの無謀だ。

 金剛さんたちの艦隊が少し離れた時が攻撃の合図だ。

 

「全員、撃てぇ!!」

 

 長門さんの合図とともにみんな一斉に砲撃する。私もありったけの弾を撃った。

 驚いた敵艦隊は反対側に逃げようとするが、すでに陸奥さんたちが待ち構えており、挟み撃ちの形で砲撃を受けることとなった。

 主砲と艦載機が嵐のように敵艦隊に襲いかかり、吹き飛ばす。霧島さんの言う通り、決着は一瞬だった。

 

 

 ーーーー

 

 

「あんな…………あんな作戦、あっていいんですか!」

 

 自分でも信じられないほどの怒声が響く。

 肩を怒りで震わせながら、目の前に座る司令官を睨みつける。

 

「金剛さんたちを囮にして、敵艦隊がそっちに注意を向けているうちに叩く、そう言う作戦だったんですね?」

「ああ」

 

 司令官は私から目を逸らさない。いつもと変わらない無機質な目がより一層苛立たせる。

 

「それなら、最初から挟み撃ちでよかったはずです!」

「俺は最初に言った。必要なのは迅速性と着実性。ただの挟み撃ちでは練度が低い故、討ち漏らす可能性もある。それだと依頼の客船に被害が出てしまう。だから、あらかじめ金剛たちで注意を引いて、確実に殲滅できるように奇襲を行なった」

「客船に被害?でも、こっちは金剛さんたちに大きな被害が出ているんですよ!」

 

 戦闘後、金剛さんたちは全員満身創痍状態で、特に駆逐艦の被害は顕著で白露と村雨は今も眠っている。全員緊急治療が必要なほどの被害を受けているのに…………

 今も大破した人たちを心配してたくさんの人が医務室に集まっているが、作戦を考案して命令した、司令官は未だに向かっていない。

 

「出撃前に金剛さんたちにそう命令したんですか?」

「当たり前だ」

「それなのに、謝罪の1つもないんですか!」

「謝罪は過ちを犯したときにするのに、なぜ俺がする必要がある?」

「彼女たちを殺してでも過ちじゃないと言うんですか!」

「俺は感情論の話をするつもりはない。1000人か6人。答えは簡単だ」

 

 悔しさに歯軋りする。こんなの言い訳だ。正論を並べて自分を正当化しているだけ。

 

「私たちは…………私たちは立派な人間なんですよ!」

「…………俺はこれから用事があるんでな。話が済んだなら、行くぞ」

「貴方が…………貴方が軍神なわけがない!」

「まぁ、別の異名は"死神"だからな」

 

 噛み殺した言葉を司令官は聞き流して、私の横を通り過ぎて執務室を出て行く。残るのは静寂と虚しさだけだ。

 …………もっと誠実な人だと思っていた。初対面の時から冷たい印象があったが、どうやらそれが彼の本当の正体のようだ。彼が軍神と呼ばれたこともあり、ショックだった。

 虚しさばかりが残ったまま、私も誰もいない執務室を後にする。駆逐艦寮へ続く廊下の先に待ち伏せるように壁に寄りかかった叢雲さんがいた。

 

「叢雲さん?入渠してたんじゃぁ…………」

「その前にここに寄ったのよ。執務室に直訴した艦娘がいるってね」

「…………私はどうしてあんな人が司令官をやっているのか分かりません」

「ふーん…………」

「この鎮守府に司令官として誘ったのは長門さんなんですよね?ますます分からなくなってきます…………」

「誰から聞いたのかこの際は聞かないけど、私は彼しか相応しい人はいないと思うわよ?実際、執務は手際よくこなすし、戦術に通じている。地味に交渉術にも長けているし、判断力も高いわ」

「それでも、私は相応しいとは思えません。だって、あの人は人間味に欠けています。だから、あの人は金剛さんたちのことだって…………」

 

 なんとも思っていない。多分、私たちを駒としてか見ていない。自分の作戦が正しかったと言うだけ。そこにどれだけの犠牲があるかを知らず。

 しばらくの間、沈黙が続いた。叢雲さんは握りしめた私の手を見て、小さくため息を吐いた。

 

「司令官が何も言わないのなら、私も言わないつもりだったけど我慢の限界だわ。ちょっとこっちに来なさい」

「え?」

 

 叢雲さんは壁から身体を離して、私の手を取った。そして、引っ張るかのように私の手を引いて、ある場所に連れて行った。そこは人影がいなくなった医務室だった。そして、そこには長門さんと司令官の姿があった。

 

「いつも寝ている時に来るとは。変な奴だな」

「俺からしたらそっちの方がいい。こんな顔、誰にも見せたくない」

「相変わらず、君は弱い所を見せたがらないな」

「それが男心というやつだ。それに命令する側が不安な顔をしてどうする?」

「…………本当、貴方は損な性格だ」

「ほっとけ」

 

 司令官は困ったかのように苦笑する。その目は先ほど見せた無機質なものとは違い、弱々しく、悲しみに包まれた目だった。

 

「少し風を浴びて来る」

「今日も外は寒いぞ。大丈夫なのか?」

「俺にはそんな事、関係ない。知ってるだろう?」

 

 そう言い、司令官は外へ歩き出した。そんな背中を私は無意識のうちに追いかけていた。

 え?なんなの?さっきと言っていることと全然違う…………どういうことなの?

 私の心中に突如現れた動揺が私の足を進める。その後ろには叢雲さんが黙ってついて来ていた。

 着いた場所は、港だった。そこに司令官はポツンと立ち、ただ海を眺めている。

 

「何か悩むことがあったら、すぐにここに来るのよ」

「どうして…………」

「さぁ、意味なんてないだろうね」

「え!?」

「シッ、静かに」

 

 気づけば後ろに広瀬さんがいた。つけて来たのだろうか?

 

「ねぇ、吹雪さん。なぜ、隊長が"軍神"って呼ばれたか知ってる?」

「え、それだけ深海棲艦を倒したから?」

「いいや。あの人と出撃したらね、全員生きて帰って来るんだよ。絶対に」

「え…………」

 

 まぁ、あの人は心配性だから、と広瀬さんは言う。

 あの人は戦いにしか興味ないとか言われているけど、ただ誰かを亡くすのが怖いだけなんだ。でも、決してそれを表に出さない。たとえ自分が傷ついても、どんなに自分が追い込まれても。

 

「本当に損な性格だよ。助けが必要な時でもあの人は絶対に助けを呼ばない。むしろ、他の人を助けようとする。なんでもできるように見えて、結構不器用なんだよ」

 

 それでも、司令官は進む。それが彼の信念だから。

 

「そこにいるのは誰だ?」

「…………」

「なんだ、吹雪か。どうかしーー

「どうしてですか!誰かを亡くすのが怖いならどうしてあんな作戦を立てたんですか!」

 

 司令官は面食らったかのように押し黙る。さらに叢雲さんと広瀬さんも見つけ困った顔をする。

 

「ずっと誰かがつけてるなって思ったら君たちか…………」

「まぁ、またあんたが黄昏ようしてたからね」

「理由になっとらん」

「ま、とりあえず、この娘の話でも聞いてあげたら?」

 

 司令官は私の瞳をいつもと変わらない目で見つめるが、やがて観念したかのように、

 

「分かった、分かった。あの作戦は半分私情で半分は依頼のためだ」

「そ、それじゃあ、間違ってないと言うのですか?」

「結果的にそうなったのだから間違いじゃないだろう」

「でも!」

「それに作戦を今、否定したら金剛達の頑張りも否定することになる」

「それじゃあ、私情って何ですか?」

「依頼達成のためなら他にも作戦はあった。だが、艦娘たちのことを考えて、一番マシな選択肢が俺の中ではあれしかなかったんだ。金剛たちにはすまないと思ってる」

「医務室にいたのもせめての償いなんですか?」

「そこからいたのかよ…………」

 

 決まりが悪そうな顔を見せる。初めて司令官から見た人間的な表情だ。あの冷たさはどこにもない。

 だからこそ、聞かないとダメだろう。

 

「そこまでして、司令官は何を背負っているんですか?何を目指しているんですか?」

「…………2つ目の質問にだけ答えておこう。俺が目指しているのは無論、平和だ。君たちにはそれを実現するだけの力は十二分にある。それだけを伝えておく」

 

 そう言って司令官は立ち去った。最後まで弱い所を見せず。

 

「なんで…………そこまで…………」

 

 平気な顔をしていられるの?自分は泣きたくなるほど傷ついているはずなのに、気が狂いそうなほど傷ついているはずなのに…………どうして、助けを求めないのだろう。

 

「どう?何か分かった?」

「いいえ、分からなくなってきました」

「まぁ、そうよね。私だってまだ分かんない」

 

 だけど、私は1つの決断をした。

 多分、この決断は茨の道になるかもしれない。もしかしたら長く果てしない道になるかもしれない。

 

 

 ーーーー

 

 

「吹雪、君にちょうどいい話が来たぞ。ぜひ、君に来て欲しい鎮守府があった。どうする?」

「私、残ります」

「そうだな。やっぱり君はそう言う…………は?」

「だから、私はここに残ります」

 

 私の言葉に司令官は珍しく呆けた顔をする。

 

「え、君の夢が近づくんだぞ?」

 

 もちろん、私が憧れていた海上自衛隊の鎮守府の誘いはとても嬉しい話だ。でも、今はそっちよりも別の道を見つけた。

 

「私がいては迷惑ですか?」

「そうじゃない、少し動揺しているだけだ。本当にいいんだな?」

 

 動揺するのも無理がないだろう。あれだけ司令官を非難していた人が今度は急に残ると言ったから。でも、私もあの件については謝る気は無い。司令官が間違えてないと言ったように私も間違ってないと思うから…………いや、少し間違えたところはある。

 

「はい。あと、あの時軍神ではないと言ってしまってすいませんでした」

「いや、その件はいいから…………」

 

 そう告げる司令官の目はやっぱり無機質な感じだ。でも、それが決して周りを鉄の塊として見ているわけではない。

 

「テートク!ティータイムにしようネー!」

「そんなことよりも、夕立と遊ぶっぽい!」

 

 今回も司令官の両脇には艦娘がいる。

 あの出撃から、囮となった6人は無事医務室から出ることができた。が、まだ出撃することはできず暇を持て余して執務室に入り浸るようになったようである。

 

「はぁ…………今は少し立て込んでいるから、後にしてくれ」

「イタタタ!テートクに頼まれて出撃した時の傷が痛むネー!」

「夕立も痛むっぽい!」

「…………しょうがない、執務は後に回そう」

 

 安っぽい演技に司令官は半ば呆れ状態。結局、両腕に抱きつかれたままだった。

 

「ともかく、吹雪これからもよろしく頼む」

「はい、私こそよろしくお願いします!」

 

 こうして、私の長く果てしない航海が始まった。







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