民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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閑話6 "バレンタイン"

 眠い。ものすごく眠い。

 いきなりで申し訳ないのだが、俺は過去に見ないほどのレベルで眠い。いつも眠い、眠いと言っているが今回ばかりは我慢ができない。

 倒れこむかのようにソファに横になり、目を瞑る。

 今は朝。もちろん、それは理解している。雀の鳴き声も聞こえるし、窓から朝日が降り注いでいる。

 しかし、そんなことは知ったこっちゃない。一般的な人なら今から活動を始める時間であろうが、俺は眠いのだ。

 もう寝てしまおう。3日間本気で不眠不休する俺がバカだった。おかげさまで、今週の分の仕事を済ませてしまった。もう今日は依頼の電話が来ても全部無視してやる。

 ああ…………もう、無理…………

 

「提督?いらっしゃらないの?」

 

 突然、開かれる扉。この執務室はそこまで広くないため、闖入者の声は嫌でも響く。

 君は本当にタイミングが悪いな。普段ならまだ許容範囲内だが今回ばかりは勘弁してくれ。俺は眠いのだ。構わないでくれ、熊野。

 俺は体を捩って、夢の世界へと旅立とうとした。

 

「あら、まだ寝ていらっしゃるの?提督、もう朝ですわよ」

 

 闖入者ーー熊野はそのまま執務室に入り、ご丁寧にも俺を起こそうと肩を揺すった。無理矢理仰向けにさせられた俺は朝日で目が痛い。

 

「く、熊野…………」

 

 俺がもう一度眠ろうと体を捩ると、熊野も負けじと仰向けにさせる。目を少し開ければ意地の悪い笑顔が見える。

 

「目は覚めたかしら?今日も張り切っていきますわよ」

 

 普段、執務を手伝ってくれない熊野がやる気があるのは嬉しいことだ。…………普段なら。

 俺は精一杯口を動かして、やや呂律が回らないものの言った。

 

「熊野、頼む、寝かしてくれ。俺は78時間ぶりの睡眠なんだ。頼むから、頼みますから、俺を寝かせてくれ。どうか、慈悲を…………」

 

 人に懇願するのは俺の性分ではないが場合が場合だ。そんな体裁など構ってられない。

 

「み、3日間も徹夜してしてらっしゃったの!?それじゃあ、身体が壊れるのも時間の問題ですわ」

 

 そう言いつつ、熊野はどこからか毛布を取り出して俺にかけてくれた。どこから取り出したんだ、と考えようとした頃にはあっという間に闇の勢力は拡大していった。

 

「しょうがないですわ…………これはまた後で…………って、もう寝てしまったのね。…………おやすみ、提督」

 

 熊野の声が遠くなりつつ、俺はなるがままに意識を手放した。

 

 

 ーーーー

 

 

 戦うことは俺の全て。時代錯誤にも程があるし、誇張気味だが、実際戦うことは俺の半分以上は占めていた。

 提督を務めてる今でもその考えは変えておらず、場所は変われども俺は毎日のように戦っている。

 戦うことで飯を食い、戦うことで社会貢献的な何かをしている。戦いがなければ、俺には何が残るだろうか?いや、そこまで何もないわけではないだろうが、俺の大部分を占めていることは確かだ。

 しかし、人は絶対に望んだ未来を進めるわけでは無いように、俺だって好きでこの道を選んだわけではない…………はずだ。少なくとも子供の頃は別の夢を持っていたし、こんなことになっているなんて予想だにもしていなかった。

 まぁ、運命とは分からぬもので気づけば軍神と呼ばれたり、提督になっていたりして、ある程度飯を食っていける生活をしている。

 そうして、3日間の激戦を戦い抜いて、眠りから覚めたところだった。

 

「今日はお休みなんですか?」

「えぇ、さすがに4日間連続はキツイですから」

「どうりで、目の下に酷いクマがありますよ」

 

 少々呆れ顔をしているのは鳳翔さんだ。

 日付感覚とか色々狂ってはいるが、睡眠時間だけは律儀にも定刻通りで4時間後には目が覚めてしまった。まったくもってこの身体が恨めしい。

 眠りから覚めたと言えども、疲れはまだまだ残っていて、頭痛も酷いため、静かで誰も来ない場所を探した結果、昼間の鳳翔さんの店が該当した。この店は基本的に夕方から夜にかけて盛り上がるため、今は誰もいないし静かだ。

 

「少し顔がやつれたように見えますけど…………何か食べましたか?」

「えーっと…………コーヒーを何杯か、あとは…………」

「何も食べてないんですね?少し心配です」

 

 心底心配しているらしい鳳翔さん。まぁ、1日くらいは何も食べないことは結構ある。

 仕事をしている間は空腹に気づかないから、食べないことはよくある。その代わりに、仕事が終わった後に強烈な空腹感に襲われる。今もぐーっとやけに大きく腹が鳴った。

 

「おっと、すいません」

「やっぱり、お腹空いているんですね?少し待っててください」

 

 ニッコリと笑って厨房に向かう鳳翔さん。本当にありがたい存在だ。鎮守府内で割烹着が一番似合う艦娘だろう。いかん、疲れが酷すぎて変なことを考えてる。

 まぁ、基本的に艦娘は何故かは知らんが美女・美少女が多い。もっとも、彼女らは人の力を遥かに凌ぐ力を持つため、手を出すことはできやしない。

 そんな彼女らも人の子のため恋沙汰に興味がないわけがないだろう。艦娘の地位も上昇している今、そういう話も増えてきたと長門から聞いた。この鎮守府も例に漏れず、そういうのがあるらしいのだが、男と一緒にいるところなんて見たことがないから誰が相手なのやら。とりあえず、妻子持ちの航が過ちをしないことを祈るばかりだ。

 すると、入口の方から声が響いた。

 

「ここに司令官はいるかしら?」

「ああ、ここにいるぞ」

「やっぱり、ね」

 

 わざわざ俺を探し回っていたのだろうか?

 銀色の髪をなびかせ、手には何やら箱らしきもの。それは丁寧に包装されている。なんだろう、プレゼントの類なのだろうが、俺の誕生日はまだまだ先だ。

 

「どうした?何か問題でも発生したのならすぐにでも向かうが…………」

「違うわ。これを渡すためよ」

 

 俺の誕生日はまだ先だ、と言う前に叢雲は押し付ける形で俺に箱を渡した。

 

「どうしたんだ、これ」

「今日は何の日かくらい知ってるでしょ?ありがたく思いなさい」

 

 誇らしげに語る叢雲だが、こちらは少々混乱中だ。俺は3日前に時計を見ることをやめている。カレンダーも同じだ。お陰で今日は何日なのか把握していない。

 まぁ、プレゼントは貰えるなら嬉しいのだが…………これだけ丁寧に包装されてると、今日は何か特別な日なのだろう。

 中身は何だ?と聞くと、さも当然かの如く「チョコに決まってるじゃない」と答えた。

 俺は甘いのが苦手なのだが…………「安心なさい、ビターにしてるから」と言われたが、何故チョコを渡すのやら…………

 

「あら、バレンタインデーの贈り物ですか、叢雲さん」

「バレンタインデー…………ああ!今日はバレンタインデーなのか」

 

 鳳翔さんの一言によって、今日が2月14日ーーバレンタインデーだということに気づいた。なるほど、だからチョコか。

 

「え、今更気づいたの?」

「ここ3日は徹夜続きでだな、日付感覚が狂ってたんだよ。それに軍人時代はそういうのとは疎遠でな…………そういうイベントは学生以来だ」

「また徹夜してたの…………まぁ、この際そのことはいいわ。それよりも学生時代は貰ったことあるの?」

「そりゃあ、幼き頃には誰でも友人から貰っただろ。学生時代は物好きな女子がくれたりもした。まぁ、靴箱や鞄にいやと言うほど詰められて、もはや嫌がらせだったが」

「そ、良かったわね、楽しそうで」

「ん?叢雲、怒ってるのか?」

「何で、私が怒る必要があるの?」

 

 いや、怒ってるだろ。周りにドス黒いオーラを放たれたら誰だって怒ってると判断する。まぁ、俺が何か癪に触ることを言ったのかもしれない。

 

「ともあれありがたく思いなさい。ま、これからいやと言うほどチョコを貰えるだろうけど」

「甘いものは得意ではないが…………」

 

 俺の好き嫌いなど今日のバレンタインデーでは関係ないことだろう。無論、貰うからにはきちんと食べるつもりだ。

 少し頰を赤く染まる叢雲を尻目に俺は鳳翔さんの料理をいただくのだった。この後、一時チョコ恐怖症になるほどの量のチョコを貰えるとは知らずに。

 

 

 ーーーー

 

 

「フンフンフフーン♩」

 

 鼻歌交じりに廊下を歩く1人の少女。

 今日の少女ーー熊野はいつもより身綺麗だった。

 いつも着ているブレザーはわざわざ新調しており、髪も丁寧にセットされている。

 香水でもつけているのか、身体からは程よい花の香りが漂い、爪先から髪一本までくまなく気配りされている姿は、自らを自称する"おしゃれ"と言うのに相応しく、気品すら漂わせていた。

 その上、顔に浮かべる笑顔が可愛らしさを引き立たせ、誰もが振り返る「美少女」の姿がそこにある。

 熊野は普段から美容に関しては人一倍気を配っており、言動もお嬢様を彷彿とさせるが、今日は一段と気合が入っておりどこかへパーティーでも行くつもりなのか、と言うぐらいである。

 

「フーンフフン♩」

 

 そんな極上のおめかしをして彼女が向かうのは執務室。その扉を見つけると、彼女は手元に持っていた箱をぎゅっと胸元で抱きしめ、より一層期待を込めた笑顔を浮かべ、小走りに執務室へ向かった。

 

「とぉぉおおぉおぉおぉぉ~う!この熊野のチョコレートを、受け取っても!いいのよ?…………あれ?」

 

 勢いよく扉を開けたのはいいものの、肝心の人物はいなかった。

 熊野は肩を落として、落胆のため息を吐いた。

 

「なんですの…………どこかに行ったのでしたら、わたくしに一言くらい言ってくださればいいのに…………」

 

 さっさと執務室に入る熊野。こうやって執務室に入るのは日常茶飯事であり、提督がいない時にでも我が部屋の如く入り込む。

 その経験からなのか、熊野は少し散歩しに行っているのだろうから、少し待てば帰ってくると判断した。

 扉を閉め、ソファに座る熊野。

 なんだか暇になってきた熊野は、執務室の中をぶらぶらと歩き回り始めた。提督がいなければこの執務室もただの殺風景な部屋なのだ。

 机に目を向ければ山積みにされたバレンタインの贈り物。恐らくは艦娘全員から貰ったのだろう。彼のことだ、甘いものが苦手なのにもかかわらず全部食べてしまうだろう、と熊野は思う。

 箱を1つ1つ確認すると、みんな丁寧に包装して気合が入っている。一番大きくて手紙が添えられているのは金剛だろう。この可愛らしい形は暁だろうか?叢雲のが見当たらないが彼女は直接渡しに行ったのだろう。

 そんなことを熊野は考えていると、1つ透明な箱に収められたチョコが目に入った。それはバラの形をしており、細かく意匠を凝らしたものであった。誰のものかと思えば、"広瀬航"。こればっかりは熊野は少し引いてしまった。たしかに広瀬航は和菓子屋の息子で菓子作りが上手ではあったが…………感謝の気持ちを伝えたいのだろうが、これでは勘違いする輩が出てしまうだろう。巷では提督と航はホモなのでは?という噂が少し広まっている。

 

「暇、ですわね…………」

 

 しばらく経つと、熊野は立ち上がり提督の私室へ向かった。無用心にも鍵はかかっていない。

 

『別に盗まれるような物はない』

 

 と彼は言っていた。ふむ、と部屋を見渡す熊野。なるほど、ここには本が数冊くらいしかなく、大した金品もなかった。熊野とは対照的におしゃれに無頓着な提督は"飾る"という考えがない。寝る、着替えること以外は何もできない部屋だ。

 

「本当に殺風景な部屋ですわね」

 

 これなら泥棒も入る気はないだろう。そもそもこの鎮守府にやってくる泥棒がいるかどうかが怪しいが。

 スカスカの本棚に目をやると『草枕』、『善悪の彼岸』…………意外にも文学や哲学の本がある。

 その隣に鉄アレイがあるのがなんとも彼らしい。

 

「…………えいっ」

 

 30分は経っただろうか?それでも提督は帰ってこない。それをいいことに熊野はベッドに横になった。ここでやることと言えば本を読むことぐらいしかない。しかし、夏目漱石やニーチェに興味はない。

 読んだとしても理解ができるか怪しいだろう。

 もぞもぞと身体を動かし、布団の中に入り込む。長門に見られたら怒られるだろう。これだけ暇なら長門の特訓を受けた方がマシ…………でもないか。

 長門と言えば、熊野以上に提督と古い付き合いだ。よく一緒にいる姿を見る。2人とも根っからの軍人なせいか、よく話す。その時の提督の顔は少しばかりか楽しそうだった。

 普段表情を変えない提督の表情をポンポンと引き出す長門が羨ましい。

 

「わたくしも提督のお役に立ちたいですわ…………」

 

 艦娘としてではなく、1人の女性として。

 少しくらい運動が好きならば、提督と話せるだろうか。あのような顔を見せてくれるのだろうか。

 しかし、おしゃれを自称している以上、過度な運動はできない。

 でも、熊野は提督との付き合いは長い方だ、ということに気づき、少し優越感に浸った。彼の変化はよく知っている。

 初めて出会った時の優しそうな青年の姿、横須賀鎮守府で出会った時の凛々しい軍神の姿、今の気だるげな提督の姿、提督の…………

 そこで熊野は思考を停止させた。いくら古い付き合いでも提督のことばかり頭の中で考えて恥ずかしくなったのだ。

 とにもかくにも、と熱くなった顔を冷ましながら、気を取り直して考える。長門みたいに、もっと親しく提督と話したい。もっと笑顔を自分に向けて欲しい。

 せめて提督が少しくらい女性に興味があれば良かったのに…………

 ふと、執務室の扉がノックされる音が聞こえた。熊野は慌ててベッドから飛び出て、執務室に戻る。

 

「提督はいるか?」

「い、いらっしゃらないわよ」

 

 やってきたのは長門だ。その腕にはたくさんのチョコが抱えられている。

 

「ん、熊野か。少し頰が赤いようだが…………大丈夫か?」

「ええ、問題ないですわ」

「そうか、困ったな。話があると言うのに」

「いつものように散歩してるのではなくて?」

「そうだろうな。…………そういえば、熊野、お前は出撃予定があったはずじゃないか?」

「あっ…………」

 

 熊野は完全に失念していた。たしか予定は2時。今は1時40分だからすぐにでも向かわなければならない。

 

「もしかして、チョコを渡しにきたのか?」

「え、ええ…………」

「なら私が渡しておこうか?」

「け、結構ですわ!」

「ふむ、そうか。とにかく、出撃に遅れないようにしてくれ」

「了解いたしましたわ…………」

 

 早く終わらせてしまおう。そんな思いで熊野は出撃したのであった。

 

 

 ーーーー

 

 

「はぁ〜…………ツイてないですわ」

 

 盛大に熊野はため息を吐き、時計を見る。その針は午後6時を示していた。1番にチョコを渡そうとしたのはいいものの、提督は寝てしまうし、昼に渡そうとすればいない。帰投した頃には日は落ちている。これでは1番最後に渡すことになるだろう。

 

「服が汚れてしまいましたわ…………」

 

 護衛するだけの簡単な任務のはずだったが、はぐれ艦隊と遭遇して交戦。不運なことに熊野はダメージを受け、中破してしまった。せっかく新調した服もボロボロで、念入りにセットした髪もボサボサだ。

 

「熊野、大丈夫?」

「…………大丈夫に見えるのでしたら、あなたの目を疑いますわ」

 

 鈴谷が心配してくれて声をかけてくれるが、熊野は今日の仕打ちに心外なことをつい口走ってしまった。

 

「これだから、自衛隊の『大丈夫』という言葉は信用ならないのですわ」

「熊野、怒ってる?なんだか提督っぽいよ?」

「…………それなりに長くいれば、似るものですわ」

「ふふ」

「何か面白いことでも?」

「いや?熊野の気持ちも分からないわけじゃないかなって」

「??」

「あれだけ悩めばね。最初は手作りにしようかと思ったけど重い娘だと思われそうで、かと言って市販のものだと気持ちが軽いような気がして、丸2日間悩みに悩み抜いて、結局作ることにしたのはいいものの、中途半端なものは作れないと鳳翔さんや間宮さんに必死で教えてもらって、試行錯誤を繰り返しながら作ったチョコが他の艦娘に埋もれないように超早く起きて、いつも以上に念入りにおめかしして、朝早くに渡そうとしたけど提督は寝ちゃって、結局昼間も渡せず、出撃したらしたらで中破しちゃっておめかしも台無しになったらねぇ?」

「もうそれ以上何も言わなでくださいな…………恥ずかしさで死にそうですわ」

 

 ここまでここ数日の行動をくまなく説明されて、熊野は真っ赤かだ。鈴谷がここまで熊野の行動を観察していることにも驚きだが。

 

「まさか全ての行動を…………?」

「さすがにそこまではできないよ。あとは、提督のベッドに潜り込んでたことくらいしか知らない」

「ほぼ全部じゃない!」

「まぁまぁ、そこはいいとして、熊野は頑張ったんだから提督も喜ぶよ」

「…………彼は甘い物は苦手なのよ?」

「はぁ、いつもは自信満々なのに、どうしてこういう時にヘタレるかなぁ」

「へ、ヘタ…………ッ!?」

「と・も・か・く!チョコ、渡してきなよ」

「ですけれど、この格好じゃ提督に会えませんわ」

「いいから、いいから」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 提督にチョコを渡すのを躊躇う熊野を無理やり鈴谷は引っ張って執務室へと向かった。

 

「やっぱり、一度入渠してから…………」

「いいから、早く!」

 

 

 ーーーー

 

 

「お邪魔しまーす!って、甘っ!匂いが甘っ!」

「…………鈴谷か」

 

 執務室は大量のチョコによって激甘な匂いの空間とかしていた。そんな中で提督は丁寧に箱を開け、半分ほどチョコを平らげていた。ただ、その顔は仕事の疲れで死にそうな顔とはまた別の死にそうな顔である。

 甘いものが得意ではない提督にとって、大量のチョコはもはやどこかの番組の企画のようである。

 

「これ全部食べようとしてるの?」

「あ、当たり前だ。貰ったからには食べないと相手に悪い…………すまんがコーヒーを入れてくれ。甘さで舌がどうにかなりそうだ」

 

 チョコと共に相当なコーヒーも飲んでいるようだ。ただでさえ変則的な生活をしている提督がこのチョコとコーヒーでぶっ壊れないことを祈るばかりだ。

 

「はーい、それよりも熊野から話があるって」

「ん?熊野がいるのか?」

「ここに…………いますわ」

「扉に隠れて何をしてる?」

「いえ、その…………」

「ほら、出てきなよ!」

「ちょ、ちょっと…………」

 

 無理やり扉から出された熊野はすぐさま背中を向けた。こんな格好で提督の前に立ちたくない、そんな思いが熊野をそう行動させた。

 

「今日はたしか出撃だったな」

「え、ええ。護衛任務でしたわ」

「そうか。ともあれお疲れ様」

 

 おもむろに提督は腰を上げ、熊野に近づいた。そして、頭にポンと手が置かれた。

 その感触に頰が緩みそうになるが、すぐに髪の惨状を思い出して顔を赤らめた。

 

「て、てて提督。今、わたくしの髪はとても汚れてるから…………」

「ん?そんなことはないぞ。いつも通り綺麗な髪だ」

「き、綺麗っ!?」

 

 全く、この男は素でこういう台詞を吐くからタチが悪い。滅多に人を褒めるようなことは言わないくせに不意に言うからドキッとしてしまう。

 ただ褒めているだけなのだろうが、褒められた側の鼓動が速くなっていることに気づいていないのだ。

 

(せっかく、鈴谷が機会を作ってくれたんですわ)

 

 心地よい感触に目を細めながら、熊野は心中で覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「てっ、提督?この熊野のチョコレートを、受け取っても!いいのよ?」

 

 


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