民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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思いの外見てくれる人がいたので続きを投稿します。




 青空に雲が流れている。

 今さっき、駆逐艦への授業が終えたばかりだ。前にも述べたように、駆逐艦は幼い。それ故に、まともに教育を受けた者が少ない。

 そこでこの鎮守府で教育を施そうではないか、と長門の言葉により、俺は教育をほど施す側となるために一から勉強までして授業を始めた。

 最初こそ、俺1人で授業をしていたが、艦娘が増えるにつれ、代わりに授業をしてくれる者も現れた。

 俺も時折するのだが…………今日という日はタイミングを恨んだ。

 あまりにも眠すぎて授業になったかは定かではないが、時折「司令官!」と言われたので多分寝ていたりしたんだろう。

 座学は俺、演習は長門と役割分担しているのだが、ぶっちゃけ演習の方を担当したい。一度長門にそう掛け合ったのだが、座学は苦手なんだと断られてしまった。俺も得意ではないのだが…………

 まぁ、駆逐艦によって疲れは癒されないものの、その無邪気さに心が洗われるのでよしとする。

 ソファに横になり、窓の景色を眺める。

 青い空に青い海。

 しかし、その青い海の向こうにはたしかに奴らがいる。奴らによってどれだけの命を奪われただろうか。どれだけの兵士が犠牲になっただろうか。奴らによって、少女たちは無理矢理艦娘となった。でも、今は艦娘たちのお陰で被害は抑えられている。何という皮肉だろうか。

 俺とて、艦娘のように戦場に立って戦いたい。でも、それはできない。そのことはあの日嫌という程思い知らされた。叫んでも、力を振り絞っても、どれだけ鍛えても俺では奴らには勝てない。

 どれだけ屈辱だろうか。守るべき子供たちを戦場に送り出す気持ちは。なぜ政府はそんなことも思えなかったのか。

 多分、これは罪滅ぼしなんだろう。守るべき者を戦場へ送り出す者として。

 少しずつ睡魔に飲まれて行く俺は発足したばかりの鎮守府を思い出していた。

 

「鎮守府」

 

 古びた建物にただ3文字大きく書かれた看板を掲げた。

 元々はかつて海軍が使用していた本物の鎮守府なのだったが、民間軍事会社と変わった。

 最初こそはあまりにも広大な敷地に驚いたが、今では拡張工事が必要なほど艦娘たちでいっぱいとなった。

 

 "艦娘だって人間だ。だから、艦娘が社会に戻れるようにしたい"

 

 かつて、長門が俺に言った言葉だ。その言葉は今の鎮守府を型作る礎となっている。

 

 "貴方だって苦しんでた。私も苦しかったがそれ以上に貴方は苦しんでいた"

 

 これは俺に向けて言われた言葉か…………どう思うんだろうか。昔の俺を知らない艦娘たちが昔の俺を見たら。

 あの頃は自分では孤独だと思っていなかった。そんなこと考える余裕がなかった。今となったら、孤独な奴だとはっきり言える。

 あの時の傷は未だに残っている。治ることは永遠にないだろう。できるのは隠すことだけ。

 変に感傷的になってしまった。

 一一三〇(ヒトヒトサンマル)

 仮眠を取ろうかと思ったが変に目が覚めてしまった。しかし、寝なければ午後を乗り切れる気がしない。無理矢理目を閉じて、寝ようとした。

 その時に、

 

 "テイトク、テイトク…………"

 

 と奇妙な声が聞こえた。

 思わず耳を澄ます。この声は…………ドアの方からか。

 

 "テイトク、テイトク!"

 

 とうとう大声となってしまったので俺は起き上がった。

 

「その声は、金剛か」

 "イェース!ワタシデース!金剛デース!開けてくだサーイ!"

 

 金剛、高速戦艦の彼女は戦艦として主力でして働いてくれるのは勿論ながら、他の戦艦よりも速く動くことができ回避性に優れる艦娘である。

 性格は明朗快活を具現化したような娘で、どんな時でもめげない精神力を持つ。また、四姉妹の長女であり、リーダーシップ性も高く評価している。

 イギリスからの帰国子女らしく、妙なカタコト口調で話すが英語が話せるということで、よく英語圏の国相手の対応を頼んだりしている。

 

「もうすぐ12時デース!ランチの時間ネー!」

 

 言われてみれば朝からまともに食べていない。急激にお腹が空いてきた。

 ちなみに金剛が部屋に自分で入れないのは執務室のドアに鍵をかけているからだ。鍵を開けれるのは俺と秘書艦の長門と時折代理を務める叢雲だけである。

 鍵をかけている理由は、艦娘があまりにも入り浸るのでそれを見かねた長門が執務に差し支えるとうことだ。

 

「グフフ…………どうやら長門もいないようですネー。今、1人ですよネ?ワタシとランチにしましょう!」

 

 今は睡眠不足。仮眠はとっておきたい。今日とて書類も沢山ある…………

 しかし、睡眠不足が解消されたところで空腹では意味がない。

 そうなれば答えは1つである。

 

「いいぞ。一緒に昼飯を食べよう」

「本当ですカ!?やったネー!!」

 

 喜びの声が聞こえる。しかし、なぜか前よりも遠いところから聞こえた気が…………多分、疲れだ、うん。

 俺は執務室のドアの鍵を開け、ドアノブに手をかけ捻った瞬間、

 

「バァァァニングゥ!ラァァァブ!!」

 

 そんなセリフが聞こえたのと同時に全身に衝撃が走った。

 

「テートク!早くランチに行くネー!」

「あ、ああ。そうしたいが、君に抱きつかれるとそういうわけにもいかない」

 

 バーニングラブ、彼女の口癖の1つなのだが必ずセットで熱い抱擁が付いてくる。いつも思うのだが、わざわざ助走つけてまで飛びつく必要があるのだろうか?

 

「久しぶりだからつい、抱きついちゃったデース。それじゃあ、早く行きまショウ!」

 

 金剛に腕を絡まれ、半ば引きずられる形で俺は執務室を出た。

 向かうは鎮守府の食堂である。

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 食堂にはたくさんの艦娘が集まる。

 今が昼時ということもあるのだろうが、それよりもこの食堂を経営する間宮さんの作る料理が絶品なのが一番の理由だろう。

 今も、帰投した駆逐艦やトレーニング明けの軽巡、会話中の重巡など、多様な艦娘がここの食堂を利用している。数多い艦娘と触れ合うことができるのはここぐらいなので大変貴重な場所である。

 料理の値段は良心的であり、レパートリーも豊富。もともと飲食店を経営していたなだけあり、安心して食堂を任せることができる。彼女が来るまでは長門の甘ったるい味付けの料理で我慢ならなかったからな。

 一応、ここは食券を利用するのだが、食券にはない"裏メニュー"的なものもある。俺の場合はカレーであり、甘口、中辛、辛口しかないのだが、その上の激辛をいつも注文している。

 基本的には間宮さん1人で切り盛りしているがたまに艦娘たちが手伝っていたりする。その時によって味付けが変わったりするのがまたいい。ただ、1人を除いては。

 その人物は金剛の妹なのだが、絶望的な腕であった。家事に疎い俺の方がまだマシなものができるという自信があるくらいである。

 まぁ、そこは置いといて、間宮さんの料理をいただくとしよう。いつもの激辛カレー…………ではなく、きつねうどんを頼んだ。流石に疲労時にカレーはきつい。

 料理を持って金剛を探すと先に自分の昼飯を受け取って座っていた。ちなみにスパゲティであった。イギリス生まれなのにイタリア料理とか突っ込まない。

 

「席は隣でいいか?」

「構いませんヨ!むしろ、ウェルカムネ!」

 

 と笑顔で俺に席を引いた。

 彼女はなんというか…………文化圏の違いなのだろうか、積極的である。初めて抱きつかれた時は慌てたものである。

 

「テイトクのハートを掴むのはワタシデース!」

 

 そう宣言されて、面食らったのは想像に難くないだろう。好意を向けてくれるのは素直に嬉しい。表には出さないが。

 金剛の正面に座って、焼き魚定食を食べているのが霧島である。

 黒髪のボブカットに緑色の縁の眼鏡をかけた霧島は金剛四姉妹の末っ子だが理知的な娘である。自ら"頭脳派"というなだけあり、基本的には理論的に物事を述べる。ただ、演習となると火力で押そうとするため、頭脳派なのか肉体派なのか分からん。頭はいいかもしれないが………

 金剛には霧島以外にも妹はいるのだが、今日は海上自衛隊と共に出撃中である。彼女ら四姉妹がゆっくりと仲良く暮らすためにも平和が早く訪れて欲しいものである。

 俺が物心つく頃にはすでに深海棲艦は存在しており、被害を受けていた。俺が部隊入る前か少し後ぐらいに艦娘という存在を耳にするようになった。いかに長い間、深海棲艦と戦ってきたかは想像に難くない。

 艦娘がやってきた今でこそ、陸上の平和は訪れたが海上の平和はまだまだ。漁に出るのにも護衛が必要であり、遠くまでは行けない。

 

「調子はどうだ?霧島」

「いいですよ。また、練度が上がりましたので、来月中には改装ができそうです」

 

 とにっこり微笑む。

 ここでいう練度というのはいわゆる経験点のようなもので妖精さんから随時教えてくれる。簡単に言えば、艦娘が艤装を使いこなせているかの度合い。当然、経験を積めば使いこなせていく。ある程度、練度が高くなれば妖精さんから改装を施してもらいより一層艤装を強化することができる。

 ちなみにここで一番練度が高いのは言うまでもなく長門である。海軍時代から艦隊の中核を担い、その手柄は数え切れたものではない。今でも、最強の切り札として中軸を担っている。

 

「提督の方こそ体調は大丈夫でしょうか。昨日も徹夜だったそうで」

「正直に言えば、キツイんだが泣き言言っても仕事は減らん。まぁ、忙しいというのは会社としては上手くいっている証拠なんだろうが」

 

 俺は箸を持ち、うどんを啜った。

 

「最近のテイトクは働き過ぎデース。休養も大事ですヨ?」

「そうだよなぁ。でも、依頼は尽きないしなぁ」

「また、新しい依頼が来たんデスカ?」

「政府からな。オーストラリアからくる貿易船の護衛を頼まれた」

「オーストラリア…………というと、主にボーキサイトの輸入ですかね?」

 

 さらりと口を挟む霧島。

 さすが博識なだけある。

 

「そうだとしても、お姉さまの言う通り働き過ぎです。そういえば、叢雲が少し不機嫌そうでしたよ?何があったんですか?」

 

 うっ、流石に霧島は鋭い。

 少し返答に窮したものの、今朝の失言について包み隠さず吐露した。

 

「Oh…………流石にひどいデスネー…………」

 

 金剛の言葉は容赦なかった。

 

「しょうがないです。それを含めて提督なんですから。私たちよりも付き合いの長い叢雲はそれも理解しているでしょう」

 

 あっさりと霧島の言葉にトドメを刺されてしまった。

 言い訳をしようかとも思ったが傷口を広げるだけな気がしたので、黙って再びうどんを啜った。変人というレッテルを貼られている今、どうしようもない気もするが。

 

「そういえばテイトク。テイトクが部隊に戻るという不穏な噂を聞きましタ。ワタシたちを置いて行ったりなんかしませんヨネ?」

「どこからその噂を聞いたんだ…………リストラされたところに再び戻ろうだなんて思ってないよ。今さら、艦娘たちを放っぽりだすような真似をしない。と言っても、誘いを受けたのは事実だ」

 

 ここに勤めて1年が経とうとしている俺に、しきりに海上自衛隊の方からお誘いを受けている。軍人だった頃の経験を活かしみないか、と。

 

「部隊ですか?」

「元いた部隊ではなく、海軍の方からだ」

「海軍?提督は陸軍の方でしたよね?」

「そうなんだよなぁ…………」

 

 陸上自衛隊の方からの勧誘なら分からんでもないが、海上自衛隊からお誘いはよく分からない。

 相手が言うには、かつての俺たちの部隊の戦いぶりを見ていて、ぜひ来て欲しいとのこと。あと、今俺がこの会社を経営していることから、艦娘の扱いに長けており、そっちの統率をお願いしたいとのことだ。

 しかし、艦娘の指揮とは言っても戦場においての指揮は実際に先頭に立ってやっていた長門の方に分がある。俺も時折、指示はするのだが長門のようにはいかない。

 そもそも、俺が所属していた部隊は正攻法ではなく、奇襲や敵の撹乱などをする遊撃隊だったので、俺の作戦もそっちに引っ張られてしまう。駆逐艦や軽巡のみの編成時には俺の指揮もうまくいくのだが…………あと、そのせいもあって川内に強く言えない(俺も夜戦ばっかりしてたから)。

 

「わざわざ、海軍に行って何か得があるデスカ?別に今のままでもno problemネー」

「そこに大人の事情があるんだよ。あまりに頑固に断ると、艦娘たちを使って良からぬことを考えてるのでは?と思われてしまう。」

 

 国ではなく私営企業が艦娘を雇うのでそう思われても仕方ないと言われれば仕方ないが。

 

「良からぬこと?ワタシのテイトクがそんなことするわけないネ!ワタシからすれば、あっちの方が良からぬことを考えてそうなのネー!」

 

 まさに金剛の言う通りなのだが、元々国に従事していた者として黙っておく。うどんは食べてしまったので汁を啜る。

 

「俺は艦娘の扱いに長けていて、海軍が保有する艦娘の艦隊の指揮にうってつけなんだそうよ。それに、俺は半ばリストラ同然で部隊を解散させられ無職になったんだ。国に恨みを持ってるのでは?という噂がたつ」

「しかし、今のご時世、無理矢理艦娘を生み出した政府が強く言える立場でも無いように思います。それに今は少しずつではありますが艦娘の艦隊をなくそうという話もあるそうですし」

 

 流石霧島。目の付け所が違う。

 

「難しい話だが、艦娘の艦隊はなくならない。深海棲艦が消えるまでな。今の平和だって、皮肉にも艦娘のお陰なんだ。独自に作り上げたこの会社でさえ、ほぼ艦娘たちによって成り立っている」

 

 俺は水を飲み干した。

 実際、国が保有する艦娘たちは恐ろしい強さを誇ると言う。戦艦大和に正規空母の加賀と赤城など有名な実力者たちが海軍にはいる。

 ちなみに今まで艦娘たちが名乗っている名はかつての軍艦の名であり、生み出された時に妖精さんから名を授かる。そして、性能もその軍艦に準じたものとなる。例を挙げれば長門なんかはかつてビッグ7に数えられ日本が誇る戦艦の1つであり、その強さは今の長門に引き継がれている。

 

「それに、この会社だって少なからず国からの援助を受けている。簡単に無下にはできないさ」

 

 今でこそ黒字経営だが、設立時から国の援助を受けている。それくらい重要な機関とも言えるのだが、それだけ費用もかかるのだ。

 

「ということは、国からの援助がなければここは回らないと?」

「そういうことだ。艤装用の資材や燃料は馬鹿にならん。それに新しい兵装はあっちの方から開発される。援助がなければお古の武器しか使えない」

「ムー…………なら、テイトクは行っちゃうのデスカ?」

 

 不安げな顔をする金剛。

 

「さっきも言ったように行く気はない」

「でも、国からの援助がないといけないんでショ?」

「そこで長門の存在だ。彼女はしばらくの間は海軍に勤めていたのは知ってるだろ?そこにおいて彼女は艦娘たちのリーダー的存在だったんだ。功績は山ほどあるし、彼女を慕っている娘も多い。そんな彼女が作り上げた会社を潰そうなもんなら、艦娘たちが黙っていない。主力級の艦娘たちにストライキでも起こされたらたまったもんじゃない」

 

 水を注いで、もう一度水を飲んだ。

 

「俺が仮に行ったとしても、すぐに使えないと分かるから意味ないさ」

「提督はかなり有能な方だと思いますよ?」

「付け焼け刃の知識で誤魔化しているだけだ。長門に頼っているところも多い」

 

 自慢にもならないことを誇らしげに語ってみた。

 そもそも、人には得手不得手がある。俺にとって得意なことは指揮通りに動くことで、指揮を執ることではない。不得手なことでうまくやっていけという方が無茶なのだ。

 しかし、変人扱いされながらもそこそこやっているのが、奇妙なところである。

 そうした状況で、早くも1年が経とうとしたいる。

 艦娘ばかりに目がいくにつれ、肝心の人間が不足しつつある海上自衛隊から、若輩とはいえ元陸軍の俺という人間に目をつけ、入隊をすすめてくるようになった。たまに電話がかかってきたりする。

「君も今までの経験を活かしてみないかね」と、そして、

「ここでしか守れないこともたくさんある」と。

 困ったことだ。睡眠不足の俺なんか放っといてくれたらいいのにわざわざ面倒なことだ。

 霧島が口を開いた。

 

「提督、私はまだ提督の過去もよく知りません。でも、ここにはたくさんの艦娘たちがいます。ここの艦娘と提督とには大切な関係を築き上げてきたのでしょう。それを捨ててまで行くほどの価値があるのでしょうか?」

 

 これまた核心めいたことを…………

 

「ま、いずれにせよ、俺はここから出て行くつもりはないさ」

 

 その言葉を聞いて、霧島と金剛はホッとした顔をした。

 

「さ、昼飯も済んだことだし、午後の執務へと取り掛かるとするか」

「イエス!ワタシも手伝うネー!」

「お姉さま、あまり迷惑かけない方が…………」

「いや、手伝ってくれた方が助かるかな」

「任せてくだサーイ!」

 

 金剛の朗らかな声が食堂に響いた。

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 朝の7時である。

 ほとんど昏睡状態で寝ていたオレは、熊野によって起こされた。目覚めた場所は執務室の机。

 どうやら、執務中に眠ってしまいそのまま朝を迎えたようである。

 執務室の奥に俺用の部屋があるのだが、基本的には使っていない。最近に至ってはベッドすら使用していないような気がする。

 そのまま、朝食もとらず、ふらふらと体を引きずって執務室を出た。

 やってきたのは港。デスクワークの多い俺はあまり足を運ばない場所である。

 ここの鎮守府は規模の拡大に伴い、やたらと建て増す。1年も立たずうちに随分と建て増したものである。

 

「着任予定時刻は7時半。ギリギリですわよ。今日鈴谷が着任するとご自身でおしゃっていたでしょう?」

 

 まだ肌寒い7時過ぎに室内の格好のままで来てしまった俺に熊野が言った。

 俺はと言えば、金剛と執務をしていたのだが、途中で「ティータイムにしまショウ!」と突然のお茶会によって執務が大幅に遅れた。まぁ、金剛のスコーンは美味しいのでいいんだが…………結局、当たり前のように徹夜である。

 

「久しぶり鈴谷と会うのは胸が踊りますわ…………大丈夫かしら、提督?」

 

 俺の前で鈴谷の着任を待つ熊野が振り返りながら言った。

 どうやら、俺の顔は昨日に増して酷いらしい。

 一昨日は徹夜。昨日も徹夜。3日間の合計睡眠時間は3時間程度。当然の帰結である。

 

「余計な心配は不要だ。それよりも彼女のことだ」

 

 俺はとりあえず大きな声で言った。その声がかすれているから様にならない。

 

「そう、着任したら、あなたとここで面会。そして、すぐに軽く演習してもらってテストですわ」

 

 書類を見ながら、熊野はこれからの予定を言った。

 すると、俺の無線が鳴り響いた。

 

 "提督!"

「何があった、川内」

 

 相手は川内であった。彼女には着任する予定の鈴谷の護衛艦隊の旗艦を頼んでいる。

 

 "今、そっちに向かっている途中なんだけど敵を捕捉したの"

「どのくらいだ」

 "偵察機飛ばしたんだけど堕とされちゃった。多分、戦艦はいた。あとは…………"

 

 一応、一番安全なルートを選んだはずなんだけどなぁ…………戦艦かぁ。

 

「空母もいるかもしれない、か」

 "今は近くの岩場に隠れてる。応援部隊をお願いできないかな?"

「賢明な判断だ。応援部隊は任せておけ」

 

 うん、と答え無線は切れた。護衛艦隊は駆逐艦と軽巡でしか編成していないため、戦艦と空母のタッグ相手にはきついだろう。

 

「どうしましたの?」

「鈴谷の進むルートに敵影が現れた。今から応援部隊を編成するぞ」

 

 俺の言葉に熊野は怪訝そうな顔を向けた。

 

「あのルートは安全だと向こう側言いましたのに」

「そういっても仕方がない。熊野、頼めるか?」

「承りましてよ、と言いたいけど今日は当番日ですわ」

 

 熊野に言われて、俺は携帯を取り出し日にちを確認した。

 こういう生活をしていると日にち感覚が狂ってしまう。今日は日曜日。労働法の適用されるこの会社において意味するのは、艦娘たちは基本的に休日であり、自由に外出してる者が多いということである。

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、鎮守府にいる者は誰かと考えた。すると、ふと思い当たる顔を思い出し、すぐさま携帯を取り出し電話をかけた。

 呼び出し音が鳴ったあと、聞き慣れた声が応じた。

 

 "はい、叢雲よ"

「俺だが…………」

 "…………なによ"

 

 いきなりトーンが低くなる。まだ、あの時を引きずっているのだろうか?もしくは滅多にない俺からの連絡を不吉だと思っているのか。実際不吉なことなのだが。

 

「すまんが面倒ごとを頼みたい」

 

 手短に事情を説明した。

 

 "つまり、応援部隊に何人か集めた上で出撃して欲しいってことね"

「そういうことだ。空母もいるかもしれないから祥鳳あたりも連れてってくれ。急が急だ。君にしか頼めない」

 

 休日の日は交代制で緊急用の待機係がいる。先程熊野が当番日だといっていたものだ。しかし、それを回したらこちらを守る手段がなくなってしまう。そこで普段から外出の少ないであろう叢雲に頼んで見たが正解だったようだ。

 

 "ちょうどよかったわね。金剛も一緒よ。彼女も連れて行けばいいのね?"

「ああ、祥鳳は多分鳳翔さんのところにいるだろう」

 "そう…………分かってるわよね?"

「分かってる。だが、緊急事態なんだ。君以外には頼めない」

 "高くつくわよ"

「今度、間宮の羊羹を奢ろう」

 "あとケーキもね。パフェも食べたいわ"

「そんなに食うのか?」

 "一度に食べるわけないじゃない!分けて奢りなさい"

「そ、そうか、恩に着る」

 

 電話を切り、今度は橘さんに連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 熊野の行動が不穏である。

 叢雲たちを川内の元へ派遣して30分が経とうというのに、執務室をウロウロして、一向に落ち着かない。ソファの周りを行ったり来たりしている。

 無理もない。

 友の身に危険が及んでいるのである。派遣に行った者は叢雲を中心に比較的練度が高い者であるからあまり心配しなくても大丈夫なのだが…………

 1人で青くなったり、いきなり窓の方に行って海を眺めたりしている。しばらくは眺めていて面白かったが、だんだん見苦しくなってきた。

 

「叢雲、戦況はどうだ?」

 

 俺の声に無線から、叢雲の不機嫌そうな声が聞こえた。

 

 "はぐれ艦隊を殲滅し終えたところよ。あんたが心配してたよりは大した数じゃなかったわ。むしろ、私が暇なくらいよ"

「そうか、ならよかった。なら、今こちらに向かっているんだな?」

 "ええ、あともう少しで着くわ。約束、忘れないでよね"

 

 プツンと無線が切れた。

 ふむ、羊羹だけでは許してくれなさそうだ。

 やがて、護衛艦隊と応援艦隊、そして新たな仲間の鈴谷が到着した。熊野が真っ先に走って行ったのは言うまでもない。

 時刻は朝9時。

 日曜日なら仕事の量は少ない。幸い新たな依頼もない。

 

「鈴谷だよ!賑やかな艦隊だね。よろしくね!」

 

 と新人の鈴谷が挨拶した。

 

 

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 

 

「へぇー…………ここが"鎮守府"って言うんだね。もっとボロッちぃのかと思ってた」

 

 鎮守府の中を珍しいもののように、鈴谷が眺めている。熊野の友人だと言うから何というか…………お嬢様っぽいのかと。

 実際、会ってみると普通の女子高校生と言った印象を受ける。というかいきなり俺にタメ口なのか、と言いたいところだが、そんなことを気にする小さな男ではない。

 

「部屋は熊野と相部屋にしておく。あと、日程などは熊野から聞くように。一応、授業をやっているが参加したいなら俺に直接言ってくれ」

「授業?なにそれ、深海棲艦について何か教えてくれるの?」

「違う、数学とか英語とかの基本的な高校生の学習内容だ。君は義務教育までは受けていると聞いているから、授業を受けるかは自由だ」

「ふぅん…………」

「あと、艤装だがそのことは工廠にいる、橘さんという人を当たってくれ」

「へーい」

「分かったならそれでいい。質問があるなら言ってくれ」

 

 と鈴谷の方を見ると俺の顔をまじまじと見つめていた。

 

「なんだ?顔に何かついているのか?」

 

 すると鈴谷はニヤニヤしながら言った。

 

「提督って陸軍にいた?」

 

 とりあえず、頷いた。

 

「へぇ、あの時の人がここで働いているだなんて意外」

「意外とはなんだ、意外とは」

「なんとなく、だよ。ま、ここは熊野もいるし、これからが楽しみだよ!」

「…………そうか、だが問題は起こすなよ。仕事が増える」

「りょーかーい。ま、そんな死にそうな顔で仕事してるなら増やしてほしくないもんね」

 

 全くもって無礼な娘であるが、死にそうな顔なんて言われ慣れているので突っ込まない。まぁ、彼女も最低限の常識をわきまえているだろう。そう願わないと俺の体がもたない。

 

「とりあえず、今日はゆっくり休んでくれ」

「提督もねー。そんな血の気のない顔色だとこっちの方が具合悪くなりそうだよ」

 

 悔しいが、疲労がマックスまで溜まっているから言い返せない。それに今日は叢雲に奢ってやる時間も作らなければならない。さっさと部屋に戻って寝るとしよう。

 

「あ、そうだ。提督の昔を知ってる人ってどれくらいいるの?」

「…………どういう意味だ?」

「なんとなく、じゃあね、"軍神"さん。あ、"死神"さんの方が良かった?」

「な…………っ!?」

 

 なんで、それを?

 鈴谷はニヤニヤ顔を変えず、そのまま自分の部屋へと向かった。




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