民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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 何気なく見た窓の向こうには、海が穏やかに波打っている。

 その海は光を反射してきらきらと輝く。一見、穏やかな海ではあるが、それとは裏腹に実態としては、一番危険な場所である。こんな時代に生まれた人たちはもう生で海を見る機会もないと思うと、気が滅入り、知らず、嘆息した。

 今年の春は到来が遅いと言われていたが、5月に入れば春らしく不安定な気候が続いている。しかし、今日はいつにも増して気温が高く、過ごしにくい。

 私は半ば陶然としつつ、窓の外の景色から今いる食堂へと視線を移した。

 多忙のこの時間帯は、食堂には人はほとんどいなくて閑散としている。今は、わたしともう1人のかちゃかちゃと食器の音が響くだけだ。

 眼前には、山盛りのご飯にたくさんのおかずが並んでいる。初めこそはこの量に周りの人はとても驚いていたが、時が経つにつれ大して反応もしなくなった。

 

「あれ、赤城さん?」

 

 ふいに降ってきた大声は、黒髪ツインテールの女の子のものだ。

 ゆっくりとこちらに歩み寄り、

 

「戻ってきているのなら、1つくらい連絡してくださいよ〜」

 

 ごめんね、と応じれば、瞬く間に彼女ーー瑞鶴は嬉しそうな顔をする。

 そして、彼女の視線はわたしの目の前の女性に注がれた。

 

「何?」

「いつもなら、声を小さくしろとか何とか怒るのに、今日は何も言わないなー、と…………」

 

 目の前の女性ーー加賀さんは、一度ため息を吐いてから、

 

「今日は幸い機嫌がいいのよ」

 

 また目を閉じて、続けて言う。

 

「それにせっかく赤城さんが久しぶりに戻ってきたのだから、五航戦ごときで大騒ぎするのは時間の無駄よ」

 

 返事はない。

 いつもは加賀さんにこう言われると、噛み付くのが瑞鶴であるが、この日ばかりはおとなしかった。

 

「…………気色が悪いわよ」

「私だって、その辺の弁えはちゃんとありますぅ!」

 

 瑞鶴は大声で言った。

 

「はぁ…………でも、赤城さんがいないとやっぱり寂しいです。なんで、あんなところに派遣なんか…………」

「上からの命令ですから、仕方ありませんよ」

 

 上、と言っても、大本営という艦娘にとって最大限に上ではある。艦娘にとって、大本営の指示を無視するというとこは、艤装なしで海に出ていくようなことだ。つまりは甚だ危険な行動になる。あとで大変なしっぺ返しを食うだろう。

 ゆえに私は、5月から派遣として、あの民間企業にいる。

 

「五航戦」

 

 加賀さんは再び告げた。

 

「今日は赤城さんが帰ってきたのよ。とりあえずは、赤城さんと静かに過ごしましょう」

 

 にわかに返答はなかった。

 視線を向ければ、この五航戦が柄にもなく、静かに何度も大きくうなずいていた。

 

 

 ーーーー

 

 

「5月からここに行ってくれ」

 

 ある日突然、出し抜けに提督がそう言ったのは、4月の頭のことだった。

 深夜に執務室に呼ばれた時の話だ。

 驚く私に対して、提督はじっと私を見据えたまま付け加えた。

 

「あそこの働きは私たちも随分と助けられている。そこで戦力の援助として赤城に行ってもらいたい」

「しかし、なぜ私が…………?」

「あそこの提督は佐久間さんの知り合いらしいんだ。で、君は佐久間さんの教え子。つまり、弟子同士だから、すぐに打ち解けられるだろう、というわけだ」

 

 そのことを、加賀さんは元気のない顔でうなずいた。

 

「急な話ですね」

「ええ、でも命令には背けません」

 

 ですが、いきなりあそこに…………、とため息混じりに加賀さんは応じた。

 そして、今、民間軍事会社"鎮守府"の提督、もとい社長の八幡さんから、休暇をもらい、一時的にこの横須賀鎮守府に戻ってきたというわけである。

 いきなり戻ってきたのにも関わらず、加賀さんはいつものように昼食に誘ってくれた。

 

「向こうでの調子はどうですか?」

「いつも通り、と言った感じですかね。みんな優しくしてくれます。ただ、ここよりは忙しいですけどね」

「無理はあまりしないでくださいよ、赤城さん」

「大丈夫ですよ、その辺は八幡さんがしっかりと管理してくれてます」

 

 八幡さん?と瑞鶴は首を少し傾げて、少し思案したのち、

 

「あっ!八幡さんって、前ここに戦闘部隊として所属してた人ですよね!」

「あの人が、優しい…………?」

 

 今度は加賀さんが首を傾げた。加賀さんは、まだ現役の頃の八幡さんを見たことがあるらしいが、その時の印象はまるで機械のようだったらしい。加賀さんも似たようなものな気がするが、口には出さない。

 

「そういえば、前に八幡さんがここに見学に来てましたよ。その時は、なんか呆けていて、軍神とも呼ばれた人にはとても見えなかったなぁ…………」

 

 私の八幡さんに対する印象は、加賀さんのよりも瑞鶴の方に近い。指揮などを見る限りは、優秀な人ではあるようだが、なんだかいまいち覇気がない。

 

「そういえば、赤城さん」

 

 加賀さんが少し改めて、言った。

 

「軍事機密が持ち出された件について、気になる噂を耳にしたんですが」

「噂?」

 

 その件は、地方鎮守府の提督を務めていた男が軍事機密を持ち出し、誰かに渡そうとしたことだ。八幡さんがそれを見透かして、あらかじめ手を打ち、なんとか漏洩は防がれた。持ち出した当人は、叢雲さんと何か関係があったらしく、一悶着はあったものの、無事逮捕された。

 逆に、すんなりいかなかったのが受け取る側の方だ。その人物は、どうやら日本で最大規模の企業である"ユウナギ"の社員だったらしい。このユウナギという会社は、とにかくあらゆる事業に手を伸ばしており、よくない裏のことにも手を出していると噂されている。

 そのユウナギ社は、この事件は社員個人がやったとして、関連を否定。証拠もないので、そう処理するしかなかった。

 

「なんでも、その八幡さんはユウナギと繋がっているとか」

「いやいや、先輩。いくらなんでも、そんなことありえませんよ」

「どうかしら。そもそも、その八幡さんが事件を解決したらしいけど、ただ鎮守府に滞在していただけで、そんなこと分かるかしら?」

「八幡さんが言うには、たまたま見つけただけらしいですけど」

「それでも、少し怪しいということは確かです、赤城さん」

 

 加賀さんは少し人見知りなところがある。きっも、私のことを心配して言っているのだろう。

 

「大丈夫ですよ、少し変わった人ですけど、戦場を経験しているせいか、指揮もものすごく的確なんですから」

「…………そう、ならいいけど」

「あ、航さんは元気してました?」

 

 瑞鶴はにわかに身を乗り出して聞いた。

 広瀬さんは瑞鶴の指揮官でもあったから、その分気にかけているのだろう。大和さんは相変わらず、戦場に出てばかりだ。

 

「ええ、元気ですよ」

「そう、よかった…………」

「航さんがいなくなってから、指揮官はおっさんばっかりでつまんないですよ。戻ってこないかな…………」

 

 広瀬さんは、指揮の才能もさながら、器量もよく、人当たりも良かったため、艦娘からの人気がとても高かった。それに年も若いことも親しみやすくさせたのだろう。彼が大和と結婚した時は、それなりの波紋を呼んだが、彼への信頼は揺るぎないものだった。

 ただ、上の人との仲は良くなく、彼に子供ができてからはより風当たりが強くなってしまい、そのまま指揮官を辞めてしまった。

 

「広瀬さんは、八幡さんと仲がいいみたいだから、戻ってくることはなさそうよ」

「なら、八幡さんがこっちに来たら広瀬さんも来るのかな?」

「ふふ、それも諦めた方がいいかもね。もう戻る気はさらさらないって言ってたから」

 

 ちぇ、と瑞鶴は少し不貞腐れたような顔をしたが、すぐにいつもの明朗な顔に戻った。

 

「ん?赤城じゃないか」

 

 今度は柔らかな男性の声が後ろから降って来た。

 

「あ、提督、お久しぶりです」

「お久しぶり、調子はどうだい?」

 

 柔らかな笑みを見せながら、提督は尋ねた。

 

「いつも通りです」

「ふむ、どうだ?八幡くんの指揮はすごいだろ?」

「ええ、さすが生身で前線で戦っていただけに、判断力はどの人よりも優れてます」

「そうだろう、是非ともこの鎮守府に来てほしいものだが…………」

「断られたんですね」

「はは、一時期は迷ってくれてたみたいだけど、今はきっぱりと断られてしまったよ」

 

 すると、提督は少し陰りのある顔を見せた。

 

「どうしたんですか?」

「いや、まぁ、来てくれないなら、せめて応援として来てくれないかと依頼したんだが、それすら断られてしまってね。彼の応援もあれば、作戦もスムーズにいくのだが…………。もしかしたら、私が彼の癪に触ることをしてしまったのかもしれないね」

 

 ほんと参ったよ、と苦笑とともに提督は言った。

 加賀さんと瑞鶴の方は少し怪訝な顔をした。噂をの件も重なり、八幡さんを疑っているのだろうか。

 

「ですが、あの会社のスタンスとしては、どんな依頼も引き受けていると聞いています。たとえ、どんなにプライベートなことでも」

 

 加賀さんの言う通り、八幡さんはどんな依頼も引き受けてきた。その内容が、クルージングや、釣りのためだとしても。なのに、鎮守府の方からの依頼を拒否するのは少し疑問が残る。

 

「それなら、私から彼に頼みましょうか?」

「本当か!?頼む。今度の作戦では、どうしても彼の応援がほしいから」

「はい」

「ありがとう。それじゃあ、私はこれで。久しぶりに戻ってきたんだから、他の娘にも顔を出してやってくれ」

「分かりました」

 

 提督はそのままスタスタと食堂を去っていった。

 そして、再び私は久しぶりの友と楽しく談笑しながら、過ごした。

 

 

 ーーーー

 

 

 雨という日は、艦娘にとって厳しい気候だ。

 なかでも梅雨も近いこの時期は、天気も変わりやすく、雨や風に翻弄されながら戦うことで、被弾も増加して、昼夜問わず、ドッグは満員御礼を掲げることになる。

 当然、被弾はしなくても疲労は普段よりも多く積み重なるが、出撃命令が無くなる気配はない。

 

「お疲れですか?赤城さん」

 

 食堂でぼーっとしていた私の耳に、祥鳳さんの声が聞こえた。

 朝からノンストップで働きづめでありながら、テキパキとした挙動には微塵も衰えが見えない。ここの艦娘は、注意力が低下しがちなこの夕方でも、一糸乱れず緊急事態に対応できる。

 

「ま、まぁ、10分前に帰投したばかりですから…………それより祥鳳さんこそ、今日は出撃予定はなかったんじゃないですか?」

「突然の依頼をで、急遽出撃になったんです。提督の話だと、漁の護衛だそうです」

 

 思わずため息が漏れる。

 

「漁、ですか…………ほんとうにいきなりですね」

「いつものことですから。こればかりは、赤城さんが悩むことじゃないですよ」

 

 祥鳳さんのさりげない声が、慰めを与えてくれる。

 たしかに漁士にとって、海に出られないことは死活問題だ。しかし、多忙を極めるこの鎮守府で、突然依頼をするのは困ったこと。あらかじめ予約してくれれば、こっちもキチンと対応できるのに、突然依頼というのは、どうにも理不尽にすぎて言葉が出ないが、騒いだところで、どうにかなる話でもない。ここの戦力をうまく使って切り盛りして成り立っている状態だ。

 

「それより少し手伝ってほしいことがあるんです」

 

 見返す私に、祥鳳さんがため息混じりに答えた。

 

「さっきやってきた呉鎮守府の提督さんが…………」

 

 私は眉をひそめて、疑問を持ちつつも、立ち上がった。

 

 

 ーーーー

 

 

 北川龍三(きたかわりゅうぞう)、というのが呉鎮守府の提督を務める人の名前だ。

 いきなり秘書艦とともにやってきた82歳の男性だ。

 

「し、司令官さん、いい加減、帰った方がいいと思いますよ…………」

 

 応接室で聞こえた声は、秘書艦の羽黒という重巡の声である。

 中をのぞけば、龍三老人が、ちょこんとソファの上に座っている。薄くなった頭髪は真っ白で、穏やかな笑顔で座っている姿はどことなく仙人めいた趣がある。が、その穏やかな笑顔とは裏腹に目には鋭い光を持ち合わせており、只者ではないことを告げている。

 今は、提督は不在、それに長門さんも、さらには秘書艦の叢雲さんは出撃中、それで祥鳳さんは私を頼ったわけだ。

 応接室に入ってきた私を見て、すぐに羽黒が上ずった声をあげた。

 

「あ、赤城さん、ご、ごめんなさい!司令官さん、ここの提督に会うまでは帰らないと、聞かないんです」

 

 秘書艦の方は、いかにもか弱そうな艦娘だ、飄々と構えている指揮官に比べれば、とても頼りない。成人ではあるようだが、色白の頰にどことなくまだ10代の幼さが窺える。

 ソファの上の龍三老人は、少し困ったような苦笑を浮かべて、

 

「今は不在ということは重々承知してます。ですが、今日は八幡さんが戻ってくるまで、ここで待たさせてください」

 

 丁寧な口調だが、そこには一歩も引く気は微塵もないという強い意志が込められていた。龍三老人にとって、何か大事なことがあるのだろう。

 

「待つことくらい私がやりますから、司令官さんは戻った方がいいです」

「羽黒、お前も忙しい身だろう。このことくらい、わしがやる」

「今の司令官さんの状態で放っておくことが心配してなんですよ」

「えっと…………北川さんはどこか具合が?」

「最近、やっと具合が良くなったばかりなんですけど…………」

 

 困惑気味の艦娘に向かって、あまり威圧的な問いただすのも気がひけるので、私はため息を胸に仕舞いつつ、もう一度龍三老人の方に目を向けた。

 たしかによく見れば、頰は痩せこけていて、腕も枯れ木のように細い。しかし、精神までは衰えていないようで、目はしっかりとこちらを見据えている。

 

「司令官さん、昔、八幡さんという人と何かあったみたいで…………」

 

 傍らからためらいがちな秘書艦の声が聞こえた。ちらりと目を向ければ、困惑気味の羽黒が続ける。

 

「その"ケンカ"というか…………、そういう感じらしいんです。もちろん、殴り込みに来たわけではなくて、ただ話がしたいだけなんですけど…………」

 

 なるほど、と、ここは黙ってうなずくしかないようだ。

 

「ですが、今日はもう遅いですし、日を改めたらどうでしょうか?」

「そうですか、しかし…………」

 

 と老人は首をかしげ、

 

「普段この時間帯は執務していると聞いたものですから」

「今日は突然出張が入ったみたいなんです」

 

「そうですか」ともう一度軽く首をかしげた。

 その穏やかな風貌は、一目見ればただの好々爺のように感じるが、あの目を見ると八幡さんと何かあったのか気になるところだ。

 

「とにかく、八幡さんに連絡しておきますから、また後日来てください。そうした方が確実ですから」

 

 告げれば龍三老人は、なおも困ったよう顔で首をかしげたが、いくらか甲高くなった羽黒の声を受けて、ようやく「そうかい」と諦めたようにうなずいた。

 

 

 ーーーー

 

 

「やっと帰ってくれましたね」

 

 空母寮に戻った私に、祥鳳さんの安堵した声が聞こえた。と同時に、とんと卓上に置いてくれたのは、お茶だ。

 

「とりあえず、一服してください」

 

 こういう心遣いは本当に嬉しい。

 ここの鎮守府は、横須賀とは勤務体系が異なり、基本的に夜の監視は、昼間の出撃とは別仕事となっている。

 つまり、横須賀では夜の監視と昼間の出撃が被らないようになっているのだが、ここは昼間の出撃と、夜の監視のシフトは別となっているのだ。この制度の問題点は、運が悪ければ一日中働く羽目になる。さらに、運が悪ければ突如出現命令がきたりするから困った制度だ。しかし、提督である八幡さんはシフトなんてものはないため、基本無休で働かなければならない。

 要するに、私たちだけが疲れているわけではないのだ。そもそも死にそうなくらい顔色が悪い八幡さんを見れば、口に出して「疲れた」だなんて言えない。

 祥鳳さんはそれを知って、私に気遣いをしてくれているのだ。

 私はお茶を飲みつつ、帰ったばかりの龍三老人の顔を浮かべて、あることに気づいた。

 

「どうしましたか?赤城さん」

「北川龍三さんって、結構有名な人ですよね」

 

 応じた声に、祥鳳さんは首をかしげた。

 私は頭の中の記憶を探して、ようやく思い出した。

 

「あの人、艦娘による艦隊の初めての指揮官じゃないですか!」

「え、そんな人ならどうしてまだ提督業を?」

 

 祥鳳さんのつぶやいた疑問に、私は静かにうなずいた。

 初の艦娘の指揮をして、多大な功績を残したはずだ。なんなら今佐久間さんが就いている元帥だってなれるほど。

 そういえば、と祥鳳さんは思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえば、3日前に八幡さんに連絡したらしいんですけど、出てくれなかったって」

「3日前?」

 

 思わず視線を向ける。

 

「はい、羽黒さんが言うには」

 

 言葉に誘われるように、私は軽く目を寄せた。昨日、提督が言ったことと重なるものがある。

 

「まぁ、あの人も少し抜けてるところもありますからね」

 

 祥鳳さんはそう言うが、私はそうだとは思えなかった。

 

 

 ーーーー

 

 

「お疲れ様、赤城」

 

 夕方の執務室に八幡さんの、無機質な声が響いた。

 監視明けの午後のことだ。ちょうど出撃から帰投したところだった。その出撃の内容としては、貿易船の護衛。この依頼のルートでは、タ級などの比較的強い深海棲艦と遭遇しやすいのだが、八幡さんは、特に緊張した様子もなく、的確に指示してくれていた。

 

「ご苦労様、赤城。見事な活躍だったな」

 

 執務の手は止めずに、八幡さんは言う。

 

「私は言われた通りに動いただけです」

「そんなことはない。さすが佐久間さんに教わっただけあって、いちいち読みが正確だから、安心して指示ができた」

 

 褒められて悪い気はしないが、これだけ非の打ち所がない指示をされては、単なる社交辞令にしか聞こえない。

 私は「どうも」と気の無い返答をしてのち、話題を転じた。

 

「…………北川龍三さん?」

「4日前に、連絡したらしいですが」

 

「3日前ね」と八幡さんはつぶやきながら、懐から携帯を取り出した。私が少し驚いたのは、出てきたのがいわゆる"ガラケー"であったからだ。

 

「どうした?」

「いえ、今どきガラケーも珍しいな、と」

「ああ」

 

 答えた八幡さんは、携帯を見下ろしてから、すぐに苦笑した。

 

「スマートフォンとか勧められたが、別に電話やメールができさえすればいい」

 

 青色のガラケー無造作に開き、

 

「それにあまりハイテク機器には強くないんだ」

 

 パソコンを使っておきながら、と言いたいが、ここはそんなことを言ってる場合ではない。「で、何だっけ?」と問う八幡さんに私は短く応じる。

 

「北川龍三さんです」

「1日で山ほどの連絡がここにくるんだ。そのうちの1人なんて記憶にない」

 

 パソコンを立ち上げ、打ち込みを始めながら告げる。

 

「呉鎮守府の提督で、あなたに会いたいと連絡した方です。昨日訪れたんですが、昨日は八幡さんが不在でしたので」

 

 八幡さんが動かしたばかりの手を止めて、こちらを顧みた。

 今朝上がった報告書の中に、その件が記載されている。

 

「叢雲さんから伝えられているはずですが」

 

 わずかに眉を動かした八幡さんは、しかしその直後には、参った、といった顔で肩をすくめた。

 

「すまん、忘れてた」

 

 携帯をしまい、ため息をついた。机の片隅にあるコーヒーは、自分で淹れたのだろうか。今はそれを気にしている場合ではない。

 

「そうか、呉鎮守府の提督か…………」

 

 と頭をかきつつ、嘆息する。

 ちょうど「司令官!」と澄んだ声をあげて、顔をのぞかせたのは、朝潮だ。

 

「報告に来ました」

「そうか、悪いが報告は長門にしといてくれ。ちょっと今忙しいんでな」

 

 はい、と歯切れのよい返事とともに出て行く朝潮を見送ってから、八幡さんは私に視線を戻した。

 

「で、同じ鬼の佐久間の弟子としては、先輩のこの体たらくに、苦言を呈したくなったと?」

「いえ、そういうつもりはありません。もとよりここはどの鎮守府より忙しいですし、1つ1つ気にしてはきりがありません」

「お?かばってくれるて嬉しいな。先輩は一安心だぞ」

 

 おどけた様子で笑う。

 その不敵な笑みの底には、実績と自信に裏打ちされた揺るがぬものが確かにある。

 

「ただ…………」

 

 私は一旦言葉を切って、頭の中を整理した。

 

「昨日、叢雲さんに頼んで、ここ一週間の依頼を洗いざらい調べてみました。すると、何件か断っている依頼があります」

「…………まぁ、さすがに全部が全部受けるわけにもいかん」

「その断っている依頼は基本的に大本営に所属する鎮守府からのものです」

「へぇ…………」

 

 ため息をついて、ふいに気づいたように恨みがましい目を私に向けた。

 

「なんだ、結局赤城、俺を無能扱いしにきたのか」

「違いますよ。むしろ、他意を勘ぐってるんです」

 

 八幡さんは口元だけは笑みを浮かべたまま、窺うように私を見た。

 私は心中で粟立つものを覚えつつ、あくまで超然たる面持ちを崩さぬように心した。

 

「もう少し分かりやすい言葉で言ってくれないか?」

「最初は北川さんのことはお疲れだったのだろうかと思っていました。しかし、八幡さんは横須賀からの依頼も断ってます」

 

 束の間の沈黙にも、八幡さんは表情を一切変えなかった。

 再び頭をかきむしりながら、

 

「つまり?」

「八幡さんが、海軍関連の人を毛嫌いして、意図的に避けているように見えるということです」

 

 再び沈黙が舞い降りた。

 廊下の方からは、艦娘たちがバタバタと次の出撃の準備を始めている音が聞こえてくる。扉一枚挟んで、際どい対話がなされていると気づく者はいない。

 あくまで無表情を貫く私に対して、八幡さんは卓上の書類を眺めるだけだ。

 

「失礼は承知の上ですが、八幡さんほどの人が、北川さんの連絡を忘れただなんてことは、どう考えても不自然です」

 

 書類を眺める八幡さんは、なおも口を開かない。これだけのことを言われながら、口を開かないことが、すでに問題なのだ。

 

「納得できる説明をいただけませんか?」

 

 自分の声が、明日甲高く室内に響くような心地がした。

 八幡さんは、やがてゆっくりと頭をあげ私を見据えた。

 束の間私を見返して、かすかなため息とともに唇を動かしかけたその時、

 

「あれ、どうした?」

 

 ガチャリと扉が開いて、そんな能天気な声が響いた。

 

「貿易船の方は、終わったのか?」

 

 室内の緊迫した空気を一瞬して破壊したのは、ビッグ7こと長門さんである。

 とたんに八幡さんは、まるで何もなかったかのように、飲みかけのコーヒーを手に取った。そのまま、せっかく何か言いかけた口元にカップを押し付けて、そのままコーヒーを飲み干した。

 

「特に何もない。ちょうど赤城と一息ついていたところだ」

 

 にっこりと笑ってそう答える。

 

「それはお疲れだな」

「長門こそどうした?緊急でもないのに、執務室に顔を出すなんて」

「いや、たくさんの依頼がやってきてだな。急ぎのものがあるから、知らせに来たわけだ」

 

 おお、ありがとう、助かるよ、と微笑んで、八幡さんは立ち上がると、一瞥もくれずにあっさりと執務室を出て行ってしまった。呼び止める隙なんてありもしない。

 にわかに荒涼たる砂丘に放り出されたような心持ちで佇立したいる私に、長門さんが不思議そうな顔を向けた。

 

「あれ、何かあったのか?赤城」

 

 私は、飄然と構えたビッグ7の顔をジロリと見て答えた。

 

「長門さん、わざとやってません?」

 

 言われた方の長門さんは、なんのことだ?といつもの顔で、ニヤリと笑って見せたのだった。









ここまでで、何か疑問やおかしな点がありましたら教えてください。また、この艦娘を出して欲しいやこんなシチュエーションがいいなどと要望がありましたら活動報告欄のアンケートにてお教えください。
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