民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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久しぶりの閑話です。
少しシリアスが続いていたので、ちょっとほのぼのとしたものを。





閑話8"噂"

 噂。

 それはなんの根拠がないにも関わらず、部分的な情報のみで形成されるものである。無論、本人の確認なんてあるものでもないし、噂の本人が知らずのうちに広がったりする。かくもこの八幡武尊も散々噂にはお世話になってきた。

 この最近での俺の噂といえば、"八幡広瀬ホモ疑惑"であるが、もちろんそんなわけがない。俺は決してホモではない。広瀬の方は知らんが。

 しかし、人の噂も七五日と言うように、どんな噂も日がたてば自然と消え去るものである。今ではすっかりとその話も聞かなくなった。俺としては万々歳なのだが、このろくに娯楽施設もない鎮守府では艦娘は噂に飢えている。またすぐに言われもない噂がたつだろう。

 それに噂というのは基本的に本気で聞くわけでは無く、話半分に聞くものだ。艦娘たちも俺と広瀬のあらぬ妄想をしつつも、そんなことはないと思っているはずだ。というか、そうであってほしい。

 と、ここまで噂について色々語ったが、この話は残念ながら大人にだけしか通用しないものだ。人に騙されたり、はたまた嘘をついたりと、酸いも甘いも知る大人だからこそ、その噂が事実かどうか判断する能力を持ち合わせているのであって、まだ純粋潔白な子供たちはどんな話も鵜呑みにしがちだ。ましてや普段から一緒にいる大人からの話ともなれば。

 

「や、やぁ、提督」

「ん?時雨か、どうした?」

 

 ある日の昼下がり、少し躊躇いがちな様子で時雨が執務室に入ってきた。普段、ここに来室するのは秘書艦を務める叢雲か、冷やかしにくる長門か特に意味もなく訪れる熊野や航くらいだ。上司という身分ながら、あまり部下とコミュニケーションを取れていないのはあまりに恥ずかしい話だが、幸い彼女らは大きな不満も持っていないようだ。

 だからこそ、今回時雨が入室してきて、少々身構えてしまう。ましてや、遠慮がちな様子を見ると。何か不満なことがあるのだろうか?

 

「えっと…………その、なんというか…………」

「い、言いにくいのなら、叢雲に通してでも構わんぞ?」

 

 ここまでしどろもどろされては、相当なことがあるのではないかとこちらも不安になってくる。

 

「きょ、今日はいい天気だね」

「そ、そうだな」

「あっ…………」

 

 会話の糸口を見出そうといい天気だと言ったのだろうが、梅雨真っ盛りのこの時期の外はあいにくの大雨である。

 

「雨が好きなのか。俺も雨は好きだ。ジメジメして嫌だとか言う者もいるかもしれんが、俺は落ち着く。あと、依頼が来ないからね」

「…………うん、僕も好き」

 

 粗末なフォローではあるが、なんとか場を持たせることに成功したようだ。

 

「まぁ、もう少し弱い方が好きだがな」

「ふふ、そうだね。でも、止まない雨はないとも言うじゃないかな」

「ああ」

 

 微妙な空気からやっと落ち着いた空気へと変わった。心なしか時雨の様子もリラックスしているようだ。そして、時雨は意を決したかのように深呼吸をして、こちらを見据えた。

 

「て、提督はロリコンなのかい!?」

「…………は?」

 

 あまりにも唐突で脈絡のない発言に自分の耳を疑った。気づかぬうちに身体が衰え始めたのだろうか。だが、時雨の勇気を振り絞って言ったような様子からそうではないことが分かった。

 

「…………誰から聞いた?」

「え、隼鷹さんから…………」

 

 思わずため息が漏れる。

 あの酒飲みめ。そもそもここの鎮守府の噂の元は隼鷹にあるのではないだろうか?

 時雨はこの鎮守府の中では数少ない落ち着きがあり、かつ真面目な娘だ。ただ、彼女は真面目すぎるらしい。隼鷹の話を本当のことだと思ったのだろう。

 

「時雨、隼鷹の話は8割はウソだ。本気にしてはダメだ」

「えっ!?そうなのかい?」

「そうだ、そもそも俺はロリコンではない」

「そ、そうなんだ…………なら、あの話もウソなんだね?」

「あの話?」

「朝潮にキスしたという噂」

「はぁ?また、ピンポイントな噂だな」

 

 本当に噂の内容はなんでもいいのか。噂を話す側は楽しいかもしれないが、こっちからしたらいい迷惑だ。

 

「失礼します!」

 

 噂をすればなんとやら。ちょうど渦中の人物がいつものように生真面目な声と共に入室してきた。最近では、きちんとノックして相手の許可を得てから執務室に入ってくれるのはごく少数派となってしまった。

 

「どうした、朝潮」

「はい、何か手伝えることはないかと思い、ここにきた所存です!」

 

 この健気さに俺の心が洗われる。

 

「うむ、その心意気はとても嬉しいが、今日は仕事が少ない。手伝えることといえば…………」

「役に立てるのなら、なんでも!」

「少し待ってくれ…………そうだ、コーヒーの淹れてくれないか?叢雲から習ったと聞いたから是非とも飲みたい」

「はい、この朝潮にお任せください!」

 

 力強い返事の後、少し不慣れではあるが、きちんと手順を踏んでいるあたり、ちゃんと叢雲に習ったのだろう。

 

「僕も手伝おうか?」

「あ、時雨さん、ありがとございます」

 

 なんだか、2人の様子を見ると微笑ましい気分になってくる。娘を持ったならこのような感じになるのだろうか。自分自身、家族というのものがいなかったため、こういうのに少し憧れたりする。

 

「できました、司令官」

「ありがとう」

 

 渡されたカップに口をつける。朝潮が凝視してきて、少し気兼ねしてしまうが、この際だ、何も言わずにいよう。

 

「…………美味い」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、前よりもずいぶん美味いぞ」

 

 前は長門が指導したがために悲惨なものとなっていたが、やはり指導者が変われば味はこうも変わる。残念ながら、叢雲には及ばないが十分すぎるほどに美味しい。

 キラキラと目を輝かせる朝潮を見て、何を思ったのか右手が朝潮の頭を撫でていた。

 

「司令官…………?」

「あ、いや、なんでもない」

 

 なんでもない、と言いながらも撫でる手は止まらない。朝潮も最初は不思議そうな顔をしていたものの、次第に嬉しそうに目を細めた。

 

「むぅ…………」

「ん?どうかしたのか、時雨」

「別に、なんでもないさ」

 

 少し不満げな表情から、なんでもないはずがないのだが、詮索するのよくない。時雨は子供と大人の中間という非常に難しい年頃なのだ。下手な行動は不快感を与えかねない。

 

「ところで、いつまで頭を撫でているつもりだい?」

「ん、そうだな。あまり撫ですぎると綺麗な髪が傷ついてしまう」

「私はまだ大丈夫なのですが…………」

 

 ちょっと名残惜しそうな表情を見せたが、すぐに切り替えいつもの生真面目な引き締まった表情になった。こういう切り替えもまた朝潮の美点だ。

 

「朝潮、"提督とキスした"という噂があるんだけど、本当かい?」

「「!?」」

 

 今日の時雨はたしかに少しおかしかった。妙にしどろもどろしたり、かと思えば普段通りになったり、かと思えば急に不機嫌になったり、と。ここまで落ち着きのない時雨も珍しいと思ってはいたが、この時雨の発言にはさすがに驚かざるを得ない。コーヒーを口に含んでいたら噴き出していただろう。

 

「時雨、だからさっきも言っただろう。隼鷹の話の8割はウソだと」

「それは、朝潮の方を見たら分かるんじゃないかな」

「はぁ…………そんなことはないだろう?朝潮…………」

「は、はい…………そ、そそそそうです」

「…………朝潮?」

 

 は、はい、わわ私は大丈夫です!と、明らかに狼狽した様子で答える朝潮。どこも大丈夫じゃない。朝潮は大変真面目な娘だ。真面目過ぎると言っても過言ではない。それ故に、ウソをつくのがとても下手だ。

 …………つまり、"朝潮とキスをしていない"ということは、朝潮からすればウソとなっているのだ。

 …………あれ?

 

「提督」

「ま、待て。そんなことはした記憶がない」

「じゃあ、朝潮の態度はなんなのさ!」

「…………そんなことはないよな、朝潮」

「は、はい…………」

「…………別に怒らないから、正直に言ってくれ。そっちの方がありがたい」

「…………し、しました!」

 

 耳まで真っ赤にしていう姿は、可愛らしいのだが状況が状況だ。俺の頭はものすごい速度で過去を走り回っている。しかし、そんな記憶やっぱりない。

 

「提督、さすがに手を出すのは…………」

「待て待て、そんな記憶本当にないんだ」

「でも、朝潮がこう言ってるんだよ?」

「だから、無意識のうちにやったのではないかと思い始めた。だがな…………酔っ払ってというのはまずないし、いくら疲れても最低限の思考はできる」

 

 しかし、考えれば考えれほど心当たりはなく、可能性として多重人格も疑ったが限りなくありえない。

 

「ねぇ、朝潮いつしたんだい?」

「えっと、先週です!出撃する前に…………」

 

 先週…………。

 

「ああ!」

「思い出したのかい、提督」

「そうだ。だが、"キスをした"となると少々語弊がある」

「どういうことだい?」

「君たちが想像するようなことはしてないということだ」

「??」

「いや、話せば少し長くなる…………」

 

 

 ーーーー

 

 

 俺は非常に多忙なときを除いてできるだけ出撃する艦娘たちの見送りをしている。

 もちろん、指示や装備に手抜きをしているわけではない。いつも状況や発見された敵を考慮して考える限りの最善の手を打っているつもりだ。しかし、それでも不安なものは不安なのだ。かつて橘さんが"自分は臆病なだけなんですよ"という言葉が頭によぎる。なるほど、俺も相当な臆病ものなのかもしれない。

 そんなことをふと考えながら、俺はいつものようにもう少しで出撃する艦娘の元へ足を運んでいた。

 

「…………朝潮?」

「…………」

 

 ふと工廠までやってきて、足が止まったのはその出撃するはずの朝潮がぼーっと立っていたからだ。普段からテキパキと動く彼女にしては珍しい。俺の声にも反応しない。

 

「朝潮」

「は、はいぃぃ!」

「どうした、そんなにぼーっとして」

「いえ、何もありません!」

 

 すぐにいつものように引き締まった表情に変わるが、どことなく不安そうな感情が垣間見える。

 

「本当か?」

「は、はい!」

「…………何か悩みがあるなら聞くぞ?」

「だ、大丈夫、です…………」

 

 やっぱり大丈夫じゃなさそうだ。

 俺はしゃがんで目線を朝潮に合わせた。そしてそのまま頭の上に手を置いた。

 

「別に我慢しなくていい。不安なのか?」

「は、はい…………」

「ふむ…………やっぱり深海棲艦は怖いか」

「いえ、私が怖いのは皆さんと離れ離れになってしまうことです」

「離れ離れ、に?」

「はい。この戦争はいつか必ず終わります。でも、そのときにもう司令官や榛名さん、長門さん…………皆さんとはお別れてしまいます。だから、本当はこんなこと考えてはいけないと分かってますけど…………戦争が終わらなければいい、と思ってしまうんです」

「…………ふむ」

「ご、ごめんなさい!私はなんて酷いことを…………」

 

 俺は朝潮の頭を胸の方に抱き寄せた。

 

「司令官…………?」

「この戦争が終わっても、俺たちは離れ離れにはならない。たしかに身は離れてしまうかもしれない。だが、身が離れただけで俺たちの絆は切れてしまうものなのか?」

「司令官…………」

「俺は切れないと確信している。それでも君が不安なら俺が一緒にいてやろう。君の不安がなくなるまで一緒にいよう。…………これで大丈夫か?」

 

 朝潮は初めはキョトンとしていたが、すぐに笑顔を見せて、

 

「はい!大丈夫です!」

 

 と、俺に精一杯抱きついた。

 朝潮は、真面目で責任感のとても強い娘だ。この責任感は親がいないため長女としてしっかりとしなければならないという意識から生まれたものであろう。この責任感は朝潮のいい点ではあるが、このせいで誰かを頼るという子供なら誰もが持っているはずの能力を封印してしまう。なぜ、こんなことが分かるかと言われれば、俺も同じだからだ。

 なら、俺の前だけでも精一杯甘えてくれれば彼女の心の不安も少しながら減らすことができる。

 

「司令官、もう少しこのままでいいですか?」

「ああ、いつまでも、と言いたいが出撃時間までで頼む」

 

 はい、と言いまた腕の力を強めた。自分が彼女の父親の代わりなど烏滸がましいが、それに近い存在にはなれたらいい。

 ふと、俺はいつ読んだかは定かではないが、ある文献の内容を思い出した。たしか…………額にキスをするのは親愛の情を表す、と。それを思い出したときには、あまりにの愛おしさのせいかすぐに行動に移していた。

 

「し、司令官?」

 

 あまりに唐突な行動だったせいで朝潮が驚いた顔をしていた。そこで俺はハッと正気に戻った。

 

「あ…………これはあれだ。験担ぎみたいな何かだ。君が沈まぬように」

「なるほど!これは"軍神のキス"なんですね!!」

「あ、ああ」

 

 これほど真っ直ぐな目で見られると、非常に罪悪感が…………。

 

「…………も、もう一度してもらえませんか?」

「え?」

「1度だけでは効果がないかもしれません!だ、だからもう一度…………」

 

 正気である状態でやるのは、なかなか気恥ずかしいものだが、朝潮の頼みだ。この際、関係ない。

 俺は軽く朝潮の額に唇をつけた。

 

「よし!頑張ってこい!」

「はい!この朝潮、戦果を挙げてみせます!」

 

 力強い返事を残して、朝潮は走り出して行った。

 

 

 ーーーー

 

 

「…………つまり、キスはしたわけだね」

「いや、そうなるが…………別に性的な意味合いはない。ただ、朝潮に元気になってもらいたくて」

「そうなんだ…………」

 

 理解してくれたのだろうか?いや、理解しろという方が難しいかもしれない。だが、きっと聡明な時雨なら理解してくれるはずだ。だから、話したんだ。長門や隼鷹なら絶対に言わないが。

 

「僕も、出撃するとき結構不安なんだよ?」

「そ、そうか…………」

「僕だって、みんなと離れ離れになりたくはない」

「ああ、俺も同じだ」

「…………僕も朝潮と同じように安心させて欲しいな」

「そう…………は?」

 

 自然な流れでつい頷きかけてしまったが、この艦娘、とんでもないことを口走らなかったか?

 

「だ、だからさ、僕にも朝潮と同じように…………」

「い、いや、しかしだな…………」

 

 朝潮はまだ幼いと言える。それ故に、俺はあんな行動をとったのだろう。しかし、時雨はある程度成長しており、問題になりかねない。

 

「だ、ダメかな…………?」

 

 だからと言って、日々頑張っている彼女の願いを無下にできるわけもない。しかし…………

 

「俺は上司だ。だから、彼女たちとは最低限の距離は保たなければならない…………だが、同時に保護者でもあるんだ…………」

「提督?」

「保護者なら不安にさせるような真似もしてはいけない…………かと言って…………」

「…………提督?」

「だが…………でも…………」

 

 俺はなんて難しい立場なのだろうか。上司と保護者を両立させるには、必ずどちらかの妥協が必要になる。

 

「よいしょ、と」

 

 と、そんな掛け声と同時に膝元に妙に柔らかい感触が。さらに胸元にも同じような感触が…………

 

「…………時雨?」

「なんだい?」

「どうして膝の上に座って抱きついているんだ?」

 

 朝潮の方もぽかんとしている。

 

「…………僕からこうしたのなら問題ないでしょ?」

「いや、そういうわけでも…………」

「問題ないでしょ?」

「…………ああ」

 

 腑に落ちたわけではないが、とやかく言ったところで時雨が離れるとは思えない。それに時雨の方は満足そうに顔を埋めているので、いいのだろう。

 

「ん?時雨、背が伸びたか?」

 

 ふと時雨の頭の位置が高かったような気がした。無論、時雨の方は成長期なはずだから、背が伸びるのは当たり前だ。だが、自分の身長に追いついて行くのを見るとなんだか寂しい気分にもなる。

 

「そうかい?もしかしたら、提督を追い越しちゃうかもしれないね」

「冗談でもやめてくれ…………ただでさえ、長門とはともかく妹分だったはずの陸奥にまで身長を追い越されたんだ」

 

 背中にひっついていたはずの陸奥が、小学生の頃には同じ目線となり、気づけば俺が見上げる側となった時のショックといえば…………

 

「…………ああ。俺ももう少し背があればなぁ」

「提督は今のままが一番だと思うよ」

「ありがとう。しかしだな、"軍神"とかいう大層なあだ名のせいで会うたびに驚かれるんだよ。と言うか、軍人なのかと面と向かって言われたこともある」

「それでもだよ」

「そうか。まだ、このままがいいか?」

「うん」

 

 先ほどから朝潮の羨ましそうな視線が気になる。これは後からせがまれるな。

 さらにそのまま3分くらい過ぎようかとするときに、執務室の扉を軽く叩く音が聞こえた。ノックをすることから誰が入ってくるかはだいたい察せる。きっと不知火か祥鳳あたりだろう。

 

「失礼します、司令」

「不知火か、どうした」

「今日の報告を。それと白露さんが時雨さんをお探しでしたので。やはり不知火の予想通りでしたね」

 

 今この状況を見て尚、淡々としているその冷静さは子供とはとても思えない。

 

「時雨さん、夕方は白露さんと約束があったようですが?」

「あ…………忘れてたよ」

「ならば、早く行った方がよろしいかと」

「うん、そうするよ。ありがとう、不知火」

 

 ようやく俺から離れた時雨は、

 

「それじゃあ、また」

「ああ」

 

 と、小走り気味に執務室を出て行った。今日の時雨には色々と驚かされたが、少しでも元気になったのならそれでいいだろう。

 側で、朝潮がいつ時雨と同じことをしてもらおうかとタイミングを見計らっている。

 

「では、司令官、報告をさせてもらいます」

「ああ」

 

 と、報告書を受け取ろうと右手を出したが、紙が出されることはなかった。

 

「それでは、失礼します」

「…………ん?」

 

 報告書を出さずにいた不知火は、こちらへ歩み寄ったかと思えば、先ほど時雨のいた場所に収まった。朝潮がまた驚いた顔をする。

 

「し、不知火?」

「今日は駆逐艦は5人ほど出撃しましたが、いずれも無傷のまま帰還しています」

 

 戸惑う俺を無視して、不知火はあくまで淡々と報告を続けた。

 

「それと、何名か改装可能な練度に達しました」

「そ、そうか…………」

「どうかなされましたか、司令?何か不備がありますでしょうか」

「不備というか、どうして君は俺の膝の上に座ってるのかを説明してもらいたい」

「空いていたから、です」

「そんな理由か?」

「いえ、寂しさを感じているのは朝潮さんや時雨さんだけではないのです。司令が多忙なのは十分承知していますが、それでも最近は特に私たちとのコミュニケーションが減っているように思われます」

「やはりそうか…………」

「ですから、司令からこないのなら私たちからいこうという話です」

「はぁ…………ダメだな、俺は」

「そう思うのでしたら、後ろから不知火をギュッと抱き締めてください。ハグはストレスを解消してくれますから、是非ともやるべきだと思います」

「な、なるほど」

「分かっていただけたなら、行動に移してください」

 

 言われるがままに、軽く抱きしめた。

 その身体は本当に海に出て戦っているのか疑問になってしまうほど華奢で、少しでも強くしてしまったら壊れそうだ。

 

「どうだ、ストレス解消になりそうか?」

「…………」

「不知火?」

「ひゃい!?…………こ、こほん。そ、その耳元で囁かれると…………」

「む、すまん」

「だ、大丈夫です。惜しいですが、もう時間ですので私はこれで」

 

 再びいつもの冷静沈着な不知火に戻ったと思ったが、それは声だけのようで、顔は少し赤くなっている。

 

「ありがとう、不知火」

「はて、何か感謝されるようなことをしたのでしょうか?」

「さぁ、とりあえず言っただけだ。さ、今日は珍しく依頼もないからできるだけゆっくりしとけ」

「??」

 

 よく分かっていない様子のまま不知火は退出した。

 今日は、時雨といい不知火といい意外な一面が見れたので良かったのかもしれない。それに、俺は部下とのコミュニケーションが不足していることも自覚できた。

 ふと視界の片隅に、朝潮がもじもじしている様子が映った。

 

「朝潮」

「は、はい!司令官!」

「ここに座るか?」

 

 膝の上をポンポンと叩いて、朝潮に聞いた。

 

「よ、よろしいのですか?」

「ああ、構わないぞ」

「そ、それでは、失礼します」

 

 トン、と朝潮が座るが、不知火と同様にとても軽い。

 こうしてみると、やはり朝潮たちは子供なのだと嫌でも実感する。そんな彼女らを俺は戦場へと送っているのだと思うと、なんだか自分が嫌になってくる。

 

「司令官」

「ん?」

「私は今とても幸せです!」

「…………そうか、だがもっと幸せなことはこの先にもあるぞ」

 

 そうだ。俺の仕事は、平和のためではない。この娘たちの未来のためにあるのだ。だから、俺は彼女らが幸せになれるようにサポートしてあげなければならない。彼女たちの親の代わりとして。

 

 

 ーーーー

 

 

「テートクー!!」

 

 翌日の朝、若干寝ぼけてながら執務をしていたとき、荒々しくドアが開かれるとともに、大きな声が響いた。

 やはり扉をノックしてくれる者は少ない、か。

 

「どういうことか、説明を求めマース!」

「説明?なにを?」

「昨日、駆逐艦たちとお楽しみだったと聞きマシタ!なにをしたのか白状しなサイネー!」

「だ、誰からそんなことを?」

「隼鷹デス!」

「へぇ…………面白い話ね、司令官」

 

 秘書艦として、そばにいた叢雲も冷ややかな目線とともに反応を示した。

 あの酒呑みめ。いったいどこからのぞいてたんだ?

 

「未成年に手を出すなんて…………最低ね」

「待て、それは誤解だ。そんなことをするわけがないじゃないか!」

「それはどうかしら?あんたって子供には甘いからね。時雨と、何かあっても仕方ないわじゃない?」

「ただ膝に座って抱きしめられただけで、それ以上それ以下もない」

 

 はぐらかしても、事態をただややこしくするだけなので正直にことを話した。が、

 

「「…………」」

「ん?」

 

 どうやら正解ではなかったらしい。妙な沈黙が疲労状態の俺に深く突き刺さる。

 

「ふぅん、時雨も子供かと思ってたけど、なかなか侮れないわね」

「そうデスネ、あの娘もなかなかアグレッシブネ」

 

 2人でコソコソと話してはいるが、全て俺の耳に入っている。大人の君らが子供と張り合ってどうする。

 

「おはよう!提督さん!」

 

 今度は元気な挨拶とともに夕立が入室してきた。朝から元気なようで結構結構。

 今にもスキップをしそうなほど上機嫌な夕立はこちらへと近づいて、

 

「ぽいっ」

「「「!?」」」

 

 昨日の時雨とまったく同じ行動をしてみせた。

 あまりに唐突な行動に俺たち一行は呆気にとられている。

 

「な、なにをしてるんだ、夕立」

「時雨が言ってたぽい!提督の膝に座って抱きしめたら、心地いいって!」

「…………それって、みんなに言いふらしていないだろな?」

「駆逐艦の娘はみんな知ってるっぽい」

 

 時雨と不知火は基本的に簡単に言いふらすような娘でもない。朝潮も同様だ。が、聞かれたら多分包み隠さず言ってしまうだろう。

 

「ず、ずるいネー!ワタシも同じことを…………」

「今から出撃でしょ?さっさと行くわよ」

 

 叢雲は何かを読み取ったのか、金剛を無理やり引っ張って執務室から出て行った。

 が、夕立の方は離そうとするどころかたちまち眠ってしまっている。

 結局、提督に頼めば膝の上に座らせてもらえるという噂があっという間に伝播して、かなりの頻度で幼い娘を中心に膝の上に来るようになった。無論、その時の大人の艦娘から白い目で見られたのは言うまでもない。








この話の時間軸は赤城の登場から呉鎮守府への派遣の間に起きたこととして考えてください。
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