民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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前回から4ヶ月くらい経ちましたがまだ生きてます。








変哲お嬢と鉄仮面隊長

「合同訓練、ですって?」

 

 やや怪訝そうな顔で熊野は聞き返した。

 昼飯時も過ぎ、出撃予定もない熊野にとってこの時間は紅茶をゆっくり味わうのにうってつけなのである。

 

「そう。明日の昼からってさ」

 

 臙脂(えんじ)色のセーラー服に、ショートカットに切りそろえた緑がかった髪の艦娘は合同訓練の内容が書かれた紙を熊野に渡した。

 

「とても急な話ですわね」

「僕も提督に急に呼ばれてびっくりしたよ。もしかしたら、この前の演習でまた衝突しちゃったせいで怒られるかもって」

「ふふ、ありそうな話ですわ」

 

「もー、そんなこと言わないでよ」と最上は言うがどことなく楽しそうである。

 最上と熊野、ともに最上型であり姉妹艦に当たるのだが、血縁関係は全くない。しかし、同型艦ということ、一緒に出撃することが多いことから自然と仲が良く、友達のような関係である。

 

「それで、どこの艦隊と訓練するのかしら?」

「黒風隊だってさ」

「黒風隊‥‥? 不思議な名前の艦隊ですわね」

「うん。でもかっこよくない? 全員黒で統一された精鋭部隊、みたいな感じで」

「全身黒ならまるで深海棲艦みたいですわ」

「あはは、それもそうだね」

 

 そんな他愛のない話をしている2人の元に白い軍服を着た男が現れた。その姿を見るや否や最上は身体を固くした。対して熊野は相変わらず紅茶を啜っている。

 

「どうしたんですか、西住さん」

「お前ら、明日黒風隊との合同訓練なのだろう?」

「はい。提督からそう伝えられました」

 

 この西住という男、艦娘たちの間ではすこぶる評判が悪い。

 と言うのも、彼は基本的に艦娘たちに対してどこか見下している節があるらしく、常に彼女らに高圧的な態度であるからだ。それだけならまだいいが、理不尽な説教やめちゃくちゃな作戦などで艦娘たちのやる気を削いでいく。それが提督の補佐役を務めてるからタチが悪い。

 

「我が鎮守府の顔として情けない姿を見せるなよ」

「はい、分かってます」

 

 この鎮守府の古株の方である最上は彼の対処の仕方もこなれたものである。が、同じぐらい一緒にいるはずの熊野はいつまでもカップを片手に窓の景色を眺めている。

 

「ときに熊野」

「何かしら?」

「お前も明日訓練であるはずなのに、呑気にお茶とはいい身分だな」

「おかしなことかしら? わたくしは休憩の時間なのですから、何をするのも自由じゃなくて?」

 

 基本的には自由なお嬢様の熊野は、最上のような対応はできない。ただ思ったことをありのままに口にする。その結果、西住と衝突ないし彼が激する羽目になる。

 

「そんな体たらくで明日の訓練で無様な姿を見せたらどうするのだ!」

「安心してくださいな。このわたくしがそんな姿を見せるはずがありませんもの」

 

 彼も彼だが、熊野も熊野でどこから湧いてくるかも分からない自信を持っている。 戦場での熊野といえば、素っ頓狂な声を上げることで有名なはずであるのだが。

 

「まあまあ、西住さん。なんやかんや熊野は戦績をあげてるからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」

 

 なだめる最上に対して、西住は「ふん」と鼻を鳴らして踵を返し、戻っていった。後に残るのは相変わらずお茶を嗜む熊野とやや疲弊した最上だけだ。

 

「はあ〜」

「あら、随分とお疲れですわね」

「誰のせいだと思ってるんだよ」

「さあ??」

「……はあ〜」

 

 一連のやりとりが西住の理不尽な物言いに対して、熊野が憤ったのではなくただ天然なのだから最上も大変だ。ただ最上は何も言わずにため息をつくだけである。

 

「それで合同訓練の相手の黒風隊はどんな方達かしら? 名前だけだとなんだか屈強な人たちの集団のような感じですけれども」

「うーん、結構有名らしいけどね。提督も驚いたって言ってたぐらいだし」

「それで西住さんはあんなに気が立ってらっしゃったのね」

「そうかもしれないね。ただ言いがかりをつけるのはいつものことだけど……」

「そこはただ我慢、ですわ。それに慣れたらどうってこともありませんわよ」

 

 慣れる慣れないの問題で済む問題ではないはずだが、重巡熊野にはそんなことも通用しない。

 それも熊野の強さだ、と最上は内心感服していた。

 

「ま、どんな人たちかは明日実際に会えば分かるさ」

 

 それもそうですわね、と首肯しながら熊野は飲み干したカップを静かに置いた。時間も時間なので、お茶の時間をお終いにしようと熊野は立ち上がる。その直後だった。廊下から足音が聞こえてきたのは。

 黒い髪の男が夕方の光に当たる。

 背丈はそれほど高くなく、体型もやや細いがいたって普通。白い軍服が基本的なこの界隈では異様なラフなトレーニングウェアをまとっている。

 なによりも熊野が印象に残ったのはその目だ。どこか無機質で、何を考えているのか捉えづらい、そう言った印象を熊野は抱いていた。

 いくら多種多様な艦娘がいるこの鎮守府でもその男は初見だ。

 何かを探している様子で歩くその男は熊野たちの姿を認めると、真っ直ぐに向かってきた。

 熊野と最上は突然の見知らぬ客に少し体を硬くした。新しくやってきた人なのだろうか。それにしてはいささか格好がラフすぎる。もしくはどこからか迷ってきた変人……

 近づいてきた男は、真一文字に結ばれたその口を開いた。

 

「この鎮守府の提督はどこですか?」

 

 抑揚ない、低い声だった。

 

「えっと、うちの提督に用があるのかな?」

「ええ」

「ちょっと待っててね。提督を呼んでくるから」

 

 と最上が言うと、熊野に耳打ちした。

 

「少しこの人の相手してもらえないかな?」

「わたくしが?」

「だって見るからに怪しい人じゃん。軍の関係者ならいいけどそうでもなかった時に備えてさ、ね?」

「はぁ〜、別に構いませんけど」

 

 最上は顔を上げると男に笑顔を見せてからその場を立ち去った。残されたのは熊野の怪しい男と沈黙だけである。

 

「つまらないことをお聞きしますけど、軍の関係者かしら?」

「そうです」

「……それにしては随分と軽装ですのね」

「そうですか」

「…………」

 

 この男よほど口下手なのか単純に会話を嫌がってるのか。熊野の質疑に対して端的にしか答えないから会話が続かない。

 熊野は男の顔を見たが、まるで彫刻のように変化がない。歳は若いようだが、それにしては目があまりにも冷たすぎる。

 

「その……最上が帰ってくるまでお茶でもいかがかしら?」

「お気遣いありがたいが、紅茶は苦手で。遠慮させてもらう」

「そ、そう……」

 

 この後も熊野はさまざまな話題を探しては話すが、返ってくるのは「そうですか」のみ。ここまでくると流石の熊野も困惑しかない。

 ただ最上が戻ってくるのを心待ちにするだけだ。そんな矢先、

 

「おーい、提督を連れてきたよ」

「も、最上!」

 

 最上と人の良さそうな顔をしたやや老齢の男性がやってきた。

 

「あれ、どうしてそんなに疲れてるの熊野」

「それは……ってこれは後でいいですわ。それよりも彼を」

「そうだね。提督、この人が提督を探してたよ」

「おお! 八幡さんじゃないですか!」

 

 提督が声を上げると、八幡と呼ばれた男は頭を下げた。

 

「いきなり訪ねてしまって大変申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそ無理を言って来てもらったんですから」

 

 どうやら一応軍の関係者らしい。まだ八幡という人物をよく知らない2人はただ彼を見つめるしかない。

 

「おっと、君たちは知らなかったかな?」

「うん。八幡さんはここの補佐に就任するの?」

「いいえ、応援としてやってきました」

 

 応援というと、よその鎮守府の提督か何かかなのだろうか。

 

「うむ、ちょうどいいか。紹介しよう、明日からうちの応援としてしばらくここにいることになった、"黒風隊"の隊長を務める八幡武尊殿だ。君たちが一番お世話になるかもしれないから今のうちに挨拶しなさい」

「よろしくお願いします」

「よろしく、八幡さん」

「よろしくお願いしますわ」

 

 黒風隊の隊長──のちの民間軍事会社のトップとなる八幡武尊とその社員となる熊野の最初の出会いであった。

 無表情で何を考えているのかわからないこの男と、自由奔放で少々人とずれてるこの艦娘の関係が長くなることをまだこの2人は知らない。

 

 

 ────

 

 

「上から応援の必要があるかと聞かれてね。最近は出撃も多いし、ダメージを負う娘も増えてきている。このままだと少しきついだろ? だから是非お願いしますと言ったんだ」

「まあ、たしかにそうだね」

「その応援がまさか黒風隊とは思ってもいなかったよ。とても心強い応援だ」

「わたくしはあまり、その黒風隊のすごさを知りませんわ」

「あら、そうだったか」

「僕も名前だけかな、知ってたのは」

「まあ、うちは少し辺鄙な場所にあるからな。あまり聞きなれないかもしれない」

 

 提督は少し苦笑いを浮かべながら言った。

 さて八幡が訪問を終え、帰っていってから数十分後。提督についていくような形で熊野と最上は執務室に顔を出していた。無論、その用件は八幡武尊と黒風隊についてだ。

 提督が喜ぶこともあって、その戦果は生身の人間であるはずなのに艦娘たちと引けを取らない。ただ、人智を超えた能力を持つ艦娘に肩を並べるのにはそう簡単なものではない。彼女らと同じ舞台で戦う──深海棲艦と戦いでは、犠牲も払った。大から小までの怪我は日常茶飯事で、死という存在は遠くはなく、実際にほぼ壊滅したこともあった。彼らがここまで来たことは一言二言では足りない。

 ゆえにまだ若手であるはずの八幡が乗り越えてきた修羅場は数知れない。あの無機質な目もその過程でそうなってしまったのだろう。だからこそ、あまり期待しないで応援を要請した提督は柄にもなく喜んでいたのだろう。……残念ながら熊野たちは知らなかったが。

 

「そんなお方がここに来るなんて、不思議ですわ。言っては悪いですけど、ここはあまり重要だと思われていませんでしょう?」

「ま、まあ」

「優秀な人たちは大きな鎮守府に引き抜く、これが今までの流れでしたわ。それがいきなりこんな小さな鎮守府に名高い部隊が来るなんて、不思議に思っても仕方がないですわ」

 

 こういう時に、熊野は核心をつく。

 提督はあはは、と力なく笑う。

 

「ま、まあ、これから一緒に戦うんだから、仲良くしていこうじゃないか」

「それができたらいいのですけれど…………」

「僕はちょっと苦手かなあの人」

 

 むしろあの初対面で好印象を持つ者がいるかどうかも怪しい。最上が苦手とするのも無理もない。

 

「とにかく、頑張っていこうよ。熊野」

「ええ、そうするしかありませんわ」

 

 

 ────

 

 

 合同訓練の日は晴天に恵まれた。

 黒風隊を一目見ようと、休みのはずの艦娘たちまでもが顔を出して、にわかに活気付いていた。

 

「見世物ではないんだがな…………」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、ただの独り言だよ」

 

 その提督の発言に、秘書艦を務める高雄は一瞬不思議な顔をしたものの、そこは気配りができる彼女である。言葉のニュアンスを感じとり、それ以上の追及はしなかった。

 その腕にはバインダー。そこには数枚の紙が留められており、記入事項がこれでもかとある。

 

「いきなり、記録員をさせてすまないね。本来なら西住くんの仕事なんだが…………」

「西住さんも今日は張り切っていましたから。黒風隊が来たということで」

「せっかく今日は休みだったろうに」

「これも秘書艦の仕事です。それに今日は予定もなくて暇でしたから」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 そう言い、軍帽を外し、白髪の混じった頭を掻いた。

 

「それはそうと、今日の主役が来てますよ」

「お、ついにお披露目か。高雄、頼むよ」

「了解しました」

 

 高雄はバインダーから海へと視線を移す。その真剣な眼差しにつられるように、提督もまた海に視線を移した。そこには青い海に異様な黒い5つの水上オートバイが見える。

 黒風隊の名の通り黒で統一された装い。2人1組で水上オートバイに乗っている。

 全員ヘルメットを装着し、綺麗に隊列を組む様子はまるでアンドロイドの集団かのようだ。艦娘たちとは全く異なる集団。

 しかし、彼らは艦娘たちに負けず劣らずの強さを有している。

 

「八幡さん、準備の方は?」

「できてます」

 

 相変わらずの低い声が無線機から返ってくる。艦娘たちとは違い生身では海に立たない彼らは水上オートバイに跨り、武器を手に深海棲艦たちと戦う。いったいどんな戦い方をするのか──ここにいる誰もがそれに興味を示している。

 一瞬の静寂の後に、提督は高らかに告げた。

 

「始めッ!」

 

 直後に提督の声に反応して、5個の人型の的が出現した。それらの位置は規則性もなく、間隔はバラバラだ。

 それらは八幡たちには豆粒程度にしか写っていない距離だ。艦娘なら偵察機を使って距離を把握することも可能だが、彼らはどうするか。どのようにまず位置を把握するのか。

 そう考えていた時だった。

 黒風隊は八幡を先頭に全速力で走り出していた。

 

「ほお…………」

「いきなり突っ込みますか」

 

 彼らは迷わず、エンジンを全開に突き進んだ。的の場所や数は伝えていない。本来ならまずはある程度接近し、数や位置を把握してから攻撃をはじめるものだ。しかし、彼らはそんなそぶりも見せずに攻撃を開始しようかとしている。

 そして、おそらく的の射程距離圏内と思われる距離に達した瞬間、あれほど綺麗に組まれていた陣形がいきなりバラバラとなった。1組は、そのまま蛇行をしつつもまたの正面へ、1組は右側面へ1組は左側面へ…………まるで敵に的を絞られないようにしている動きであった。

 バラバラの方向から的に接近していくとついに後ろに乗った隊員がそれぞれ短機関銃を構えている。射程距離に入った瞬間、乾いた連射音とともに的に弾痕を作っていった。

 側から見れば、それぞれが縦横無尽に動く彼らが衝突しそうでヒヤヒヤものである。しかし、そんな心配をよそにスピードを緩めることなく的の間をすり抜けつつ攻撃を続ける。

 一見適当に走り回っているように見えるが、攻撃のタイミングはそれぞれ規則性がある。誰かが距離を置いたかと思えば、別の誰かが距離を詰め攻撃する。彼らの攻撃には間がないのだ。

 気づけば的は原型をとどめないほどに撃ち込まれ、黒風隊は何事もなかったかのように再び綺麗な陣形に戻っていた。

 迅速かつ正確な動き。見事なものだった。提督の傍らでは高雄が忙しなく手を動かし、記入している。

 しかし…………

 

「これからはどうだろうか」

 

 黒風隊の向かい側から5人の艦娘が姿を現した。

 これからが本番であり、今までのはちょっとしたレクレーションだ。ただ浮いている的とは違い、彼女らは無論動くし、攻撃もする。

 スタートの合図はない。どちらかが動けばすぐさま、攻撃が始まるだろう。

 

「どう思う、熊野?」

「どう思う、って言われましても…………」

「僕はちょっとビックリしたかな。噂と現物は違うね」

「でも、わたくしは負けは嫌いですわ」

「うん、僕もだよ」

 

 熊野と最上を筆頭に艦娘たちは主砲を黒風隊に定めた。

 当たり前だが主砲に込められているのは実弾ではなく、ペイント弾。相手は生身の人間だ。一発でも当たれば即死は免れない。

 

「全員撃て!」

 

 最上の掛け声とともに一斉に主砲を放った。

 黒風隊は一気に加速し、躱し、そして直進してくる艦娘たちに正面から突っ込む進路をとる。

 

「結構好戦的だね」

「言ってる場合ですの? もうすぐそこまで来ていてよ」

「分かってるって」

 

 最中も最上たちは主砲を乱射する。いくら素早い黒風隊と雖も雨のような攻撃はひとたまりもない。

 近づくに近づけず、彼らはとにかく徹底的に回避をし続けた。右へ左へと不規則に動き回り、避ける。時々、すぐ横に着弾はするものの、あれだけの量の弾幕に対して直撃は未だにない。

 

「なかなか当たらないっ!」

「焦る必要はありませんわ。避けるだけなら、相手に勝ちはありませんわ」

 

 熊野の言うとおりである。避けるだけなら、負けもないが勝ちもない。しかし戦場で生き残る術は勝つのみ。故に勝たなければ意味がない。

 それは彼らも理解しているのか、回避一辺倒だった黒風隊は意を決したように急速に距離を詰めてきた。それと同時に彼らも攻撃を開始する。

 艦娘たちの主砲とは違い、短機関銃の攻撃は小さな弾をこれでもかと放つ。

 

「うっ…………」

「鬱陶しいですわ!」

 

 的の時と同じように、それぞれがバラバラの向きから突っ込んでくる。それに対して、最上や熊野らはなかなか的を絞りきれない。

 大したダメージはないものの、積み重なれば相応のダメージとなる。1組に狙いを定めようたすれば、別の組がすかさず攻撃し、それに反撃しようとすれば離脱される。翻弄されてばかりの彼女らは徐々に押され始め、連携も疎かになり始めた。

 

「これが黒風隊…………」

 

 提督はただ圧倒されるだけだった。比較的平穏な場所で過ごしてきと言っても、激戦をくぐり抜けた彼らの洗練された動きを見て何も思うわけがない。

 

「みなさん! 翻弄されてはいけませんわ! 確実1つ! 1つ当てましょう!」

「わ、分かった」

 

 熊野の一声でがむしゃらに撃っていた彼女らは狙いを定めて撃っていくようになった。いくら邪魔をされようと無視。とにかく1つ。

 熊野は攻撃するために近づく1組に狙いを定めた。

 相手が攻撃する瞬間に撃つ。後ろに座る隊員が銃を構えたとき、熊野もまた主砲を構えた。構えている隊員のヘルメットの向こうには記憶に新しい無機質な目が。

 

「とぉぉ↑おう↓!」

「!!」

 

 しかし、熊野の放った砲撃はヘルメットを掠めただけであった。お返しと言わんばかりに雨のように銃を打たれる。

 勝負は明らかだった。

 ほとんどペイント弾の汚れがない黒風隊、ペイントまみれの艦隊。ただの人間に艦娘が相手した筈だ。だが、それの差を凌駕するほどの統率力、戦術、経験を彼らは有していた。

 

「さすが、としか言いようがない」

「…………はい」

 

 提督も高雄も想定外であったのだろう。しばらくなただ唖然とその様相を眺めていた。

 艦娘が意気消沈する中、熊野はただ1人、黒風隊を、自分が外したその無機質な目を見つめていた。

 

 

 ────

 

 

 惨敗を喫した熊野たちを待ち構えていたのは額に青筋を浮かべた西住であった。

 

「貴様ら! あれほど無様な姿を見せるなと言っただろッ!」

「…………」

「艦娘でありながらこの体たらくを恥ずかしいと思わんのかッ!」

「面目ありませんわ」

「なんだあのふざけた攻撃は。よくそんな姿を見せれるな」

 

 ただでさえ敗戦で意気消沈している彼女らに、弾幕のように西住は罵声を浴びせ続けた。

 怒鳴りつけるのはよく見る光景だが、今日は一段と憤っているようだ。さらにひたすら俯いている彼女らの姿がまた癪に触ったらしく、

 

「貴様ら、俺をバカにしているのか!」

「そんなつもりは…………」

「ならなんだ! その舐めきった態度は!?」

 

 なだめようとしても焼け石に水だ。西住はだんだんヒートアップしていく。

 

「第一に、日々の鍛錬がなっとらん! 週3のみの訓練だと? 俺が現役だった頃は毎日だったぞ!」

 

 次第に話は今日の訓練からも逸れていく。こうなると長くなってくる。日没まで終わるのだろうか、そんなことを熊野が考えていると、意外な人物が西住の話を遮った。

 

「すいません」

「なんだッ!」

「黒風隊の広瀬と言うのですが…………」

 

 その声の主は隊長の八幡とは違い、物腰穏やかな好青年であった。

 

「はっ、申し訳ない。少し熱くなってしまいまして」

「お取り込み中ならすいません。しかし、しばらくこちらにいる以上、西住さんにも顔を合わせないと思いまして」

「そうでしたか」

「ええ、時間があれば隊長と交えて話でもと思ったのですが…………」

「いえいえ! 少々彼女らに喝を入れていただけですから。その隊長殿はどちらに?」

「今は会議室で今日の反省を行ってます」

「なら、今からでも向かいましょう」

「本当ですか? お願いします」

 

 と西住はさっきまでの怒りも何処へやら。そそくさと会議室へ足を進めていった。その後をついていくように広瀬という人物も向かったが、途中で止まると振り返りウインクした。そして、そのまま廊下の奥へと行った。

 

「…………よかった〜」

 

 西住の姿がなくなるのを確認すると、ひとりの艦娘がそう呟いた。

 

「優しそうな人だったね、あの広瀬さんと会う人」

「そうですわね。少々キザな人のようでしたけど」

「そうかなぁ? わざわざ怒鳴っている人に話しかけたってことは、僕たちを気遣ってくれたんじゃないかな。そうならとってもかっこいいと思うけど」

「あら、最上はああいう人がお好み?」

「やだなあ熊野。そういう意味じゃないよ」

 

 そういう最上だがその声はどこか浮ついているようだった。他の娘も同様らしく、さっきコテンパンにやられた相手そのものにも関わらず、かっこいい人だなどと言っている。

 

「それにしても、今日の西住さんは機嫌が悪かったね」

「まあ、あれだけ惨敗したらあの人は怒りますわ」

「いつも思うけどそこまで怒らなくてもいいのに。僕みたいな志願して艦娘になった娘ならともかく不承不承ながらやってる娘もいるんだから」

 

 艦娘になるには誰でもいいわけではない。艦娘になるには適性がいるのだ。それは戦闘能力でも頭脳でもない。妖精が見える、艤装を装着できる。そういった"バカらしい"と言われるようなことを求められる。

 

「そうですけど…………。わたくしとしては今日の敗戦はなかなかに応えましたわ」

「たしかにあそこまで黒風隊が強いとは思わなかったね」

「それもあるのですけれど…………あそこまでわたくしたちが連携を取れなかったのが驚きでしたわ。わたくしも含めて、訓練を怠ったつもりはありませんわ。曲がりなりにも艦娘として一所懸命に頑張った自負がありましてよ。それなのに、あんなに簡単に一方的にやられるなんて…………」

「そこまで気を病むこともないよ。たしかに悔しいけど…………僕たちの仕事は深海棲艦を倒すことだから」

「…………それもそうですわね」

 

 それでも熊野は悔しさを隠しきれなかった。たしかに最上の言う通り、やりたくて艦娘をやっているわけではない人もいる。しかし、熊野はなりたくてなった側の人間だ。艦娘ということに誇りを持っているし、今まで妥協してきた記憶もない。

 

「っと、もう時間だね。僕は戻るよ」

「ええ、また後で」

「うん、じゃあね」

 

軽く手を振ってから最上は小走りで去っていった。こうなれば熊野もすることがなくなる。ここは大人しく部屋に戻ろう、そう思い彼女もまた歩を進めた。

 

「ところで八幡さん、今回うちの艦娘たちと演習がありましたがいかがでしたか?」

 

その路の途中、西住の声が部屋から聞こえた。思わず熊野は歩みを止め片耳を立てた。

 

「うちの艦娘では物足りなかったでしょう」

「そんなこともありませんよ」

 

西住の言葉に返答したのは広瀬であった。肝心の八幡の声は聞こえない。

 

「しかし、彼女らは艦娘でありながらその立場に甘えて鍛錬を怠っている。恥ずかしながらもそれが今日出てしまいまして」

 

鍛錬、鍛錬と西住は口に出すが実際に彼がその鍛錬の場にいることは少ない。文句を言うだけ言って後は何処へやら。

 

「………もう時間でしょう。これ以上は西住さんの執務に支障が出てしまう。今日はここまでで」

 

言葉こそは丁寧であるが、早く終われと言っているようにも聞こえるくらい冷たい口調であった。だが西住にはそう聞こえなかったらしく、

 

「そこまで気にくださって………噂お聞きしましたが、本当に有能な方達でありますね」

「ありがとうございます」

 

西住が立ち上がったを察すると熊野は慌てて、その場から立ち去った。

 

「………思ったよりもひどいようですね」

「はなから期待していない」

「しかし、ここまで艦娘たちをバカにしている人がいるとは」

「だからって、俺たちがどうこうする話ではない。だから、何かしようとは思うな」

「………善処します」

「頼むから、ことを立てないでくれよ。また飛ばされてはかなわん」

「それは隊長でしょう。何割かは自分にも非があることは認めますが、決定打を打ったのは隊長ですからね」

「わかってる。それよりも今日の相手だが………」

「ちょっと、実戦不足なのは感じましたけどね。でも鍛錬不足ではない感じだと思います」

「概ね君と同じだな。1人気になる奴もいたが」

「へえ、誰です?」

「名前は知らん。栗色の髪だったような気もするが」

「えーっと、その娘は………」

 


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