民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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しばらくは、八幡提督の過去話が続きます。




 身体はお世辞にも恵まれてるとは言い難く、日々の鍛錬で鍛えられた男たちの中では、俺は随分と異分子であった。訓練についていくのがやっとで、毎日胃の中を吐き出しながらもどうにか他の隊員と肩を並べるように食らいついた。いつもなら辛い時に長門の存在が救いになっていたが、当然だがいない。

 

 いなくなって初めてその存在のありがたさを知る、と言うことはよく聞く話だが…………なるほど、まさにそうだとこの身をして実感した。

 

 しかし、自衛隊としての生活が全て苦しかったわけではない。自分の周りの訓練生はみな同じく孤児院の出身であったのだ。どうやら俺に舞い込んできた話はいろんなところでされていたらしい。

 

 やはり境遇が似ると、話が合うらしい。今までの生い立ちや苦労、孤独…………親がいない者同士だからこそ腹を割って話せる友と呼べる仲間ができたのはかけがえのない財産であった。

 

 孤児院や学校で話す相手といえば専ら長門か陸奥しかいなかった自分だが、その養成所で初めて男友達というものを手にした。そうなるとたとえ苦しくとも、不思議と乗り越えれるものであった。早く訓練生を卒業して、隊員となって活躍しよう、そんな約束もあの時みんなで結んだ。

 

 そして、その約束であり目標であった"隊員になる"というのは自分たちが思っていた以上に早く達成することとなる。

 

 あの時こそ、喜び合い、自分たちの鍛錬が身を結んだと思っていた。だが、今となって考えると生身で深海棲艦と戦いたがる人がいなくなったから、訓練生でも構わず連れてきただけだ。

 

 待ちに待った、自分たちの初陣。その初陣が俺の傷の始まりであった。

 

 敗戦であった。それも大敗。 

 

 当然だ。1年間徹底的に鍛錬し、幾度も集団演習もやってきた。しかし、人間の力を遥かに超える深海棲艦相手に、1年間という期間はあまりにも短すぎた。演習での敗戦とは違い、実戦の敗戦には犠牲が伴う。16人で編成されたできて間もない部隊は、たった一戦でその数を3人に減らした。何人かは相手の砲撃で木っ端微塵に吹き飛び、海の藻屑と化した。爆風で海に放り出された者は、そのままイ級になす術もなく飲み込まれるか、カ級に海底に引き摺り込まれた。自分含め3人生き残っただけでも奇跡に近かった。

 

 運が良かったのだろう。いや、どうだろうか。この運は悪運と呼ぶべきか。兎角もこの運に俺は幾度も命を助けられることとなる。そしてそのたびに、死んでいった者たちの顔を脳裏に焼き付けられていく。

 

 そんな満身創痍な俺らを待っていたのは、戦場に出やしない上官たちの冷遇だった。

 

 彼らからしたら俺たちは死んでも誰も困らない、ただの捨て駒だったのだろう。でなければ、わざわざ全員が孤児院出身で構成するわけない。しかし、それが分かったところで何の後ろ盾もない俺らが、名家の血筋を持つ彼らに歯向かえることもない。いくら大声で助けを求めても、あいつらに有耶無耶にされる。

 

 もはや、俺らは人間ではなかった。ただの使えない道具だ。ぶくぶく太った上官どもに、顎で使われ、捨てられる。いくら功績あげたところで、その功績の行先はあの豚どもだ。俺らに残るのは"何もない"。

 

「明日は…………きっといいことばかりさ」

 

 毎日そうやって呟かないと気が狂いそうだった。常に命の危機に瀕し、こき使われ、罵倒される日々。明日に何かをかけなければ生きている意味さえなくなってしまう。

 

 俺は耐えた。どうにか正気を保ち、戦場からは必ず生きて帰った。そうできたのもあの時生き残ったうちの1人──親友とも呼べる存在がいたからだ。その男は門叶(とが)龍弥(りゅうや)という名前だった。どんなに苦しいときでもその男は膝を折らなかった。それどころか今にも倒れそうな俺や他の者に手を差し伸ばすまであった。

 

 仲間が死ねば悲しみ、仲間が活躍すれば手放しに喜び、落ち込んでいるものがいれば相談にのったり。俺と同じように死地を何度も行き交い、仲間の死をその目に焼き付けてきたはずだ。戦うたびに死に対して鈍感になり、感覚が狂ってきた俺とは違い、いつまでも変わらずお人好しなまでの優しさを龍弥は決して失わなかった。

 

『機械』。いつしか周りは俺のことをそう呼ぶようになった。

 

 どんなに傷つこうが、仲間の死を見ようがなんの、表情も見せなくなった俺にはぴったりだった。ただ戦場に行き、故障したなら修理し、もう使い物にならなければ捨てればいい、そんな存在なのだからそうだろう。

 

 機械だと、呼ばれようが、疑問に思うこともなくなった。受け入れた。

 

 龍弥はその考えをなくそうとしてくれた。「お前は人間に決まってる」と、いつも俺に言い聞かせていた。それでも、度重なる戦いで破壊され尽くした人間としての尊厳は、もはや修復もできしない。

 

 それでも彼はめげずに、俺のために色々してくれた。

 

 話だけでなく、彼はいろんなことを教えてくれた。彼の話に対して、俺はあまり反応を見せなかったが、彼の話す内容は常にとても興味深いものだった。その中でも彼は兵法に詳しかった。

 

 龍弥はそういった類のものが元々から好きだったらしく、本を借りては読んでいたらしい。実際に、戦場での彼はその膨大な知識を活用し、たびたび俺たちの活躍を導いていた。俺はあまりその内容を理解できていなかったが、それでも戦局の機微がわかるようになってきた。

 

 その結果、今までただの烏合の衆に過ぎなかった俺らの部隊は徐々に頭角を表すようになってきた。犠牲も少なくなり、顔ぶれが固定され、部隊としての結束力も強まった。もしかしたら、ようやく俺らも認められる存在になれる──そんな一抹の期待を俺たちは抱き始めた。

 

 そんな時に、海軍に1つの転機が訪れた。急速に艦娘が頭角を表したのだ。艦娘──その存在自体は元々から知ってはいたが、その適性が誰にあるのか、どのように扱ったらいいのかがほとんど分からず実用性は皆無だとされていたため、実戦で目にしたことは一度もなかった。しかし、いきなり実戦に出てきたかと思うと、たった1人の少女が戦艦1つに匹敵するような力を見せ、深海棲艦に対抗できる存在だと認識させた。

 

 そうなるとイ級一体を倒すのに一苦労する俺らの立場は再び弱くなる。それなら艦娘1人の方がまだ強いからだ。

 

 しかし、俺と龍弥はどこか安堵の感情を抱いていた。もう俺らは戦場に必要じゃなくなる。つまり、この先の見えなかった地獄からようやく解放されるのだと。人間に戻れると。

 

 これから職を失う羽目になるのだというのに、俺ら2人は実に呑気なものだった。不安なんかより、もうこんな苦労はしなくてもいいんだ、という小さな期待感の方が大きかった。

 

 しかし、現実はそのささやかな期待も打ち砕くことになる。

 

 

 ────

 

 

 艦娘たちは俺らとは違い、座学で戦場での心構えなどを学びはするが、それでも根本的に軍人になりきれない。それもそうだ。ついこの間まで普通の女の子だったのだ。人としての意識を捨て去り、道具になることを強要され続けた俺らと同じになるはずもない。

 

 これから戦う羽目になるのだというのに、彼女らには少し緊迫に欠けていた。結局、ただの女だ。

 

 しかし、彼女らに俺らほどの覚悟が必要ないことを思い知らされる。何故なら、彼女らは人間の比ではないほど強いのだ。命に危機に瀕することもないのなら、俺らみたいなことになることもない。兵士が狂うのは、戦場というものが人の命がいとも容易く失われる理不尽の極みであると否応にも理解させられるからだ。理解しなければ狂わぬ。

 

 そうなれば、俺たちのやってきたことが真っ向から否定されたような気分に襲われる。ただ、否定されて残るのは虚無ではなく、解放感であった。俺たちは戦場に縛り付けられていた。しかし、艦娘の存在が俺たちを結ぶ鎖を断ち切るのだ。

 

 人は終わりが見えると不思議と頑張れるものである。皮肉にも艦娘の活躍と同時に俺らも少し活躍するようになった。しかし、俺らと艦娘の仲はお世辞にも良いとは言えない。普通の人々からすれば俺らから滲み出る異様とも言える、負のオーラのせいだ。常に何か張り詰めているせいで近付き難い。

 

 食堂では一番安くてまずいと評判のメニューを黙々と食べたり、整備室の片隅で自分たちで装備の手入れをしたり、戦場から血塗れで帰ってきたかと思えば、次の日平気な顔でまた戦場に赴いたり、など。

 

 俺たちの部隊は、完全に浮いていた。それでも隊員全員が気にはしなかった──いや、気にする余裕なんぞない、という方が正しいか。

 

 だが、必ず例外というものがある。

 

 普段は龍弥と飯を食べるのだが、生憎怪我でしばらく入院しているため1人で食べていた。相変わらず味見をしたのかと疑いたくなるほど、味のしない野菜炒めを口に運ぶ俺のもとに、1人近づく者がいた。

 

「ねえ、相席してもいい?」

 

 実に明朗な声だった。常に無口で、口を開けば陰気臭い声の俺と正反対だ。

 

 俺は一瞬惚けていたと思う。まさか、俺に声をかける人なんぞいるか、と思ってからだ。他の人もそうだったらしく、ギョッとした様子で俺らに視線を注ぐ。

 

 口も開かないので、彼女はムッとした。無視したと思われたらしい。流石に、何も言わないはひどいと思い、俺は「どうぞ」とだけ言った。

 

「どうも。いつも一緒に食べる友達が出撃中で。暇を弄んでたのよ。話し相手になってくれる?」

 

「…………こんな俺で良ければ。大鳳さんの暇つぶしになれるかどうか」

 

 大鳳、と呼んだ俺に、彼女は驚いた表情を見せた。

 

「私の名前、知ってくれてたのね」

 

「最近有名だからだ」

 

 実際そうなのだ。装甲空母という種類らしいのだが、現在の艦娘では戦績を伸ばしている。おまけに気さくな性格から人望も高く、よく旗艦として出撃している。

 

「あら、そうなの?」

 

「まあ、そうだ。艦娘の見本だとよく聞く」

 

「見本だなんて、照れるわね」

 

 大鳳は少し頬を赤くして、その頬をかいた。裏表がない、ざっくばらんとした性格なのだろう。それがまた他の評価が高い理由かもしれない。

 

「意外といい人なのね。あ、私もあなたのことは知ってるわよ。えーと、八幡さんだっけ? フルネームは八幡武尊」

 

 俺は頷く。

 

「あなたも結構有名人よ。個人的に面白そうな人とは思ってたわ」

 

「はあ」

 

「そうそう。ねえ、ところであなたって何歳なの? それなりに長い間戦場に出てるって聞くけど」

 

「21」

 

「21、ね。…………21!? あ、あまり私と変わらないじゃないの!」

 

 バンと机を叩いて身を乗り出す大鳳。周りの視線が少し痛い。

 

「落ち着け。まわりが見ている」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 小さく謝りながら大鳳は戻った。

 

「それにしても、あたしと3歳違いだなんて。てっきり、10歳は上かと思ってたわ」

 

「自分もそれほど変わらぬと思わなかった。まぁ、ここにきて長いとは言っても5年くらいだが」

 

「え? 16の時から?」

 

「16…………で戦場…………」

 

 大鳳が、ジロリと俺の顔を見渡した。

 

「見た目より老けてるって言われる?」

 

「…………まあ、歳の割にそれなりの苦労はしてるだろう」

 

「そりゃそうだろうけど」

 

「そっちこそ、なんと言うか…………」

 

「言わなくてもいいわ」

 

「見た目より若く見える?」

 

「言わなくていいって!」

 

 少し怒られてしまった。

 

 別に見た目と実際の歳の乖離だなんて気にする必要もない気がする。それを口には出さないが。

 

 どうして周りは俺の歳を聞くとそんなに驚くのだろうか。貫禄があるとか言うが、実際はただ色々麻痺しているだけの話だ。大人っぽいとも言われるが、大人なろうが、大きく変わることもない。

 

「ま、いいわ。私はまだ成長するはずよ」

 

「だと、いいな」

 

「何よ、大人のヨユーってやつ? ムカつくわね」

 

「悪い」

 

「謝らなくていいわよ、ただの冗談よ」

 

 そう言って、大鳳は楽しそうに笑った。俺もそれに釣られて頬が緩んだ。

 

「ん、あなたの笑顔を見るのは初めてね」

 

「え」

 

「笑うと男前ね。その笑顔を見せたら、何人かは惚れてくれるわよ」

 

「…………」

 

 そういうことか。

 

 なぜ大鳳のような人が俺に声をかけたがわかった。友人が出撃中だから話し相手が欲しい、だなんてただの方便だ。彼女のような人なら、誰でも快くその話し相手になるだろう。わざわざ話しかけにくい俺に話し相手になってもらう必要はない。

 

 どこからも孤立している俺らの部隊を気にかけていたのだろう。誰も関わって行こうともしないから、自分が出向くことで俺たちと艦娘のパイプになろうとしてくれているのだ。

 

 なんていい人なのだ。俺が人に対して感心したのは久しいような気もする。彼女の笑顔が、久々に人の暖かさに触れたような気がした。

 

「…………大鳳さん」

 

 急に名を呼んだせいで、彼女は少し驚いた顔をした。しかし、すぐに元の優しい笑顔に戻った。

 

「何かしら?」

 

「…………あ、ありがとう」

 

 久しく感謝の言葉を述べていないせいか、ぎこちない言い方になってしまった。

 

「別にお礼されるようなことはしてないわよ。…………ま、お互い、頑張りましょ?」

 

 と、席を立ち俺の肩をトントンと叩いてからその場を後にした。たったそれだけだが、その小さな行動から人の暖かさを感じ取った瞬間だった。

 

 

 ────

 

 

 その後、大鳳は頻繁に声をかけてくるようになった。1人で来ることもあったが、友達や後輩を連れてくることも増えてきた。俺の方も仲間も連れてきて、ガヤガヤとすることも少なくない。

 

 大鳳は、俺に友達を紹介してくれた。龍驤という軽空母であった。近寄り難く、威圧的な存在だと知られていた部隊の隊長に会わせられた彼女の顔は最初引きつっていた。

 

 しかし、何度か会うと、龍驤も警戒を解くようになっていった。俺たちに対する偏見も無くなったようだった。特に龍弥とは、馬が合うようでよく話しているのを見た。

 

 大鳳が俺たちと普通に接しているのを見てか、少しずつ俺たちに近づいてくる者も増えていった。今まではすれ違っても顔も見ず、挨拶なんて、な状態だったのが、今では歩けばたくさんの人に挨拶されるようになった。

 

 全ては大鳳のおかげだ。感謝しきれない。

 

 大鳳が切り開いた道に、俺らは足を踏み出した。相変わらず上からの扱いはぞんざいではあるが、艦娘たちと良い関係を築き上げたことで、俺たちは"人間"として生きてきることを実感することができた。

 

『地獄の出口は近い』。皆、そう思った。

 

 俺はますます活躍するようになった。経験の積み重なりもあるかもしれないが、それだけでは深海棲艦の圧倒的な力の差は埋まらない。しかし、艦娘たちとの連携がうまくいくようになると、それは覆る。

 

 すると、俺たちの経験を知りたがって訪れる者も現れ始めた。戦場での心構えや、戦法などと俺らは頼られる存在にもなった。

 

 ものすごく嬉しかった。軍隊の世界に入って、初めて感じた感情だ。同時にやりがいも感じ、初めて明日を楽しみに過ごせるようになったのかもしれない。

 

『きっと明日はいいことばかりさ』。そんな言葉が現実になった。

 

 

 ────

 

 

 

 桜が咲く季節になると、上の者は慌ただしくなる。

 

 その時期は毎年編成の見直しが行われ、配置転換が頻繁に行われるのだ。下っ端の俺らからしたら関係のない話のように聞こえるが、割と無視できないことでもある。

 

 艦娘の方はと言うと、こちらも上官たちほどにはないにしろ、ちらほら所属が変わる娘もいる。一緒に戦った戦友との別れともあって、涙を流していた。それなりに関わった艦娘からわざわざ俺に挨拶してくる者もいた。

 

 さて、そんな中、俺が所属している鎮守府にも大きな配置転換が行われた。

 

 前任の男は俺らの安全よりも、自分の名誉と地位の保身を大事にするようなやつだった。常に俺らに嫌味を言う奴ではあったが、戦闘自体にあまり文句は言わなかったので、どちらかと言うとやりやすかった。まあ、ろくに運動もしていない、知識もない奴に口出されても困るだけだが。

 

 いつものように戦場から戻り、報告を済ませて一休みしようと歩く俺のもとに龍驤が現れた。軽く挨拶して一緒に歩く。

 

「なあ、聞いた? うちらの鎮守府の司令官が変わるっちゅう話」

 

「ああ。誰が来ようがやることは変わらん」

 

「せやなあ。まあ、あの司令官は気持ち悪くて仕方なかったし、うちらとしては願ったり叶ったりやで」

 

 まあ、あの男のセクハラはよく聞いた話だ。いい歳こいて何してんだとは思うが、こちらが言ったところで、の話だ。

 

「ま、あいつはうちには目もくれんで、重巡とか戦艦の女ばっかりに絡んどったから関係もないか。それで、また今年度もうちと一緒で嬉しいやろ?」

 

「…………そうだな」

 

「なーんや、その微妙そうな態度は」

 

「そっちも、また龍弥と一緒にいれて嬉しいんだろ?」

 

「ち、違うわ! アホ!」

 

 からかってきた龍驤に意趣返しをすれば、彼女は面白いくらいに顔を赤くした。これほど、からかいの甲斐ある娘もいない。

 

 龍驤と雑談しながら、食堂まで向かっていると道中の廊下で壁に背を預ける大鳳がいた。彼女は俺たちの姿を見ると、小さく手を振った。

 

「待ってたわ、武尊」

 

「うちは?」

 

「あんたは待ってないわ」

 

「ひっどいなー」

 

 龍驤は少し頬を膨らませた。

 

「昼間一緒に食べたじゃない、龍驤」

 

「ま、せやけど」

 

「武尊は出撃してて、話せてなかったからね。ちょっと話したかったのよ」

 

「ふうん」

 

 大鳳の言葉を聞いて、龍驤はニヤニヤし始めた。そして、俺と大鳳を交互に見た。

 

「うちはお邪魔みたいやな」

 

「…………悪いわ」

 

「いいっていいって! じゃ、後は2人でゆっくりしてや」

 

 龍驤はニヤニヤしたまま、俺の背中をドンと叩き、足早に去っていった。

 

 後には、俺と大鳳だけが残った。大鳳は何も言わずにただ外の景色を眺めていた。いつもは幼い印象を与える大鳳だが、今の憂いを見せる表情は艶かしさがあった。

 

「南の方に行くんだな」

 

 俺が沈黙を破って口を開いた。大鳳は困ったような、寂しいような顔を見せた。

 

「そう言うあんたは、ここに残留ね」

 

「俺らは所詮捨て駒だ。だが君は違う。実力を認められたんだ、もう少し明るい表情をしてもいいだろう?」

 

「…………そうね」

 

 今日の大鳳は少しおかしい。何か思い詰めたような感じだ。だがどうしてそこまで、思い詰めるのだろう。今回の異動は間違いなく、彼女にとっては良いことだ。

 

「あんたって、最初はものすごく近づきにくかったけど、どんどん雰囲気が柔らかくなって…………。途中でみんな気づいたの。誰よりも強くて、かっこいい人たちだって」

 

「…………」

 

「武尊」

 

 スッと、大鳳は右手を出した。俺は何も言わずにその手を握った。

 

「私はあなたと戦ったことを誇りに思うわ」

 

「…………大鳳」

 

「だから、絶対に死なないでね」

 

「…………何を今更。俺は何度も死地から這い上がった男だぞ」

 

「それもそうね」

 

「向こうでの活躍を祈る」

 

 俺は右手に少し力を込めた。大鳳は鼻を赤くし、目に涙を浮かばせていたが、俺の手を強く握り返した。一瞬、本当に少女の力なのかと思うほどの強さだった。

 

 大鳳は強い。それは艦娘だから、と言う理由ではない。人として強い。どんな過酷な状況でも、折れず、立ってきた。"鉄壁の大鳳"と呼ばれる所以は、その装甲だけではない。決して折れない精神も指している。が、今も彼女はただの1人の女性だった。

 

「また、機会があれば会おう」

 

「…………できるなら、戦場以外がいいわね」

 

「だと、いいな」

 

 手を離し、俺は大鳳と同じように窓の景色を見た。それはあの化け物たちがいるとは思えぬほど穏やかで、美しい海の姿だった。

 

 

 ────

 

 

 大鳳が去ってから1週間が経ち、基本的には変わらない顔ぶれで新しい提督を迎えることとなった。桜も咲き乱れ、新しい者へ彩りを加えているようだった。ただ、あまり変わらぬ身からしたら、その美しさもなんとなく白々しさを感じる。

 

 配属されたばかりの提督に形だけでも挨拶しておこうと、俺は滅多に足を運ばぬ執務室へ向かっていた。

 

 これまではこのポジションにつくのは4、50過ぎたおっさんが多かったが、今回の提督はえらく若かった。おそらく30はいっていない。中背の痩せた男ではあったが、印象的だったのは目だった。きつく尖った目で、なんとなくエリートなんだろうなと思った。

 

 俺が挨拶を済ませても、彼は鼻を鳴らすだけでろくに返さなかった。前任と同じく、孤児院出身の俺らを見下しているらしい。

 

 この時点であまり彼にいい感情は抱いていなかった。しかし、元々から俺らは捨て駒扱いなので、今更見下されようと変わらないのだが。今回の提督は、まあ立派な血筋をお持ちでいるらしい。なんでも、大佐である北方龍三の息子だそうだ。そりゃ、どこの子すら分からない俺を見下すだろう。

 

 それに俺は代えがすぐできるし、偉ぶったエリート様というのは、大きな組織になればどこにだっている。変わらず俺らはやってけばいい。10円ガムでハズレだった程度のがっかりさだ。

 

 退室すると、龍驤と出会い、話題はその新しい提督になった。龍驤は大きな声で「あーあ、またはずれやなぁ」と言ったので、慌てて口を塞いだ。

 

 しかし、あの若さで提督になるのも珍しい。よっぽど家柄の力があるのか、それとも能力が高いのか。もちろん、後者が良いに決まっているがあの腐敗しきった組織じゃ、前者だろう。

 

 後は実戦で俺らをどう扱うか、艦娘をどう指揮するかを見極めればいい。一度の戦闘で、彼の技量ぐらい分かるし、どのような人物も計れる。

 

 

 ────

 

 

「どいて! 急患よ!」

 

「痛い…………痛いい!」

 

 怒号と苦悶の叫び声が鎮守府に飛び交っていた。昼下がりの鎮守府は、緊迫した空気に包まれていた。

 

 身体中を包帯で巻かれた少女が運ばれる。しかしその包帯はすでに真っ赤だ。あまりに痛さのせいか、少女は暴れている。担架の横の艦娘がなんとか抑えている。

 

「しっかり! あと少しだから!」

 

「死にたくないぃぃ! 助けてええ!」

 

 そんな叫び声が響き渡る。

 

 少女を乗せた担架の姿が見えなくなったところで、俺は息を吐いた。

 

 何度目だ。まだあいつが来てから1ヶ月も経っていない。それなのに、多くの負傷者を目にした。俺としてはああいう景色を幾度も見てきた。しかし、それは全員同じ部隊の隊員で、艦娘があそこまで怪我をするのはそれまで見たこともなかった。

 

 あの地獄の光景は見慣れている。見慣れているはずなのだが、少女であることのせいか、酷く動揺していた。

 

 俺は視線を手元に戻し、中断していた武器の点検を再開した。

 

 かく俺もすぐに出なければならない。そのために装備品の最終チェックをしていた。先ほどの騒動は朝の偵察任務で出撃していた艦隊が帰還したことによるものだ。

 

 チェックが終わったので、俺は足早に集合場所へ向かうことにした。その道中で龍驤と会った。その後ろには駆逐艦の娘がついてきている。どちらも暗鬱な表情だった。龍驤は先程帰還した艦隊のメンバーだから負傷した娘のことを考えれば、当然だ。

 

「おつかれ」

 

「…………うん」

 

 

 

 俺に気づいた龍驤が、疲れ切った顔で返事をした。笑顔を取り繕うが、隠し切れていない。

 

 ぎこちなく釣り上げた口元。そこが青くなっていることに気づいた。

 

「…………何かあったんだな?」

 

 尋ねては見たが、予想はついている。

 

「はは…………気づくよなあ。司令官に殴られてもうた」

 

 

 やはり…………。

 

「敗戦のせいか?」

 

「それもあるけどな、別のものある」

 

「一体何が…………」

 

 龍驤は下唇を噛み、目に涙を浮かべた。何かを堪えるように両手を強く握りしめていた。

 

 押し黙った龍驤を見かねて、後ろの娘が代わりに口を開いた。

 

「帰投して、すぐ報告したんだけど…………。負けたことを言ったらとても怒って…………。『どうしてあの程度すら倒せなかったんだ!』って」

 

 その様子がありありと浮かぶ。新しい提督は癇癪もちだった。重度の。少しでも思い通りに動かなからば、怒り、艦娘たちに当たり散らす。もはや理不尽だ。

 

 しかし、今回の龍驤たちの敗北は致したかない。道中で奇襲を喰らったのだ。全員が中破以上。そして1人はあんな状態だ。あれで続行しても被害が増えるだけ。そのまま帰投すると判断した旗艦は正しい。

 

「なるほど、説明したのか?」

 

「したけど…………。言い訳するなって怒られるだけ」

 

 俺は龍驤に目をやった。

 

 彼女の小さな身体が震えている。大きな涙粒を流し、声を震わせながら言った。

 

「あいつ…………あいつ! 『それがどうした』ってぬかしよった! 下手したら死ぬかもしれへんのにやで!?」

 

「龍驤…………」

 

「確かに相手の奇襲に対しての対応はええとは言えへん。せやけどあいつは、駆逐艦の娘を庇うて…………それで戦艦の砲弾をもろに喰ろうて、肉が焼けて、えぐれたんやぞ! そんなあの娘に一言くらい労い言葉をかけてくれたらええのに、あいつは! あの野郎は!」

 

 その声は怒り、そしてどうしようもない悔しさに満ちていた。

 

「あいつ、うちらを道具としてしか見てへんのや…………。許せへん!」

 

「…………ああ」

 

 龍驤がなぜ殴られたのかわかった。彼女は誰よりも真面目だし、なによりも仲間思いだ。大怪我を負った艦娘に対しても歯牙にもかけぬ態度に頭に来て反抗したのだろう。そして、あの癇癪持ちの提督もブチ切れた、と。

 

「…………今は落ち着こうよ、ね?」

 

 事情を説明してくれた娘が優しく龍驤の肩に手を置いて微笑んだ。しかし、その微笑みも陰りを隠し切れない。提督の罵倒によるものもあるだろうが、やはり出撃の疲れも相当きているのだろう。

 

 興奮気味の龍驤ではあったが、その声で落ち着きを取り戻した。目元を拭いながら、「かんにんな」と言った。

 

「謝らなくていい。龍驤は間違ってない」

 

 龍驤は少しだけ嬉しそうに笑う。

 

「おおきに、武尊。やっぱうちは間違うてへんでな」

 

「ああ。だが、下手に反抗するのも止したほうがいい。今後は少し我慢の時だ。あの癇癪持ちに目をつけられると、自分が損するだけだ」

 

「そうやな、気ぃつける」

 

「龍驤さん、行きましょう。医務室で湿布もらいましょう。八幡さんもこれから出撃ですよね? 気をつけてください」

 

「武尊、頑張ってや」

 

「ああ」

 

 

 その後、龍驤たちとわかれた。医務室に向かう彼女らを見送り、再び集合場所へ足を進めた。

 

 歩きながらもその頭の中はこの後の戦いではなく、北方提督についていっぱいだった。

 

 あいつが来て1ヶ月の間、連日の戦闘をこなしながら、あの男を見定めた。1ヶ月はあの男の性質を知るのに十分すぎる時間だった。

 

 はっきり言えば、現在の上層部の腐敗を象徴するようや男だ。兵士を自分の功績のために使い、とにかく己の名誉と保身にしか興味がない。

 

 その結果、今まで以上の重労働が艦娘たちや俺たちに課せられることとなった。前任の時も良かったとは言えぬが、今はさらにひどい。

 

 出撃ペースは1日複数回あるのはいつものことだ。だが、調べれば規程として定められている出撃ペースは2、3日に1回程度だ。これは艦娘たちの疲労の蓄積度合いだけでなく、ストレスも加味している。

 

 戦場に出ることは、それだけで疲労が溜まるし怪我もするが、精神的にもダメージを受ける。いつ敵襲があるかわからないから、気も抜けない。いくら強い艦娘と雖も、中身はついこの間まで女の子だったんだ。その重圧は計り知れないダメージを与える。俺たちのように、訓練生の時から人間性を捨てることを強制され続け、毎日のように戦闘しているような者でも、出撃が終えた後の心労はものすごく大きい。だから、あのような数字を設けている。

 

 当然だがそのストレスは数時間で解消できやしない。艦娘たちは1日でも足りないくらいだろう。まして、1日何度も出撃にするなんて論外だ。

 

 他にもそれぞれの鎮守府には遠征を行うことが許可されている。一応、それぞれの鎮守府に資材や資源を割り振られているが、出撃の量が増えれば足りなくなってくる。そこで、遠征を行うことで自分たちでその資材と資源を賄うのだ。これも規定があり、1日に2〜3回が限度とされている。が、あの男はそれも無視してガンガン行なっている。

 

 あの男が勘違いしているかはわからんが、遠征はおつかいなんかではない。なるべく深海棲艦のいないルートを通るようにはするが、当然出会(でくわ)すときもある。出撃ほどにないにしろ、負担はやはり大きい。

 

 そもそも一度戦場に出た者は1日休暇を与えることを推奨されている。だが、今のこの鎮守府では守られることもない。

 

 北方提督からすれば、数をこなせば功績も増えるとでも思っているのだろう。だが、それなりの場数を踏んだ者ならわかるはずだ。結局艦娘も道具にはなり切れない。過重労働を課せば当然モチベーションも下がり、ミスも増えるから、敗戦や失敗も増える。それに加えて、失敗すれば北方提督からの罵倒などが待ってるからプレッシャーもかかる。そのプレッシャーもいい方向に働くこともなく、また敗戦や失敗に繋がっていく。

 

 この点で言えば、まだ前任の方がマシだった。前任も自分のことにしか興味がないという点では同じだが、それでも下手にやりすぎると効率が落ちることも理解していた。だから、高圧的な態度やセクハラが多いと言えども、艦娘たちが疲弊していくこともないし、それなりに功績も挙げていた。

 

 だが、この北方提督はそれすらも理解できていない。結果、負の連鎖は止まることなく続き、艦娘たちへの負担は計り知れないものになっている。前任が道具の扱いを心得ていたと言えるのなら、この男はそれすらも知らない本当の無能だ。

 

「やっと来たな」

 

「…………ああ」

 

 龍弥に声をかけられたが、気の抜けた返事しか返さない。龍弥も何か気になるような視線を向けたが、何も聞きやしなかった。

 

「今回は少し奥まで行くそうだ」

 

「そうか」

 

 俺の頭の中はこれからの戦闘ではなく、まだ今の鎮守府の現状ばかりだ。

 

「行こう」

 

 そう言って、足早に進む龍弥たちの背中を見つめる。

 

 兵士とはこんなもの。艦娘が来るまで、ずっとそう思ってきた。その時は自分たち以外の者の顔を見なかったから勝手にそう思い込んでいた。

 

 だが、今の艦娘たちを見て、その思いが揺らいだ。

 

 自分は心が壊れている、そう思っていたが違うのだ。本当の本当に心が壊れてしまわないように、自分たちは壊れたと思い込んでその状況を無理やり納得し、防衛していたのだ。

 

 目から光が失いつつある艦娘たちを見て、ようやく気づいた。

 

「…………」

 

 俺は鎮守府にある執務室の窓を睨みつけた。そこには鎮守府の歪みを生み出す、腐敗の部分があった。腐敗の中心である北方提督は、顔を出し、冷ややかに俺たちを見下ろした。

 

 ──屑が。

 

 内心そう吐き捨てる。

 

 あの男がリーダーでは、この鎮守府は腐り落ちる。今の疲弊した状況を突破するには、今の鎮守府の制度を変えていくしかない。だが、中心に腐敗の元凶がある限り、腐り続ける。

 

 取り除かなければならない。自分の本質が空っぽで誰からも尊敬されぬ者であると、この鎮守府の膿であると思い知らせてやる。

 

 俺は銃を握りしめ、嗤った。

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