民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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久方ぶりの投稿です。一応、続けていくつもりです。






 暑さも少し和らぐ9月となった。

 

 運営を見事に改善させ、想像以上の成果をもたらした俺は引き続きその役目をこなしていた。

 

 とはいっても、この功績が表沙汰に出ることはない。当たり前といえばそうだが。だがしかし、俺はそれが気に食わない。

 

 その成果は丸々あの北方提督の元に行っているからだ。

 

 皮肉にも艦娘や俺たちの環境を改善するためにやってきたことが、そのまま提督の評価に直結してしまっているらしい。あいつの能力に見合わない評価を今はつけられているわけだ。

 

 どうしてこんなことになっているのか。至極簡単なことだ。そもそも俺たちは世には伝わらぬ部隊だ。

 

 俺たちは捨て駒と評されるほど下等に扱われる人間だ。だが、この時代にそんな人権を度外視したような扱いができるわけがない。世間に知れ渡れば非難轟々間違いなしだ。だが、軍隊の秘匿性や一般人の不干渉と言う性質から色々と隠し事はできる。つまり、俺らは世の中からはほぼ抹消されている。そんな人間が、功績を挙げ名を残すなどもっての外であろう。それに加えて、あの男は外面を取り繕うことは人一倍努力する。

 

 俺らのような下等な人間が、功績を挙げること自体が気に食わない違いない。北方提督は代々この軍事世界で名を挙げてきた栄華なる血筋を引くもの、それに比べて俺はどこの誰の子なのすらわからない孤児。はっきりいって俺らは真逆の位置にいる。

 

 今や艦娘たちはこの困難極まる深海棲艦に対しての唯一の希望としてその名を広めている。対して俺らは存在すら知られることはない。

 

 俺たちは影へと押しやられた、というわけだ。でも、こんな扱いを気分よく思うはずがない。時代錯誤もいいところの差別だ。

 

 ただ、今さらこの差別的な待遇に対して格別の感情は出てこない。だからこそ、このような扱いであっても腹が立つことはなかった。

 

 そもそもこの程度で憤りを見せてはキリがない。これ以上に腹立たしいことが多すぎて、慣れてしまった。燃え盛る炎に松明を入れても変わらないのと同じだ。

 

 俺らを追い詰めたいのならそうすればいい。栄光、名誉、地位、そのような輝かしい言葉をつけられる人間ではないことは理解している。真っ暗闇の中、ただ一つ光を灯す、小さな小さな蝋燭の火のような──そんな灯にしか触れることができぬ脆弱な存在。それが俺だ。

 

 受け入れてやる。その扱いを。しかし、俺も一人の人間だ。そう易々と消されてたまるか。

 

 貴様も引き摺り込む。闇へ。希望すら見つからない闇の中に。

 

 俺は、あの憎たらしい顔を思い浮かべるたびに、対面するたびに、あいつの絶望する表情を思い浮かべながら、日々を過ごしていた。

 

 腹の底に沸々と煮え渡るドス黒い感情を抑えながら、表は至って淡々と役割をこなした。

 

 時折、北方提督から無理難題を押し付けられたり、艦隊に被害が出たりはしたものの、それでも北方提督がやってきた当初よりはずっと平穏な日々が続いていた。ただ、それも長くは続かないわけで。

 

 10月頃に、異変が起こり始めた。

 

 9月の終わり頃から北方提督は少し奥の海域の制圧に着手していた。それができるようになったのは、この鎮守府の戦績を認められてのことだ。陸から離れれば離れるほど敵は手強くなるが、上からはそれを倒せると判断したらしく、めでたく許可されたわけだ。

 

 今まで通りなら、それほど苦戦することもないだろう。

 

 ただそう簡単に問屋が卸さない。いくら練度を鍛え上げたといっても、まだ中堅レベルの鎮守府だ。

 

 今まで稀にしか相手をしなかったelite級やflagship級が当然のように出てくる海域では、常に苦戦を強いられた。また、今までは見られなかった奇襲戦法や囮などといった高度な戦法を相手も取るようになった。がむしゃらに突っ込んできた相手とは違い、統率の取れた敵に相対するようになってからこちらの被害は爆増した。

 

 それに倒しても倒しても底なしのように湧き上がってくる。ただただ徒労のみが積み重なっていった。

 

 こんな困難な時にこそ、指揮官の手腕が問われる。適切な編成、作戦を練り上げるのはもちろんだが、日によって大きく変わる海の状況も把握する必要がある。当然だが、作戦通りに物事が進まない方が多い。それ故に、その場面場面での臨機応変な対応も求められる。

 

 一般に多大な功績を挙げている人物は、対応力や判断力がずば抜けている。前提督は、人間性などは置いて、その点は優れていた。俺や艦娘たちが不覚にも感嘆してしまうくらいに。

 

 だが、北方提督はその才能が一切なかった。一体士官学校で何を学んだのだと言いたくなるほどに、悪手を打ちまくる。そのくせ、失敗の原因を艦娘たちに押し付けた。

 

 彼の暴力や罵声自体は、もうこの鎮守府の名物のようなものだ。ただ、その度を最近は超えている。今までは素手で殴りつけるのが多かったのが、物を使い始めた。どこから入手したのかも分からぬ精神注入棒でぶん殴ってくる。しかも尻にではなく側頭にフルスイングしてくるのだ。それによって入渠していく艦娘を見たことがある。陸でも大破するなんて……。鎮守府に安らぎがあったもんじゃない。

 

 そもそも、我が鎮守府はわざわざ奥地まで赴く必要がない。ただ許可が下りているだけであり、命令ではないのだ。それなのにどうして北方提督はあそこまで焦っているのだろうか。

 

 疑問は残るが、それを考えている暇はない。

 

 今までどうにか保ってきたバランスがたった今崩壊しようとしている。一度亀裂が入ればそれは止まらない。

 

 艦娘たちの顔から表情が、生気が消えていった。虚な目で戦場を行き来する日々。戦友の安否も案じるほどの余裕もない。この地獄のような景色を俺は知っている。少し前の俺らだ。年端もいかぬ娘たちが俺たちのようにただ戦う屍と化している。こうなると……、

 

 

「あは……、あははははははははははははは!」

 

 唐突にある重巡が壊れたラジオのように笑い声を上げた。異様な様子に他の娘が声をかけるが、聞こえてないのか笑うのをやめず頭を掻き毟り始めた。

 

 結局、医務室へ連れて行きその場を収めはした。が、当然だが状況は最悪だ。ああいうふうに心が壊れていく娘はどんどん増加していくだろう。身体先か、心が先か。

 

 どうにかしないと。物事を推し進める際は慎重派である俺も焦りが出てきた。

 

 しかし、まだ序の口であることを俺は知らなかった。

 

 

 ────

 

 

 鎮守府に怒号が響き渡った。

 

 地獄が始まって1週間ほどのことだ。あの暴虐の提督がついにとち狂ったかのような作戦を打ち立てた。その内容を聞いたとき俺は耳を疑った。囮作戦と彼は言った。囮作戦自体はそれなりに使われるものだ。リスクが高いが一定の戦果を挙げやすい、そんな作戦だ。だが、彼レベルになってくるとその内容も恐ろしいものになる。

 

 足の速い駆逐艦を囮にするのはよくあることだが、北方はこう付け加えた。"練度の低い"と。何故それをわざわざ付けたのか分からなかったが、内容を聞くにつれ、理由が見えてきた。囮を完全に捨てるのだ。本来、このような死ぬことを前提をした作戦が、倫理的に道徳的にあってはならない。この時代、生きて帰ることを第一とするはずなのに真っ向から否定したのだ。

 

 そりゃあ、指示するだけの指揮官の気は楽であろう。ほぼ死刑宣告に近い役割を告げられた艦娘はどう思うのか? 肉食獣の群れに放り投げられた草食獣の如く、食いちぎられていくだろう。

 

 そして、それを目の前にし救うこともできぬ人間へのダメージもでかい。恐怖に染められた顔をのまま死んでいく姿を目に焼き付けられ、悲鳴を耳に焼き付けられ、それでも作戦を遂行しなければならない。普通なら耐えうるわけもない。

 

 間違いなく、完全にこの鎮守府は崩壊する。だが、いま逆らえば今まで積み上げてきたものが悉く瓦解するだろう。しかし、それにかまってもいられない。

 

 なんとしてもやめさせなければならない。

 

 俺は真っ向から北方提督に反対の意を示した。執務室で、北方が出撃する扶桑らの艦娘たちに作戦を伝えたところで、口を開いた。

 

「……なんだと?」

「その作戦は今すぐ取り下げるべきと言いました」

 

 同じことを繰り返した。

 

「は、はははは……」

 

 怒髪天を衝いたようだ。気味の悪い笑いが耳にこびりつく。

 

「下っ端の分際で……、少し甘やかしたら、調子に乗りやがって……」

「出過ぎたことだとは承知です。しかし、その作戦だけは許容できません。それを遂行されては──」

「喧しい!!」

 

 俺が言い終わる前に、北方は激した。

 

 愛用の精神注入棒を掴むと、ズカズカと俺のそばまで歩み寄り、側頭をフルスイングした。ゴッ、と鈍い音が響き、鋭い痛みとともに視界が揺らいだ。

 

 強烈な痛みだ。辛うじて踏ん張った。

 

 そして今度は頭頂部に振り下ろしてきた。視界に火花が散る。今度は流石に耐えきれず、膝をついた。

 

 手をついた地面にぼたぼた、と赤い液体が落ちる。

 

 いくら鍛えようが頭へ強烈な攻撃が耐えられない。脳震盪も起きているだろうし、これ以上殴られると命が危ない。

 

 だがここで引くわけにはいかない。俺たちと同じ轍を踏ませやしない。たとえ使い捨ての駒であろうと、一端の軍人だ。守り切ってみせる。

 

 未だ収まらないフラつきと戦いながら、どうにか立った。

 

 そして眼前の北方を見据える。

 

「多少使えるからと、のぼせよって……。お前はここでもう用済みだ!」

 

 金切りに近い声を上げて、北方は精神注入棒を目一杯振り上げた。

 

「やめろぉお!!」

 

 ドアから龍弥が飛び出して、俺たちの間は割って入った。両手を広げ、俺を守るかのように、北方に立ちはだかる。

 

「いい加減にしろ……! 俺たちは人間だ! どうしてそんな惨いことができる!」

「……人間だぁ?」

 

 北方は嘲笑う。

 

「何処の馬の骨かも分からぬ奴らを生かしてやっているのは誰だと思っている! 貴様らはただ俺の命令だけを聞けばよい! くだらぬことを言うのならば、貴様ら全員深海棲艦の餌にしてくれるわ!」

 

 中背で痩せた北方と180を超えるバリバリ深海棲艦とやりあう龍弥が対峙すれば滑稽に見える。

 

 その迫力に触発されたかのように他の艦娘たちも俺の前に立った。扶桑は俺に寄り添ってくれた。

 

「道具の分際で……!」

「……もうやめてください」

 

 扶桑が静かな、しかしはっきりと告げた。普段のオドオドした様子からは想像もつかぬほどの鋭い眼光であった。

 

「黙れぇい!」

 

 再び振りかぶり今度は扶桑へ振り下ろした。それを庇うかのように龍弥が飛び出す。

 

 再び鈍い音が響き渡り、血飛沫が舞う。

 

「いい加減にしろよ……」

「ホタカ!」

 

 我知らず龍弥の前に立ち北方の攻撃をもう一度受けていた。3発目ともなると思考もままならない。だが、俺は立っていた。

 

 俺の様子に少し怯んだ北方が見えた。その瞬間、俺は無意識のうちに右手をその憎たらしい顔にめり込ませていた。

 

 日々の戦闘がそうさせたのだろうか。少ない好機を逃さないと言う意識があったのか。

 

「き、貴様ァ! 何をしたのか分かってるのか! 上官に楯突くと……」

 

 北方の言葉が終わる前に俺は告げた。

 

「俺が行く」

 

 全員の目が見開く。

 

「俺が囮になる。お前の作戦が終わるまで」

「や、八幡さん!」

 

 扶桑が悲鳴のような声を上げた。

 

 狂ったような提案をしているのは理解している。言ってるのはほぼ自殺しにいっているようなものだ。

 

 しかし、これ以外に手はない。彼女らに被害が出て精神を崩壊させられてしまうのなら、俺がやる。俺が死んだとて悲しむ人はそういない。だが、作戦が終える前に俺が潰れれば、結局艦娘が捨て駒にされる。無駄死にもいいところだ。

 

 そもそもあの男がこの提案を易々とは呑むまい。激戦区の海域にたかが人間1人が耐えうるはずもない。そのことは北方も十二分に分かっているはず。

 

 案に違わず北方は鼻で笑った。

 

「何をふざけたことを……。艦娘以下のゴミ屑では何もできぬであろう」

「作戦が成功する可能性は限りなく低い……。だが、0じゃない」

「話ならん! 貴様はここで消え失せろ!」

 

 再び北方は振り上げた。

 

「今更命など惜しくはない!」

 

 俺は声を張り上げた。

 

 この鎮守府で大声などあげたこともない。そのせいか、扶桑も龍弥も、北方も俺の怒声に気圧されたようだった。

 

「殺すなら殺せばいい……。だが、俺は軍人だ。お前にゴミ屑と揶揄されようが。だからこそ、死に場所は戦場がいい」

「なんだと?」

「俺がどれだけ持つかはわからない……。しかし、その作戦をどうしても遂行するのなら、最初に連れていくのは俺にしてくれ。俺なら、下手な駆逐艦よりは長くやれる。鎮守府の被害も抑えてみせる」

「……ふん」

 

 北方の顔が残虐に歪んだ。

 

「自ら処刑方法を述べるとはいい度胸だ。……いいだろう、お前は確かに使えたからな。望み通り使い潰してやる」

「取り消すんだ、ホタカ! お前が死にゆく必要はない!」

「黙れ! 今頃貴様らに、決定権があるわけがないだろう! 異論があるのなら貴様も同じ目に合わせるぞ!」

 

 龍弥がぐっと歯軋りをした。いくら無能でどうしようもない北方だが、龍弥や俺のような低身分ではどうしようもない。

 

 龍弥の悔しそうな顔がこちらに向く。俺は右口角を少し上げ、首を少し縦に振った。龍弥は一層顔を顰めた。

 

「なら……俺の提案は受けるんだな?」

「ああ、いいだろう。貴様があと何日の命か見ものだな」

 

 こいつはもう人ではない。暴虐の化身だ。あいつの中では俺は掌で踊る人形のように見えているのだろう。途端に、俺はふらつきを感じ、よろめいた。すかさず、扶桑が俺を抱き寄せるように支えた。その身体は少し震えているようだった。

 

 もう立っているのもやっとだが、怒りは尽きない。単純な嫌悪、屑に弄ばれているという屈辱、そして自己矛盾。この一つ一つの渦が重なり大きな怒りの渦を形成している。

 

 今この手に銃があれば迷わず、引き金を引いただろう。なんなら、今もあいつの首を噛みちぎりたいぐらいだ。しかし、その殺意を無理矢理封じ込めた。

 

 いずれは殺す。しかし、今はこの後に控える、大地獄をどう乗り切るかを模索しなければならない。

 

 生き残ってやる。そして、お前の命を消し去る。

 

 

 ────

 

 

 私は病室に足を進めていた。

 

 提督が倒れて5日目のことだ。彼の着替えやら必要なものを持ち、彼の様子を見に。

 

 しかし、その日は見慣れない人物が見舞いに来ていた。2人いたのだが、どちらも小柄で幼い印象を受けた。黒髪のショートボブと焦茶色のツインテールに独特なサンバイザーをつけた娘。

 

「あら、確か貴女は……」

「……叢雲です」

「そうそう、秘書艦のひとよね」

 

 ショートボブの方は見覚えがある。確か大鳳と言う艦娘だったはずだ。提督がまだ現役で戦っていた頃の同僚だったと聞いている。熊野や広瀬さんとも顔見知りのはずだ。

 

「うちははじめましてやな。軽空母の龍驤や」

「はじめまして。……うちの提督とはどういった関係で?」

「なんか随分他人行儀やなぁ。全然タメ口でええで」

 

 なかなかクセのありそうな人だ。

 

「ま、うちも大鳳と似たようなもんや。昔の同僚」

「大分久しい気もするがな」

「そうやな、あんたが大怪我してからは会うてへんもんな」

「……まあな」

 

 何かあったのだろうか。龍驤と大鳳は提督の昔を知る上で重要な人物だ。是非とも話を聞きたい。

 

「にしても、おもろい話や。あの武尊が倒れるなんて」

「何回も聞いたぞ、その言葉」

「しょうがないわよ、どんだけ怪我しても戦場に行っちゃってたんだから。影では艦娘より人間離れしてるって言われてたわよ」

「甚だ心外だな」

 

 なんだか、自分がこの中では邪魔者な気がする。そんな気持ちを察したのか提督が話しかけた。

 

「で、叢雲は服とか持ってきてくれたのか」

「え、ええ。あとシェーバーも買ってきたわ」

「おお、ありがとう。毎度気が利くな」

「あら、そのひげ生やしてたわけじゃないのね」

 

 そう、今の提督が無精髭が生えている。これだけで大分印象が変わるから驚きだ。

 

「ここはカミソリが使えないからな。まあ、生やすのもありだが」

「嫌よ、ダサいわ。あんたに髭は似合わないわ」

「そこまで言われると傷つくぞ」

 

 と、提督と大鳳は笑い合った。

 

「にしても、大鳳のテンション高いやろ?」

 

 ふと、龍驤が小声で私にだけ聞こえるように話しかけた。

 

「そうなんですか?」

「あ、そうか。普段の大鳳を知らなもんね。普段は結構な真面目ちゃんなんやで。昔っから、武尊にだけはあんな感じ」

 

 心のどこかで妙な焦りが出てきた。私は知らない。こんな提督を。

 

「ちょっと、2人で何をコソコソ話してるのよ」

「なんでもあらへんって。少し互いのこと知ろうとしとっただけや、な?」

「ええ、そうね」

「あ、そう」

「いつまでもおしゃべりはいいが、他に用事があるんじゃないのか?」

「そうだけど、あんたはどうするの?」

 

 すると今まで穏やかだった様子の提督の顔が強張った。

 

「……いや、俺はいい」

「……そう」

 

 なんだが鈍重な雰囲気が漂う。

 

「ええってええって! うちらだけで行ってくるさかい」

 

 そう言って2人は軽く提督に挨拶してから病室から去って行った。

 

「賑やかな人たちね」

「……ああ」

「どうしたの?」

「俺もいい加減進まなきゃいかないのかな」

「提督?」

「……みんな知りたいんだろ? 昔のこと」

 

 急に提督は爆弾とも言えるような発言をした。それに私は狼狽える。

 

「だが、俺からはまだ言えないや。知りたいならあの2人に聞いてみてくれ。まだ病院からは出て行ってないはずだから」

「どうして、そんなことを?」

「……俺にとって今日は重要な日、だから」

「重要な日……」

「あいつらについて行けばわかるだろう。……まだ自分では話せるほど整理ができていない」

 

 そう言い、彼は視線を落とした。何年の月日をもってしても整理できてない過去。それが今、提督を苦しめているものに間違いはない。それを知れば、何かが変わるのか? 

 

「……分かったわ、着替えとかこのバッグに入ってるから」

「……ありがとう」

 

 そう言い、私は大鳳たちの後を追うことにした。知らぬより知った方が変わる可能性がある。その一心だった。

 

 

 ────

 

 

 11月初旬。

 

 

 気狂いとも言える作戦が幕開けて1週間。

 

 なんとまあ天気にも恵まれ7日間連日の出撃だった。1日に数回と出撃することも珍しくなく、その数は10を超えた。そして、その回数分死にかけた。

 

 たとえ、イ級だとしても生身の人間の俺からしたら、その砲撃は脅威的だ。雷撃、水平爆撃、急降下爆撃……、ありとあらゆる攻撃が目の前から、空から、海から襲いかかってくる。

 

 それを全て交わすのは困難だ。たとえこちらがスピードに長けているとは言え、相手の手数が手数だ。致命傷となる攻撃は避けてるとは言え、無傷とはいかない。

 

 無論、元々の作戦が"俺が死ぬ"ことは前提条件のため、どれだけ怪我をしようが撤退は許されない。敵の戦闘機の機関銃に肩を撃ち抜かれ、爆風によって大火傷をおっても敵の懐まで向かったことがあるくらいだ。あの時は、死を覚悟した。

 

 俺は今までにない死地を何度も歩いた。

 

 その甲斐あってか、作戦の成果は確実に出ていた。深海棲艦が徐々に後退していっているのだ。俺が囮になることで、自軍の被害が減少して、確実に攻撃が通っているのだ。

 

 それだけが要因ではない。指揮する者に大きな変化がある。大まかな指揮自体はあの北方が執っている。しかし、龍弥が密かに艦娘たちに無線を渡し、細かな指示をしていたのだ。膨大な知識を持つ龍弥と自らの身分に胡座をかいていた北方ではその采配能力の差は大きすぎる。正確な指示が成功へと導いていた。

 

 また、出撃艦隊自体の士気向上も大きい。それまで風前の灯火であった彼女たちの気持ちは、北方への反骨心によって再び燃え上がり、深海棲艦殲滅へ力を尽くすのだった。

 

 鎮守府の皆は、修羅の如く戦場に赴く俺に畏怖の念を持ちはじめたようだった。前までは、気安く話しかけていた娘ですら、声をかけるのも躊躇うようになり、口を聞く者も減っていった。

 

 日を追うごとに鎮守府の雰囲気が殺伐としていった。しかし、それは重苦しいものではない。北方に対する憎悪と憤怒が、力に変えているだけ。しかし、その力は絶大だ。

 

 そして10日目となった。

 

 ついにflagship級の旗艦も退け、大金星をあげた。鎮守府からボロボロの艦隊を出迎える鐘がなる。

 

「隊長!」

 

 黒風隊の声が聞こえる。しかし、その声に応えるほどの余裕がなかった。戦艦や空母に担ぎ上げられた俺は、自分の足で立つこともままならなかった。

 

 今までは機関銃や爆風ぐらいのダメージを負わなかったが、ついに砲撃が直撃した。厳密にいえば水上バイクに直撃したのだが、至近距離で爆発したのだ。ありとあらゆるところが火傷し、破片が体に入り込み、大量出血も起こしている。せめての救いは四肢が残っていたぐらいか。

 

「医務室へ! 早く!」

 

 誰かが叫ぶと龍弥が担架を持ってきた。すでに連絡はいっていたらしい。

 

「ホタカ! しっかりしろぉ!」

「早く運んで! 出血がひどすぎるわ! このままだと──」

 

 艦娘たちが叫び、龍弥が怒鳴っていた。なんて言っているのだろうか。近くにいるはずなのに遠くいるかのようだ。視界が霞み、徐々に暗くなっていった。最後に悲痛に歪んだ龍弥の顔を捉え、意識は黒に塗りつぶされた。

 

 意識を取り戻したのは、それから数時間のことだ。

 

 俺は医務室のベッドの上にいた。目を開けて最初に捉えたのは龍弥だった。

 

「気が付いたか!」

 

 安堵した表情の龍弥。ずっとここにいてくれてたのだろうか。

 

「大丈夫か? 起き上がれるか?」

 

 体を起こそうと力を入れた途端、ありとあらゆる場所が痛む。それに頭がぼーっとする。

 

「あんまり無理して動くな。火傷はそこまでひどくないらしいが、背中の傷が特に深いらしい。それに輸血しばっかりだ。動けないのも無理はない」

「……どのくらい寝てたか?」

「4、5時間くらいだ」

「そんなにか……」

 

 龍弥は顔を顰めて、言った。

 

「明日の出撃は中止になったから今は休んでくれ」

「そうなのか?」

「ああ」

 

 あの男をそう容易く説得できるのだろうか。そんな俺の疑問を読み取ったのか、

 

「みんなが、交渉してくれたんだ。今日の成果を理由に」

「……みんなが、か」

「だから、休まないと彼女たちに申しわけがつかない」

「はは、それもそうだ」

 

 それと、と龍弥は1つの紙切れを取り出した。

 

「大鳳から手紙が来た」

「……俺にも来たよ、2日前に」

「そうか、なんで書いてあったんだ?」

「いろいろ大変だけど、頑張っているってさ」

「俺も同じようなものだ。大鳳はああ見えてマメだよ。月に1回は送ってくれるから」

「まあ、あいつは情に厚いやつだから、心配なんだろう。それに俺たちとは手紙でしかやりとりもできん」

 

 軍人である以上、当然手紙にも検閲がある。大鳳は相当苦心したらしく何度も書き直した痕跡があった。

 

「そうだな……」

 

 言葉は静かだったが、手には力が入った様子で手紙にシワができている。

 

「だから、大鳳は知らないままなんだろうな。まさか自分がいた鎮守府が地獄みたいになっているだなんて」

「……龍弥」

「なあ、ホタカはいつもなんて返事をしているんだ? "こちらも相変わらず頑張ってます"ってか?」

 

 俺は黙って頷いた。真実を赤裸々に語れるはずもない。

 

「なあ、俺は慣れていたんだと思っていた」

「……?」

「ホタカ、俺らは何度も仲間の死を見てきただろう? 最初のメンバーはもう俺ら2人だけだ」

 

 笑える話ではない。しかし、龍弥は笑っていた。

 

「今のメンバーもあとどのくらいもつだろうか? 北方に変わってからまた随分入れ替わりも早くなってしまった」

 

 龍弥の様子がおかしい。

 

「そういうもんは慣れっこだって思ってた。でも、違うんだよな。気づかないふりをしてただけなんだ。もうとっくに精神がズタボロで、戦うことで誤魔化してただけなんだって。今更気づいた。あの娘たちが……、お前が傷ついてようやくだ」

 

 この表情を俺は知っている。度重なる戦いで心が折れかかっている者が見せるものだ。その行先は廃人だ。

 

 俺は勝手に龍弥を完璧超人だと思い込んでいた。俺とは違うと。だが、龍弥も人間だ。俺と同じように狂いかけていたのを堪えていただけだった。

 

「すまん」

「……なぜお前が謝る」

「龍弥がそこまで追い詰められているのを気づけないだなんて」

「違う」

「いや、もう我慢するな」

「違う」

「だが」

「違うと言ってるだろ!」

 

 龍弥の怒鳴り声が響いた。あの温和な男の初めての怒声だった。

 

「今……、今一番苦しいのはお前だろ! ホタカ! あんなふざけた作戦の犠牲の……お前が……」

「……」

「もう嫌なんだ。友達が……お前が、傷つくのを眺めるだけなのは……」

「俺も、そうだ」

「……代わってくれ、ホタカ。もうこのまま見るだけなのは耐えられない」

「無理だ」

「なぜ! もうお前は十分に頑張った、もう十分だ!」

「俺が言い始めたことだ。俺がやるしかない」

「なら、あのクソッタレを……!」

「無理だと分かってるだろ? 俺らみたいな身分じゃ、どうしようも無い」

 

 冷たく言い放った。だが、これが事実なのだ。

 

「心配するな。俺はやり切ってみせる。今までそうだろう?」

「心配しないわけがないだろ」

 

 龍弥は絞り出すように言った。その手は一層力が込められている。

 

「俺たちは黒風隊だ。今はまだ、ただの使い捨てかもしれない。だが、いつかは誰もが憧れる部隊にする」

「ああ、そうだ」

「その黒風隊は俺とお前がいなきゃ始まらない、だろ?」

 

 俺は右手を差し出した。目を赤くした龍弥は、

 

「……ああ!」

 

 右手を強く握りしめた。もうこれ以上の言葉はいらない。この握手だけで俺らは十分だ。

 

 

 ────

 

 作戦開始から3週間後。

 

 怪我を負いながらも身体に鞭を打ち、なんとか攻略を進めていき、目標の3分の2ほどの前線を押し上げることに成功した。ここまで行くと相手も恐ろしいほどの強さを見せ、鎮守府も火の車であった。

 

 だが、この作戦が突如中止されることになった。

 

 北方が折れたとか、俺に情けをかけたとかそんな優しい理由ではない。そうせざるを得ない事態が発生したのだ。

 

 それはある艦娘の告発により、腐敗した海軍の実態が明るみに出たのである。そうなれば国民が許さない。結果、主要人物の大幅な入れ替えが起こったのだ。

 

 その入れ替わった人物の中でも、佐久間という人がいっきに幹部まで上がったらしい。

 

 その人物が鎮守府の内部調査を始め、提督のパワハラや汚職の摘発を始めたのだ。その結果、いくつもの提督が処罰されているようだ。

 

 そのことに北方は恐れている様子であった。そして、これが大きな機転となる。

 

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