リクエストの榛名です。
ある日、執務室では俺と長門がそれぞれPCに向かい、デスクワークに没頭していた。デスクワークはいつものことなのだが、PCはこの執務室では見慣れない。
このハイテクがこの鎮守府に訪れた理由は艦娘の増加に比例するかのように書類も増加したからだ。今のところはエクセルを使い、情報を分かりやすくまとめるだけ。近い未来は報告書などは全てワードで提出してもらうのかもしれない。
カタ…………カタ…………カタ…………
…………その前にまずは俺と長門が使いこなせないといけない。あまりにも遅いタイピング、このままだと紙でやる方が早い。
乱雑な俺のデスクにて2人不器用に、情報を打ち込む。
と、ドアがガチャリと開いた。長門が閉め忘れていたらしい。鍵もかけられていないドアから現れたのは金剛と榛名であった。
長門の方はPCに夢中過ぎて気づいていない。俺も今はこちらに集中したいのであえて、特に声かけもしなかった。
金剛はそろりそろりと執務室を歩く。どうやら、俺らが気づいていないと思っているらしい。半分ほど当たってるが。
カタ…………カタカタ…………
背後に気配を感じた瞬間、俺は振り返った。だてに軍人やってたわけじゃないからな、ある程度は気配を察知できる。
「何してるんだ、金g…………」
なんと驚いたことに、後ろにいたのは榛名であった。俺と目を合わせたまま硬直して動かない榛名。
ーーマジかよ。
「わ、私、金剛でーす…………」
「少し無理があると思うぞ榛名」
榛名の唐突の発言に俺は驚きを隠せない。普段は礼儀正しく控えめな性格というイロモノの多いこの鎮守府ではオアシス的存在であるので余計に。
「…………こほん、で、どうしたんだ?榛名」
「て、提督が珍しくPCを使っているので気になってつい…………」
顔を少し赤らめもじもじしながら答える。しかしながら、金剛は何処へ…………あ、紅茶の準備をしているようだ。
「と、とにかく、無断で執務室に入らないように。金剛もな」
「はい、すいません…………」
「Oh!?いつのまに気づいたデスカ!?」
今回、突拍子もないことをした榛名だが、普段は先ほども言った通り礼儀正しく、控えめな性格でリーダーシップ性に優れる金剛とは対照的に相手を立てるのが非常に上手い。また、気遣いもでき、度々休憩を勧めてもらう時もあった。
あと、ジジくさいかもしれないが、榛名がいれる緑茶はとても美味しい。コーヒーが叢雲なら緑茶は榛名だろう。
「まぁ、邪魔をしないのならいてくれてもいいぞ」
「Yes!そうさせてもらうネー。榛名も一緒にいますよネ?」
「は、はい!榛名もご一緒させていただきます!」
「む、そこの2人、なぜ執務室にいる?」
ここにきて、長門の遅過ぎる反応。おいおい、戦場に出るものとして大丈夫か?
「俺が許可したんだ」
「そうか、しかし甘過ぎるのも考えものだぞ」
「厳し過ぎるのもな。とにかく、俺らはこのハイテク機械をマスターしないといけないだろう」
「そうだな…………この"えくせる"というのは計算させることもできるらしいが、どうしたらいいんだ?」
「え?本当か?表を作るだけじゃなかったのか?」
この鎮守府の2トップが揃いに揃ってこの惨状とは情けない。しかしながら、互いに戦う事しか知らなかったのだから仕方ない。そう、仕方ないんだ。
「できますよ。関数を使えば合計とか平均値だって出せますよ」
「ほ、本当か?榛名?」
「ええ、これをこうして…………はい!これでこの数列の合計が」
「ほ、本当だ!長門!見ろ、これで一々計算してから打ち込む必要がないぞ!」
「そんな手があったのか…………!」
今の時代においてはスマートフォンという小型PCのような代物を子供ですら持つらしいが、スマートフォンではなく銃を片手に生活していた俺にとってはこのようなことでさえ感動を覚える。
現代のテクノロジーっていうのはすごいなぁ…………
「このようにすれば、どの艦娘が戦果を挙げたか一目見て分かります!」
「おぉ!ランキングされてるぞ、これで誰がMVPか一瞬で分かる」
MVPについて補足しておくと、most valuable playerという意味のまんまで、1つの出撃ごとに一番活躍した艦娘に送られ、俺からの金一封が送られる。ボーナスといえばいいのか。
「榛名、他にも教えてくれ!」
「はい!榛名にお任せください!」
「うー、仕事もいいけどもうそろそろお昼にしませんカ?」
ふと、時計を見れば12時を既に回ってる。気がつくとお腹が空いてきたな。
「あとは午後に回して、昼飯を食べるか」
「午後は駆逐艦たちへの授業がなかったか?」
「あ、そうだったな。なら、夜の執務に回そう。榛名、頼めるか?」
「はい!榛名は大丈夫です!」
なんとも頼りになる娘だ。このままでは俺がお飾り上司になってしまう。
とにかく、俺と長門は食堂に向かうために腰を上げ、金剛、榛名とともに執務室を出た。
「むー…………」
「どうした?金剛、そんな不満げな顔をして」
「納得いかないデース!どうして、提督の横にいつも長門がいるのですカー!」
それなら、もう片方も空いてるんだから来ればいいだろう、と言いかけたが、3人も横に並べば通路の邪魔になる事に気がついた。なるほど、金剛なりにも考えているんだな。
「そう言われてもだな…………よく考えたら昔からこのような感じだな、提督」
「そうだな。子供の頃からこいつに引きずり回されて、諦めてついて行くようになってからだな」
「む、嫌々だったと言いたいのか?」
「さぁ、どうだろうか?」
「そういうことはいいデース!まるで熟年夫婦じゃないデスカ!」
熟年夫婦、なるほどそんな表現もあるのか。夫婦とまでは言わないが、長門とはそれなりに長い付き合いだ。
「熟年夫婦とまでは言わんが、それなりに信頼はしてるぞ」
「そうだな」
「ぐぬぬ…………長門!提督のハートを掴むのは私ネー!絶対に負けたりなんかしませんヨー!」
「は、榛名も負けません」
「ん?榛名も何か言いたいのか?」
「い、いえ、なんでもありません!」
「と・に・か・く!提督の隣を私にも譲るネー!」
「そうか、いいぞ」
長門は俺の隣を金剛に譲り、後ろに下がった。金剛はすぐさま、俺の隣に来たかと思うと腕を絡めた。
「「!?」」
「フフフ〜、久々の提督ネー」
「久々って…………」
「むぅ…………」
榛名の顔色が変わった、気がしたが、俺が見たことに気づくとすぐに笑顔に切り替わった。気のせいか?
と、色々してるうちに食堂に着いた。久々に激辛カレーでも食うか。
それぞれの昼飯を運び、席に着く。
「いつも思うのだが…………そんなに辛い物を食べて大丈夫なのか?」
「全然問題ない。こんなに美味しいのに誰も頼まないのが不思議なぐらいだ」
まぁ、大の甘党の長門が辛い物を食べる姿なんて想像もつかない。
「一口食べるか?」
「遠慮する。そんなの食べてたら舌がイカレる」
「そうか…………美味いんだがな」
と、カレーを口に運ぶ。やっぱり美味い。どうして、この美味しさが伝わらぬのだろう。
「とにかく、PC導入の件だが扱いにくいのが課題だな」
主にトップの2人が、だな。多分、ほかの娘たちは扱えるのではなかろうかと思う。いや、使えるだろう。このご時世、コンピュータの類は使えなくてはいけないと聞いている。
「だが、山積みの書類よりもマシなのは確かだ。あっちはまとめにくくてかなわん」
仕舞ってしまった書類を再び取り出すのはかなりの時間がかかる。それにかさばる。PCの方は一目で分かるし、場所を取らない。
「2人とも仕事の話をするのもいいけど、休み時間なんだからもっとプライベートな話をしましょうヨー」
「プライベート、か」
「そうデス!テイトクのこともっと良く知りたいネー!」
「榛名も気になります!」
「特に面白いこともないぞ?暇なときは寝るか筋トレか…………」
最近は、この鎮守府の広さに気づき、敷地内をランニングするということに凝ってるな。1周だけでもなかなかの距離になるからちょうどいい。
「提督、そのままだと脳みそまで筋肉になるぞ?」
「長門、君にだけは言われたくない」
幼少期からいじめっ子を腕っぷしで撃退したいような女にまで脳筋と言われるともう救いようがないぞ。
ちなみに長門の使っているPCは2台目で1台目は破壊された。
原因は読み込み時間にイラつき、キーを連打してるうちに、バキッという音とともに大きな穴が開いてしまったから。挙げ句の果てに読み込み時間をフリーズと勘違いして、
「ふっ、知っているぞ!こういうときは、45度の角度で叩くといいらしい」
そういい、スクラップにしてしまった。俺でも読み込み中だと分かるのだから、彼女の脳筋っぷりが分かるだろう。よって彼女の方が脳筋だ。
「そういえば、最近執務室にベンチプレスがありましたネ…………」
「一々トレーニングルームに向かうのが面倒でな」
「提督、お茶です」
「お、ありがとう榛名。さすがだな。よく気がきく」
「いえ、提督の傍にいるものとして当然です!」
「はは、本当に気がきく娘だ」
ほかの娘たちもこのくらい気をきかせてほしいものだ。人を変人呼びしたり、脳筋と言ったり、変態と言ったり…………本当に俺をなんだと思ってるんだ。
「Yes!ワタシの自慢の妹ですからネ!」
「妹、かぁ…………」
「どうしたんだ、提督。感慨深そうに」
「俺にも兄ちゃんと呼ばれてた時期があったなぁと思っていただけだ。時の流れというのは何もかも変わってしまうのだな…………」
「え…………?提督はひとりっ子なのでは…………?」
榛名の言う通り、ひとりっ子である。そもそも、ひとりっ子どころか天涯孤独の身である。
「そうだ。だが、俺を兄として慕ってくれたのがいてだな。とても可愛がった記憶がある」
「ん?それって、陸奥のことか?」
「What!?どういうことネー!?」
「小さい頃はガサツな長門とは違って繊細な娘だったんだぞ?今では想像付かぬかもしれないが、案外泣き虫で、よく俺に泣きついてk「何言ってるのよ!」おお、陸奥、いたのか」
顔を真っ赤にして陸奥が俺の引っ叩いていた。うむ、この力…………成長したんだなぁ。
「テイトクゥ〜、詳しく教えるネー!」
「榛名は…………大丈夫じゃありません…………」
「そうか、なら幼少期の思い出の1つや2つでも…………」
「しなくていいから」
ものすごい眼光で陸奥に睨みつかれてしまった。まぁ、人には話したくない過去があるかもしれん。
「すまんがこの話はなしだ。聞きたくば、陸奥から聞いてくれ」
「陸奥!テイトクとはどんな関係ネ!」
「教えてください!」
「関係も何も、同じ孤児院で一緒にいただけよ!」
「本当なのですか!?」
「榛名まで…………」
「いいから早く言うネー!」
「だから、同じ孤児院だった。それだけよ」
ギロリと鋭い眼光とともに有無言わせぬ空気が漂った。さすが長門の妹なだけあり迫力ある。
俺はとりあえず、茶を飲む。しかし、こうなると妙に年寄りのような気分になる。
「提督、余計なこと、もう言わないでね?」
「余計も何も、ただの思い出話じゃないか」
「もう言わないでね?」
「分かった」
これ以上、彼女を怒らせるのもよくないだろう。俺は口を噤んだ。
この後、数十分ほど金剛に尋問させられた。その時に榛名も訴えるような目をしていたような気がした。
ーーーー
駆逐艦たちへの授業を終えた俺は、約束通り、榛名にPCの指導を受けていた。長門ほどではないものの、ハイテク機械に疎い俺にも根気強く丁寧に教えてくれた。そうしてたら、いつのまにか夜となっていた。
「よし、榛名。休憩にしよう」
「はい、そうしましょう!」
榛名がお茶をいれる準備をしている間、俺は空の月を眺めていた。月には良し悪しがあるらしいが、今日はどちらなのかは俺には分からない。
「提督、お茶です」
「ん、ありがとう」
感性のなさを自覚するものの、この景色の下でお茶を飲むのはなかなかの風情だ。
「月が綺麗ですね」
「えっ!?」
「たしか、これは夏目漱石が"I love you."の訳し方として言ったらしいな。事実かは定かではないが」
「そ、そうですね…………」
「日本人の感性を表しているらしいが…………俺にはよく分からんな。愛している者になら恥ずかしがらず"愛してる"と言えると思うのだが」
「簡単なことじゃないんですよ。人に"好きです"と言うことですら難しいですから」
そうか、と返事をし、再び夜空に浮かぶ月を眺めた。特に変哲もない上弦の月だ。
「そういえば、提督」
榛名が思い出したかのように言った。
「提督はまた軍へ戻ってしまうのですか?」
「ふむ、最近はそれが噂になっているのか?」
「はい…………金剛お姉様から聞いたものですから…………それに、提督は毎日体を鍛えてなさってるので」
「戻る気はさらさらない。体を鍛えてるのはただの趣味だ。心配しなくてもいい」
「本当ですか?」
「男に二言はない」
「それなら安心しました」
ほっと胸をなでおろす榛名だが、再び不安げな瞳を向けた。
「いつまでも皆さんと一緒にいられるのでしょうか?」
「突然だな。どうした?」
「いえ、ここはちょっと変わった人たちがたくさんいますので、地域の人たちからの評判もその…………」
「よくないもんな」
「提督も居心地が悪くなっていなくなってしまうかもしれません」
榛名の心配も的外れではない。
商売相手の評判は良いが、それ以外からはかなり微妙な評判だ。なにせ、所属している人々が尋常じゃない上、軍事会社だ。外部から見れば、まともな榛名でさえ怪しげな人たちに見えるのだろう。
「心配しなくてもいい」
俺ははっきりと言った。
「世間がなんと言おうが俺らは1つたしかなことを知ってる」
榛名の強い視線を感じ、月を見上げながら言った。
「この鎮守府に所属する者みんな、一生懸命に平和を切り開こうとしていることだ。無論、俺もそうだ」
ここにいる艦娘たちは社会に適合できず、流れ着いた場所だ。でも、彼女らは彼女たちなりに自分の生き方を切り開こうとしている。
これらはとても誇れることだと思う。
「君も金剛も、他の娘たちも、いずれはここを出てそれぞれの道を行く。そして、必ずここはいつか潰れる。いや、潰れないといけない。でも、それは祝うべきことなんだ。ここが潰れたとしても、俺らを出会わせた場所として心に刻み込まれる、そうだろう?」
そう語ってるうちに、懐かしい気分になった。
「もうここも1年。榛名と提督が出会って半年になりますね」
「早いもんだ」
「そうですね」
「あの日は戦いが激しかったな」
今から半年前、ちょうど梅雨頃の時期である。俺は社長としてようやく慣れてきて、鎮守府も軍事会社らしくなってきた頃であった。
その日は軍から増援として艦娘を派遣しており、ドッグも解放していた。そして、夜は祝勝会ということで勝手に隼鷹が酒宴を開いた。
そんな中、入り口の方からふと聞き慣れぬ女性の声が聞こえたのである。
「みんな随分酔ってたから、空耳だろって言われたんだが」
ふと視線を榛名に向けると、優しげな瞳とぶつかった。
「俺は素面だったし、そうとは思えなかったんだよな。アホみたいな言い合いをした後、結局俺と長門と熊野で行くことになった」
入り口までやってきた俺たちは、みんなそこで呆然としたもんだ。
「榛名は…………ひどい格好でしたから」
榛名は恥ずかしそうに目を伏せた。
3人が見たのは、ボロボロの状態の1人の少女だった。
「あの時は驚いた」
「榛名も驚きました。軍からはドッグが開いていないからと指示で向かった場所なのに、出てきた人たちはみんな様子が変で…………」
「俺以外、完全に酔っ払っていたからな」
「長門さんは壁に話しかけていましたし、熊野さんは"ここに来てはいけませんわ"と繰り返して…………」
俺は苦笑した。今思い出しても、ひどい様子である。
突然の客に戸惑った俺らは、それぞれひどい反応をしたのである。
「あの時、榛名は軍のドッグが開くまで待とうかなと思ったんです」
「多分、それが正常な判断だ。俺なら迷わず時間を待つ」
「でも」
榛名は再び顔を上げた。
「提督はすぐに私をドッグに案内してくれた上に、貴重な高速修復材を使ってくれたんです。それがとっても嬉しかったんです」
榛名は花が咲いたかのような笑顔とともに言った。
この笑顔のためなら、高速修復材の1つや2つなど痛くもかゆくもない。胸中はその笑顔に破顔しつつ、外面はなんでもないように繕った。
「あの時に言ってくれた提督の言葉、今でも榛名は覚えています」
「何か言ったのか?」
失言ではないことを祈る。その日も疲れていたような気がするからなぁ…………
榛名は俺の声を真似るように声を低くして、
「ご苦労様です。ゆっくり休んでくださいって」
「うむ、普通ではないか」
「提督だからそう思うんですよ」
榛名は一息ついて、
「ボロボロの榛名を労い、そして考えてくれてるんだなってすごく感じたんです。初めての感覚で、榛名はとても感激したんですよ」
「気くばり上手の榛名に言われるのなら、提督冥利に尽きるな」
「いえ、提督の方が皆さんのことを気遣ってます」
「嬉しいことを言ってくれる。だが、もとおりここはずっといる場所ではない。自分の生き方を見つけるための道しるべの1つに過ぎない」
「だが、あえて聞いてみよう。榛名はどこかに行きたいか?」
「榛名はできる限り、ここにいたいです。みなさんがいますから」
迷いない声が響いた。
俺がここを出て行くときは、深海棲艦との戦争が全て終わり、艦娘たちが自分の道を自分で歩き始めたときだ。
「それなら、俺も勝手にここを出れないな」
俺の声に、榛名の微笑が重なった。今夜の月は良い月であるらしい。
「月が綺麗ですね」
閑話はここまでは、と言いたいですがもう一つ投稿したい閑話があるのでそれを投稿してから本編に行きます。