本編再スタートです。
現代はどんどん物事が便利になっていっている、そんなことをテレビで良く目にする。まぁ、技術が進んだゆえに言えることなのだろう。
かつては平坦な土地であっただろう場所は現代になれば、高い建物が所狭しと並び、その間には多くの車が行き来している。長い渋滞にはひどくイライラさせられたものだ。
こんな場所もかつては田舎と変わらなかった時期があったのかなぁ…………。
と横須賀にある自衛隊による鎮守府への出張から戻る車の中で、そんなことを考えていた。
季節は真冬真っ只中。
1年というのは早いものであり、もうそろそろ来年というものが、鎮守府にも見え始めている。こんな季節になると、艦娘たちも出撃をしたがらないものだ。俺はといえば、未だに春からも愛用しているジャージ姿だ。側から見れば肌寒そうな格好だろう。もう20回以上経験する冬だが、いつまで経っても冬支度に手間取るのは、どの人も同じだろうと意味不明な考えにふけっていた。
途中、パーキングエリアで車を停めた。早朝7時前のパーキングエリアには人影はない。そこから見える海を見渡せば、たちまち艦娘たちのことを思い出す。今は出撃している時間帯ではなく、まだ寝ぼけている頃合いだろう。
自動販売機まで、足を運び、缶コーヒーを一つ買う。今気づいたが、吐く息が白かった。
横須賀鎮守府に何をしていたかというと、艦娘の指揮を執る者として新人提督さんに指導をしに行っていたところだ。鎮守府の仕事は艦娘だけでなく、俺が出迎える場合もある。
昨日は丸一日指導し、一晩泊めさせて貰ったところで朝6時に出た。横須賀鎮守府からこちらの鎮守府までは高速でだいたい3時間弱で戻れる。昼までには戻れると伝えているので、少し余裕があるわけだ。
こういう数少ない余裕があるときに急いで戻るのは愚の骨頂だ。パーキングエリアで缶コーヒーの一つゆっくりと味わう時間ぐらいとってもいいだろう。
ひと気のないパーキングエリアのベンチに腰を下ろし、一息ついたところで、懐から不快な携帯電話の呼び出し音が響いた。ため息混じりに取り出し、少し出るのを躊躇ったところで着信ボタンを押したとたん、聞き慣れた声が聞こえてくる。
"叢雲よ。提督かしら?"
「おかけになった電話番号は、ただいま使われて…………」
「今はふざけてる場合じゃないわ!敵影を鎮守府のすぐ近くで確認したわ!」
安眠しているところを叩き起こされたような感覚である。
「敵は攻めてきているのか?」
"それは今のところ大丈夫だけど、鈴谷が単騎で飛び出したのよ!"
「はぁ!?本気なのか!?」
"本気もクソもないわよ!今、呼び戻すために時雨たちに頼んだところよ!"
珍しく叢雲が慌てている。雹が降ろうが槍が降ろうが、俺が頭から血を流そうが、動じない叢雲が珍しく慌てている。
「敵艦はどのくらいだ?」
"戦艦2、軽空母1、他にも軽巡や駆逐艦も捕捉しているわ。今のところまだ、鈴谷は交戦していないみたい。5分前に熊野が気づいたの"
空母が出ていないのはせめての救いだが、戦艦が2つも捕捉されてる。ましてや、鈴谷は単騎だ。
「千歳と千代田にも出撃を頼んでくれ。それから長門に連絡を取ってくれ。俺が戻る1時間ほどは、長門に指示をあおいでくれ」
"長門に?"
「ああ、このくらいの時間なら長門は執務室にいる"
とにかく缶コーヒーを一気に飲み干して、ゴミ箱に放り込む。
「50分で戻ると長門には伝えてくれ」
"了解よ"
電話を切ろうとしたところで、ふいに叢雲の声が聞こえた。
"運転気をつけなさいよ。なんとか対処するから、慌てて事故するような真似なんてしないでよね"
こういうところが叢雲の素晴らしいところだ。
「心遣い、身にしみるよ。だが、そのくらいで俺を誑かそうとしても、そうはいかんぞ」
プツンと電話が切れた。
ーーーー
最近、深海棲艦が姿を頻繁に姿を現わすようになっている。
普通に考えて、敵がこちらを攻めようとしていると考えるだろう。しかし、私の脳裏には過去のことからそれ以上に嫌なことが起きる予感がしていた。
提督はこちらに連絡をした40分後にこちらに到着した。相当飛ばして来たのだろうが、緊急事態だ、やむを得ない。そのまま執務室に駆け入り、一通りの報告を受けしばらく考え込んでいた。
「長門」と呼び掛けられ、返事をする。
机に広げられているのは今回の被害状況だ。いつもはやる気のない顔が、今は厳しい表情で報告書を見つめている。顔色が悪い、と言いたいところだが、いつもそうなので分からない。
「今、皆を入渠させたところだ。艤装は橘さんが修理をしている。鈴谷は緊急の方に回しておいた」
艦娘たちは怪我を負った場合、病院ではなく、ドックに行き怪我を癒す。艦娘の特性の一つで、妖精さんによる風呂のようなところに入れば傷がたちまち治るのだ。だが、大怪我などでは間に合わないためここの専属の医師に治療を施してもらう。先ほど緊急の方とは、このことである。
つまり、鈴谷は大怪我を負った。時雨たちがあと一歩遅かったら確実に死んでいただろう。その時雨たちも少なからず負傷している。
それよりも、と提督はある書類を示した。
「こいつはまずいな」
それは昨日、海上自衛隊の方から送られた鈴谷の追加の情報であった。鈴谷がここに来た理由がそこには示されていた。
「はぁ…………」
度重なる命令違反、無理な突撃…………。
鈴谷は過去にも同じようなことを繰り返していたらしい。山ほどの違反歴が並んでいた。むしろ、なぜ死ななかったのか不思議なぐらいだ。
「なぁ、この書類と彼女を照らし合わせたが…………同一人物なのか?普段の彼女からは全く想像できん」
提督の言う通りだ。
深海棲艦による被害者は数え切れない。死んだ者は当然だが、生きている者にも大きな被害を与えている。家族を失った者だって多い…………私や提督だってそうだ。消えることのない憎しみは誰だって抱えている。多分、鈴谷もそうなのかもしれない。
だが、憎しみだけで行動し、命を落とす真似は誰も望んではいない。それでも、普段明朗な彼女からは想像できん。
書類だけ見れば、この鎮守府に猛獣が一匹入り込んだようなものだ。
「長門、とにかく助かった。ありがとう」
「それには及ばん。お互い様だ。だが、鈴谷をどうする?」
「考えるさ」
「考えたところで、鈴谷の処遇はどうする?」
「処遇を考えるんじゃない」
提督は書類を睨みつけたまま言葉を継いだ。
「鈴谷に過去のことをどうやって話してもらうかを考えてもらうんだ」
彼は提督だ。
命令だけが提督の仕事じゃない。
ーーーー
執務室を出る提督を見送りながら、私は軍に所属したときに彼に再開した日を思い出した。
あの日、提督は包帯でぐるぐる巻きにされ、人工呼吸器に繋がれて生きているのか疑わしい状態だった。
入院室で、私は軍からの書類を握り締めて、何もすることができず、ただ提督を見つめることしかできなかった。
つい先日、上陸した深海棲艦を掃討し終えたばかりだった。被害自体そこまで大きくはない。それは一般人の話であって、軍隊は並ならぬ被害を受けていた。
それでも、1度目のときよりは被害は抑えられ艦娘の有用性を示す結果となった。だが、陸上では艦娘より普通の人たちが活躍していたと私は考える。
そんな時、入院室に1人の男が入ってきた。その男は提督の部下らしくその時の戦況を教えてくれた。
「僕たちは軍に見捨てられました」
泣きそうな顔で男は言った。大の男がこの時は小さく見えた。
彼は命令を記録しており、そこには「応援は不可能。各自、自由に行動せよ」と、実に簡単な言葉が綴られていた。
自由に?どうやって?
「隊長に、僕たちは命を救ってもらいました。でも、僕たちは何も…………何も…………!」
男は深々と頭を下げた。その下げた頭を上げもせず、
「僕たちはもう助からないと思ってました!救出方法がないから、自分たちでどうにかしろと言われた時、僕はもうダメだと思いました!」
その声はもはや叫び声になっていた。
提督の指揮する部隊は基本的に若い者で経験が浅いものばかりだ。そんな彼らに、いきなり「どうにかしろ」と言ったのか。
どこの阿保な長だ!
何が救出方法がないだ!艦娘たちは何人か余裕があり、救出に回せただろう。聞くところによれば、避難の遅れた一般市民を救出するために提督たちは最後まで残っていたと言う。そんな中、提督は1人飛び出して行った。1人の艦娘が彼らの存在に気付き、自発的に救出してくれる頃には提督は砲撃を受け、意識がなかったという。
彼らが救出がされなかった理由、それは彼らの活躍だ。軍からしてみれば、早く艦娘を中心戦力にしたいものの、彼らの活躍が邪魔であった。特に提督の。この時すでに彼は軍神として神格化までされるほどの活躍ぶりで簡単には外せなかった。
胸の中に溢れる怒りは、たやすく押さえられるものではない。ほとんどその紙を握りつぶそうとしていた私に、男の小さな声が聞こえた。
「僕、もう隊長に会えないのでしょうか?」
私が何か言うよりも早く、男はさらに言葉を重ねた。
「また、ここにきてもいいでしょうか?」
言葉とともに彼は涙を流した。
死という恐怖が常にある中、弱音すら見せないはずの軍人が、人目憚らず慟哭していた。
私は男の肩に手を添え、大きくうなずいた。
励まし、慰めなどあまりにも涙に不釣り合いであり、言葉にできなかった。
教養のあまりない私が出した言葉は、あまりにも陳腐なものだった。
「また、見舞いに来てくれ。彼も喜ぶから」
それでも、男は手を取り、大きく頭を下げたのである。
ーーーー
ふと、窓に目をやると雨が降っていた。
ただでさえ、明るくはない雰囲気の中、より一層陰湿にさせるような雨だ。
「提督じゃん、ちーっす」
ベッドの上で、鈴谷はいつものように軽い口調で言った。
その顔色は良くなく、いたるところに包帯が巻かれ血が滲んでいる。艦娘であるお陰で、死は免れたがそれでもひどい怪我だ。
「血も止まったらしいし、私は大丈夫だよ」
大丈夫な訳がない。多分、相当痛いはずだ。それでも鈴谷は普段と変わらぬように振る舞う。俺はベッドサイドの小さな椅子に腰かけた。
ふいに鈴谷は面白いものを見るかのようにふふっと笑った。
怪訝な顔をする俺に
「提督も顔色悪過ぎて、私みたいじゃん」
思わず苦笑した。そういえば横須賀に行ってからはまともに睡眠もとってない。それに朝は緊急で顔を洗っていないし、髭も剃っていない。多分、かなりみすぼらしい顔をしているだろう。
「で、どうするの?罰でも下しちゃう?」
あまりにも唐突な問いであった。
わずかに動揺する俺の目を鈴谷の目が見返す。黄緑がかった特徴的な色の瞳だ。少なくとも、命令違反を繰り返す問題児のような目とは到底思えない。
俺を見つめたまま鈴谷は告げた。
「私は大丈夫だよ。それよりも提督はちゃんと私を罰せないと」
俺はうなずき、鈴谷への罰則を話した。
今回は法律違反とかではないため、刑事的措置はないこと。しかし、会社の示しをつけるため、3週間の出撃停止処分を下すこと。その間の分の給料はなしになること。しかし、それ以上の制限はないこと…………。
鈴谷は最後まで黙って話を聞いていた。
「ま、そうなるよね…………」
「…………一つ聞きたいことがある」
「何?」
「君は深海棲艦が憎いか?」
あえてなぜ命令違反をしたのかは聞かなかった。
「そうだね…………それなりに憎いんじゃない?」
「それなり、か。なら、どうして戦う?ここに来た以上、戦うこと以外にも選択肢はあったはずだ」
「…………」
鈴谷は答えなかった。
「答えを強要しない。言いたいときに言ってくれ」
「私、まだここに置いてもらえるの?」
俺は黙ったまま大きくうなずいた。鈴谷は少し安心したような表情を見せた。
「やっぱ、提督って優しいんだね」
俺は黙って窓の景色を眺めた。照れ隠しではない。気が利いたセリフが一つも思いつかんのだ。こうやって、黙ってるしか方法はない。
それからしばらくして、鈴谷は疲れたように眠った。
いつも明るいイメージの鈴谷からは想像もつかぬ程、今の鈴谷は暗く見えた。
ーーーー
どうしたもんか…………。
真夜中の執務室で、俺は頭を悩ましていた。
鈴谷の件といい、深海棲艦の動向といい。俺の経験上、戦闘が激化するときに限って、無茶な行動をし始める者が増える。その者たちは経験の不足から"焦り"が生じてしまうのだろう。こういうときに"冷静な判断力"というのが求められる。
そんなことを考えていたら、突然目の前にコーヒーカップが置かれた。
「おお、いつも気を遣わせてすまん。叢雲のお陰で…………」
顔を上げて見てみれば、驚いたことにそこに立っていたのは熊野だった。いつも通り、栗色のポニーテールが良く似合ってる。いつもはその栗色を揺らし、優雅に佇む彼女がら今日は冴えない顔をしている。なにやら物言いたげな浮かない顔で、俺の顔にちらちら視線を向ける。
「なんだ?俺の顔に何かついてるのなら…………」
「鈴谷の件、すいませんでしたわ」
いきなり深々と頭を下げた。
あまりにも唐突だったので反応に窮する。
とりあえず、コーヒーを一口含んだが、叢雲の味には到底及ばない。
「君が謝ることじゃないだろう」
「いいえ、友として私からも謝っておかないと気が済みませんわ…………それに、何人かは怪我もあったようですし…………提督にも仲間にも迷惑を掛けてしまいましたわ」
「まぁ、そうだが…………」
「でも、一つ分かって欲しいことがありますの。鈴谷にもそれなりの事情があるのですわ。もちろん、それだからと言って許してもらおうとは思っていませんけど…………でも、提督には分かっていただきたいのですわ」
「それは、理解できるさ…………理解できるが容認はできん」
なんせ、他の艦娘の命にも関わることだからだ。たった1人のわがままでたくさんの命が脅かされるなどあってはならない。
「そうですけど…………」
「まぁ、そう気に病むな。クビにするようなことはしない。ゆっくりと心を開いて、その事情とやらを自分の言いたいときに言ってくれればいい」
俺の言葉を聞いて、熊野は少しキョトンとしていたが、ふいにクスリと笑い、
「叢雲が言っていたことがよく分かりますわ」
そのことはどうせ分からんでもいいことだろう。
「提督は、いつもひどい身だしなみで悪態をつきながら仕事して、小さい子にはだだ甘な変態だけど、艦娘のことはとても真剣に考えているということですわ」
「今の発言に反論したいことがいくつもあるんだが…………」
「あの叢雲が人を褒めてるんですわよ?いつもツンケンしている、叢雲がですわよ?」
叢雲は本人のいない前では、ちゃんと人を褒めているんだがな。この前だって熊野のこと褒めてたし。まぁ、そんなことを言ってやるのも気がひける。
「変人だの、変態だの言われたところで知らん。これが俺だ。俺はいつだって真剣なんだぞ?」
「知ってますわよ。もう、短くない付き合いなんですから」
熊野はにっこり微笑んだ。いくつかの誤解がある気がして、非常に不安ではあるが、熊野が納得したのならそれでいいだろう。
これからもよろしくお願いしますわ、と熊野は明るい声で言い、頭を下げた。明るくなったことはいいことだ。コーヒーがもう少し上手くなったら尚良い。というかコーヒー淹れれるのなら普段からそうして欲しいものだ。
ふとあることを思い出して、立ち去り側の熊野を呼び止めた。
「突然だが、俺は過去に君たちと会ってるのか?」
「と、突然なんですの!?」
「いや、鈴谷が妙にも俺のことを知っている風なのでな」
振り返った熊野の頰は赤く染まっている。
赤く染まっている?
なんで?
「そんなこと、鈴谷に聞いたらよろしいでしょうに!」
怒鳴られてしまった。
そのまま熊野はぱたぱたと走り去ってしまった。
別に変なことを聞いたのでもあるまいし…………訳が分からん。まぁ、訳が分からんことはこの世には山ほどある。深く考えても仕方あるまい。時計を見れば12時。今日は特にすることもないし、さっさと寝てしまおう。
しかし、明日にはその特にないと言うことが貴重なことに気づかされることになる。
ーーーー
今日とて、朝から執務である。
しかし、今日はいつもとは、違う執務内容であった。手元には様々な説明の書かれた書類がある。その内容は簡単に言えば、飲酒のことだ。無論、既に成年している者はいるため、酒を嗜む者も多い。
しかし、俺は酒を飲まない。理由がある。
一つは社長であるが、同時に大将でもある。いざ、と言うときに上が酔っ払って機能しなければ下も必然的に機能しなくなる。そんなことは洒落にならない。
二つ目、多分これが大きな理由だが酒飲みは基本的にめんどくさいのだ。一癖二癖もある曲者と積極的に関わりたくない。
あと、健康にも悪いし。
そんなわけで、俺は酒についての指導を行う。
例えば、
例①橘さん、整備士
「橘さん、今どれくらい酒を飲んでいますか?」
書類に書かれていることを読みながら、橘さんに聞く。
「昔は結構飲んでいたもんですが…………今じゃ、1日に2合ぐらいですかね?」
「2合、ですか。それでもいささか、多い気がしますが…………」
「たまに3合はいったりする…………かな?」
「たまに3合?なら、4合のときもあるんですか?」
「まぁ…………それは本当にたまにですよ?」
「新しい兵装ができたら嬉しくなって5合?」
「もちろんですよ」
例②鳳翔さん、元航空母艦
「鳳翔さん、酒の入荷量は減らして欲しいのですが…………」
明らかに酒の入荷量が増えている居酒屋の入荷表を確認して、鳳翔さんを
見る。しかし、鳳翔さんは不思議そうな顔をして、
「減らしましたよ、提督。少し、控えさせてもらってます」
「本当に?」
「ええ」
鳳翔さんは自信ありげに答える。
「提督に焼酎と日本酒の入荷を減らしてくれと言われたので半分にしましたよ。その代わりに麦茶とビールを増やしましたけどね」
にっこりと、微笑みながら言う鳳翔さん。耳を疑った俺は恐る恐る、
「今、なんて言いました?」
「焼酎と日本酒の入荷を半分に…………」
「いえいえ、そのあとです」
「代わりに麦茶とビールを増やしましたよ?」
例③隼鷹、軽空母
「隼鷹、いい加減に酒を控えろ。アルコール中毒になっても困る」
「いいじゃん!」
隼鷹は大きな声を上げる。執務室に入ってきた時点でもう酔っている。足はふらつき、椅子に座っても頭がゆらゆら揺れている。
大人の女性がほろ酔いとなっている姿はどことなく色気があるが、隼鷹の場合、初っ端から泥酔状態である。誰これ構わず、酒に誘い朝から飲みまくる。数多くある俺の悩みの種の一つがこの隼鷹だ。素面の時がないのではと疑いたくなるほど酒を嗜む。
「よくない。俺は君の身を案じて言ってるんだ」
「へぇ?優しいこと言ってくれるねぇ…………でも、同情するなら酒をくれた方が嬉しいんだがなぁ」
「あのなぁ…………俺が同情するなら、泥酔状態の君ではなく、無闇に飲まれる酒の方だ」
「あぁん?あたしと酒、どっちが大事なんだよ!」
「意味の分からんことを言うな!とにかく、酒を控えろ!駆逐艦の教育にも悪い」
「大丈夫、大丈夫。反面教師として見てくれるさ」
どうやら、これは禁酒令でも作らなければいけないようだ。
「ほら、提督も飲みなって!」
隼鷹はどこから出したのか分からない酒をいきなり突き出した。
「お、おい!ここでは酒を飲むな!」
「いいからいいから!一口飲みなって」
「いい加減にしろぉぉぉお!」
例④千歳、軽空母
「提督、お酒をやめるのは無理です」
凄みのある顔で、千歳はポツリと、しかしながらはっきりと答える。
彼女は軽空母であり、この鎮守府では数少ない艦載機を飛ばすことが可能な艦娘である。酒飲み軽空母とは違い、落ち着いた物腰で有能な艦娘で妹共々、この鎮守府には無くてはならない存在である。
「千歳、別にやめろとは言ってないんだが…………控えるようにしてくれればそれでいい」
彼女の短所を強いて言うのなら、酒である。よく鳳翔さんの居酒屋で見かけ、酒を嗜んでいる。そこまでなら別段問題もない。が、彼女は少々悪酔いするのだ。具体的に言うのなら、脱ぎたがる。
容量は大きいようだが、その容量を超えてしまうとたちまち、衣服を脱ぎ始めもんだからたまったもんじゃない。
「…………提督は酒を飲む人ですか?」
「飲まん。そもそも飲んだことがない」
「え!?その歳で酒を飲んだことがないんですか?」
「何度も言わせるな…………飲んだことなど一度もない」
「それじゃあ、勿体無いですよ…………なぜなんです?」
「いざ、というときに頭が酔っ払ってたら話にならん。それに自分がどう酔うのかも分からん」
この職場の人は、女性が多い。酔って取り返しのつかないことにだってなり得るのだ。
「どう酔うのか分からない…………」
俺の言葉を反芻し、しばらくの間考え込む。しかし、ふと視線を俺に向けて言った。
「提督、人の酔い方にはいろんなタイプがあるそうです」
「そ、そうなんだろうな」
「でも、40%の人が素面と変わらないそうですよ?」
「…………それで?」
「だから、大体の人がお酒を飲んでも豹変はしないんですよ!?」
「うん、豹変するタイプの君に言われると説得力がない」
「なら、これを機に自分がどのタイプなのか調べるいい機会なのではないんでしょうか?」
「どうしても君は俺に酒を飲ませたいのか!?」
飲酒に関する指導のはずが、いつのまにか酒を勧められている。
ゆらりと立ち上がった千歳は、そのままドアの方へ歩き出した。出て行く前に、肩越しに俺を見て一言。
「今度、美味しいお酒を持ってきますね」
一体何なんだよ。
どいつもこいつも、飲酒の指導なのに何と思ってるのか。
やっぱり酒飲みは曲者揃いだ、と馬鹿げた考えをするのであった。
ーーーー
執務室中に響き渡る高笑いに、俺は眉をひそめた。
俺の酒の指導の惨状を聞いた長門が大爆笑したのである。
「おもしろい話だ。昨日見た番組では並におもしろいぞ。やはり、類は友を呼ぶ、と言うのだろうか?」
「長門、今すぐ偽装なしで沖まで行ってこい。世界中が悲しもうが、俺だけは腹の底から笑ってやる」
苦虫を噛み潰したような顔で睨みつけたところで、このビック7には痛くもかゆくもあるまい。
「海上自衛隊に行ってみろ。そうすれば、そういう艦娘もいなくなって、楽になるぞ?」
「馬鹿言わないでくれ。俺は楽をしたくてこの仕事に従事しているわけではない」
「ふふ、分かっているさ。だが、提督と一緒に話すのは楽しいものだ」
俺は口を開かなかった。
黙っていたところで、このビック7が自分の言ったことを省みるわけもない。いつものごとく激甘なコーヒーをうまそうに飲んでいる。丁寧にも俺の分まで淹れて机に置いてくれているが、今日の俺は別段疲労が溜まっているわけでもない。しっかりと機能している判断力が、このブレンドを飲ませるような選択をするわけがない。俺は一瞥してカップの存在を抹消した。
ああ、と急に長門は真面目な顔になった。
「鈴谷の様子はどうだ?あれからというもの…………」
「どうと言っても、精神面で俺らができることは限られている。とりあえず、怪我は治りつつあるということだけは言っておく」
「そうか、ならよかった。やはり、艦娘というのは闇を抱えている者が多い。自分が生きてきてもしょうがない、と思ってしまって無茶なことをするのだろうか?だが、そんなことは誰も望んじゃいないのにな…………」
長門がため息をついた。この艦娘、根はすごく優しい。俺としては、感傷に浸っているビック7を見ると、たちまちからかいたくなる。
「その理屈で言うと、君は随分と長生きして俺は早死にしそうだな。実に残念だ」
「素直じゃないな。貴方に死なれるともう会えなくなるじゃないか。それだと私も寂しいし、貴方も寂しいだ…………おい、提督!」
大声で呼び止める長門を無視して、執務室を出た。
脳筋をからかおうとしたら、恥ずかしい思いをしただけであった。
これからの展望としては、本編3話のあとに閑話3話と言うサイクルでいきたいと思います。
あと、閑話に登場して欲しい艦娘のリクエストも活動報告にてしてくださればありがたいです。