民間軍事会社"鎮守府"   作:sakeu

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 私、長門はこの鎮守府を立ち上げた張本人であり、名目上社長を務める提督の秘書をしている。

 書類仕事にどうにも疎く、サポートと言っても書類の整理ぐらいしか出来ない。それを補うため、ここに所属する艦娘に実践的な指導を行う肉体仕事が多い。

 一年ほど前から、この体制でこの仕事を続け、度々金剛などから秘書艦を代わってくれないかと言われたりもするが、理由なしにこの仕事を続けているわけではない。

 自分で言うのもなんだが、提督のことをよく知っているのはこの長門だろう。幼き頃からの付き合いだ。彼はああ見えて、お人好しだ。日頃から不満をぶつくさ言ってはいるが、常に艦娘のことを考え、自分のことを後回しにしている。そんな彼の悩みを話してくれるのは私と2人きりのときだ。提督に言うつもりはないが、提督の悩みが少しでも減るようにするために私はこの秘書艦を易々と譲るつもりはない。

 そんな彼の今の最大の悩みの種は鈴谷だ。あの件以降、彼はずっと鈴谷のことを気にしている。私と提督と同じように、鈴谷もまた天涯孤独の身である。同じ身であるからこそ彼は気にかけるのだろう。ますますお人好しな奴だ。

 鈴谷には家族はいない、しかし誰も彼女を心配しないわけではない。多分、提督以上に心配しているは熊野だろう。そして、もう1人彼女を心配する者がいた。

 提督が、最近訪れる不思議な老紳士について話してくれたのはつい先日のことだ。

 白の皺のない軍服に、少し年季の入った提督帽を被った老紳士。鎮守府の廊下をコツコツと独特な木のステッキを鳴らして来るのが特徴的だそうだ。

 老紳士はかならず執務室を訪れ、帽子をとって挨拶をしてから、鈴谷のいる入院室に向かう。

 部屋でいつも鈴谷に丁寧に話しかけ、踏み込んだことも聞かず、1時間ほど過ごして出て行く。どうやら、家族でも親戚でもないらしい。しかし、菓子類や果物を持って来たり、鈴谷に欲しい物はないかと聞いたりと、まるで祖父のような振る舞いをしている。鈴谷も信頼している様子であり、他の艦娘の一部からはてっきり鈴谷のおじいちゃんだと思われているらしい。

 来る時間帯が、私が一番忙しい時の夕方だと言うこともあり、私は直接会ったことはないが、この日だけはそうではなかった。

 

「例の紳士、来てるぞ」

 

 と、提督が知らせてくれたのは火曜日の夜だ。普段の鈴谷の様子が知りたいと老紳士は、夕方から長い間、私が仕事を終えるのを待っていたらしい。私は驚いてすぐに紳士のいる応接室に向かった。

 

「突然訪れて本当に申し訳ない」

 

 老紳士は、応接室に入ってきた私にいきなり深々と頭を下げた。

 ふと、その顔を見るとどこか見覚えが…………あるような気がした。

 

「突然話が聞きたいと勝手なことを申してしまいました」

 

 私が先に腰を下ろしてから、老人は提督帽をとり、ステッキを置いてゆっくりとソファに腰を下ろした。物腰は柔らかく、目も穏やか、まさに絵に描いたような紳士だ。

 老人は静かに口を開いた。

 

「ずっと聞くべきか迷っていまして…………私は鈴谷の家族でもないもんですから。血も繋がってすらいません。しかし、先日から入院していると聞いて、いても立ってもいられずこうしてあなたにお話を伺いに参りました」

 

 基本的に、艦娘個人の情報は必要に応じて身内の人に話すが、それ以外の者には話すことはできない。個人情報保護法というもののおかげだ。

 だから、老人の言ってることは正しい。家族ではないのなら勝手に話すことはできない。

 しかし、法は人を守るためにあるもので、法を守って人を孤立させているようでは意味がない。そこを判断する裁量は私たち長が持っているべきことである。

 老人は鈴谷にとって家族のようなものである、と私は判断した。

 

「鈴谷のやったことは簡単には許されないことです」

 

 私の言葉を、老人は噛みしめるように頷き、聞いていた。

 鈴谷の件で、他の艦娘にも被害が出たこと、大怪我を負ったものの鈴谷は辛うじて生き延びたこと、今後同じことがあれば強制的に軍事から離れてもらうことになる可能性が高いということ、そして私の経験上、鈴谷のようなタイプは戦場では早死にするだろうとういうこと。

 

「死、ですか…………?」

 

 さすがに老紳士も驚いたらしく、目を見開いていた。

 しばらくの間、言葉を発さず目を宙に泳がしていた。そのあとつぶやくように

 

「そうですか…………いや、そうですよね。私も一応提督という身ですので分かります…………」

「失礼ですが、あなたは鈴谷のとはどのような関係で?まるで祖父と孫のようだと、艦娘の中には言う者もいるくらいですが…………」

 

 私の言葉に老紳士はとても驚いた様子だった。

 

「あの娘の祖父ですか…………とてもとてもそんな立派な者ではないですよ私は…………」

 

 老人の白髭の口元に微笑みが浮かんだ。

 

「彼女は1人の兵士を追いかけているんですよ。その兵士には私も救われたことがあります。命?とんでもない。いや…………それ以上に大切な事柄だったかもしれません。もう10年も前になってしまいましたが」

 

 老人は思い出話をするかのようにわずかに目を細めた。

 

「少しの間、鈴谷はその兵士にお世話になっていました。…………あの日まで…………」

 

 あの日、軍人なら皆共通して思い出すであろう深海棲艦の上陸による大災害のことだ。

 

「私もその被災地にいたもんでして…………兵士さんに言い残されていたんです、彼女を頼むと。いや、鈴谷だけではなかったんですけど…………」

 

 私はそれをただ守っているだけなんです、とつぶやくように言い、老人はゆっくりと立ち上がった。

 

「大切なお話をありがとうございました。聞いていなかったら私が後悔しているところでした。明日からも参ることにいたします」

 

 また、深々と頭を下げた。提督帽を被り、ステッキを持って応接室から出た。

 ふむ…………提督の言う通りだ。老人のステッキの音か、不思議と印象的に耳に響く。

 コツコツと、廊下の向こうからもいつまでも聞こえるような気がした。

 

 

 ーーーー

 

 

「ビッッグニュースだぞ、提督〜」

 

 執務室に入るなり、隼鷹が執務室にいた。第一声がこれだ。

 叢雲は手際よく、豆を挽いて絶品の一杯の準備に取り掛かっていた。

 

「ん、いい香りだな。いつものインスタントコーヒーではないのか?」

「知り合いからイノダコーヒの豆を貰ったの。2分ほど待ちなさい」

 

 イノダコーヒというと、そこそこ値段のする店だ。叢雲の腕と合わさってさぞかし美味いコーヒーになるんだろうな。

 

「まったく提督は幸せもんだねぇ…………」

「まぁ、有能な部下を持つのは幸せなことだ。お前がもっとしっかりしてくれれば、なお幸せなのだが」

「しっかり者のあたしなんてあたしじゃないよ。それにしても、提督は一年でよくもこんなに変わったもんだ」

「その通りかもしれんが、一年前の俺を蒸し返すつもりなら、コーヒーはくれてやらんぞ」

「そうじゃないそうじゃない」

 

 手をひらひら振りながら、

 

「提督たちを見ると、もう何年も過ごしたような仲間のごとき阿吽の呼吸じゃないか。もういっそ、誰かと付き合っちまえばいいのに」

「つ、付き合う!?」

 

 隼鷹の言葉に、叢雲は随分と驚いたようだ。顔を赤らめ目を丸くしている。普段、冷静さを売りにしている彼女にしてみれば珍しいことだ。

 

「隼鷹、酔っ払ってるな」

「えっ、の…呑んでなんかないよぉ?素面だよぉ」

「嘘をつかんでもよろしい。酒の匂いがする」

「少しだけだよ。ほんと少しだけ」

 

 今朝、指導したばかりだろうが。

 

「まぁ、この際はいい。そういう色事なら隼鷹こそもう恋人くらいいないのか?」

 

 歳も俺とそんなに離れていないだろう。

 

「こんな私にそんな洒落たものがあるわけないじゃん。あたしの恋人は酒だよ、酒」

「寂しいやつね」

 

 バッサリと叢雲に言われるが隼鷹は別段気落ちした様子もない。割と本気でそう思ってるのかもしれん。

 

「で、君の言うビッグニュースってのは?」

「ビッグニュースじゃない、ビッッグニュースだぜ〜?」

 

 どうでもいいことにこだわらんでもいい。それを言ってしまうと、本題に永遠にたどり着かないので言わずにうながす。

 

「新しい艦娘がこっちに来るかもしれない」

 

 俺は露骨に嫌な顔をした。

 

「デマはお断りだ。俺は、酒飲みと物事をすぐに鵜呑みするやつが、大嫌いだ」

「デマなんかじゃないぞ?確かな情報だ。なんでも驚くほどのべっぴんさんらしいぜ〜」

 

 まったくもって興味のない話だ。

 美しい女性は世の中に探せばいくらでもいる。というか、艦娘自体どういうわけが美女、美少女ばかりだ。今更、美女が来ると言われても驚くこともない。

 話の腰を折らぬよう、俺は聞いた。

 

「その艦娘というのは?」

「天龍の妹らしいぜ」

 

 俺は急に脱力感を感じた。

 

 

 ーーーー

 

 

 隼鷹曰く、ソースは球磨。

 珍しく天龍の部屋(球磨と相部屋だが)に客人が来ていたそうだ。補足すると、ここの鎮守府の寮は特に規制もなく自由に客人が呼べたりする。まぁ、そこは置いといて、俺口調の一匹狼気取りの天龍に客人だ。球磨も相当気を引かれたらしい。意味もなく廊下をウロウロしていると、ドアが開き、そこから出て来たのは、

「紫がかった黒の艶のある髪、すらりとしているが出ているところは出ている抜群のプロポーション。肩越しにこちらを見た瞳は世のすべての男を惹きこむほどの魅惑的」な女性らしい。

 隼鷹はなぜか力説してくれた。色々な寸評があったが、要約すれば信じられないほどの美女ということだ。

 

「で?」

「それだけ」

 

 女性が出て行ったあとの部屋は驚くほど静かで物音一つしない。その後、女性が戻って来ることはなかったが、球磨曰く「気味が悪いほど天龍が静か」だったらしい。実に主観的ではあるが。

 

「まぁ、天龍にも知り合いがいたのなら、よかったんじゃない?」

「そうだな。だが、あの天龍の妹ともなれば、血の気が盛んな娘かもしれん」

「分からないぞ〜?もしかしたら、お淑やかな娘かもしれないぜ?ヒヒッ」

 

 気味の悪い笑い方に少々引きつつ、

 

「なら隼鷹、直接本人に聞けばいいだろ?なんなら今から聞きに行くか?」

「それなんだが…………」

 

 隼鷹は首をかしげる。

 

「あれからそのことを聞こうとすると知らないの一点張りだとよ。あたしとしては一刻も早く真相を知りたいのになぁ…………」

「知られたくないことなんだろう。むやみに聞くのも悪い。そもそもここに配属されるのならとっくに俺の元に書類が来てる」

 

 俺のつぶやきに、叢雲は

 

「どっかにそんな書類があったような」

 

 と言ったような気がしたが、空耳だろう。

 隼鷹は首をすくめ、

 

「どうも提督は、この女性だらけという職場に不似合いな性格で困るなぁ…………こんなところ、他の男からしたら羨ましいこと限りなしなんだろうにな。せめて、誰かとくっついてくれれば酒の肴になるのに」

 

 隼鷹は聞こえよがしに言い、叢雲の淹れたコーヒーに口をつけた。

 お、美味いな。こんなコーヒー淹れれる叢雲はいい嫁さんになれるぜ、などと親父めいたことを言っている。いろいろと口出す割には能天気なやつだ。

 しかし、次の日俺は予想にしなかったことに遭遇する。

 

 

 ーーーー

 

 

 昼間、突然大声が聞こえた。

 執務室に運び込んでいたベンチプレスから起き上がった所で、「提督!」と叫び声が聞こえる。続いてドアをバンバンと叩く音が響いた。

 

「そんなに叩くのドアが壊れる」

 

 と、言い終わらないうちにバゴーンとドアが外れ派手に天龍が入室して来た。

 おいおい、冗談がすぎる。

 呆気にとられた叢雲が何か言おうとしたところ、

 

「おい、提督!なんで、オレの評価がああなんだよ!!」

 

 そのまま叢雲は金魚みたいに口をパクパクさせていた。

 

「何か言えよ!提督!」

 

 俺はただただ頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 ーーーー

 

 

 艦娘にはそれぞれ技能評価をしている。

 基本的な体力技能はもちろん、海上での移動、砲撃技術などと言った艦娘特有の技能をテストしそれぞれ評価する。それによって編成を考えているのだ。やる気があっても技能が追いついていないようでは話にならんのだ。特に戦場では命もかかってることもあるから。

 その中で天龍は基本的な運動神経ははっきり言ってここの鎮守府においてトップクラスだ。長門でさえ彼女の運動神経に舌を巻くほどだ。さらに彼女は砲撃技術も高く、それに加えて剣術も嗜んでいるらしく剣を用いて戦闘を行うなど、ここの鎮守府きっての武闘派である。

 そんな彼女に下した俺の評価はC。ABCDEの5段階のうちのCだ。

 

「ふざけるな!なんで俺がCなんだよ!」

「天龍!提督になんてことを…………」

「叢雲、いいんだ。俺もきっちりと話がしたかったところだ」

 

 叢雲をたしなめつつ、俺は天龍を見据えた。彼女はまさに怒髪天と言ったところだ。

 

「天龍、君は今回の評価に不満があるんだな?」

「当たり前だ。なんで、俺よりも球磨とか川内が上なんだよ!」

「そうだな…………」

 

 と、俺は艦娘の技能の評価の書かれた書類を取り出した。基礎体力は一般的な体力テストに準じて行なっているが…………天龍はすべての技能でトップだな。ちなみに長門は含まれていない。いたとしたら彼女がトップだろう。

 それと艦娘特有の技能。これは長門が評価する。これも天龍がトップだ。

 

「ふむ、たしかに君は技能が高いようだ」

「そうだろ、世界水準軽く超えてるからなぁ~。って違う!どうしてそこから評価がCになるんだよ!那珂でさえBだったんだぞ!」

 

 個人技能はトップ。しかし、総合評価はC。つまりはどこかが大幅に足を引っ張っていることになる。それは集団行動だ。

 陣形移動、命令の反応、あらゆるパターンを想定しての行動の仕方…………などのいくつかの評価があるが、天龍はすべてにおいてほぼ最下位。

 

「君は協調性が無さすぎる。もう少し連携を考えろ」

「はぁ?一々そんなことをしてたら相手にやられるだろ」

 

 思わず俺は頭を抱えた。

 

「一々下に合わせるような真似をしてたらいつか敵にやられるぞ!」

「…………この際だからはっきり言う。少し周りより強いからと言って自惚れるな」

「なっ!?う、自惚れてなんか…………っ!」

「たしかに君は他の艦娘よりはいい動きをしている。だが、戦場では少し動けるからといって勝てるわけではない。君の能力は一騎当千というには程遠い」

「だからといって…………」

「納得いかない顔だな…………なら、俺と一つ手合わせするか?」

「え?」

「海上ではさすがに無理があるから陸になるが構わんだろう?俺に一矢報いたのなら評価をAにしてやる」

「けっ、ならその言葉後悔させてやる」

 

 そう言い捨て、天龍は執務室を出た。まさに嵐の過ぎ去ったようである。しばらく呆気にとられていた叢雲がようやく状況を飲み込み、

 

「何考えてるのよ!?」

 

 と怒鳴られてしまった。

 

「別に考えもないわけじゃあ…………」

「そんなことはいいの!あんたもいい加減自分の身分を考えなさいよ!そこはきっぱり協調性のないやつに戦場へ出すわけにはいかないと言えば済んだ話じゃない」

「いやぁ…………そこまできっぱり言うと傷つくかなぁって」

「傷つくも何も、天龍があんたに負けた時が問題なのよ。ああいうタイプはプライドが高いんだから…………」

「ふむ、俺が勝つと思ってくれてるのか。嬉しいな」

「そりゃあ、どれだけの付き合い…………って、違うわよ!プライドが高い娘がそのプライドをへし折れたときにどうなるか分かったもんじゃないわ」

「それは問題ないだろう」

 

 天龍は少しやられたぐらいでめげるようなタチじゃないだろう。今まで何人もの指揮を執ってきたからその辺はなんとなくで分かる。

 俺は叢雲にあとから来るように告げ、執務室を出た。

 

 

 ーーーー

 

 

「鈴谷の件が落ち着いてきたと思ったら今度は天龍か…………最近はトラブル続きでまいる」

 

 私は額に手をやった。今回の騒ぎが提督も関わっていることもまた頭を悩ませる。普段は面倒ごとを嫌う彼なのだが…………どういう風の吹き回しか、騒ぎの中心となっているのだ。

 

「1年間ずっと、デスクワークだったからストレスでも溜まってたんじゃない?」

「そうかもしれんが…………社内で決闘は度がすぎる」

「でも、あんな生き生きとした表情は初めて見たわ」

 

 叢雲の言ってることは正しい。部隊にいた頃にも見せなかった表情だ。鎮守府で常に疲れた顔をしている彼がここまで生き生きしてると逆に気味が悪くなる。

 

「で、どっちが勝つか賭けてみる?」

「賭け事はやらん。そもそも、賭けにならんだろう」

「そ、長門のことだから駆逐艦の味方をするかと思ってたのに」

 

 この娘は私のことをどう思ってるのだ?まぁ、駆逐艦たちが健気にも天龍を応援してるから私も天龍を応援するとしているが…………

 

「天龍さん頑張ってなのです!」

 

 うむ、私にもあんな風に応援してほしいものだ…………

 今気づいたが、提督と天龍が決闘を行うこの武道場に艦娘たちがたくさん集まっていた。皆暇なのだろうか?

 皆の視線が集まる先には提督と天龍が向かい合う形で立っていた。提督は普段のトレーニングをする格好で呑気に準備運動まで行なっている。

 

「あ、そうそう、君は剣を嗜んでいたよな…………」

 

 そう言うと、提督は武道場の倉庫に向かった。かつて、海軍が使用していたときのままであるため、少しばかりここは古い。しばらく経って提督は1つの木刀を手に持ち、出てきた。

 

「少し埃被っているが…………構わんだろ?」

「それだと、鬼に金棒だぜ?いいんだな?」

「構わんから、渡すのだろう」

 

 と、提督は木刀を天龍にめがけ放り投げた。

 その瞬間、天龍は走り出し木刀を手にするや否や提督に向け、木刀を横に振った。随分と荒削りな振りながら、その木刀は素早く提督の腹に迫る。

 しかし、提督もまた冷静だった。急接近してきた天龍の手首を掴んだかと思えば、瞬時に身体を懐に入れ、軽々と投げ飛ばした。一方で天龍も空中で体勢を整え見事に着地した。

 おお、と感嘆の声が聞こえる。天龍の身のこなしもそうだが、提督の方もなかなかの動きだ。突っ込んできた天龍の力を上手く使って、必要最低限の力で投げる伸ばさすがだ。

 1年前まで現役だったとは言え、あそこまで肉体のパフォーマンスを維持してるのは日々のトレーニングの積み重ねか?

 

「こんなところで何してるんだ、提督」

「お、長門か。見ての通りだ」

「楽しそうだな」

「まぁな。君は君で、暇なのか?と言うか、みんな揃いにも揃って…………」

「演習が終えたところだったんだ。そうしたら、騒がしい声が聞こえてだな…………来てみたら、これだったというわけだ」

「す、すまない…………とりあえず、今日の分の執務は終えてるから心配しないでくれ」

「分かった。早く戻ってやれ。相手はやる気満々のようだぞ?」

 

 私は天龍の方を指した。彼女の表情からは余裕は消え失せ、凄まじい闘志が満ちていた。

 

「提督…………よそ見してる暇があるのか?」

「おっと、すまない」

 

 相変わらず表情を崩さない提督に対し、目を鋭くし睨め付ける天龍。

 

「天龍様の攻撃だ!うっしゃぁっ!」

「…………」

 

 再び拳と木刀が交差する。

 天龍が木刀を振るえば提督は流し、提督が拳を振るえば天龍は受ける。

 天龍の動きは今までの演習で実力を知っていたつもりでいたが氷山の一角だったようだ。やたらめったら振っているように見えるが、確実に急所を狙っている。それにしても提督だ。陸上とは言え、艦娘の攻撃を全て避け、当たりそうなら上手く受け流す。

 

「怖くて声も出ねぇかァ?オラオラ!」

「…………ッ!」

 

 上半身狙いの攻撃から急に脚を狙った。それを提督は跳躍で躱し、そのまま回し蹴りを天龍の側頭部へめがけて繰り出した。

 攻撃ばかりに集中していた天龍は反応が僅かに遅れた。

 

「うっ!」

 

 が、提督は蹴りを外した。

 

「あちゃー、外したか…………」

「な!?わ、わざと外しやがったな!」

「さぁ?」

 

 提督の言葉に天龍は顔を真っ赤にした。無理もあるまい。真剣勝負でわざと外されたのだ。

 

「クソがっ!」

 

 怒りに身を任せ、天龍の攻撃は激化した。狙いこそバラバラになったが一振りが格段に速くなった。それもあってか、時折提督の身体を掠める。

 しかし、その攻撃も長く続かず次第に天龍にも疲れが見え始めた。対して、提督は汗もかいていない。当たり前なのだが。

 

「うっしゃぁっ!」

「…………」

 

 一息で間合いを詰める2人。次の一撃で終わらせんとする気持ちが前面に押し出ている。

 しかし、決着は意外な形で終えた。

 

「そこまでよ」

「ぬぉ!?」

「うぉ!?」

 

 淀みのないはっきりとした声で、2人は攻撃を中断せざる終えなくなった。

 

「叢雲!?」

「時間よ。さすがに付き合いきれないわ」

「ふ、ふざけるな!まだ、終わって…………」

「続けて勝てると思ってるの?」

「オレはまだやれる!」

「なら、息を整えてから言いなさい」

「くぅ…………!」

 

 汗だくで肩で息をしている天龍に対して、提督は別段変わったところもない。少し顔が赤くなってるくらいか。

 

「ほら、みんなも戻りなさい。午後の演習もあるのよ?」

 

 叢雲の声だ艦娘たちはゾロゾロと武道場を出て行った。天龍はしばらく何か言いたげだったが、くそっと言った後に武道場を出て行った。

 

「おいおい、あのままだと天龍も不本意だろうに…………」

「その前に自分の身体の心配をなさい。…………って、熱っ」

 

 叢雲は自分の手を提督の額に当てそう言った。

 

「こんなに体温上がって…………あと少し続けてたら倒れてたわよ?」

「そこまでか?まだ、いけるような…………」

 

 ここまでで分かった人がいるかもしれないが、提督は汗をかかない。それに自分の体温上昇に気づいていない。

 

「あんたは自分の身体がどうなってるか分からないでしょ?」

「そうだが…………」

 

 叢雲の行動は他の者からしたら不可解極まりないが、提督のことを知ってる者なら叢雲の行動も理解できるはずだ。

 

「あとでちゃんと天龍と話しなさいよ?」

 

 その言葉に提督は黙ってうなずいた。






とりあえず、書きだめ分はここまでです。次の投稿がいつになるか分かりませんので気長に待ってください。

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