楽しい余生の過ごし方   作:Theiater

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アクシデント、スタート

□ 某県 北海材グループ事務所前

 

「……帰ってきてしまった」

 

俺は半ば放心状態のまま、帰路についてしまっていた。長い時間を共に過ごした父のような存在が、いなくなってしまった。その事実は俺の思考に大きな穴を作っていた。

 

「…幸い、あそこは病院だ。数分もしない内に誰かが来る事だろうし……」

 

言い訳のような独り言を呟きながら事務所のドアを開け、遺品整理の為に幸重の部屋に、重い足を引きずりながら入っていった。

 

「……ん?」

 

散らかった部屋の、その奥の机の上に見慣れないヘッドギアとメモ書きがあった。

 

『非常に綺麗な木が生え揃う レジェンダリア 参考 退院後に忘れずに確認すること』

 

「なんだこれ……?」

 

翔はヘッドギアを手に取った。

それはどうやら少し前に流行った形式であるフルダイブ型のVRゲームらしいと理解する。確かあのタイプは健康被害が出て……って、良く考えたらフルダイブ型のVRゲームなんて10年単位で見てないな?

 

「……こんなのが林業の参考になるのか?」

 

恐る恐るそれを装着すると、冷たい金具部分が頬に触れる。

 

「!」

 

その匂いに少し驚き、それを外そうと機器に手を掛け、スイッチに手が触れ――

 

 

 

――瞬間、お世辞にも綺麗とはいえなかった部屋は洋風の小奇麗な書斎になっていた。

 

「はーい、ようこそいらっしゃいま……」

 

【頭部強打】

【出血】

 

「……あれー?リアルの方でダメージ入っちゃってるみたいだけど」

 

……猫。

安楽椅子のようなものに座っている猫が話している……。非常に不可思議であったが、童話のワンシーンのように絵になる構図だった。

 

「ここは何処でしょうか?」

 

「え、えー……?ここは<Infinite Dendrogram>の入口だけど……専用ハード買ったよねー?もしかして不具合?」

 

インフィニット……あぁ、そういえば俺は幸重さんの部屋でゲーム機を……

 

「……いや、そうですね。申し訳ない、あまりのグラフィックの完成度に混乱していたところです」

 

少し困らせてしまったようなので、適当に世辞を述べておく。

 

「ふふ、褒めてくれてありがとねー」

 

にこっと笑うもののそこまで嬉しそうではない。分かり易過ぎたか。

猫は首を傾げて言った。

 

「ところで、リアルの方に戻らなくても平気なのー?」

 

「……あぁ、そういえば何かアラートが出てますね」

 

どうやら向こうの俺が怪我をしてしまったようなので、一度ログアウトをして様子を見に行くことにした。

 

ーーー

 

瞬間、視界が暗転して元の世界に戻ってくる。

 

「つっ!痛ってぇ……」

 

どうやらスイッチを入れた瞬間、力が抜けて机に頭をぶつけてしまっていたようだ。

 

「……本物なのか」

 

それと同時にログイン中、このズキズキした痛みをほとんど感じなかった事に驚愕した。

俺は軽く頭を拭った後座布団を敷いて、そこで仰向けになり、再び電脳世界へ意識を向けた。

 

ーーー

 

……わずかに残っていた痛みが引いている事を確認した。

とてつもない技術力だと感心するしかない。

そんな心境の変化とは裏腹に猫は先ほどと変わらず安楽椅子に座っていた。

分からないことが多すぎる。質問をしよう。

 

「……で、このインフィニット……デンドログラム?というのはどういうゲームなんでしょうか」

 

「ふむ?<Infinite Dendrogram>はバーチャルリアリティマッシブリーマルチプレイヤーオンライン。所謂VRMMOだねー。」

 

「なるほど」

 

中々に大仰しい名前だが略すと馴染み深い響きになるな。

 

「まあ詳しい話はやって行けば分かるから、取り敢えずキャラクタークリエイトに取り掛かってもいいかなー?」

 

キャラクタークリエイトか、ふむ、面倒ではあるけど素顔プレイってのもなぁ。

 

「ほいっと、じゃあ設定してねー。」

 

……そこからは特に迷うことなくサクサクと進めていった。

親から貰った顔をいじるのは抵抗があったので、俺が30歳だった時の顔(計算で顔の老化具合を算出しているそうだが、それにしても若い頃の俺に近かった)をベースに肌の色を浅黒くして、毛先は緑。描画は現実視でキャラネームは実名の翔、それとキャラのパッと見でイメージした樹木を合わせて「杜人ソラ」とした。

 

「完成かなー、じゃあ支給アイテムと支援金ねー。」

 

何も無い所から突然鞄が落ちてきた。

 

「おっと」

 

「これは収納用の鞄ー。所持金もここに入れておいたからー。初心者用だけど教室一つ分くらいの体積は入るようになってるし、1tくらいは入るしで暫くは困らないと思うよー」

 

「はー、こんな便利そうなものを初心者に渡しても大丈夫なんですか?」

 

「そうだねー。しばらく使ってると耐久値が減ってきて壊れちゃうから、長く使うならメンテナンスは定期的にねー」

 

「なるほど、了解しました」

 

メンテナンス……ゲーム的に考えるなら鍛冶屋にでも頼むのだろうか?

 

「初期装備はどうするー?」

 

「んー、まあ適当に良さそうなのを頼みます。」

 

「了解ー。武器は?」

 

武器……か。使い慣れてるチェーンソーなんかは維持費かかりそうだしな……。

 

「……ノコギリはありますか?」

 

「……?あるけど、木でも切るのー?モンスターと戦うなら剣なんかの方が取り回しいいと思うけどー」

 

「剣は持ったことがないので……」

 

「ノコギリは使い慣れてるのねー。そういうことならー。そりゃー」

 

気の抜けた掛け声と共に、動きやすそうな革の鎧と見慣れた得物が俺に装備されていた。

 

「おぉ」

 

「さて、いよいよエンブリオ移植の時間だよー」

 

エンブリオ?

 

「エンブリオはそれぞれのパーソナルによって進化していく、所謂オンリーワンの相棒みたいなものだねー」

 

「なるほど、移植することで体に害はないんでしょうか?」

 

「ないよー、それに比較的すぐに孵化するから、体に引っ付いてるのも僅かな期間だけだし、大切に見ておいた方がいいかもー」

 

そんなものなのか。

 

「はい、移植完了だよー」

 

「おおっ!?」

 

俺の左手には、いつの間にか白く輝く宝石が埋め込まれていた。

 

「さて、これで最後になるね。所属国家を決めるよー」

 

猫は光の柱と映像の浮かぶ不思議な地図を見せてくれた。しばらく様々な土地を眺めていたが、いつの間にか見覚えのある名前の土地を見つけた。

 

「レジェンダリア……」

 

ヘッドギアと共に置いてあったメモにあった名だ。目を向けてみれば、そこはメモにあった通り、大きく、太い木が生い茂っていた。人の手が加わっていない森である為か、翔も知らない植生が目の前に溢れており、その神秘性に思わず釘付けになった。

 

「レジェンダリアねー、把握したよ」

 

「……これで設定は完了ですか?」

 

「うん、終わりー」

 

なるほど、少しわくわくしてきた。

 

「……やること、決めました。俺、この世界で良い木を育てて、その木を切って、世界中の人に届けます。」

 

「うんうん、いいねー。目的が決まったなら僕から言う事は何もないよー。自由に生きるのが目的だからねー。」

「えー、こほん。」

 

猫が咳払いをした。

 

「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

直後、俺は空に投げ出された。

 

「……は?」

 

先程地図で見た地形が目に入る。……あの地図って確か縮尺……

 

「ああああああああああ!!!」

 

ああここ……、

 

『上空』なんだ……

 

レジェンダリアへと吸い込まれていく最中、叫びながらも冷静に思考をするという、半ば矛盾した状況に陥った。

 

 

 

……地上の様子が見えるようになった頃俺が見たのは、

 

バチバチと火花が弾けるような円型の激しい閃光と、

 

そこから逃げ惑う人々、

 

そして、

 

「おおーい!てめぇ翔だな!よく来た!」

「ふむ、私に掛かれば落下点の予測などお手の物です」

 

自らの名を叫ぶ黒髪の美女と、シルクハットを被り得意気な顔をする赤い髪の幼女だったが――

 

俺は落下した先にあった閃光に包まれ、その場から姿を消したのであった。

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