ゼノヴィアの学園生活   作:阿修羅丸

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隣の席の男子

「ご紹介に預かりました、ゼノヴィア・エグゼヴィアです。よろしくお願いします」

 

 そう言って、ゼノヴィアはクラスメートたちにペコリとお辞儀をした。

 

「また外人か……」

「日本語上手……」

「綺麗な人……」

 

 悪魔に転生した事で強化された聴覚が、生徒たちの呟きを聞き取る。挨拶はとりあえず上手くいったようだ。練習した甲斐があった。少女は小さく安堵の息を漏らした。

 

 その後、担任から指し示された空席へと向かう。背筋をピンと伸ばして颯爽と歩く姿に、男子も女子も見とれていた。

 

「ほらよ」

 

 席に到着すると、隣の席の男子生徒が手を伸ばし、椅子を引いてくれた。

 

「ありがとう」

 

 ゼノヴィアは礼を言って、椅子に座る。

 男子生徒は、無言で手を軽く上げるだけだった。

 

 

 一時間目の授業は国語だった。

 ゼノヴィアの学園生活は早速ピンチを迎えた。

 悪魔に転生した事で、言語のヒアリングは問題なくなった。

 しかし、読み書きはまた別の問題である。先生から教科書を読むように言われたものの、読めない漢字が出てきた。『憂鬱』という漢字だ。画数が多くて、ゼノヴィアにはもはや古代文字にも等しかった。

 

(まいったな……)

 

 ここは素直に、「わかりません」と言うべきだろうか? しかしすぐに音を上げるのも何だか悔しい。

 どうしたものかと思案にくれた時、隣の席からスッと手が伸びて、机の上に一枚の紙切れを置き、また引っ込んだ。

 

「――?」

 

 見ると、紙には『憂鬱』と書かれ、しかもローマ字で読み仮名が振られている。

 おかげでゼノヴィアは難関を乗り越えて、そのページを読み終える事が出来た。

 

 授業が終わると、ゼノヴィアは隣の席の少年に話しかけた。

 

「さっきはありがとう。助かったよ」

「いいって事よ」

「だが、よく私のわからないところがわかったね」

「何となくだ」

「そうか。何はともあれ、助かった。教えてくれてありがとう……えぇっと」

 

 名前を呼ぼうとしたが、まだ聞いてなかった事に気付く。

 

「ああ、佐久間隼人ってんだ。よろしくな」

「よろしく、隼人」

 

 ゼノヴィアは手を差し出して、友情の握手を求めた。

 隼人はそれに快く応じる。

 暖かい手だなと、ゼノヴィアは思った。

 

 

 四時間目は英語だ。

 佐久間隼人は先生に指されて、教科書の英文を翻訳する。

 ――が、途中で行き詰まった。

 

『fairy-tale』

 

 この単語の意味がわからなかった。

 

(妖精の尻尾って何だよ……)

 

 そのまま英文を訳すと、『時には妖精の尻尾を読むのも良いものだ』となる。意味不明だ。

 

(どーすっかな……)

 

 いっその事、「わかりません」と音を上げるか……そんな考えが頭をよぎった。

 しかし、ふと視界の端に、こちらをじっと見るゼノヴィアの顔が見えた。まるで赤ん坊のようにひたむきに視線を送っている。

 

「どうした? 降参か?」

「いえ、大丈夫です」

 

 教師の問いに、ついそう答えてしまったのは、女の子の前でカッコ悪いところを見せたくないという少年らしい幼い見栄からだった。

 

(とは言え、どーすんだコレ……)

 

 思いきってそのまま翻訳してしまおうかとすら思う。正解ならそれで良し、間違えても、笑いは取れるだろう……。

 半ばやけっぱちな気持ちでいると、隣からスッと白い手が伸びて、すぐに引っ込んだ。

 ゼノヴィアだ。

 何やら紙切れを彼の席に置いたらしい。

 

(……?)

 

 見れば、ノートの切れ端と思しきそれに、『おとぎばなし』と平仮名で書かれている。

 

「……時にはお伽噺を読むのも良いものだ。クワトロはカミーユにそう言ったら殴られた」

「よし、そこまで」

 

 教科書に目線を落としていた教師は、ゼノヴィアの助け船には気が付かず、今隼人が翻訳した英文の解説を始める。

 

 隼人がチラリと隣の席を見ると、ゼノヴィアは正面を向いて、教師の説明を一生懸命に聞いていた。

 隼人はつい、その真面目な横顔に見とれてしまった。

 

 

 英語の授業が終わって、昼休み。

 

「ほれ」

 

 席を立っていた隼人は、戻って来るなりゼノヴィアに缶コーヒーを差し出した。

 

「……?」

 

 しかし、頼んだ訳でもなければおごってもらう理由もない。ゼノヴィアはただ、首をかしげるだけだった。

 

「さっきのお礼だ」

「ああ……気にする事はない。私だって、国語の時に助けられたしね」

「いいから受け取れ。男に、一度出したもん引っ込めさせるな」

「ふむ、そう言うのならばいただこう」

 

 ゼノヴィアは缶コーヒーを受け取り、プルタブを開けて飲み始めた。

 隼人は自分の席に座り、ゼノヴィアが両手で缶を持ってお行儀よく飲む様を眺める。

 

「しかし何だな……英語ってのはややこしくていけねえ」

「ひらがな・カタカナ・漢字の三種類の文字を使用する日本語ほどではないと思うが……」

「でもよぉー、さっきのあれだって、『物語』と『尻尾』でどっちも『テール』って読むんだぞ? ややこしいだろ」

 

 ブッ!

 

 突如ゼノヴィアが吹き出した。

 軽く咳き込んだ少女は息を整える。

 

「……俺、なんか変な事言ったか?」

「ああ……読みは同じ『テール』でも、『尻尾』の方の綴りは『tail』だ。まったく違うよ」

「……そうだっけ?」

「そうさ。もしかして私が教えなかったら、『妖精の尻尾』とでも読むつもりだったのか?」

「……ノーコメント」

「おもしろい奴なんだな、君は」

「ほっとけ」

 

 隼人はプイッとそっぽを向く。

 その幼稚な態度が逆に可愛らしく見えて、ゼノヴィアは知らず口許を弛ませた。

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