放課後。
ゼノヴィアは部活があるので、佐久間隼人に挨拶してから教室を出た。
隼人も鞄を手に家路に就こうとするが、図書室から借りていた本を返さなくてはならないのを思い出し、先に図書室へと向かう。
返却手続きを済ませた後、次は何を借りようかと本棚を物色するが、特にこれと言った物はない。
読みたくなったらまたその時に借りればいいだろうと思い、結局何も借りずに図書室を出た。
そして玄関へ向かう途中、一本の木の下に四人の女子生徒が集まっているのを見かけた。
奇妙なのは、四人ともが木の上を見上げている事であった。
見知らぬ女性に気安く声を掛けるのはどうかと思ったが、もしも困っているのならば手を貸してやるべきだろう。義を見て為さざるは勇なき也である。
「どうした? お化けでもいるのか?」
近寄って声を掛けると、女子たちは弾かれたように一斉に振り返った。
制服の襟章から、全員が一年生であるとわかった。
「あの、猫ちゃんが入り込んだみたいで……」
「追い払おうとしたんだけど、この木の上に逃げちゃって」
「それで、下りられなくなっちゃったみたいで」
「今、通りがかりの先輩に助けてもらってるところです」
四人はそのように説明した。
「ふぅーん。なら、俺が手伝うような事はなさそうだな」
と隼人が何気なく木を見上げると、その先輩らしき女子が、パンツ丸見えなのも構わずに木の枝に登っているところだった。
飾り気のない水色のショーツで、動いたせいか尻に食い込んでいる。
枝の先端にいる黒猫に手を伸ばしているその女子生徒は、部活へ向かったはずのゼノヴィアであった。
「何やってんだ、ゼノヴィア」
隼人は顔を伏せながら、声を掛ける。
「やぁ隼人。見ての通り、野良猫のレスキューだ」
ゼノヴィアは下を向いて相手に気付くと、そう答えた。
そして豹のようなやけに慣れた動きで枝を伝い、その先にいる黒猫の、首根っこのたるんだ皮の部分を掴んだ。いわゆる猫掴みだ。
その素早い手並みに驚いたのか、黒猫は暴れるような事もしない。
ゼノヴィアは黒猫を掴み上げると、枝から飛び降りた。その際にスカートが派手にめくれて、下着が丸見えになった。
「そら行け、もう入ってきてはダメだぞ」
ゼノヴィアは黒猫に語りかけてから離してやる。黒猫は我に返ったかのように、走り去って行った。
一年生たちも異口同音にお礼を言って、下校する。
彼女たちを手を振って見送るゼノヴィアの肩を、隼人は指先でトントンと叩いた。
「何だい?」
「お前、もっと人目を気にしろ」
「──?」
何の事やらわからず、ゼノヴィアは小首を傾げた。
「さっき、パンツ丸見えだったぞ」
「仕方がないさ、木に登っていたのだからね。なりふり構っていては人助け──いや、猫助けか──とにかく、救助活動なんて出来ないよ」
「まぁ、そうなんだが……どうにもお前は、無防備すぎる。極論すれば、お前のパンツ見たさにつきまとう奴が出てくるかも知れないんだぞ」
「……そこがよくわからないな。何故男は女のパンツなんて見たがるんだ?」
「何でって……女の子のパンツなんて、めったに見れるもんじゃないし、見せてくれって頼んでも見れるもんじゃないからな」
「なるほど、希少価値というやつだね?」
「──まぁ、だいたいそんな感じだ」
だんだん説明が面倒になり始めて、隼人はそういう事にした。
「で、なんで希少価値が発生するかというと、下着ってのは服の下に着るもんだ。それを見せようとしたら当然、上に着てる服を脱がなきゃならない。つまり下着を見せるってのは裸をさらすのと同じで、はしたない事なんだ。だから、軽々しく見せるのはよくないんだ──わかるか?」
「うん」
ゼノヴィアは小さな子供のように、コクンとうなずいた。
「まぁ、今回はしょうがなかったけどよ、普段からもっと警戒した方がいいぞ」
「とは言え、うちのスカートは短いからね……」
「パンツの上に、もう一枚何か穿けばいいんだよ」
「なるほど、わかった」
ゼノヴィアは小さな子供のように、コクンとうなずいた。
余りにも素直にうなずくものだから、本当にわかったのだろうかと隼人は一瞬不安になった。
今まで彼女の事を妹か何かのように思っていたが、その認識を改めなくてはいけないようだ。
ゼノヴィアはどちらかと言えば『弟のような妹』と見るべきだろう。どうにもメンタルというか考え方というか、思考が男子寄りだ。
その辺も考慮して接するべきだろうと、隼人は考えていた……。
◆
翌朝。
登校してきた隼人を、ゼノヴィアが校門前で待ち構えていた。
隼人の姿を見掛けるなり、子犬のようにトコトコと駆け寄る。
朝の挨拶を交わした後、彼の手を引いて校舎の裏庭に連れていった。
「おい、どうした?」
「君に言われた通りにしてみた」
そう言って、ゼノヴィアはいきなりスカートを大きくめくり上げる。その下には、サイドに白の二本線が入った紺色のスパッツが穿かれてあった。
「こんな感じでいいだろうか?」
「あ、ああ。それでいいよ、うん」
「そうか、良かった」
ゼノヴィアは安心したように、ニッコリと笑った。
「いつもありがとう、隼人。何も知らない私に色々と教えてくれて……君にだったら、私のパンツをいくらでも見せてあげるよ」
「いらんわ阿呆。教室行くぞ」
「うん」
歩き出す隼人の後を、ゼノヴィアはついていった。