昼休み。
佐久間隼人はゼノヴィアと机を向かい合わせにくっつけて、一緒に弁当を食べていた。
窓の外ではシトシトと雨が降っている。旧校舎へ行くには傘を差す必要があるだろう。
「今日はどうするんだ?」
ゼノヴィアが聞いてきた。
「こんな天気だしな。傘差して行くのもめんどくせえし、図書室でダラダラするよ」
「そうか。私も一緒に行ってもいいだろうか?」
「好きにしな」
隼人はそう答えた。
いつもゼノヴィアと一緒で、クラスメートに冷やかされるのは面白くないが、そんな事でゼノヴィアとの仲がこじれて疎遠になるのは、もっと面白くない。
何より隼人自身、ゼノヴィアがそばにいてくれると彼女を独り占め出来てるようで気分が良い。
そんな訳で、二人は弁当を食べ終わった後、肩を並べて図書室へと向かった。
図書室に着くと、それぞれ本を選ぶ。
ゼノヴィアは以前読んだハーロック・ショームズシリーズの続きを選んだ。
隼人は別の棚で本を物色している。ゼノヴィアはその傍らにトコトコと歩み寄り、彼が本を選ぶのを無言で待っていた。
隼人は一度彼女にチラリと視線を向けたが、すぐに本棚に視線を戻し、物色を続ける。
少しして、一冊の本を選び、棚から取り出した。
「何を読むんだ?」
というゼノヴィアの質問に、隼人は本の表紙を見せる。満月に照らされた森を描いた素朴な色使いの絵で、真ん中に赤い枠で囲まれて『山の怪奇談~その参~』とタイトルが表記されている。
「どういうストーリーなんだ?」
「まんまだよ。いろんな人が山の中で体験した不思議な話とか、いろんな土地に伝わる山に関する伝説やらまとめた本だ。一年の時に全部読んだけど、久しぶりに読んでみようかと思ってな」
「なるほど」
そんな会話をしながら、二人は空いた席に隣り合って座り、読み始めた。
──少しして、隼人は視線を感じた。
見ればゼノヴィアが身を寄せて、今自分が読んでいる本を覗き込んでいる。
「どうした?」
声を掛けると、ゼノヴィアは驚いて小さく竦み上がった。
「ああ、すまない。君はどんな話が好きなんだろうかと気になってしまって……」
と答えるゼノヴィアの頬は、かすかに赤らんでいた。
「読みたきゃまだ続きがあるから、棚から持ってこいよ。全部で十巻くらいあるし」
「う、うん、それはそうなのだが、その三巻の話も読みたくて……い、一緒に読むのは、駄目だろうか?」
「……まぁいいけどよ」
「ありがとう、隼人」
ぶっきらぼうな返事にも、ゼノヴィアは朗らかに笑った。
そして椅子を寄せて、隼人にピッタリとくっついて、一緒に読み始める。
日本の山中で起きた不可思議なエピソードの数々が、よほどゼノヴィアの興味を引いたらしい。集中するあまり、頬と頬が触れ合うくらい隼人とくっついてしまった。
少女の豊かな胸の膨らみが肩に乗っかり、髪の匂いが鼻孔をくすぐる。
くすぐったのは香りだけでなく、髪の毛その物もだった。
ぶぇっくし!
隼人は咄嗟に顔を背けて、くしゃみをした。
「──あ、すまない隼人」
くしゃみの原因が自分だと、ゼノヴィアはすぐに気付いたようだ。
ポケットからティッシュを取り出して、隼人の鼻を拭いてやった。
昼休みの終わりが近付くと、ゼノヴィアは『山の怪奇談』シリーズの四巻、隼人は五巻の貸し出し手続きをして、教室に戻る。
「隼人は怪談が好きなのかい?」
「それもあるけど、山絡みの話は特にな。なんか懐かしい感じがするんだよなぁー……やっぱり、いっぺん遭難した事があるから、変な愛着湧いちまってるのかもな」
「遭難とは穏やかではないね」
「小三の時に、田舎のじいちゃんとこの山で遊んでたら道に迷ったってだけの話だけどな……どうやって帰って来たのかも思い出せないくせに山に愛着湧くってのも、我ながら変な話だな」
「思い出せないのか?」
「昔の話だしなぁ……怪談じゃよくある事だ、さっきまで道に迷ってたのに、お化けに出会して無我夢中で逃げ回ってたら無事に戻れたってのはな。俺も、案外お化けに会ったのかも知れねぇが……だとしたら惜しい事したなー、サイン貰っときゃ良かったぜ」
「ふふっ、確かにそうだね。今度会った時に頼んでみたらどうだい?」
「そうするか──会えればの話だけどな」
二人はそんな話をしながら、教室への廊下を仲良く歩いた。
◆
(本当に、どーやって帰ったんだっけかな?)
歩きながら、隼人は当時の事を思い出そうとする。
だが、何故か思い出せないのだ。
夏休みに母方の実家へお盆参りも兼ねて遊びに行き、近くの山で一人で遊び回っているうちに道に迷ったところまでは覚えている。
だが、そこからはどうにも思い出せない。
それどころか、その日以降から二学期の終わりまでの記憶が、丸々飛んでいる。
(……怖い何かに会ったような気がしない事もないんだけどなー……まさか、マジで山のお化けにでも出会したか? 天狗とか)
「──いや、まさかな」
否定の言葉が、思わず口に出た。
「うん? どうかしたかい?」
「いや、何でもねえ」
横を歩くゼノヴィアにそう答えて、隼人は苦笑した。