よく晴れた日曜日の、午前十時を過ぎる頃。
親子連れやカップルが行き交う広場に、ゼノヴィアはいた。
辺りを何度もキョロキョロと見回している。
そしてある方向を見て、パッと笑顔を咲かせた。
「隼人ーっ! こっちだーっ!」
大きな声で呼び掛け、両手を頭の上でブンブン振る。
そんな彼女の元へ、佐久間隼人はのんびりした足取りでやって来た。
彼の方からの誘いで、今日はゼノヴィアに駒王町を案内してあげる約束なのだ。ゼノヴィアが上機嫌なのは、日曜日を隼人と一緒に過ごせるのが嬉しいからだった。
二人は肩を並べて、広場を出る。
駒王町は特に観光名所がある訳でもない。隼人が案内するのも、道の駅の中にある美味しいタコ焼き屋だったり、地方のニュース番組で紹介された事がある唐揚げ屋とかそんな程度だったが、それでもゼノヴィアにとってはとても楽しい時間だった。
正午になると、公園の東屋で昼食を取る事にした。テーブルの上に、コンビニで買ったおにぎりやサンドイッチを広げ、二人で食べる。
パックのいなり寿司を平らげた隼人は、ペットボトルのお茶を一口飲んでから、腕時計で時刻を確認した。
「そろそろか」
口の中で小さく呟く。
悪魔に転生して強化された聴覚でそれを耳聡く聞き取ったゼノヴィアが、何の事かと聞こうとするよりも早く、隼人は中身が残ったままのペットボトルを、ゼノヴィアの頭越しに放り投げた。
カッ!
そんな音がして、ゼノヴィアが振り向くと、白いマントを羽織った金髪の男が、そこにいた。
右手には、奇妙な剣を提げている。刀身がガラスのように透き通っているのだ。
そして彼の足下には、その剣で切られたと思わしき、真っ二つにされたペットボトルが転がっていた。
「──カルロ?」
ゼノヴィアはその男を知っていた。
教会内の異端者や背教者を取り締まる『異端審問官』の一人であり、聖剣ガラティーンの使い手でもある。
何故この男が日本の駒王町にいるのか?
何故この男が自分の背後に、抜き身の聖剣を携えて忍び寄って来たのか?
──という疑問が頭に浮かぶより先に、ゼノヴィアの肉体が、迎撃行動に移っていた。
右手を横にかざすと、その先の空間に紋様が浮かび上がり、その中から彼女の武器にして相棒たる聖剣デュランダルが顕現する。
青い刀身に金色の刃を備えた大剣の柄を握ると、ゼノヴィアは金髪の剣士に得物を叩きつけた。
カルロは咄嗟にガラティーンを頭上に掲げ、その一撃を受け止めるが、デュランダルの凄まじい衝撃で、両足が地面にめり込んだ。
「カルロ。異端審問官の貴様が、何故ここにいる」
「聞かずとも察しがつくと思うがな。それとも極東の島国で暮らすうちに、頭が鈍ったか? 背教者たる貴様を断罪し、デュランダルを回収するためだ!」
カルロは答え、デュランダルの下から跳び退いた。
透明な刀身を備えた聖剣が、真昼の太陽の光を浴びて白い光輝を放ちながら、ゼノヴィアに迫った。
ゼノヴィアはデュランダルをガラティーンに叩きつける。そのままガラティーンの刃をガラス細工めいて打ち砕くつもりだったが、ガラティーンはデュランダルの超重量級の一撃を、軽々と受け止めた。
「追放された私を追って、はるばる日本までご苦労な事だな」
「近年、悪魔と密通するシスターが多くいるのでな。綱紀粛正のため、主より賜りし聖剣を悪魔の薄汚れた手で振るわせぬためにも、貴様には死んでもらう!」
「勝手な事を!」
ゼノヴィアは吐き捨てるように言った。
確かに自分は、教義において禁忌とも言える秘密を知ってしまったが、追放処分すると決めたのは教会である。後から刺客をよこすくらいなら、最初から異端審問に掛けて火炙りにするか、洗脳するなり記憶を封印するなりすれば良かったのだ。
しかし、今目の前の異端審問官に、それ以上の文句を言う余裕はなかった。
カルロはゼノヴィアの繰り出す破壊的な斬撃の嵐を、ガラティーンで軽々と受け止めているのだ。
それどころか、一合ごとにカルロの攻撃は速く、鋭く、重くなっていく。
破壊の騎士とも斬り姫とも渾名されたゼノヴィアが、少しずつ少しずつではあるが、太刀打ちで圧倒されつつあった。
円卓の騎士の一角にして、午前から正午までの間は力が倍になるという不思議な能力を持つ、太陽の子ガウェイン。ガラティーンはそのガウェインの能力が反映され、太陽の光をその透明な刀身で吸収して活力に変え、所有者を強化する機能を得ているのだ。
そして今は正午。最も日の高い時間帯である。
同時に、悪魔に転生して悪魔の弱点も得てしまったゼノヴィアにとっては、最も力の出ない時間帯でもある。
(このままでは……)
押し負けてしまう。
ゼノヴィアの胸中に、不穏な予感が走る。
その時、ゼノヴィアの背後で戦いを見守っていた隼人が、奇妙な仕草をした。
両手の親指と小指を真っ直ぐ伸ばしたまま、人差し指・中指・薬指を絡ませるようにして手を合わせたのだ。
「オン・マユラギ・ランテイ・ソワカ」
そして口の中で小さく、三度そう唱えた。
すると、見る間に空が曇り、黒雲で公園の上空が覆われた。
太陽の光が遮断された事で、ガラティーンの加護がカルロの身体から失われていく!
「なにっ!」
「もらったぁ!」
突然の出来事に一瞬戦いを忘れたカルロの隙を突き、ゼノヴィアは渾身の力でデュランダルを振るった。
カルロがその会心の一撃を、どうにかこうにかガラティーンで受け止めたのは、さすがと讃えるべきであろう。
しかし真っ二つに斬割されるのを防げただけである。
カルロは蹴り飛ばされたサッカーボールのように後方に大きく吹っ飛び、その先にある木の幹に叩きつけられた。
「くっ……こんな事が……!」
カルロは呻きながら、フラフラと立ち上がる。
そしてゼノヴィアの背後にいる、日本人の少年を睨んだ。
突然の黒雲は、あの少年が呼んだのだろうか?
だとすれば彼も悪魔で、その邪悪な力によるものか?
それとも人間で、そういう
いずれにせよ、分が悪い。出直すべきだろう。
そう判断したカルロは、懐から閃光弾を取り出して、地面に叩きつけた。
凄まじい光が、爆発するような勢いで発生して、ゼノヴィアと隼人の目を眩ませる。
カルロはその隙に、その場から逃げ出した。
光が収まると、ゼノヴィアは敵がこの場から完全に姿を消したと知って、デュランダルを異空間に仕舞った。
「隼人、驚かせてしまってすま──」
すまない、と言おうとして、言葉が途中で止まった。
隼人が空に向かって団扇を扇ぐように右手を左右に振ると、上空の黒雲が千々に乱れて掻き散らされ、消えていったのだ。
「ん? ああ、気にするなよ。わかってたから」
隼人はけろっとした顔でそう答える。
「わかっていた、とは?」
「見たからな。アイツが襲ってくる未来を」
「見た? 君は、予知能力者か何か、なのか?」
「その何かの方だよ」
「何かとは?」
「俺、天狗なんだ」
「テング!?」
その言葉に、ゼノヴィアは目を見開いた。
顔には驚きの色が浮かんでいる。
少しして、ゼノヴィアは言った。
「──隼人、『テング』とは何だ?」
「そこからかー……」
よく考えたら、確かに外国人のゼノヴィアが天狗の事など知るはずもなし。事情を説明する前に、まずそこから説明せねばなるまい。
隼人はどう説明すべきか、頭の中でシミュレーションし始めた……。