場所をゼノヴィアのマンションに移し、彼女が入れてくれたコーヒーを飲みながら、隼人は天狗とはどういう存在なのかを、外国人のゼノヴィアにもわかるように説明し、自分がその力をコピペされるに至った経緯、そして一度は封印した力を解き放った理由を説明した。
「──で、さっきの奴からお前をかばって斬り殺される羽目になったのさ。だからそうなる前に力の封印を解いたんだ。結果はご覧の通り」
努めて軽い口調で、締め括る。
「私を守るために……すまない。ありがとう隼人」
「違う違う、あくまでも自衛のためだよ。それに力の封印解いたからって、寿命が縮むとか何か不都合がある訳でもないしな」
「身を守るだけなら、そもそも今日私と会ったりなどしなければ良かったじゃないか……ガラティーンの加護を打ち消すために雨雲を呼んでくれたのは、明らかに私を助けるためだったんだろう?」
「あー、いや、だから、そのー……」
隼人は返答に窮した。
力の封印を解き、完全な
ゼノヴィアに
しかし、それを言ってしまっては、ゼノヴィアはますます隼人に対して『無関係な人間にそこまでさせてしまった』と罪悪感を抱いてしまうだろう。
「……そんなんじゃねーよ。本当に、自分の身を守るためだ。お前が気にする事じゃない」
上手い説得の仕方が見付からず、強引にその一点張りで押し切るしかなかった。
「……さて、どうやら全員集まったようだな」
「────?」
不意に窓の方を向いて呟いた隼人の言葉の意味がわからず、ゼノヴィアは小首を傾げる。
「ちょっと行って、アイツ等追い返して来るわ。ここで待ってろ」
「アイツ等とは、異端審問官の事か? カルロ以外にも来ているのか?」
「さっきの奴も入れて、全部で五人。教会で作戦会議してやがる」
「私も行こう」
「ここで待ってろ。すぐに戻るよ」
隼人が言うや否や、窓を閉めきった室内にも関わらず、激しい突風が吹き荒れてゼノヴィアの身体を叩いた。ゼノヴィアは思わず目を閉じてしまう。
目を開けると、隼人の姿は影も形も見えず、ゼノヴィアが思わず目を閉じてしまうほどの強風だったにも関わらず、リビング内に荒れた様子は全くなかった。
◆
駒王町の郊外にある古ぼけた教会。
悪魔が管理するこの町に、敵対勢力の施設が何故あるかと言えば、管理する以前から建っていたからだ。
では何故取り壊さないのかと言えば、天使や堕天使、またはその尖兵が町に潜入した際、教会はうってつけの拠点となるため、彼等は高確率でそこを利用する。だから教会を監視しておけばその動向も把握しやすくなるという寸法であった。
カルロを始めとする異端審問官たちも、悪魔側のそういった思惑は承知の上で、それでも拠点として理想的であるが故に、その教会に潜伏していた。何せ力の弱い悪魔なら近付く事すら出来ない。よしんば侵入を許しても、教会内に満ちる聖なる力が悪魔の力を弱めてくれるのだ。
今はカルロが、集まった仲間たちに先程の公園での一幕を報告したところである。
「黒雲を呼ぶ能力か……
浅黒い肌をした、背の高い黒髪の男が呟くように言った。
「いずれにせよ、我々の務めを邪魔するというのなら、排除するまでだ」
「同感です。近年、シスターたちが悪魔と密通する事例が増えています。綱紀粛正のためにも、断固とした態度で臨まなくては」
茶色い髪の男の言葉に、唯一の女性審問官が同意する。
「カルロ審問官を直接攻撃しなかったという事は、その少年の能力は援護向きの能力という事だろう。上手くゼノヴィアと分断して、各個撃破すれば良い」
八の字髭を生やした男が提案した。
「戦わないだけで、戦えない訳じゃないんだけどな」
頭上からの声に、異端審問官たち全員が天井を見上げた。
そこには、日本人の少年が一人立っていた。何かに足を掛けてぶら下がっているのではなく、彼の周りだけ重力が反転しているかのように、天井に立っていた。
「貴様!」
カルロが椅子に立て掛けていたガラティーンを抜き払う。
その様子から、頭上の少年が例の邪魔者だと察した残りの審問官たちも、それぞれの得物を構えた。
「そういきり立つなよ。戦いに来た訳じゃない」
隼人は言って、天井を蹴ってジャンプ、途中でクルリと一回転して、音もなく床の上に着地した。羽毛が舞い落ちるかのような、軽やかな動きだ。
カルロが一歩前に出た。
「戦いに来た訳じゃないと言うのなら、何しに来たのだ、悪魔の手先め。貴様が邪魔立てしなければ、あの場で背教者を断罪し、聖剣を取り戻せたものを……!」
「感謝しろよ、人殺しになるのを防いでやったんだからな。ゼノヴィアは教義上の禁忌に触れたので追放、以後一切の干渉を禁ずる──そう決めたのはオタク等のボスだろ? その決定に逆らうのは良くないんじゃないか?」
「……何故、知っている?」
「見たし、聞いた」
それも、天狗の神通力によって。しかし説明が面倒くさいので、そこまでは言わない。
「悪い事は言わないから、駅でお土産でも買ってさっさと国に帰りな。でないと、頑張って手に入れた異端審問官の地位を失う事になるぜ」
「ほざくな!」
カルロが怒号を上げて斬りかかる。
室内ではガラティーンの加護も得られないが、こんな小僧一人くらい、斬るのは容易い──そう思っていた。
だがガラティーンの透明な刃は、むなしく空を切った。
確かに間合いに捉えたはずの少年は、いつの間にか自分たちの後ろに回り込んでいた。
「アイツはああ言ってるけど、他の連中はどうだ? 上の決定に逆らって勝手にゼノヴィアを襲って、それがバレたら天使と悪魔の仲がますますこじれるし、アンタたちだって何かしら処分をくらうんだぜ? 今からでも回れ右して帰れば、『仲間内で旅行に行ってました』で済む」
「黙れ。悪魔の戯れ言に耳を貸す気はない」
八の字髭の審問官が答え、他の者も態度で同意した。
「俺、悪魔じゃなくて天狗なんだけど……そういう事ならしょうがないな。たっぷりしぼられるこった」
隼人は、異端審問官たちに向かって、サッと右手を振った。
審問官たちの身体を、突風が叩く。
「……君たち、どこから入ってきたのだ?」
次の瞬間、太い声がした。
見渡して、自分たちが今どこにいるのかを知り、困惑以上に恐怖にも似た驚愕が、五人の全身を駆け抜けた。
そこはカトリック教会の最高指導者たる教皇の執務室であった。
問い掛けたのは、大きな老人だった。
顔には無数のシワが刻まれているにも関わらず、その身体はヘビー級の格闘家やボディビルダーすら痩せて見えるほどの筋肉量を誇っているのが、着衣の上からでも見て取れる。
ヴァスコ・ストラーダ。
ゼノヴィアの先代に当たる、元デュランダル使い。
その桁外れの強さ故に、悪魔や堕天使の間で『天界の暴挙』とまで言われた超戦士である。
「異端審問官ともあろう君たちが、ドアや窓も開けずに、抜き身を引っ提げて教皇様の執務室に乗り込むとは……もちろん、説明してもらえるだろうね?」
ストラーダはこめかみに青筋を浮かべ、指をパキポキと鳴らし始め──たりは一切せず、落ち着いた物腰と声色で詰問する。
しかし異端審問官たちは、最後の審判の日が自分たちにだけ前倒しでやって来たかのような、絶望と恐怖に満ちた顔になっていた……。