「おーおー、可哀想なくらい縮こまってやがる。ま、自業自得だな」
ゼノヴィアのマンションに戻ってきた隼人は、右手の指を丸めて作った筒を、望遠鏡のように覗き込んでいた。
隣に座り、心配そうな視線を送るゼノヴィアに、指を広げた左手をかざす。
「指の間から覗いてみな。お前にも見えるはずだ」
言われてゼノヴィアがそうすると、彼女の視界にも、ストラーダに懇々と説教される五人の異端審問官の姿が見えた。
「……彼等は何故、教皇様の執務室にいるんだ?」
「俺が飛ばした」
「それも、テングの能力なのか?」
「ああ。
答えて、隼人は左手を下ろし、自分も
「あの調子なら隠し立ても出来ずに、本当の事を言うしかない。しらばっくれても偉い人の所に武器持って乗り込んだんだ、ただじゃ済まないだろうな。これでお前の身は安泰だ──あと、俺もな」
「…………」
ゼノヴィアは、ギュッと隼人の服の裾を握った。
「ん? どした?」
「どうして、私のためにこんなにしてくれるんだ?」
「お前のためじゃない、俺のためだ。たまたまお前の得にもなっただけだよ」
「さっきも言ったじゃないか、それなら私と会ったりなどしなければ良かっただけの話だと。何故、私の得にもなるような行動をしたんだ?」
「んー……」
隼人は少し考えて、言った。
「まぁ、何だ。困った時はお互い様だ」
だがゼノヴィアは、うなだれた。
「私は、何もしてやれてない。いつも隼人に頼ってばかりだ」
「そりゃ日本での生活は、日本人の俺にアドバンテージあるしな」
「だが今日の事は、君には無関係だったのに、それでも君は助けてくれた……せめて、本当の事を話そうと思う……それが私なりの誠意だ」
ゼノヴィアは立ち上がり、背中から悪魔の翼を広げた。
「隼人、実は私は」
「元は教会のエクソシストで、今は悪魔なんだろ?」
「……何故、知っている?」
「見たし、聞いた。天眼通って言ってな、遠くの物事や、相手の過去や未来を見通すことが出来るんだ。
「怖く、ないのか?」
「お前がか? 別に週一で人間の生き肝喰うとか、そんなんでもないのに?」
「私の過去を見たのなら、わかったはずだ。私は、人を斬った事がある……」
ゼノヴィアは吐き出すように言った。
袂を分かったかつてのパートナー紫藤イリナですら、その事実に最初は恐怖していたのだ。
「んー、過去を見たって言っても、直接見た訳じゃなくて、そういう内容の映画を見たって感じだからなぁ……こうして向かい合ってる今も、特にどうって訳じゃないんだよな。映画に例えると、『あぁこの女優さん、こういう演技も出来るんだな』って。そんな意味では驚きはしたけど」
「…………」
ゼノヴィアは、胸が熱くなる思いだった。
自分の過去を知ってなお、変わらず気さくに接してくれるこの少年が、眩しく見えた。
離れたくない。
ずっと一緒にいたい。
もっと触れ合いたい。
そんな衝動に突き動かされ、隼人の首に両腕を回して、思いきり抱きついた。
互いの着衣越しに、豊かな胸の膨らみを押し付けられて、隼人は戸惑った。
「こ、こらゼノヴィア……何回も言っただろ、友達同士でここまでするのはダメだって」
「二人きりの時なら構わないとも言ったぞ。そして今は、二人きりだ……それに」
ゼノヴィアは、両腕に更に力を込めて、密着してきた。
「私は──きっと──君の事が好きなんだ。友達としてではなく、男性として……君と一緒にいると落ち着くし、安心出来る。でも、君がいないと逆に不安になるし、落ち着かない。どこか物足りない気持ちになる。いつも君には、私の目の届くところにいてほしい。名前を呼んだら、すぐに返事をしてほしい。私の事をいつも見ていてほしい。私の名前を呼んでほしい。嫌われてるのには慣れてるが、君にだけは、何があろうと嫌われたくない……こんな気持ちになるのは、初めてなんだ」
そう言うゼノヴィアの目尻に、涙の粒が浮かんでいた。
「隼人。友達のままではこういう事が出来ないと言うのなら、私は君の恋人になりたい……もっと君と触れ合いたい。私がそういう対象としては好みではないと言うのなら、どんな女が好きなのか教えてくれ。君の好む女に必ずなってみせる。君の言う事なら何でも聞く。だから、どうしたら私と恋人になってくれるか、教えてくれ」
「…………ッッ!!」
隼人の中で、理性と獣性が戦っていた。
ゼノヴィアがそう思ってるなら好都合。このまま彼女を抱き締めて、その肉体を思うがままにしたい。
しかしその一方で、彼女は人付き合いにおける距離感がわかっておらず、異端審問官の件での感謝の気持ちも加わって、気持ちが高ぶり過ぎているだけでしかない。そんな彼女に欲望をぶつけるのは卑劣な行為ではないかとも思っている。
じっとこちらを見つめる、捨てられた子犬のような顔。
教室で見かける笑顔。
何かあればクイクイとシャツの裾を引っ張る、幼い仕草。
この前図らずも見てしまった、ゼノヴィアの真っ白な裸体。
それらが脳裏を次々とよぎっていくうちに、隼人は自分の気持ちを正確に認識した。
ああ、俺もゼノヴィアの事が好きなんだ。
たまたま隣同士の席になっただけの自分に、無防備なまでの信頼を寄せてくれるゼノヴィアが、愛おしかったのだ。
彼女を手離したくない。
自分だけのものにしてしまいたい。
隼人はそんな気持ちに従い、彼女を抱き締めて、ソファの上にゆっくりと押し倒した。
「ゼノヴィア」
「うん」
「俺も、お前が好きだ。今のまんまのお前が好きだ。だから、何もしなくていい、無理に自分を変えなくていい。今のお前のまんまで、俺と、恋人になってほしい」
「──うん」
ゼノヴィアは、コクンとうなずいた。
二人はしばし見つめ合い、どちらからともなく、恐る恐るといった風に顔を近付けていき、唇を重ね合わせ──、
コツン。
互いの前歯がぶつかり合った。
結構強くぶつけてしまい、神経に響く痛みに、思わず離れてしまう。
しかしそれでかえって気持ちが落ち着いた。
二人は隣り合って座り直し、改めて口づけを交わした。