佐久間隼人は家を出て住宅街を少し歩くと、辺りを見回した。
誰もいない。
それを確認すると、突如強風が巻き起こって、少年の姿が消えた。
「オッス、ゼノヴィア」
「おはよう隼人」
ゼノヴィアは昨日恋人同士となった少年に駆け寄り、飛び込むように抱き付いた。
頬擦りして、スンスンと鼻を鳴らして匂いまで嗅ぐ。
(まるで犬だな)
そう思う隼人だったが、黙っておく。
しばらくゼノヴィアの好きにさせた後、腕を組んで学校へ向かう──否、腕を組むというより、ゼノヴィアが隼人の腕に抱き付いている、といった方が良いだろう。そして歩きながら、時々肩の辺りに鼻先を擦り付けて匂いを嗅いだりしている。
柔らかな感触を腕に感じていた隼人だったが、
「いてっ」
密着し過ぎたゼノヴィアに足を踏まれて、思わず声が漏れた。
「あっ、すまない隼人……」
「ああ、大した事じゃねえよ……でも、転ぶと危ないから、手ぇ繋ぐくらいにしておこうか」
「うん」
ゼノヴィアはコクンとうなずくと、少し距離を取って、手を繋いだ。
本当は思いっきり抱き付いて、密着して、彼の肉体の感触や体温、匂いを感じていたかったが、こうして手を繋ぐだけでも充分幸せな気持ちになれた。
◆
放課後。
隼人とゼノヴィアの元に、兵藤一誠とアーシア・アルジェントがやって来た。
「うし、じゃあ行くか」
二人が声を掛ける前に、隼人はそう言って立ち上がる。
「行くって、どこにだよ」
と一誠が尋ねると、
「お前等の部室だよ……あー、わり、過程をすっ飛ばしちまったな。お前等の部長さんが、俺とゼノヴィアに聞きたい事があるから呼んでこいってお前等に言ったんだろ?」
「な、なんで知ってんだ?」
「見たからな。後で説明してやるから、とにかく案内してくれよ」
「あ、ああ……」
一誠もアーシアもまったく納得出来てないが、とりあえずゼノヴィアと一緒に、彼をオカルト研究部の部室兼グレモリー眷属の拠点たる旧校舎へと案内した。
隼人は
本来なら案内も無用で、さっさと一人で乗り込んでさっさと話を済ませたいところだったが、あまり力を見せつけるのは良くないと思い、一誠たちが呼びに来るのを待っていたのだ。それでもうっかり『声を掛けられてから』という過程を飛ばして、結局二人に気味悪がられてしまったようで、隼人は己の迂闊さに軽くへこんだ。
部室に入ると、リアスがソファに座って待っていた。その後ろに姫島朱乃が控えている。
リアスは一誠とアーシアの二人を下がらせ、隼人とゼノヴィアに、ソファに座るよう促した。
「わざわざ呼び出したりしてごめんなさいね、佐久間隼人くん。私は三年のリアス・グレモリー。オカルト研究部の部長を務めてるわ」
「ども。ゼノヴィアがお世話になってます」
「それはお互い様ね。こちらこそいつもありがとう。これからも仲良くしてあげてちょうだい」
そんな風に会話を始めながらも、リアスは少年の落ち着き様が不思議に思えた。
駒王町内を巡回するグレモリー家のスタッフからの報告で異端審問官の侵入を知り、彼等が廃教会を根城にした事や、そのうちの一人がゼノヴィアと隼人の二人と接触した事がわかった。ところが、その一人が教会に逃げ帰ってから少しして、異端審問官たちは一斉に、文字通り消えてしまったのだ。ゼノヴィアと隼人を呼び出したのは、その事情聴取のためだった。
一誠やアーシアから聞いたところでは、佐久間隼人はややぶっきらぼうなきらいはあるものの、あくまでも普通の少年のはずだ。昨日は怪しい外国人に襲われ、今日は面識のない上級生に呼び出されたのだから、もう少し不安そうな素振りを見せても良いはずだが……。
異端審問官とゼノヴィアの戦いを目撃したスタッフからの報告では、戦闘中に公園の上空にのみ、不自然に黒雲が立ち込め、すぐに晴れたと言うが……、
(やっぱり、何かしらの力を隠し持っているのかしら……)
「ええ、そうです」
隼人が、リアスの胸の内の声に答えるように呟いた。
「……そうって、何が?」
「隠してたってのとは違いますけど、ちょいとばかし不思議な力を持ってます……今、『何かしらの力を隠し持っているのかしら』って、言いませんでしたっけ?」
「言ってないぞ、隼人」
隣に座るゼノヴィアからの指摘に、隼人は頭を抱えた。うっかり
「さ、佐久間くん、大丈夫?」
「さーせん、大丈夫です……ちょっと自分の馬鹿さ加減にあきれただけです」
「隼人。部長なら大丈夫だ。下手に隠そうする必要はない。君もその方が話しやすいだろう?」
ゼノヴィアが恋人の肩に手を置いて、そう言う。
それで隼人も、開き直る事にした。
まずは昨日の異端審問官との一幕を話し、次にその際に奮った己の神通力について、それを得た経緯も含めて説明した。
「……天狗の
リアスがぶつぶつと繰り返す。『
とにもかくにも、リアスは一度深呼吸をして気持ちを切り替えた。
「とりあえず、事情はわかったわ。ゼノヴィアのために頑張ってくれたのね……本当にありがとう佐久間くん。ところで」
「悪魔になれって話ならお断りしますよ」
隼人の言葉に、リアスは一瞬フリーズした。
「寿命なら仙薬でどうにでもなるし、そもそも悪魔に転生すると悪魔の弱点も備わって、俺に限ればデメリットしかありませんので」
そこでゼノヴィアが、物言いたげに隼人の制服の裾をギュッと握った。
「ごめんな、ゼノヴィア。でも俺まで悪魔になっちまったら、昨日みたいなのが悪魔特効の範囲攻撃とか仕掛けてきた時に対応出来ないからな」
隼人はそう言ってゼノヴィアの頭をよしよしと撫でる。
「……なら、転生の話は置いておいて、うちに入部するのはどうかしら。ゼノヴィアと一緒の時間が増えるのは、あなたにとっても嬉しい事ではなくて?」
二人のやり取りから何となくいろいろ察したリアスは、そう持ち掛けた。
隼人はしばし考え込む──或いは、神通力で己の未来を透視しているのか──。
そうして少しの間を置いてから、答えた。
「まぁそういう事なら、不束者ですが、
そして、ペコリと頭を下げた。
◆
朱乃はリアスの背後から、そんなやり取りをじっと見つめていた──否、視線は隼人にずっと釘付けだった。
(……この子、どこかで会ったかしら?)
まったく物怖じしない、どこか超然とした佇まいに、覚えがある。
母を失い一人彷徨っていた数年前、風に乗って現れて自分の窮地を救い、そしてまた風に乗って去っていった、あの不思議な男の子も似た雰囲気だった。足首から鴉の濡れ羽色の翼を生やした、あの『黒翼の王子様』も……。
(……気のせいね、きっと)
幼い頃の記憶の中の、黒い翼の小さなヒーロー。
目の前の、天狗の力を丸写しされたという少年。
身にまとう超然とした雰囲気以外、両者がいまいち結び付かないため、朱乃はそう結論付けた。