国語の授業が終わり、隼人は次の授業の準備をしていた。
そこへ、制服のシャツを横からクイクイと引っ張られる。ゼノヴィアだ。
「ん? どした?」
「教えてほしい漢字がある」
彼女の机の上には、一枚の紙があった。さっきの国語の授業で配られた、小テストの答案だった。
「どれだ?」
隼人は身を乗り出して、覗き込む。
「この『内臓』という字が間違ってるらしいのだが、どこが間違ってるのかわからないんだ」
なるほど、彼女が指し示した解答欄には『内臓』という漢字が書かれてあり、その字の上から赤ペンで『×』が引かれてある。
隼人は指先で、その解答欄の横の問題文をトントンと叩いて示した。
「間違ってないけど間違ってる。この問題文、『強力なモーターを○○した掃除機』ってあるだろ?」
「うん」
ゼノヴィアはコクンと、幼い仕草でうなずいた。
「ここでナイゾウの漢字を使う場合は、“
隼人は説明して、『内蔵』という字を解答欄の横の余白に書き込んだ。
「“
――正確には、体の部位を表す部首は、『つきへん』ではなく『にくづき』である。しかし隼人とて、そこまで詳しい訳ではない。
「なるほど。書き間違いではなく、漢字のセレクト自体が間違っていたのか……!」
「そういうこった」
「ありがとう、隼人……あの、他にもわからない所があるのだが……」
「んー……昼休みにまとめて教えてやるよ。もうすぐ次の授業始まるから用意しろ」
「あ、うん」
言われたゼノヴィアは腕時計を見て、休み時間が残り少ない事に気付き、答案用紙をしまった。
◆
昼休み。
隼人は弁当を食べ終わると、椅子を引っ張ってゼノヴィアの横に座り込んだ。
ゼノヴィアの質問は、主に漢字についてだ。
チラリと点数を見やると、13点というかなり低い点数だ。彼女は日本語のヒアリングはほぼ完璧だが、読み書きがまだ不慣れなのだろう。文章問題の間違いも、それを考えれば仕方ない面がある。
隼人はゼノヴィアの質問に、なるべく懇切丁寧に答えてやった。
「ありがとう隼人。おかげで、いろいろと理解できたよ。次の小テストでは、もっといい点が取れそうだ」
「そうか、頑張れよ」
隼人はポンポンと彼女の頭を叩いて、励ましてやる。
そして自分のその行為に、自分で内心驚いた。女子の髪に気安く触るというのは、彼の中ではちょっと有り得ない行動なのだ。
(まぁ、しょうがねえのかなぁ……)
しかし、相手がゼノヴィアだと思えば、納得も出来た。
休み時間にシャツをクイクイと引っ張った仕草を始め、転入初日のクールな印象とは裏腹に、彼女の挙動にはどこか幼さがある。
そして、あれこれとひたむきに質問してくる様を見ていると、一人っ子の隼人ですら、妹に勉強を教える兄のような気分になってくるのだ。
同い年の少女に対しておこがましいかも知れないが、守ってあげたいという気持ちにさせられる。
「また何かわからない事があったら、いつでも聞きな。俺でわかる事なら教えてやるよ」
「ありがとう、隼人」
隼人は椅子を元に戻すと、トイレに行った。
ゼノヴィアはその背中をじっと見送る。
テストの内容について、ほぼ全ての問題についてあれこれと質問してしまった。なのに彼は、嫌な顔一つせず、「こんな事もわからないのか」と嘲りもせず、優しく、丁寧に教えてくれた。
(もしも私に兄がいたら、きっと彼のような男性なのだろうな……)
同い年の少年に対してそのように思うのも、変な話かも知れない。
しかし、教会で育てられた孤児だった彼女は、隣の席の同級生にそのような感傷を抱いてしまうのだった。