今日の体育は、ドッジボールだった。
女子たちの前で少しでも良いところを見せようと、男子たちは奮闘する。
女子は女子で、そんな男子の様子が面白くて、わざとらしい声援を送ったりしている。
そしてそれがからかい半分だとわかっていても、男子はやっぱり嬉しくて、ますます頑張るという奇妙な構図が出来上がっていた。
その男子に負けず劣らず、ゼノヴィアも初めての球技に熱中した。
「フンッ!」
彼女の渾身の一投が松田の背中に当たり、松田は脱落。女子からの割りと本気の称賛の声が、ゼノヴィアに降り注いだ。
松田と同じチームの片瀬と村山まで喜ぶ始末だ。
「松田、仇は取ってやるからな!」
「ナイスパス」
皮肉と共にお返しの投球。これで一誠も脱落し、女子のボルテージとゼノヴィア人気が更に高まっていく。
ゼノヴィアは相手チームの内野を次々と撃破していくが、最後に残った一人がなかなか倒せなかった。
その一人、佐久間隼人は、彼女や他の内野手が投げるボールをことごとくかわしていくのだ。まるで全身に目がついているかのようだった。
(おのれ……っ!)
あまりにもかわされまくるのでちょっぴりムキになったゼノヴィアは、次の一投につい力が入ってしまった。
隼人は飛んできた豪速球に、一瞬左へよける素振りを見せたが、何を思ったか体の位置を再び戻した。
バコォンッ!
物凄い音がして、ボールが隼人の顔面にめり込む。
彼は鼻血を出して仰向けにぶっ倒れて、そのまま動かなくなった。
◆
隼人が目を覚ますと、天井の真っ白なタイルが目に入った。どうやら自分はベッドに寝かされているらしい。
ムクリと身を起こして辺りを見回し、どうやら保健室にいるらしいと判断出来た。
シャーッとカーテンが開いて、白衣を着た長髪の女性が現れる。校医の二条千秋だ。
「あら、目が覚めたのね。ちょうど良かったわ」
彼女はそう言うと保健室の出入口の方を向く。
「あなたたち、いいわよ。入りなさい」
その声の後、三人の女生徒が入室してきた。ゼノヴィアと、仲良しコンビの村山と片瀬だった。
髪をツインテールにしているのが村山で、前髪をカチューシャで留めておでこを丸出しにしているのが片瀬だ。隼人とは一年生の時も同じクラスだった。
「佐久間くん、大丈夫?」
「どこか痛いとこない?」
二人とも心配そうに話し掛けてきた。
先程のドッジボール。二人は外野として隼人の真後ろにいた。そして、彼がよけられたはずのボールをわざとくらったように見えて、それは真後ろの自分たちをかばっての事だと思ったのだ。
試合の勝敗よりも自分たちの安全を優先してくれたクラスメートが、心配でたまらなかったという訳だ。
ゼノヴィアは、もはや言うまでもない。
「すまなかった、隼人。君に何度もボールをかわされて、ついムキになって力が入ってしまった……」
素直に自分の非を詫びて、ペコリと頭を下げる。
「試合なんだから気にするな。よけられなかった俺が悪い」
「でもそれは、私たちをかばってくれたからでしょ?」
「よけたら私たちが怪我するかもって思ったから、わざと当たったのよね?」
「……考えすぎだ。背中に目がついてる訳でもねえのに、真後ろにいる奴の事なんてわかるか。右によけるか左によけるか、判断に迷っただけだ」
隼人はそう答えたが、実際は村山と片瀬の言う通りだった。
頭の中に、自分たちの位置関係を真上から映したような映像が浮かんだのだ。そして自分がボールをかわしたために、村山が代わりに直撃を受けて倒れる場面も。
突然の事に驚く暇もなく、体が自動的にボールの軌道上に戻っていた。結果はご覧の通りである。
(まぁ、こいつ等に怪我がなくて良かったか……俺は男だから多少の怪我はむしろウェルカムだしな)
隼人はそんな風に納得していた。
幼少の頃から、あんな風に真上から見下ろすような映像が頭に浮かび、そのお陰で危機を回避出来た事が何度かあったのだ。
――しかし、それをこの三人にわざわざ言いふらす必要はない。だから適当な答えでごまかした。
「はい、制服」
村山が、綺麗に畳まれた彼の制服を差し出した。
「こっちはあなたの荷物ね」
片瀬が枕元に置いたのは、彼の鞄だ。
「もう掃除もホームルームも終わってしまったんだ。後は帰るだけさ。お詫びに、家まで送らせてくれないかい?」
「……いや、いらねえよ。部活はどうすんだ」
村山と片瀬は剣道部、ゼノヴィアはオカルト研究部なるクラブに所属していたはずだ。記憶の糸を手繰り寄せて、隼人は尋ねる。
「私たちは休めないけど、ゼノヴィアさんは大丈夫なんだって」
「本当は私たちもついててあげたかったんだけど……ごめんね、佐久間くん」
村山と片瀬はそう言って謝った。二人があまりにもかしこまるものだから、隼人の方が何だか申し訳ない気持ちになるくらいである。
ゼノヴィアにも部活を休ませる羽目になって申し訳なく思ったが、だからと言って断るのもかえって失礼だと思い直し、彼女の好意を受け取る事にした。
制服に着替え、保健室を出る。
正門の辺りで、声を掛けられた。
「あら佐久間。どうやら無事に生き返ったみたいね」
髪を二本の三つ編みにした眼鏡の女生徒。同じクラスの桐生だ。
「ああ、無事にな」
「災難だったわね。でもゼノヴィアっちテイクアウト出来て良かったじゃない。体張った甲斐があったわねぇ~」
「そんなんじゃねえよ」
「私からのささやかなお詫びさ」
ゼノヴィアがそう補足した。
「ハイハイ、そういう事にしといてあげる。ゼノヴィアっちの罪悪感にかこつけて変な事するんじゃないわよ?」
「するか阿呆」
隼人は言い捨てて、さっさと歩き出した。ゼノヴィアもトコトコと続く。
しばらくの間、二人は無言で歩いていたが、ゼノヴィアが不意に話し掛けた。
「隼人」
「おう」
「私としては、今回の一件は本当にすまないと思っている。それで君の気がすむのなら、私は本当に
ベチンッ。
彼女の言葉をさえぎるように、隼人のデコピンが炸裂した。
「体育の授業で頭打ってぶっ倒れるなんざ、割りとよくある事だ。今日はたまたま俺の番だったってだけだよ。そんなんでいちいち相手の言う事聞いてたら、身がもたねえぞ」
「だが……」
「まぁ、どうしてもって言うなら、そうさな……そこのコンビニで雪見だいふく買ってこい。それ一緒に食って、それでチャラだ」
隼人はすぐ先にあるコンビニを指差して言うと、財布から小銭を出して渡す。
「……わかった」
ゼノヴィアはパタパタと小走りでコンビニに駆け込んだ。
少しして、小さなコンビニ袋を持って、戻ってくる。
二人はそのコンビニとは道路を挟んで反対側にある公園に入り、そこのベンチに座った。
隼人は雪見だいふくの一つを、パックに入っている楊枝で刺してからゼノヴィアに渡し、自分はもう一個を手掴みで食べた。
ゼノヴィアは初めて食べる異国のアイスクリームに、目を丸くしていた。
「日本には、こんな美味しい物があったのか……!」
割りと本気で、ワナワナと震えて感動している。
その様が面白くて、そしてとても可愛らしくて、隼人はつい見入ってしまった。
(――後で、もう一個買ってやるか)
そんな事を考えながら。