その日、ゼノヴィアは何となく――本当に何となく、いつもより早く目が覚めた。しかし二度寝するにはやや遅い。寝過ごして遅刻してしまうかも知れない。
結局そのままベッドから下りて朝食を済ませ、いつもより早く登校する事にした。
早く着いたせいか、学校はいつもより静かだ。
その静かな廊下を歩き、教室に入ると、そこには佐久間隼人がいた。
窓際に立ち、黒板消しを叩いて綺麗にしている。
「おはよう、隼人」
「ん? ――おう、おはよーさん。どうした、早いな」
「何だか早く目が覚めてしまってね。君こそ早いじゃないか」
「俺は今日、日直だ」
「ああ、それで……」
と納得したところで、教室内を見渡す。自分たち二人以外、誰もいない。
黒板の右下には今日の日付と日直の名前が書かれている。そこに目をやると、隼人ともう一人、女子の
「門矢はどうしたんだ? まだ来てないのか?」
「今日は来ねえよ。風邪引いたらしい」
「そうなのか……」
ゼノヴィアは自分の席に鞄を置くと、黒板の下にあるバケツに気付いた。水をたたえたそのバケツの中には、雑巾も入っている。
その水が綺麗なままなところを見ると、これから拭き掃除をするのだろう。
「手伝うよ」
そう言って、バケツから一枚雑巾を取り、水で濡らして絞ってから、黒板を拭き始めた。
「おいおい、これくらい俺一人で充分だぞ」
「だが、一人でやらなくてはいけない訳でもないだろう?」
「いや、まぁ、そうだけど」
「日頃のお礼だ。手伝わせてくれ」
ゼノヴィアにそう言われて、真っ直ぐに見つめられると、何となく断りづらくなってくる。
やむなく隼人は、彼女の好意に甘える事にした。
◆
一日の授業が終わり、生徒たちは部活に向かう者と下校する者とに分かれて教室を出る。
「お前は部活、いいのか?」
隼人は黒板の日付と日直の名前を明日のものに書き換えながら、窓際で黒板消しを掃除するゼノヴィアに尋ねる。
「うちは始まるのが遅いから大じょ――うわっ」
「どうした?」
隼人が振り向くと、ゼノヴィアは窓に背を向け、片手で顔を――目元を押さえている。
「おい、ホントにどうした?」
「か、風が吹いて……粉が、目に……」
「こするな。洗った方がいい」
隼人はゼノヴィアの手を引いて、女子トイレまで誘導してあげた。
「ほら、この先がトイレだ。洗面所の位置とかはわかるか?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
ゼノヴィアは一人、用心深い足取りでトイレに入っていった。
隼人は入り口の横の壁にもたれて、彼女が出てくるのを待つ。
水で顔を洗う音がして――顔を拭いているのだろう――少しの間を置いてから、ゼノヴィアは出てきた。
「大丈夫か?」
「ああ、問題ない。ありがとう隼人」
「なら良かった。まったく、おどかしやがって」
隼人は苦笑混じりにつぶやき、教室に戻る。ゼノヴィアもその後にトコトコと続いた。
二人で室内を軽く片付けて、窓を閉める。
あとは日誌を職員室にいる担任に渡すだけだ。ゼノヴィアがそれをやろうとすると、隼人に制止された。
「それは俺が持ってく。一応、俺が今日の日直だからな。俺が持っていかねーと、お前に仕事押し付けたみたいになるからな」
「私が自分から手伝うと言い出したんだ、私は気にしないよ」
「俺が気にするんだよ」
そう言って、ゼノヴィアの手から日誌を抜き取った。
そして鞄を持って教室を出る。ゼノヴィアも一緒に出た。
ドアを施錠して職員室に向かう隼人の後を、ゼノヴィアはトコトコと着いていく。
「……何だよ」
「私なりのけじめさ。職員室まで同行するよ。それで今日の日直の手伝いは終わりだ」
「勝手にしろ」
隼人は言い捨てて、職員室に向かう。
途中の廊下の、中庭に面した窓が開いていた。
不意にその窓から、強い風が吹き込む。
そしてそれは、ちょうど窓の前を通過するゼノヴィアのスカートを大きくめくり上げた。
「でぇいっ!」
奇声を上げてそのスカートを押さえたのは、ゼノヴィア本人ではなく、その隣を歩いていた隼人だった。
両手でスカートの前後を素早く押さえ、被害を最小限にとどめる――と言いたいところであるが、廊下には二人以外の通行人はいないので、最初から被害はゼロである。
「どうしたんだ?」
ゼノヴィアはキョトンとした顔で尋ねる。スカートがめくれるくらい、彼女にとっては大した事ではないのだ。
「どうしたじゃねえ! スカートくらい押さえろ! 危うくパンツ見えるところだったぞ!」
「私は構わないぞ。減るものでもなし」
「構えよ! 女の子だろ!」
「そ、そうなのか?」
「そうなんだよ!」
いまいちゼノヴィアには理解出来なかった。
しかし、彼が珍しく強い口調で言うのだから、そうするべきなのだろう。
「わかった。次からは気を付けるよ」
素直にそう答える。
(ホントにわかったのか……?)
あまりにも素直に答えるものだから、何となく不安になる隼人。
しかし、ほんの一瞬だが、飾り気のない薄水色の下着が見えた事を、気まぐれ風に感謝もするのだった……。