佐久間隼人が朝食のトーストに、イチゴジャムとマーガリンを塗りたくっていた時の事だ。
「隼人、彼女でも出来たの?」
向かいの席でコーヒー牛乳を飲みながら、母の千恵がそう尋ねた。
「え? いや、そんなハイカラなもんいないけど……?」
「あら、そう? でもその割りには、最近楽しそうじゃない?」
「別に」
素っ気なく答えながら、隼人はトーストをモシャモシャと頬張る。
「本当に?」
「本当だよ、しつこいな」
息子にジロリとにらまれて、しかし千恵は「あらあら」と朗らかに笑ってごまかすのみである。
母親からの追求から逃れるように、隼人はさっさと朝食を済ませて登校した。
(最近楽しそう、か……)
心当たりなら、ある。
ゼノヴィアだ。
事あるごとにあれこれと質問してくる彼女が、可愛くてたまらないのである。
同じ部活の兵藤一誠や、同じ外国人転入生のアーシアではなく、自分を頼りにしてくれるのが、嬉しいのだ。
授業を受けている時の、背筋をピンと伸ばした佇まいが凛々しくて、思わず見とれそうになる。
それでいて、何かあればクイクイとシャツを引っ張る仕草が、幼くて愛らしい。
そんな彼女と同じ教室で、同じ時間を過ごすのは、確かに楽しい。
「彼女、か……」
そんなゼノヴィアが自分の彼女になってくれたら、どれほど素晴らしい事だろう。
「彼女、ね……」
それを夢想して、つい口許が弛む隼人であった……。
◆
制服姿で、ゼノヴィアはマンションの前に立っていた。
この十階建てのマンションはグレモリー家がオーナーを務めており、ゼノヴィアの住まいでもある。
「おはようございます、ゼノヴィアちゃん」
そこへ姫島朱乃が迎えに来た。バスト103センチの戦略兵器が、夏服の内側からその存在感を誇示している。
「おはようございます、副部長」
ゼノヴィアはペコリとお行儀よくお辞儀をした。
そして二人は、並んで歩き出した。ゼノヴィアの送り迎えを、朱乃がやっているのである。
「ゼノヴィアちゃん、少しは学校にも慣れてきたかしら?」
「はい、おかげさまで。クラスにも頼りになる良い友人がいるので、何とかやっていけてます」
「あらあら、イッセーくん以外に、頼れる人が?」
「はい……と言うか、イッセーはどうも……やはり、私が元は敵対勢力だった事を気にしているのでしょうか?」
「イッセーくんに限って、そんな事はないと思いますけれど……何かあったのかしら」
「何かあったというか……彼はいつも私と目を合わせてくれなくて、目線が伏せがちで……」
「……あらあら、ウフフ」
朱乃は笑ってごまかした。
サイズこそ自分には及ばないが、ゼノヴィアもまた、充分に発育が良いと言えるだろう。イッセーの目線が
「その件については、私からイッセーくんに言って聞かせておきますわ。ええ、しっかりみっちりキッパリと」
「は、はぁ……」
何やら朱乃から怖いものを感じて、ゼノヴィアは曖昧な返事を返す。
「それで、その頼りになるお友達とは、どんな方なのかしら」
「はい、隣の席の男子生徒で、名前は佐久間隼人と言います。少々ぶっきらぼうなところはありますが、私の質問にはいつも優しく、わかりやすく答えてくれるんです。彼からすればきっと呆れてしまうような質問だってあるだろうに、怒ったり馬鹿にしたりもせず、親身になって教えてくれて……その、何というか……」
そこでゼノヴィアは、ちょっと口ごもった。
「どうしたの?」
「その、同い年の男性をこんな風に言うのもおかしいのですが……もしも私に兄がいたら、きっとこんな感じだったのだろうなと……」
「あらあら、うふふ。本当に良いお友達のようですわね。安心しましたわ」
朱乃は朗らかに笑った。
それからもチョコチョコと、とりとめのないお喋りをしていると、学校が見えてきた。
「あっ」
ゼノヴィアが不意に、小さな声を漏らす。
視線の先には、佐久間隼人。
「では副部長、私はこれで失礼します」
朱乃にお辞儀をしてから、パタパタと小走りでクラスメートへ駆け寄っていく。
その後ろ姿が、朱乃にはご主人様の元へ駆け寄る子犬のように見えた。