BIOHAZARD Iridescent Stench   作:章介

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第二十二話

 

 

 

 

 

 

 

 ――――私の名前はアリス。世界有数の大企業であるアンブレラコーポレーションの元

エージェント…という設定の架空の人間(ジェーン・ドゥ)。アンブレラの狂った計画の一部であり、その全てを台無しにした異分子。

 

 

 

 所々朧気だけれど、私はあの地獄に終止符を打つことが出来た。世界からTウィルスを消し去り、冷凍保存された人の皮を被った悪魔たちもこの世から消滅した。私は何故か世界に散布されたワクチンによって死ぬことは無かったが、まるで役目を終えたかのようにこの体は急速に衰えていった。恐らくクローン故の弊害だったのかもしれない。

 

 

 ただそれは私にとっては福音だった。私には脅威の去った世界で生きていく資格など無いし、平和を取り戻すべく奮闘するには疲弊し過ぎていた。受難の旅路をゆく人々に何の償いも出来なかったのは心苦しいけど、あの戦いを共に乗り越えた生き残りの仲間たちに後を託し、私は人知れずこの世を去った。しかし―――――――。

 

 

 

 

 

 

 

『―――おはよう、アリス。束の間の休息をどうぞ心行くまで…と言いたいところですが、ナーサリーライムは子供がせがむたびに謡われるもの。さあ、百番煎じの悪夢を始めましょう』

 

 

 

 ――――真暗な世界で聞いた、綺麗だけどどこか嘲りを含んだような声音。その声に導かれるように意識が覚醒していき、目を開けたら嘗てアイザックスが根城にしていた研究所を思わせる施設のカプセルの中だった。妙な既視感を感じながら視線を動かした先に居たのは一人の青年。

 

 

 

 我が身に降りかかった災厄が原因で男との出会いには事欠かなかった―――いい意味でも悪い意味でも男運は最悪だったけど―――けれど、その全員を引き合いに出しても見たこともないほどの美青年だった。

 

 

 

 

「それでは改めておはようございます、記憶の欠損は無い筈だけど如何ですか?…問題なさそうですね。いやー、それにしても貴方は不幸な方だ。ほんの些細な切欠が本来重なり合うはずのない存在を呼び起こした挙句第三勢力を築き上げ、乱れた天秤の帳尻合わせのために幸せな眠りから叩き起こされたのですから」

 

 

「……ここは―――いったい、どこ――なの?あなた、ダレ?」

 

 

「おや?もうしゃべれるんですね。本当に頑丈な方ですね、結構結構。それで質問の答えですが、ここは貴方が居た世界と似て非なる場所。平行世界、フィクション、イフ、まあ呼び方はご自由に。あと貴方にとって良いお知らせと悪いお知らせがあるんですが、どっちから聞きます?」

 

 

 

 …本当に私には男運が無いらしい。こっちは呼吸さえ満足に行えてない所為で返事どころじゃないってのに、しかもこいつはそれが分かってて聞いてきている。しかし目覚めたばかりの私には外の情報は何よりも欲しい。だから何とか吐息のような声で『悪い方』とだけ答えた。理由は何となくだが、今まで上げてから落とされる経験が多かったからかもしれない。

 

 

「ふむ、じゃあそっちからまず話しましょうか。面倒だから簡潔に言いますけど、この世界にはTウィルスとやらが絶賛稼働中です。しかもそれがさらに改良…改悪?されてもっと質の悪いのまで世に出てきてる始末です」

 

 

 …予想はしていたけど、思った以上に悪いニュースに思わず顔を地面に俯けてしまったのは仕方がないと思う。比喩でも何でもなく、全てを投げ捨てて成した筈の事実が消失したというのはかなり堪える。もう一度アレをやるのは気力的にも精神的にも不可能だ。しかもさらに状況は悪化しているらしい。

 

 

「―――もしもーし、聞こえてます?あ、良かった。それじゃあ良い方のニュースだけど、この世界は貴方がいた所みたいに文明崩壊レベルで滅んだりはしませんよ。……今のところは、ですが」

 

 

「……ウソでしょ?ラクーンを核の炎で消し去って、それでも感染は止められなかった。数年で世界が滅んだのよ!?あれよりさらに状況が悪いのにどうして――――」

 

 

「君たちにとっては腹立たしいことに、この世界にとっては何よりも幸福なことに、まるでヒーロー、若しくはスーパーマンのような超人が居るんですよ。彼らがどれだけ危機的状況でも瀬戸際で食い止めてしまう。その証拠にラクーンからは奇跡的に感染者の流出は起きず、本当に世界を壊してしまいかねない怪物たちは矮小な筈の人間が天文学的な確率の運を手繰り寄せて殲滅しました」

 

 

 …それは本来喜ぶべきことなのだろう。祝福すべきことに違いない。けど、どうしても私には憎く思えてしまう。そんな都合の良い存在がこの世界に居るのならどうして私達の前には現れてくれなかったのだろう。そんな救世主が居るのならカルロス、L.J、アンジィ、それからルーサーも死なずに済んだのかもしれなかったのにと、どうしようもないことを思ってしまう。

 

 

「…それで、もっと良いニュースと悪いニュースは?どうせあるんでしょう?」

 

 

「…やはり貴方は優秀ですよ。てっきり目先の情報に踊らされるとばかり思いましたが?」

 

 

「ええ、貴方は良い知らせと悪い知らせがあるとだけ、でも他には無いとも言わなかったわ。嘘は言ってないけど本当のことも言ってないって奴に昔散々騙されたからなんとなくそう思っただけよ」

 

 

「うんうん、プレイヤーのレベルが高いことは良い事です。その方が面白くなる。では賢い貴方にもう三つヒントを上げましょう!一つは先ほど言った第三勢力のせいで本来均衡するはずの天秤が色々と危ういんですよ。

 

例えば、本来なら『えいゆうさん』を雑魚と最後まで侮って足元を掬われた老人達が『彼ら』という難敵のせいで慢心を捨ててしまったり、病という最も人が脆くなる要因に苛まれた『自称観測者』が希望に全力で縋る所為でするはずの失敗をしなかったり、と言った感じに。

 

 物語の主人公の強みって基本少数勢力な所為で実際にカチ合った人以外はほぼ軽んじてくれる点なんですよね。ところがその人たち以上に危険な相手がいるせいでそれが成り立たなくなった。良く大人の人が少年漫画にツッコむ『序盤に準ラスボス級置いて不安の種はさっさと摘んどけよ』が現実になっちゃうようなものです。

 

 それから、その第三勢力も中核が堅気とは言えない連中ばかりなんですよねえ。頭目は『死にたくない』がいつの間にか『食欲』に方針転換してるような、言ってしまえば『偶然力を得ちゃった一般人』を地で行く人ですし、周りの人間も自分たちに禍が来なければどうでも良い、て感じだから率先して人間の害にはならないでしょうが、好奇心で厄種を放置するくらいはするでしょうし。

 

 最後に、貴方の能力は生前の全盛期と変わらない仕様になってます。ただ、こっちの世界では説明できない現象が幾つかあったのですがそれは代用品で補いましたので問題ありません。特殊能力については今は目覚めたばかりなので使えませんが、あの世界に居た時の勘を取り戻せれば再び使い熟せるでしょう」

 

 

「……」

 

 

「ではレクチャーはここまでです。貴方にとっては腹立たしいかもしれませんが、今の貴方のポジションはアンブレラ最新のB.O.W.実験体です。言うまでも無い事ですが、脱出の算段も付けずに安易に行動するのは控えた方が賢明ですね。ですが、無事逃げ果せた後はお好きに行動していただいて構いません。『えいゆうさん』達の輪に入って組織の恩恵にあずかるもよし、己の意志にのみ従って孤高に戦うもよし、将又全ての勢力を敵に回すのも大いに結構。これからの活躍に期待してますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そう言ってあの男は姿を消した。それからは唯只管戦いの毎日だった、アンブレラが用意した傭兵部隊(捨て駒)B.O.W.(出来損ない)、それから戦車のような機械兵器まで。アンブレラの名を冠しているだけで殺す理由は十分だったから特に葛藤もなく経験値にさせてもらった。ただし一度も命令を聞くことはせず、ひたすらに反抗し続けた。

 

 

 

 最後には扱いに困り果てたのか、施設の地下にある廃棄処理場が私の仮の宿となった。不定期に食料等が来る以外は廃棄処分となった失敗作を始末するだけ。いっそのこと直接的に処分しようとしてくれた方が外に通じる通路を知れたのだが、まあ想定の範囲内だ。予定より遅いペースだが着々と私への興味が失せ始めている、後は適当に死亡した体を装って機会を待とうと思っていたけれど――――それより前に、『私が戦わなければいけない相手』がやってきてしまった。

 

 

 

 ――――全身を黒尽くめで覆った姿はあの世界でも遭遇したアンブレラセキュリティサービス達とどこか似通っているが、全身から迸る殺気と覇気は今まで一度も浴びたことのないほど濃厚だった。

 

 

 出来ればあの男からの情報のみで戦うなどしたくはなかったが、そんな甘えが許される敵じゃない。どちらからともなく始まった撃ち合いは、当たり前だけど終始私の劣勢が続いた。

 

 

 スペックだけなら私一人でも問題はない、地の利もある。問題は私の対プロフェッショナルへの経験値だ。あの世界では殺す相手は殆ど破落戸かアンデッドのみで、この世界に来てからも練度の低い傭兵か化物しか相手にしてこなかった。本物の戦士がどれ程凶悪かを、恥ずかしながらこの瞬間まで忘れてしまっていた。

 

 

 間違いなくあの超能力が覚醒しなければ私は死んでいた。けれど土壇場であれを使う感覚を思い出せたお陰で拮抗状態にまで戻すことが出来た。巨漢の男とマチェット使いは無力化でき、残るはナイフ使いの男とバーサーカーの様な女、それから気を抜けば目前に居ながら視界から消えそうなほど気配が薄い男の3人のみ。とはいえ、一瞬でも接近されればワンのように細切れにされかねないという綱渡りを強いられている。何とかしなければ、バーサーカーの体力切れを待っていては間違いなく手遅れになる。そう思って勝負に出ようとしたのだけれど――――どうやら僅かに遅かったらしい。

 

 

 

 

『最終シークエンス起動。廃棄場の「焼却」を開始します。五分後に一切の警告無く焼却は実行されます。職員は直ちに退避してください。繰り返します、最終――――』

 

 

 

 ――――突如鳴り響いたサイレンが鼓膜を打つ。目の前の敵から注意は逸らさずに、けれど現状の把握と脱出手段の確保に頭を働かせる。なぜ今になって処理場を放棄しようとするのか。こいつらを始末したいのならどちらかが倒れた後の方がよほど効果的な筈だ。今のタイミングだと最悪呉越同舟になる場合もある。それともまさか―――と考えている間に死神の鎌はすぐそこまで振り下ろされていた。

 

 

 アスリートも脱帽するほど高く跳躍し、私の頭上へと飛来するのは先程の気配が全く感じ取れない男。どうやらこの男にとっては私の警戒なんてザル警備でしかないらしい。恐らくバーサーカーを踏み台に私の頭上の死角へと入った彼の両手は、既に頭に触れる一瞬前まで接近していた。何をするつもりかは分からないが、全身から来る悪寒がその危険を教えてくれる。

 

 

 

…けれど、この男は一手早すぎた。決着を急ごうと準備していた私は、その一瞬よりさらに早く彼を吹き飛ばすことに成功した。もし私が先に衝撃を発生させていたなら、私は成す術もなく殺されていたかもしれない。だが次は絶対に防げない、そう急き立てる本能に合わせてハイドラを宙に居る男に向けた瞬間――――自分の失策に直面することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはまるで悪夢のような光景だった。他の敵も間違いなく強敵だが、その中でも間違いなく最悪の敵ともいえる男の姿が、徐々に歪み始めたのだ。そうしてまるで皮が破けていくかのように変化した先にいたのは、先程までナイフを片手に銃弾を回避し続けていた方の男だった。

 

 

 目の前に状況を飲み込みきれず、それでも全身全霊でその場から離れようと一歩足を踏み入れようとした瞬間、自分の首から出たとは思えないほど野太い破砕音が響き渡り、私は自分を制御する一切の方法を奪われてしまった。正直生きているのが奇跡に感じられるが、今まさに振り下ろされようとしている軍靴を見るに生存は絶望的だろう。

 

 

 

 結局、私は何のために墓場から掘り起こされたのだろう?そう思いながら長くもない走馬燈に浸っていると、突然全身が光に包まれそこで意識が途絶えた。

 

 

 

 




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