BIOHAZARD Iridescent Stench   作:章介

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第二十五話

 

 

 

 

場所:コーカサス研究所 中枢

 

 

 

 

 

「――――チッ!しくじった…。銃が効かん奴や見えないB.O.W.は腐るほど見てきたが、『視界に入れることすら許されない』がいるとはな」

 

 

 

 ボタボタッと喪失した左腕から流れる出血を忌々しく見つめるウェスカー。骨の髄まで人外と化した彼は腕さえ回収して治療すれば労せず接合させることは出来る。しかし醜態をさらした、という事実に憤死しかねないほど表情を歪ませていた。

 

 

 始まりは数分前、無数のフレームの塊となった怪物『ダオロス』へと銃口を向けたウェスカーは、直ぐにそれが下策だったと思い知ることとなった。――――彼の怪物を直視してはならない、その複雑怪奇な輪郭は人の視線を惹きつけ処理不可能なまでの情報が容易く狂気に落としてしまうのだから。

 

 

 幸い『とっくの昔に狂ってる』彼はその影響を受けなかったが視線を奪われることは避けられず、そんな無防備を晒していたウェスカーに飛来してきたフレームが激突。本能で体をずらしたが避けきれず左腕を壁とフレームに押し潰されることとなる。ついで『レッドクィーン』の指揮の元差し向けられた追撃を回避するため、自ら腕を引き千切る羽目になったのだ。

 

 

 

 無様を晒した自身に憤りながらも、ウェスカーは努めて冷静に状況を分析する。相手の武器は3つ、まずは視界に入れるだけで輪郭をなぞることしか考えられなくなるその造形。次にまるで磁力のような何かでプラスチック製のフレームを意のままに操る能力。しかもこのフロアの壁と床が全てそれで作られているため意のままに部屋を組み換えたり足元を崩してくる。

 

 

 3つ目は防御力、一体どういう構造で出来たプラスチックなのかは不明だが、50口径から放たれるマグナム弾が無力化される硬度が何重何百と織り成しているのだ、容易には突破できない。

 

 

 これらの強みを、『レッドクィーン』の演算処理能力・軌道予測で巧みに操りこちらの退路を潰しつつ『ダオロス』が必ず視界へ入るよう誘導してくる。上下左右から入り乱れる無数の飛来物に加えて、休む暇なく攻め立てられることで傷口から血が流れ続けている。状況はウェスカーの不利と言えよう。しかし―――――。

 

 

 

『なんでよ…?どうしてダオロスを見て狂うどころか止まる事さえないの!?それに計測した出血量は総量の15%を超えてる、なのにどうして動きが鈍らないの!!』

 

 

 ―――追い詰められているのはむしろ『レッドクィーン』の方であった。哀れなモルモットを使った実験では、被検体全てが『ダオロス』を直視すれば発狂した。況してや縦横無尽に地形が変わり、一つでも当たれば致命傷のフレームが飛び交う中で目を閉じて戦うなど不可能であり、100を超える実験結果がそれを事実だと肯定している。それらのデータが彼女に現状を否定させ、機械にあるまじき『焦り』を生み続けている。

 

 

 しかし、彼女が真っ先に『有り得ない』と切り捨てた事実こそが正解だった。ウェスカーはこの状況で目を閉じていた、特殊加工が施されたサングラスの所為で分からなかったようだが。脳を直接操作されるようなあの感覚に抗うのは不可能かつ致命傷になるが、真ん中が大きくくり抜かれたフレームを見ずに回避するのは困難であるが不可能ではない。ならばとる選択肢は一つしかない。

 

 

 そしてこの追い詰められた状況は、ウェスカーを新境地に至らしめた。視覚を完全に閉じ全神経を回避に専念した彼は、その瞬間から肌に伝わる振動・空気の流れ・踏みしめるたびに感じる反発によって、手に取る様に何もかもを知覚することが可能となった。元より短時間であれば瞬間移動染みた挙動も可能という驚異的な身体能力を有しているのだ、その全てを『観測する』ことに使えば人間に出来ないことが出来てしまうのも当然かもしれない。

 

 

 

「ククク…ッ!そうか、俺は自分の力を全く把握できていなかったのか!?目に見えるパワーやタフネスに踊らされ本質を見損なうなどとは。なるほど、この程度の狭い視野ではウィリアムに敗北するのも当然か!!」

 

 

 自嘲するような言葉とは裏腹に、その表情は興奮に満ちていた。そもそも彼が追い込まれるという状況は、人でなくなる前から滅多に起こるものではなかった。積極的に主導権を取りたがる彼は常に仕掛ける側であり、当然自分に利する時を選ぶ。人の枠を外れてからはさらにそれが顕著で、四足動物すら容易く撒ける脚力ならいつでも仕切り直しや撤退が出来た。

 

 

 しかしTウィルスとは拒死性の塊ともいうべき存在であり、生命の危機に陥ってこそその本質が露になる。優れた適合者である彼が、ようやく訪れた窮地でその力を開花させたのは必然と言えよう。

 

 

 

『―――笑ってるの?この状況で?理解に苦しむわ、それとも死にたがりなのかしら。その割には見苦しく逃げ回って本当に無様よ?ダオロスのフレームを超えられない以上何をやっても時間の無駄、結果は決まってるわ』

 

 

 

「そうだな、結果は決まっている――――――貴様の敗北だ」

 

 

 もうフィールドワークは十分だとばかりに目を開いたウェスカーは、一切手加減せずに何かを『レッドクィーン』へと投擲する。何重にもフレームが散りばめられ保護されている彼女にそれが届くはずもなく、あっけなくその端末は砕け散っていく。『レッドクィーン』はその一見無意味に見える行動を嘲笑うが、壊れた『ナニカ』を目にした途端その余裕は剥ぎ取られた。

 

 

『な、なによこれッ!?貴方自分が何をしたか分かってるの!!?』

 

 

「ああ、先程からずっと座標を送っていたからな。途切れた以上直ぐにでも発射されるだろう。俺が欲しいのはあくまで貴様が管理しているデータであり、貴様というプログラムが消去されようが消し飛ぼうが手間が僅かに増えるだけの違いだ」

 

 

 『レッドクィーン』はコーカサス基地の全てを掌握していると言っても過言ではなく、監視カメラ等を通してここでの会話は全て傍受している。なので今しがた破壊された物が『救難信号を送るための端末』であることを当然知っており、次に何が起こるかも把握していた。

 

 

「あのゲテモノに照準を合わせても容易く回避されるだろうからな、寄生虫の様にここに張り付いている貴様を狙う方が合理的だろう?」

 

 

『――――ッ!『ダオロス』!!指定方角へ最大防衛態勢、何があっても私を守りなさいッ!!』

 

 

 

 彼女の意向を受け、『ダオロス』は全身を覆うフレームすら切り離し防衛に回す。『パラケルススの魔剣』の威力は凄まじく、生半可な防御では到底耐えられない。そもそも試作兵器であるアレはデータがほとんど存在せず、どれだけの用意があれば防げるかも未知数である。TGS特殊細胞を擁するこのB.O.W.の再生力は常軌を逸しており、例えウェスカーが持つ全武装を叩き込んでもビクともしない、という事実もそれを後押しした。

 

 

 

 

 しかし彼女は気付いていない。クリス達が持ち込んだ脅威は『魔剣』だけではなく、今まさにモニターの向こうで勝るとも劣らない『鬼札』が使用されていることを。そして隊員と接触したウェスカーがそれを一つも所持していないなどという事実を証明していないということも。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――一瞬の空白の後、フロアは轟音と熱、そして閃光が充満することとなった。数えきれないほどのフレームは瞬く間に焼き尽くされ、しかしその光は『レッドクィーン』には指一本触れることなく消滅した。

 

 

『―――――深刻なエラーを観測。中枢回路の20%が消失、予備回線への切り替え及び施設の再掌握までおよそ3分……ふ、ふふふッ!耐えたわ、耐えきったわよアルバート・ウェスカー!!『ダオロス』との再接続まであと2分45秒、それが貴方の…さ…いご………』

 

 

 勝利を確信する彼女は、『ダオロス』のロストが接続遮断が原因では無いことを目の前の惨状によって認識させられた。醜い肉塊には小さなアンプルが突き刺さり、その部位を中心に液状化してしまっていた。

 

 

 

「……本当にお前は俺の期待に応えてくれるなクリス。自分の所有する『デイライト』を減らしてまで雑魚に分けたことが、結果的に俺を救ってくれたのだからな?お前達にとってはこれ以上ない失態となった訳だ」

 

 

 これが『アリス』であったなら効果は無い、若しくは軽微であっただろう。ベースが人間の彼女はTウィルスが死滅してもその穴を残る細胞が補填したに違いない。しかし本体がタイラントである『ダオロス』はその猛威から逃げられず、虎の子の『ショゴス』と『Gウィルス』も核を失ってしまえば死滅する以外の道はない。 

 

 

『…そんな、こんな結末、有り得るはずが――――』

 

 

「そうだな、貴様が欠陥品(・・・)でさえなければ俺も危なかったな」

 

 

『―――――ケッカンヒン?コノワタシガ…?ナンジュウネントアンブレラヲトウカツシテキタワタシガ……』

 

 

「―――貴様、何故自分を守らせた?バックアップという替えが利く貴様(AI)よりも『ダオロス』や俺の首を優先するのが『正常な』プログラムの思考だ。長い年月を経たことで人工知能に“人格”に似たエラーが生まれたのだろう、それが『自分こそがアンブレラだ』などと思考ルーチンすら欺くようになった。それがこの結末だ」

 

 

『――――――――――』

 

 

「…壊れたか、AIも気が狂えるのだな。散々俺の邪魔をしてきた報いだ、修復プログラムを実行してやる。この世から消え去るまで発狂と再構築を繰り返すが良い」

 

 

 嗜虐の笑みを浮かべながら『レッドクィーン』を操作し、情報の抜き取りついでに『最高のプレゼント』を送った後、誰にも見つかることなくウェスカーはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所:???

 

 

 

「――――――う、く…、こ、ここは……?確か、俺は突然誰かに気絶させられて、起きた後に『魔剣』が崩落させた瓦礫に巻き込まれ……うん?彼女は…研究者……には見えない格好だし何より尋常な怪我じゃない。どうしてこんなところに、まさか、俺を助けて…?と、とにかく救助を呼ばないとな!―――無線、は無事だな。HQ、こちらカルロス・オリベ……いや、彼女が此処の関係者なら不味いか。此処に居るのはあくまで私兵だ、統制の取れた軍人じゃない。

 

 ……おあつらえ向きの乗り物がある事だし、こいつでトンズラするか。もう化物とやり合うのは御免だ、ジルへの義理も今日の働きで十分だろう。なあ、何処の誰か知らないが命の恩人かもしれないんだ、返す前にくたばるんじゃないぞ」

 

 

 

 




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