BIOHAZARD Iridescent Stench 作:章介
Side クリス
『グオオオオオオォァッ!!!!!』
「くそ、こいつ様子が変だぞ!さっきまで御行儀良く避けてたってのに、急に形振り構わず突っ込んできやがった!!」
「そうね、まるで何かに怯えてるみたい。私たちにブルった・・・はずがないわよね」
「それより下からくる衝撃がヤバい!このままじゃ爆発する前に吹っ飛ぶぞ!!早くカタをつけないと!」
「もしかしてこいつも下の騒ぎが怖いの?それってこいつよりヤバいのがまだいるってこと!?」
「ちょっと!?人が敢えて考えないようにしてること態々言わないで頂戴!!?」
「す、すいません!!」
(クソがっ!?さっきから散々鉛弾をぶち込んでやってるのにちっとも止まらねえ。少しずつ息が上がってるし、時折ふらつくから全く効いてないわけじゃなさそうだが、揺れがひどくなってからはまるでハリケーンみたいな暴れっぷりだ。せっかくブラッドがロケットランチャーを下してくれたがとても拾いに行けそうにない。何とか隙を作らないと)
クリスたち一行は窮地に立たされていた。目の前の「究極の出来損ない」が裏切り者のウェスカーを串刺しにしたあと、まだ目覚めて直ぐだったためか、6人の一斉掃射に成す術無く倒されたことで彼らは安堵していた。もちろん屋上に出るまで彼らに油断はなく、信号弾に即応して駆けつけたヘリに、いよいよ動かすことが危険になり始めたエンリコとリチャードをバリーが乗せるところまでは順調だった。
ところがそのあとすぐにあの怪物が再び現れ離脱することが出来なくなってしまった。時限爆弾のこともあり、彼らの焦りは募るばかりだった。
しかしここで好機が訪れる。再度、一際大きな振動が館を駆け巡り、とうとう耐え切れなくなった屋上の一部が崩れ、その崩落にタイラントが巻き込まれたのである。今タイラントは右腕を突き立てかろうじて屋上にしがみ付いている状態だ。
(今だっ!)
クリスは急ぎランチャーの元に向かい、照準をタイラントに合わせる。ロケット弾は寸分違わず吸い込まれるように向かっていく。
(くたばれ化物!・・て、ハァッ!?ロケットを掴んで矛先を変えやがっただと!!?)
腐っても最高傑作のB.O.W.。視界内でまっすぐ飛んでくる鈍足の飛来物を掴み取るなど造作もなく、向きを変えられたロケットは夜明けの空に消えていった。幸い風に流され此処に落ちる恐れはない。ないが、ここでタイラントから視線を逸らしたのは致命的なミスといえよう。
「ぐあっ!?」
「クリスさ・・きゃあっ!?」
「ッ!?クリス!レベッカ!!」
彼らの注意が逸れた一瞬を逃さずタイラントは駆け上がり、そのままクリスに渾身のタックルを食らわせ彼を数メートル先まで吹き飛ばし、偶然直線上にいたレベッカも巻き込まれて吹き飛ばされる。
そのまま油断なく彼らに近づいたタイラントは、まずはより危険と判断したクリスを左腕でつかみ持ち上げる。ジルと、ヘリからライフルを構えたバリーが急いで援護射撃を仕掛けるがタイラントは歯牙にもかけず、右腕の鉤爪をクリスへ突き刺すべく構える。
「くそ、万事休すか・・」
「いえ、まだです!クリスさん!!」
直後、頭部を強打したにも拘らず驚異的なタフネスで気絶を免れたレベッカが、タイラントの目を盗んでアンプルに装填したとある薬品を起き上がると同時に突き刺す。
この薬品はここに向かう途中の派手に荒らされた研究室にあったもので、近くのマニュアルによると、これを打ち込むと、B.O.W.は脳機能が改善され、一定時間薬品内のマイクロチップに記された人物の命令に従わせることが出来るというもので「ターブル」というらしい。彼女は万一の際の切り札として、機械を操作して自身の声帯データをゲスト登録したのである。
「その男性を離して、跪きなさい!それと、私が許可するまで動かないで!!」
タイラントは苦悶の表情で命令を拒否しようとするが、腕が、細胞の一つ一つが彼の意志を拒絶し命令を忠実に実行する。
「君は最高の
「同感ね。クリス、レベッカ、手を貸すわ。さあ、後少しよ。もう少しだけ頑張って!」
駆け付けたジルは、途中で回収したロケットランチャーの弾頭をタイラントの口に叩き込むと、まだ衝撃の抜け切らないクリスとレベッカに肩を貸し、急いで離脱する。そしてヘリから降ろされた梯子に手をかけるとクリスは振り返り、サムライエッジを構える。
「ロケット・マンだ、ベイビー」
直後、発砲音と共に轟音が響き、タイラントは完全にこの世界から消滅した。
Side ウェスカー
『テケリ・リ、テケリ・リ』
「くそ、何だこいつは。この図体でどこに隠れていた?」
時は少し遡る。ウェスカーが自身の死を偽装し、クリス一行の目を欺いたまでは良かったのだが、データの大半が『レッドクィーン』の妨害に遭い入手できなかった。仕方なしにそのまま施設からの離脱と同時に自身の肉体に現れた新しい力のテストを行っていた。その締めとして、大昔から使い捨てられていた哀れな少女擬きを仕留めたところに、見たことも聞いたこともない怪物がやってきた。
―――凄まじい悪臭を纏い、玉虫色の光沢を放つ漆黒の流動体には無数の目と口が点在する不定形の怪物。また、凄まじく巨大で暴れるたびに洋館に激震が走る。意思など無い獣の様でありながら、常に先手を取って逃げ道を塞いでくるその手腕には明確な知性を感じさせる。何より重要なのは、ゾンビやその他の有象無象に意識をやることなく、自身にのみ殺気を向け襲い掛ってくる点だ―――。
「やれやれ。脱出まであまり時間が残されていないのだが、うっとうしい」
台詞ほど焦った様子を見せないが、それは気を遣った瞬間ミンチよりひどい結果になるとわかっているからだ。この超人的な身体能力をもってしても逃げ切れない、いや、それは語弊がある。これがなければ当の昔に挽肉になっているだろう。全方位から一斉に押し寄せてくる触手の群れからほんの一瞬出来た隙間に0.5秒以内に潜り込まないと押し潰される。そんな逃走劇をもう10分以上続けているのだ。彼が全力で逃げ出すのも当然だろう。
「さて、どうする?拳銃は弾の無駄、接近戦は論外、爆発物も手榴弾一つ位では怯ませることすら出来まい。出来ればサンプルが・・・飛沫からすら増殖して噛みつきに懸るこいつでは期待薄だな」
何気に追い詰められていたウェスカーだが、彼の持つ凶悪なまでの悪運が此処でも火を噴く。何の偶然か空の彼方を遊泳していたロケット弾が此処まで流されてきてしまい、それもちょうどこのジャンボコールタールへと激突し大爆発。四散してしまい活路が開かれていく。
「ほう?誰かは知らんが、俺の役に立てて良かったな」
これ幸いと逃げ出すウェスカー。当然すぐに復帰したコールタールも追いかけようとするが、突然すごい速さで消えてしまう。訝しんだ彼の耳に『自爆装置発動まで、残りあと一分です』というアナウンスが聞こえてくる。
「・・人語を理解する、か。あのドブの様な臭い以外は興味深い存在だったな。まあ、これから消し飛ぶゴミなど覚えておく価値もないか。
―――それよりクリス、ジル、それから大佐・・・。私の邪魔をした代償は必ず払ってもらうぞ。この借りは兆倍にして返してやる」
瞳を憤怒と憎悪で燃やしながらそう呟き、彼は闇の中へと消えた。
その後すぐに洋館は爆発した。多くの犠牲者や証拠と共に。ただし、その中にあの漆黒の流動体が含まれていたかは、要として知れない。
ここまでご覧いただき、ありがとうございます。これで「バイオ1編」終了です。
この後は幕間を挟んで、「OB」「OB2」「2」「OR」「3」に続いていきます。