帝国貴族はツラいよ。   作:高任斎

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えーい、ルドルフめぇ、なぜこんな国を作った。(棒)


帝国貴族はツラいよ。

 この世は夢か(うつつ)か。

 現実味の感じられない白黒の世界に生を受けて10年。

 一発で目が覚めた。

 ああ、まさに。

 世界が、鮮やかに色づくとはこのことか。

 俺の中の、時計が時を刻みだしたのがはっきりと分かる。

 ああ諸君、注目せよ。

 

 

 俺の目の前に、金髪の孺子(えいゆう)がいる。

 

 

 

 

 

 

 軍の幼年学校の同学年とはいえ、あちらは銀幕スター(しゅやく)で、俺は通行人A(モブ)だ。

 多少の照れと、多少どころではない気後れがある。

 俺みたいな存在が、同じ舞台の上に上がっていいのかってやつだ。

 なので、学校の授業に熱心に取り組みつつ、さりげなく視線を向けるというスタイルに徹していた。

 うん、徹していたんだけど。

 とりあえず言わせてくれ。

 

 

 これはひどい。

 

 

 姉が皇帝の寵姫であるラインハルトにちょっかいをかける貴族子弟(バカ)もひどいが、ヤマアラシ状態のラインハルトも大概ひどい。

 そして、原作の印象では苦労人ポジションだった赤毛さん(キルヒアイス)も、はっきり言うと微妙だ。

 まあ、平民で、しかも子供のキルヒアイスにそれを望むのは厳しいにしても、周囲との摩擦を和らげる仲介者としての立ち回りではなく、ラインハルトを守る騎士(ナイト)としての立ち回りになってしまっている。

 つまり、敵を減らす方向のベクトルに向かっていない。

 

 貴族社会には序列がある。

 階級社会に属する人間が、その序列を乱すことは秩序崩壊につながる。

 もちろん、教育や躾は家によって違うんだろうが……俺は、4歳や5歳の頃から鞭で叩かれ、時には顔面を(手加減はされていたが)殴打されながら育ってきた。

 年齢はともかくとして、似たような教育を受けた前世の経験があったのは幸いだっただろう。

 それにくわえて、この世界にどこか現実味を感じられずにいたから特に辛いとも感じなかったが……まあ、俺の場合は少々特殊な事情があったから躾や教育が厳しくなったのかもしれない。

 貴族の責務を果たすため、厳しい教育は当然で……ほかの連中も似たように教育されると聞いたし、実際そんな感じらしいのもわかってる。

 平民出身のキルヒアイスには、そのあたりが皮膚感覚として身についていないと言ってしまえばそれまでだが、逆に、貴族の子弟でそうした感覚を身につけていないのはおかしいはずなんだ。

 いや、10歳のガキとか関係ない。

 目上の人間の名前を間違えたり、覚えていないだけで問題になるのが貴族社会だ。

 当然、下の人間から名を尋ねるなんてできないから、身体特徴、紋章、持ち物、勲章などから、それらを察し、相手の序列にふさわしい対応を求められるのが貴族の社交界。

 知り合いがいないと詰むし、頭が悪いとやらかしてしまうし、そもそも、親なり後見人に迷惑がかかるから、躾と教育をあるレベルまで修了できないと、社交界へと参加させてもらえない。

 つまり、姉が皇帝の寵姫であるラインハルトにちょっかいをかけるバカの存在は、そのまま皇帝の権威そのものが失われていることを意味していると言えなくもない。

 まあ、皇帝の権威の有無にかかわらず、連中がバカであることに変わりはないが。

 そして、曲がりなりにも権力に連なる者であることも。

 

 これでも俺は、門閥貴族の端くれだ。

 しかも、社交界にもデビューを済ませている。

 勇気を出そう。

 一歩を踏み出そう。

 目標は、通行人A(モブ)からセリフありの端役(チョイ役)への昇格だ。

 どのみち、生き残りのために何らかのアクションをこさなきゃいけない時期でもある。

 というか、今の金髪さんと赤毛さんに足りないモノが俺には見えている。

 能力面においては比較対象にもならんだろうが、ここは精神年齢が年上の余裕を示してやらねばな。

 

「やれやれ、他人を貶めることでしか貴族としての自分を確認できないのか?」

 

 大きくため息。

 オーバーに肩をすくめてみせる。

 貴族には貴族の倫理がある。

 追求すべきはそこ。

 帝国の藩屏たる貴族としてあるべき姿……否定できない正論をもってやんわりと。

 ラインハルトが成績優秀なのは周知であるからして、競うべき場を提示。

 ついでに、連中の中心人物の親類関係の名を出し、釘を刺す。

 前世の記憶以前に、今世でも既に両親を失った苦労人だからな……立っている場所も、見えている景色も違う。

 社交界デビューもできない連中と一緒にされたくはない。

 というか、こういうバカのほとんどが次男三男であることに、どこかやりきれなさを感じてしまう。

 前世日本人の感覚だとピンと来ないかもしれないが、血を分けた兄弟でも、長男かそうでないかで、家での扱いはもちろん、教育にも格差がつけられるのが貴族の社会だ。

 家を継げない次男三男は、婿養子の口を探すか、軍で出世して身を立てるしかない。

 しかし、それを幼少時に理解しろというのは難しい。

 兄弟間の確執が普通に生まれたりするし、いろんな意味でひねくれるやつは必ず出てくる。

 衣食足りて礼節を知るってのは大事なことだが、『足りる』ってのが主観に左右されるのは間違いない。

 つまり、貴族の子弟で『精神的な面で』衣食の足りた存在は少数になるのが現実だ。

 下手に前世の記憶があるせいか、そのあたりがわかってしまうからやりきれないのだ。

 

 さて、これで1ヶ月ぐらいはおとなしくなってくれるといいんだが。

 すぐに、あの連中の親類筋にフォローも入れとかないといけない。

 貴族としての面子が関わってくる話だからね、火事になる前に素早く消火しなきゃ。

 もちろん、連絡を入れてそれでおしまいなんてことはない。

 贈り物なんかも当然必要になる。

 これも、相手の趣味嗜好に合わせ、季節や地域を感じさせる贈り物を選ぶ必要がある。

 ちなみに、全員同じ贈り物なんかにしたら、消火どころか大火事になる。

 贈り物をする相手にも、序列があるわけだからね。

 こんなふうにちょっと介入しただけで、どれだけの手間がかかって、金が飛んでいくことやら。

 まあ、これは俺の都合であり、貴族の都合でもあるんだけどさ。

 

 なあ、英雄様。

 俺が、これからどれだけの労力を払うか理解してるはずないよな?

 仕方がないってわかってるし、いくらお前さんが英雄で、俺がモブでもな……。

 

 前世の記憶的には、お前さんが俺を睨みつけてる理由はよくわかる。

 でもな、今世の記憶的には、すげーむかつくわ。

 立場が人を作るとは言うけど、貴族からものすごい嫌われるのがよくわかるし、助けてくれる人間が希少になるのも頷ける。

 というか英雄様よ、その、全方位殲滅の覇気は収めてくれんかな。

 マジで、10歳の子供の目つきじゃないよ。

 ああ、キルヒアイスの存在が癒しだわ……少なくとも、感謝の眼差しを向けてくれるもん。

 

「ミューゼル、その握りしめた拳をどうするつもりだ?」

 

 キルヒアイスがさっと手を押さえ、ラインハルトが唇を噛む。

 ああ、我慢するぐらいの分別はあるのか。

 なら顔に出すな。

 つーか、もうちょっと肩の力を抜けよ。

 ため息をつきながら、首を振ってやった……まあ、ある意味挑発だ。

 このぐらいの意趣返しは許されるだろ。

 

「私に手を出したら、どうなるかもわからんのか?卿の頭は飾りか?」

「ラ、ラインハルト様。抑えてください」

 

 すまんね、キルヒアイス。

 ちゃんとオチは付けるから。

 俺は、にやりと笑って言う。

 

「卿が手を出したら、私がボコボコにされるに決まっているじゃないか。もしかして、ミューゼルは、弱い者いじめが趣味なのか?」

 

 

 

 ああ、うん。

 キルヒアイスは笑ってくれたよ。

 ラインハルト、君は心の余裕が無さ過ぎると思うんだ。

 まあ、このぐらいで友誼が結べるとは思ってなかったけどさ……というか、俺もちょっと悪乗りした自覚はある。

 だから、そんなに睨むなっての。

 

 でもこの件でキルヒアイスとはわりと友好的になれたので、ちょいちょい貴族の価値観とか、力関係を少しずつレクチャーしてる。

 はあ、マジでキルヒアイスが癒しだわ。

 でもこうして話してると、ラインハルトが睨むんだよな。

 別にとりゃしねえよ。

 

 

 

 

 幼年学校の授業の合間に、領地経営の資料を確認したり、方針を打ち出したり……両親が死んだ時に横領されて放り出されるコースかなあと思ったけど、後見人が良い人でよかったというべきかどうか。

 躾と教育と労働と、ちょっと厳しすぎやしませんかね?

 前世の記憶があるからいいんだけど、小学5年や6年の子供にやらせる内容じゃないよ、これ。

 しかも、この資料は単に資料でしかないからね。

 長期休暇を利用して、『この資料が本当に正しいかどうかを確かめなきゃいけない』わけだ。

 ちなみに、幼年学校に入る前にタチの悪い不正役人を数人、物理的に首を飛ばしてます。

 ははは、今になって思えば、思いっきり現実の話なんだよなあ。

 領地に住む数千万の人間の命が、俺の両肩にのしかかってるわけで、だから俺は間違ったことをしたわけじゃないんだが……理屈ではわかっても感情がついてこないよ。

 ははは、マジか。

 マジだよ、チクショウ。

 帳簿というか、複式簿記とかそのあたりは、あんまり変わらないので助かってるけど……資産運用とか、フェザーン商人との話し合いとか、さあ。

 そういうのって、全部貴族家の当主がやるもんなの?

 担当の部下とか……いやいや、理解して任せるのと、理解せずに任せるのは違う。

 やらなきゃ、ちゃんとやらなきゃ。

 

 つーか、宇宙時代というか、帝国の貴族領地って星単位のブロック経済にならざるを得ないのか。

 農業を盛んにしても、宇宙船で運ぶ時点でコストが掛かって商売としてはほとんど成り立たないから、農業立国ってのが星の中の経済圏でしか存在できない。

 まあ、限られた商品作物の生産が例外となるんだろうけど……たぶん、ほとんどの貴族は鉱業開発に力を入れるんだろうな。

 貴重な鉱石を掘り出して、余裕があれば精錬して輸出……そんな単純じゃないけど、鉱物資源の星の奪い合いなんかを見てると、そう思ってる貴族が多いんだろう。

 ということは、農業は最低限のレベルで推移して、現状は人口減で……うわ、めっちゃ負のスパイラルじゃん。

 マクロ経済的に見ると、貴族たちは領地の収入をオーディンや、フェザーンで消費する。

 前世日本人の感覚で言えば、地方から都会へと金が吸い上げられる一方で、中央から地方へのカネの流れがほとんどない。

 100年200年のレベルでそういうカネの流れが固定されていたとすると、オーディン付近に領地を持つ大貴族以外の貴族連中は、やせ細っていく領地を抱えて、収入を落とさぬように税金上げ続けて帳尻を合わせてきたことになる。 

 え、これって、帝国詰んでないか?

 つまり、原作でいうところの帝国貴族大崩壊は、長年の歪みが一気に表面化したってとこか。

 ぎゃあああ、どこから手をつけたらいいのよ?

 つーか、ラインハルトという名の大災害が帝国を席巻するまであと10年ちょいって……これ、ラインハルトが登場しなくても、帝国そのものが詰んでる。

 うちの領地がまだましな方だとしたら、辺境星系は既に終わってる可能性が高い。

 人口という名の資源のリストラというか再構築が必要なのに、貴族がそれぞれ勝手にやらかしてるって最悪じゃん。

 俺がやらなきゃいけないのは、人口増に向けて農業生産拡大の指示を出して、領地周辺でブロック経済圏の構築構想と……。

 

 

「……あ、あの大丈夫ですか?」

 

 キルヒアイスか……大丈夫じゃない。

 マジ死ねる。

 身体が4つあって、1年が1000日ぐらい欲しい。

 でも、やらなきゃ領地のみんなが死ぬんだ……。

 不要な美術品とか売り飛ばそうとしたら、領地経営が怪しいとか噂が流れてよ……。

 調べてみたら、手放そうとした美術品を安く買い叩こうとしたアホが何人もいてなあ……。

 フェザーン商人と、帝国貴族を相手に、ガンガンやりあって、精神が削られていくのに、問題が山積みで、むしろ増えていくんだ……。

 あいつら、こっちが子供と思って甘く見やがって……。

 それならそれでずっと甘く見てればいいものを、1人罠にはめて尻の毛まで抜いてやったらあっという間に隙がなくなっちまいやがった。

 子供相手に大人げないだろ、チクショウが。

 もう、誰かあいつらぶっ殺してくんねえかなあ、マジで。

 

「な、なんかやばいこと口走ってませんか……」

 

 つーか、幼年学校とか通ってる場合じゃないんだって、マジで……。

 なのに、後見人が『幼年学校は卒業しなさい』とか言うし……。

 えー、原作に出てくるバカ貴族って、どこの世界の生き物なんですか?

 

 キルヒアイスが、温かい紅茶を持ってきてくれました。

 マジで俺の癒しです、キルヒアイス。

 なあ、おっちゃんと一緒に領地経営とか興味ない?

 言わないけど、心の中でつぶやくぐらいはいいよね。

 

 

 

 

 

 

 

「……食事中ぐらいは、仕事を中断してはどうなんだ?」

「それで、領地の人間が死んだら、目も当てられんよ」

 

 野良の英雄様(ラインハルト)が、ごくたまにですが話しかけてくれるようになりました。

 ここまで3年。

 長かったのか、短かったのか。

 ちなみに、門閥貴族の端くれが平民や帝国騎士階級に話しかけるのって、貴族の序列的にアウトとまではいわないけど、良い目では見られない。

 貴族子弟(バカ)に絡まれる二人を助けるんじゃなくて、『貴族子弟をたしなめる』という言い訳が必要ってことね。

 つまり、周囲が納得できる形で接触しないと、面倒な手間と金が掛かるんだよ、マジで。

 当然、ラインハルトがそんな事理解してるわけはないよね、ハハハ。

 まあ、周囲に人がほとんどいないからまだマシな状況だけどさ。

 あ、キルヒアイスは、俺の心の友……一方通行気味だが、状況さえよければ向こうもそれなりの親しみを見せてくれるから問題なし。

 まあ、キルヒアイスに色々とレクチャーしてた件で周囲から痛い目に遭わされたというか、色々と高い授業料を払って学んだこともあるし。

 ラインハルトも学習しろよと言いたいところだが、誰も教育しないし、できないから仕方ないね。

 ラインハルトの姉ローゼさんも、宮廷作法とか、貴族の作法とか、ちゃんと教えてくれる人がいなくてものすごく苦労してるっぽい。

 実際に門閥貴族の立場にならないと、見えない部分って、あるわぁ。

 ベーネミュンデ夫人じゃないけど、『下賤』には2つの受け取り方があって……貴族の血以外に、『ちゃんとした貴族の躾、教育を受けていない、修めていない貴族連中』も、下賎な連中と判断されます。

 つまり、皇帝の寵姫となって爵位を与えられたとしても……きちんと教育がなされていない限り、周囲の評価は変わらない。

 まあ、皇帝の周囲が人を手配して、きちんと教育していくのが普通なんだけどね……その教育に問題が出るってことは、皇帝の権威というか、いろんな意味で、舐められきってるのがよくわかる状況です。

 皇帝の権威を脅かしている門閥貴族の端くれが、それを口にしちゃいけないけど。

 

 それはそうと、現在、オーディンに依存しないというか、依存比率を下げたブロック経済を構築するため、領地周辺の貴族との話し合いに持っていく準備をせっせと進めている状態。

 悠長に飯食ってる時間なんてないのよ。

 話がまとまる、まとまらないに関係なく、計画はきちんと立てておかないと説得力もへったくれもない。

 つーか、このあたりの経済感覚が帝国ではなかなか理解されないのはどうして?

 民主主義と一緒に、経済学とか社会学とか捨てちゃったのか?

 そうだ、リュッケとかいるんじゃないの?

 開明派だっけ?

 やっべ、今度時間見つけてスカウトに行かなきゃ。

 原作?

 ははは、ウチの領地で実地研修していけよ、何か問題あるかね?

 つーか、やっぱ人材だよ。領地の人間で優秀な子供は、ヒモ付きで進学させよう。

 よーし、原案練るぞ。

 

「……領地もちの貴族とは、そのようなものなのか?」

「平民もいろいろ、貴族もいろいろ、250億の人間は、250億の生き様を見せ、250億の死に様を見せてくれる……そういうものではないか?」

「……」

「私は貴族としては平凡な生き様しか見せられぬだろうが、ミューゼルはひときわ眩しいそれを周囲の人間に示すのではないのかな?」

 

 いや、ここいいシーンじゃん。

 なんで心の友(キルヒアイス)は『平、凡……?』とか首をかしげちゃってるの?

 前世日本のサラリーマンは、みんなこんな感じよ?

 4年ほど子供の寝ている姿しか見てないなんてお父さんもいるからね。

 高校球児なんて、睡眠時間はともかく、休日なんてお正月の1日だけだし。

 つーか、タンクベッド睡眠っていいよなあ。

 前世にあれがあったら、もう少し彩に満ちた人生を送れたと思うんだけど。

 

 そういや、ラインハルトの父親っていつ死ぬんだっけ?

 この世界で生きてると、ちょっと疑問があるんだよな。

 いや、自分の娘が皇帝の寵姫になっちゃってるからね……普通は、父親にそれに見合った爵位が与えられるはずなんだよなあ。

 どーもそれを、固辞し続けてるらしいのよ。

 ラインハルトは『姉を金で売った最低の父親』って認識なんだろうけど……いざ貴族社会で生活してると、ちょっと違うかなあって。

 極端な話、『娘と息子の命を守るため』ってのもありかなあ、と思ったりする。

 しかし、父親の話なんかしたら怒るだろうし……。

 

 いや、ここでセリフありの端役(チョイ役)から、エンドロールに名前が載る脇役(重要人物)へとステップアップを目指す時期ではないだろうか?

 そもそも、ラインハルトとは幼年学校を卒業したら顔を合わせることもほぼなくなるだろうし。

 

 

 

 

 

 はい、逆鱗、逆鱗、へへっ、いいパンチ持ってんじゃん。

 まさかのコンビネーションだったなあ……最初のはなんとか避けたのに。

 ああ、キルヒアイスは騒がない、いろいろ面倒が起こるから。

 俺は転びました、OK?

 ん?

 そういや、話したことなかったか。

 親類がいないわけじゃないんだが、両親というか、家族みんな死んでるからなあ。

 後見人はいるし、良くしてくれる人もいるから、それはいいんだ。

 ただ、ミューゼルは、休日はもちろん、長期休暇にも実家に帰ってる気配がないだろう?

 それが気になったってのは……所詮は、言い訳だがな。

 人間誰でも、他人に立ち入られたくない部分はあるもんさ。

 礼を失したのは俺の方ってことかな。

 なに、今度お詫びとしてチシャを大量に送って……え、絶対ダメ?

 ははは、ダメと言われたらやりたくならないか?

 

 

 

 

 

 

 

 そうして俺は、セリフありの端役(チョイ役)から、エンドロールに名前が載る脇役(重要人物)へのステップアップを失敗したまま、幼年学校を卒業した。

 

 え、英雄様(ラインハルト)は首席卒業だったよ。

 ただ、キルヒアイスの成績が納得いかない。

 俺が見た感じだと、ワンツーフィニッシュでもおかしくないはずなんだが、平民だからって、逆補正がかけられたのかねえ。

 まあ、そういうわけで、門閥貴族の端くれの俺の成績に信頼性はない、いいね?

 つーか、あのふたりマジで優秀なんだよな。

 相変わらず、コミュニケーションに問題はあるけど。

 

 さて、あの二人はこれから戦場をめぐり、俺は領地内を駆け回る。

 次に会う時のために、別れの言葉でも考えておくかね。

 なんで別れの言葉かって?

 ……ふむ。

 どこから話せばいいかな。

 まあ、結論から言うと、ラインハルトのもとに身を寄せて生き残るってのは無理だ。

 

 幼くして両親を失った俺の後見人になってくれて、領地を横領するでもなく、俺の躾や教育に至るまで手をかけてくれたのが、リッテンハイム侯爵なんだわ。

 原作読者の目から見れば、憎たらしいバカ貴族の親玉かもしれんけどよ……育ててもらった人間から見れば、頼りがいのある良いオッサンなんだよ、これが。

 侯爵夫人も、ちょいと性格はきつめだが悪い人じゃない……というかむしろ好みだ。

 当然、幼少時から今に至るまで世話になったのも、門閥貴族でなあ。

 そりゃ、中にはちょっと……って連中もいるけどな。

 

 リップシュタット戦役だったか。

 原作通りに歴史が進むなら、あと5年ちょっとってとこか。

 

 なあ、家族を失った俺に良くしてくれた親代わりの存在に、気をかけてくれたおじさんおばさん、付き合いのあった近所の兄ちゃん姉ちゃん、遊んでやった弟や妹みたいな存在も、全部裏切ってラインハルトの側につけられるか?

 前世日本人のメンタルには、ちょっと厳しい。

 

 ついでに言うと、俺がそうしたら困るのはラインハルトの方だ。

 俺とラインハルトの間にそれなりの友好関係があると思われている。

 ラインハルトを支持するのは、基本的に軍人を主体とした、下級貴族や平民たちだろう。

 そこに俺が味方する?

 支持母体に対する裏切りだろう、それは。

 つーか、オーベルシュタインが黙ってないよね。(笑)

 

 軍人としての俺の能力は……後方士官としてはそこそこ、指揮官としては赤点ライン、戦士としては並……まあ、通信簿の一言欄で教師が何を書こうか悩む感じのアレだ。

 軍人とは言えない、軍人貴族を含めての並というのが、俺の自己評価。

 ラインハルト陣営で重用されるような人材じゃないのは確か。

 文官とか、民生面では多少良い評価がもらえるんだろうが……門閥貴族ってだけで、台無しになりかねない。

 俺の命を救うってことは、『ラインハルトが個人的な友誼を優先した』と見られかねないから。

 これから皇帝になるって存在には、余計な荷物としか言い様がないだろ。

 そして俺は、親しい知人を全部なくして、『裏切り者扱い』だ。

 どんな罰ゲームだよ。

 死んでないってことと、生き残るってことは別モンだろ。 

 

 そして、これが一番泣けるんだが……。

 ラインハルトが勝って、綺麗さっぱり貴族どもを始末しないと、帝国が滅ぶ。

 ウチの領地が、とか言ってるレベルじゃなかったわ。

 人口減少も相まって、帝国の経済システムと言っていいのか……ズタボロなんだよ。

 そうだな、前世日本において、世界から船がなくなる感じか。

 同じ星の中でも、経済の大変動が起こるのは想像できると思う。

 それが、宇宙単位となると……距離の壁は、絶望さ。

 人類が宇宙に飛び出し社会を構築するにあたって、統一国家ってのはある意味必須なのかもな。

 

 人間社会を有機的に形成するためには、最低限必要な人口や産業の形成ってのがあって……イゼルローン回廊近くの、いわゆる辺境星系なんてひどいもんだ。

 農業が、マジで手作業で行われてる。

 採算が取れないって理由だけじゃないんだろうけど、農業機械の生産や修理が、付近の星系において産業として成り立ってないのさ。

 単純に鉱工業を発達させようと思ったら、必要なものがいくつかある。

 製品を消費する市場。

 宇宙港の整備。

 輸送船の数と整備に関する諸々。

 ああ、輸送航路を警備する戦力もそうか。

 まあ、ぶっちゃけ、人と金だ。

 帝国政府が、辺境に支援すればいいと考えるかもしれないが、地球という同じ星の感覚で輸送コストを考えるのはやめたほうがいい。

 せっせと支援して、輸送コストが上乗せされて、割高になった製品を誰が買うのかって話だよ。

 帝国政府の、財務に関わる役人が、そんな無駄金を使うはずないよね?

 長期的に見て、その必要性を感じたとしても……権力がない。

 つまり、金を持った領地貴族が家を傾ける覚悟でやらかすか、絶対権力者である皇帝が強権発動してやらせるか。

 うん、当然今の辺境の貴族は、とことん貧乏をこじらせている状態。

 そして、皇帝の周囲に居る人間は、基本的に権力者。

 つまり、首都付近に領地を持ち、今の経済システムで恩恵を得ている立場。

 

 自分の利益にならない政策を、同じくそう思ってる人間に納得させられるかな?

 

 つまり、国は動かない。

 崩壊寸前になるまで、そんな政策は承認されないし、皇帝の耳には入らない。

 下の人間の意見は握りつぶされる。

 言っておくけど、門閥貴族のトップといっても、それはいろんな貴族が身を寄せた権力集合体に過ぎない。

 つまり、『自分たちの利益にならないトップは、見限られる』。

 帝国の長期的な展望を見据えて……なんて意見は通らない。

 意見を通そうと思ったら、どうしても絶対的権力が必要なんだが、悲しいことに門閥貴族は絶対的権力者ではない。

 

 数百年にわたって、帝国の貴族領はいびつな発展というか変化をしてきている。

 星単位、星系単位のブロック経済にならざるを得ないのに、それを無視して利益を得るための産業構造に作り変えていった。

 つまり、人、モノ、金がきちんと行き交うことによって、今の帝国は有機的連合体として国の形をとっていられるわけだ。

 よく言えば、貴族領ごとに役割分担された産業構造だが……悪く言えば、出来損ないのモノカルチャー経済だ。

 人口減によって人が、長期にわたる搾取によって金が、そしてモノの動きが滞る。

 

 これは、昨日今日始まったことではなく、数百年の時の流れの中でこうなってしまった、社会的構造だ。

 

 貴族の領地なんて、小さな国は全部ぶっ潰して、中央集権による強権発動で、あらためて国をデザインしなきゃやっていけないレベルになっちまってるんだ。

 

 開明派の連中と将来の展望について語ってたんだが、門閥貴族のつてでほかの貴族の領地の資料とか手に入れて包括的に分析してみたら……。

 全員青ざめたよ。

 

 結論としては、早急な中央集権化が前提条件。

 今の帝国領土の一部放棄の上、人口と産業の集中など……強権を発動しなきゃできないことだらけだ。

 検討してた連中が、俺も含めて全員泣いてたよ。

 あと50年早く気づいてたらってな。

 

 その前提で考えると。

 貴族連合がラインハルトを倒したとして、その上で貴族連合の中で盟主を決めるための決戦をやらなきゃ収まらない。

 そんなこと悠長にやってる時間はないんだが、貴族のあり方というか、帝国の権力構造からしてそうならざるを得ない。

 しかも、同盟はその展開を待ち望んでるわけだ。

 

 わかるだろう?

 貴族連合が勝ってしまったら、この国はオシマイなんだ。

 

 前世において、英雄様(ラインハルト)に都合良すぎだろって思わなかったといえば嘘になる。

 でも、今ならわかる。

 あの物語の展開、全部が全部、ご都合主義じゃないわ。

 だって、帝国の現状をきちんと知る人間ならすぐにわかるから。

 ラインハルトに思う存分暴れてもらわないと、国そのものが吹っ飛ぶって。

 自分の命だけ助かりたいなんて考える人間はともかく、『内乱を最小限に抑えたい』『帝国そのものじゃなく、文化を守りたい』『領地の人間を守りたい』『同盟に負けたくない』……などなど。

 ラインハルトに好意的とか関係ないんだ。

 人は、自分が守りたいもののために行動する生き物だ。

 おそらく、あのご都合主義の裏で、かなりの人間が暗躍してるはずだ。

 

 もちろん、俺もそうする。

 俺と語り合った開明派の人間もそう動く。

 つまり、この国を支えている役人連中は、この国の有様をおぼろげにでも理解している人間は、ラインハルトを助ける方向で動く。

 別に表立って動く必要はない。

 重要な情報を握りつぶす。

 ほんの少し、違ったデータを用意する。

 そうやって、物言わぬ無数の人間が、ほんの少しだけ手助けする。

 

 そういや、原作ではあのタイミングで皇帝陛下の崩御とか……ははは、あんまり考えたくないな。

 

『表には出てこない国民の声』が、英雄を後押ししたなんて表現でごまかしておくか。

 英雄は、その時代に望まれて登場する。

 いまさらながら、深い言葉だと思う。

 

 これから数年、俺の領地は良くも悪くも改革の実験場だ。

 データは開明派の連中に全部渡す。

 門閥貴族ってだけで、悪者にされる時代が来るからな。

 

 どうやら俺は、通行人A(モブ)でもセリフありの端役(チョイ役)でもなく、生まれた瞬間から悪役(やられ役)だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よう、久しぶり。

 

 キルヒアイスは背が伸びていた。

 どこか困ったような表情で、俺と握手を交わす。

 味方できない理由は、通信で伝えたつもりなんだがなあ。

 俺としても、苦笑するしかない。

 

 まあ、宇宙艦隊司令長官のローエングラム伯爵に呼び出されたら、出向くしかないけどな。

 

 

 

 

 よう、いくつになっても金髪の孺子扱いだな、お前は。

 

 いや、もちろん人払いされてるからな。

 ビッテンフェルトとかいたら、こんな軽口叩けねえよ、怖いし。

 俺の軽口に戸惑ったような表情を浮かべていたラインハルトは、あらためて俺を睨みつけてきた。

 まあ、睨みつけてるように見えるだけだな。

 

「卿が私と戦ったらどうなるかわかっているのか?」

 

 ははは、俺がボコボコにされるに決まってるじゃねえか。

 

「……初めて会った時も、卿は、似たようなことを言ったな」

 

 心配するな、弱い者いじめなんて思わねえよ。

 だから、辛気臭い顔すんな。

 ん?

 ああ、領地改革で平民相手にバチバチやってたからな。

 少々口調が乱暴になってるのは許せ。

 

 それでようやく、ラインハルトがちょっと笑う。

 

 ちょくちょく贈ってた昇進祝いの礼と、嫌がらせに贈ってた領地特産のチシャに対する手荒い礼と。

 この5年のお互いの近況と、そして、幼年学校の思い出と。

 今更語ることはほとんどない。

 語ることはほとんどないって言ってるだろ?

 この5年、領地に引きこもってずっと経営に専念してたんだっての。

 ベーネミュンデ夫人の件とか知りません。

 いや、フレーゲル男爵の件は、俺もあいつが嫌いだったから。

 門閥貴族には、門閥貴族の都合があるのだ。

 ふははは。

 あ、うん、自分でも似合わんと思ったわ。

 

 どちらからともなく立ち上がり、握手を交わす。

 戦場で、の一言もなく別れた。

 いくら戦場で相まみえようとも、俺が軍人ではないことをわかってるからだろう。

 

 心の友(キルヒアイス)の件は、一応手を回しておいた。

 指輪タイプの武器とかこんなにいろいろあるんだぜ……などと、警備関係者に大宣伝してやったぜ。

 予言とか、頭おかしいって言われるだけだから、いろいろ考えた挙句にそれだよ。

 というか、キルヒアイスの昇進祝いに贈ってやったよ。

 いざという時は、これでラインハルトを守れってな。

 あれだけの能力持ちだ、あのシーンでもピンと来るだろ。

 正直、俺が死んだ後のことまで責任持てん。

 

 

 

 

 元帥府を後にして、ふと、前世の映画作品を思い出した。

 東京は、葛飾柴又に時折現れる主人公。

 旅先で出会った女性に恋をして、振られてまた新たな旅に出る。

 それだけの話。

 一体何がツラいのかと思っていたが、今ならわかるような気がする。

 

 あの主人公には帰る場所がある。

 温かく迎えてくれる家族のような存在がいる。

 なのに主人公は、そこに居続けることができずに、故郷を離れて旅に出る。

 

 それはきっと、物語の中では語られない、そこにいられない理由があるのだろう。

 その語られない何かが、『男』である理由であり、『ツラい』理由なのではあるまいか。

 

 

 

 俺は、口笛を吹きつつ歩き出す。

 門閥貴族(悪役)は、滅ぼされるまでがお仕事さ。

 

 はは、帝国貴族(にほんじん)はツラいよ。

 

 

 




ルドルフ:『俺のせいじゃねえよ!』
フリードリヒ4世:『ワシのせいでもないな。むしろ被害者だろう』

というか、フォークのやつとか、銀英伝の短編ものはまとめたほうが良いのかなあ……。
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