帝国貴族はツラいよ。   作:高任斎

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蛇足とか言わないで。(笑)
ちなみに、キルヒアイスは存命。


おまけ:他人から見える帝国貴族。

 おまけ1:開明派の誰か。

 

 優秀な人ではなかった。

 軍人としてはよく知らないが、まあ性格的に向いているとは思えなかったし、本人自らが『贔屓目に見て並程度』と言うぐらいだから、そうなんだろう。

 自分を飾る人ではなかったし、大げさに謙遜するような人でもなかった。

 多少、自己評価がおかしい部分はあったが。

 文官としては、並以上ではあったと思うが、優秀とまでは言えない程度。

 そして、領地経営者としての手腕が優れているというわけでもなかったように思う。

 クロプシュトック侯爵の例を挙げるまでもなく、領地経営に力を入れればきちんと結果を残せる人はそれなりに存在する。

 まあ、領地経営に精を出す貴族の存在が珍しいからこそ、ひどいことになってる領地が散見できるわけだが。

 領地経営を重視して精を出すことができるという意味で、あの人は優秀だったとは言えるだろうが、そのやる気に見合った能力が伴なっていなかった……か。

 

 つまるところ、貴族らしいお人ではなかった。

 もちろん、その立ち居振る舞いは、どこに出てもおかしくない、門閥貴族のそれではあったが。

 そういえば、口の悪い同僚がこんな風に言ってたな。

 

 勤勉な小役人が、門閥貴族の皮をかぶっている、と。

 

 それを聞いて、何人かが『なるほど!』と膝を打ってたが……さすがに失礼だろう。

 まあ、その程度のことで怒るような方ではなかったとはいえ。

 むろん、その同僚も……好意的に見ていたからこそ、そんなことを口にしたのだろう。

 あの人は、人に嫌われるような人ではなかったからな。

 

 ただ、軍人とか、文官とか……役人、貴族、平民など、身分を越えたいろんな立場でモノを見られる人だった。

 自由惑星同盟のこともよく知っていた。

 フェザーンについても、いろいろと理解していた。

 民主主義、法治主義、帝国主義……細かい部分はともかく、大まかな理念やその狙い、そして長所と短所などについても、よく知っていた。

 広範囲にわたる知識によるものだろう、ミクロではなく、マクロの視点をもって、包み込むように物事を考えられる人だった。

 

 ……惜しい人をなくした。

 

 今になって、いや、今だからこそわかる。

 優秀な人ではなかったが、必要な人だった。

 専門家の中に加わると、埋没してしまうから優秀じゃない。

 それは確かに間違いじゃない。

 でも、それはどの専門家だって別の分野に叩き込まれたら似たような評価を受ける。

 経済システムやら、社会システムの構造そのものを改革にするにあたって、各分野の専門家の話をすり合わせなければいけないのだが……ひどい有様になった。

 思えば、あの人がいたとき……とても仕事がしやすかった。

 隙間を埋めてくれるというか、足りないものを足してくれるというか、拡散するだけの空論に、大枠をはめて制限し、現実的な収束点を与えてくれた。

 あの人は、様々な分野において専門家ではなかったかもしれないが、その広範囲にわたる知識によって、専門家同士を有機的につなぎ合わせることが出来る、マネジメント能力に優れた人だったと思う。

 幼少期に家族を失い、自分ひとりが生き残ったと聞いている。

 後見人に世話を見てもらう生活の中で、周囲の人間の立場を知り、自分を潤滑油とすることで摩擦を軽減していく……幼少期から、そんな生き方を強いられてきたのだろうか。

 そうした特殊な環境が、あの能力を生んだのだとすると、少し悲しい気もする。

 

 

 ……すこし、嘘をついた。

 

 惜しい人をなくしたというのは少し違う。

 身分や、立場を抜きにして、あの人のことが好きだった。

 

 死んで欲しくなかった人だった。

 

 帝国の未来。

 絶望の未来。

 言葉をなくしたみんなの前で、あの人は大きくため息をついてから……こう言った。

 

 ああ、これって……俺は死ぬしかないなあ。

 

 あの言葉を、生涯忘れることはないだろう。

 あの表情を、決して忘れることはないだろう。

 あの時、あの場所にいたみんなの涙を、忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 あの人は、私の友人だよ、と。

 そんな風に軽く言える社会を……作りたい。

 そう、願っている。

 

 

 

 おまけ2:心の友。

 

 ラインハルト様が、チシャのサンドイッチを食べている。

 それも、これ以上はないぐらい不機嫌そうな表情で。

 あの表情を見れば、ラインハルト様がチシャをお嫌いなのだと、子供でも理解に及ぶだろう。

 もちろん、周囲の人間はそれを皆知っているから、普段の食事にチシャを出すことはない。

 だったら何故……と言われると、まあ、ラインハルト様にチシャの料理を要求されて、拒否できるはずもないとしかいえない。

 その上で、あんな表情で食べるのだから……正直、担当者には同情を禁じえないところだ。

 

 こんなふうに、ラインハルト様は年に2~3度、チシャ料理を要求する。

 

 いや、要求するようになられた。

 2~3度のうちの1度は、キフォイザー星域で彼が命を落とした時期……ラインハルト様なりの供養の意味合いがあるのだろう。

 今は、その時期からは外れている……とすると、何か面倒事がラインハルト様を悩ましているのだろう。

 軍事や政治とは関係ない、おそらくは人間関係の悩みではないかと思う。

 ラインハルト様は、チシャを見て彼のことを思い出すのかもしれないが、私は、ラインハルト様の不機嫌そうな様子を見て、彼を思い出してしまう。

 

 

 ……キフォイザー星域で彼を殺したのは、私だ。

 私が彼の死を告げた時のラインハルト様の表情は……今と同じように、不機嫌そのものだったから。

 

 彼は、リッテンハイム侯爵をかばって死んだ。

 混乱の中で無防備な横腹をさらしていた侯爵の本隊を狙った私との間に、彼が率いる艦隊が割り込んできた。

 旗艦自らを中心に壁を形成し、防御に徹した時間稼ぎ。

 旗艦を失ってなお、そう多くもない彼の艦隊はほとんど乱れも見せずに侯爵を守る壁であり続けた。

 

 幼少期に家族を失った彼の後見人となって育ててくれたのが侯爵だったのは知っていたが、はたして命をかけてまで庇う価値のあった人物かどうか疑問だ。

 彼に庇われたあと、侯爵は無様な姿を晒した。

 戦場から逃亡する際、邪魔になる味方の艦を攻撃したのだ。

 ……あとはひどいものだった。

 

 息子も同然の彼が自分をかばって死んだことで動揺しての所業だったと……そう願いたい。

 そうでなければ、彼の死はあまりにも報われない。

 

 

 

 思えば、不思議な人だった。

 

 ラインハルト様が気づいていたかどうかはともかく、彼は最初から好意的だった。

 その好意を、周囲には巧みに隠しつつ、事を荒立てず、その場を穏やかに収めようと努めていた。

 当時のラインハルト様は、『問題の先送りに過ぎん。優柔不断で、ただの弱腰ということではないか』などと言ってたが、味方を作る大切さ、敵を作らない重要さは、軍に入ってから理解せざるを得なかった。

 平民には平民の、貴族には貴族の視点があるように、同じ貴族でも、いろんな立場があり、思惑があり、視点がある。

 彼が教えてくれた、貴族としてのあり方や思考が、少なからず役立った。

 役立ちはしたが、すぐに限界を感じた。

 周囲の人間はもちろん、直接目に見えない存在の立場や考えを知るには、情報を集めるつてが必要になる。

 情報を分析する能力があっても、情報そのものが集まらなければ勝負にならない。

 ラインハルト様と私には、形の上での部下はいても、味方がいなかった。

 情報の重要さを知り、孤立することの恐ろしさを初めて実感したといえる。

 ラインハルト様は、良くも悪くも我が道をゆくお方だ。

 他人の思惑や視点のあり方に左右される必要はないが、知る必要はある。

 ラインハルト様を支えるというのは、こういうことだろう。

 

 

 昇進の際にひそやかに送られてくるお祝いの品とは別に、おそらくは幼年学校の食堂でそれと気づいたのか、嫌がらせのために送られてくるチシャの箱。

 あれを受け取るたびに、癇癪を起こしていたラインハルト様が懐かしい。

 今のお立場では、気軽にそんな感情を示すこともできないだろう。

 門閥貴族の一員だった彼も、似たような不自由さに苦しめられていたのだろうか。

 

 手を見る。

 彼と交わした最後の握手を思い出す。

 いざという時はこれでラインハルト様の命を救えと、贈られた指輪。

 アンスバッハ准将が同タイプの指輪を付けていたと聞いた。

 ラインハルト様の命を狙っていたのだろうが、指輪の存在に気づいた警備担当者によってあらためて厳重に調べられ ブラウンシュバイク公の遺体の中にも武器を隠していたのが発覚し、そのまま拘束される運びとなった。

 ヴェスターラントの件で、あの時私は武器の携帯を許されなかった……指輪を除いて。

 

 無意識に、指先で指輪をなぞっていた。

 いつの間にか、癖になってしまったらしい仕草。

 ラインハルト様にも、部下にも、それを指摘されて気づいた。

 気づいてなお、それがやめられない。

 

 私が、彼を殺した。

 ラインハルト様にチシャを送ってくれる彼はもういない。

 

 チシャ料理を不機嫌そうに食べるラインハルト様を見ると、ほんの少しだけ、嫉妬めいた感情を覚える。

 ラインハルト様に必要だったのは、私ではなく、彼だったのではないだろうか。

 

 

 

 

 おまけ3:英雄様。

 

 マリーンドルフ伯爵と接していると、ふと、奴のことを思い出すことがある。

 伯爵の話を聞いて、今更ながら奴の行動の意味に気付かされることがある。

 伯爵が、時折自分のことを気遣うような視線を向けている。

 そんな伯爵の目に、奴の視線を思い出すこともある。

 

 奴との付き合いは、基本的に幼年学校に通っていた間だけにすぎないというのに。

 

 同年代の子供に、まるで保護者のような感情を抱かれていたのかと思うと……少し腹ただしい。

 というか、10歳やそこらで、世慣れた大人のような立ち回りをする奴のほうがおかしい。

 奴の生い立ちというか、複雑な家庭の事情は知識として知っている。

 もちろん、生活に苦労するなどということはなかったのだろうが……。

 

 

 あの愚物に姉を奪われてから、私は、私であるために走り続けてきた。

 そんな私のそばに、いつもキルヒアイスがいてくれた。

 いつだって、私は私でいられた。

 自分が、自分以外の何者になるなど、考えもしなかった。

 

『門閥貴族の命を救って、なにかメリットはあるのか?』

 

 穏やかな表情のまま、奴はオーベルシュタインと同じことを口にした。

 正直、言葉に詰まった。

 悪く言えば、いくらでも代わりがいる程度の能力。

 奴は、キルヒアイスとは違う。

 同士でもなければ、友でもなかった。

 幼年学校の同窓のよしみという言葉では片付けられない好意を向けられていたのは確かだろう。

 門閥貴族とかいう立場はともかく、一つだけはっきりと言えることがある。

 奴は、敵ではなかった。

 

『つーかなぁ、キルヒアイスとお姉さんのどっちか選べって言われて選べるのか、お前?同窓生のよしみで、そういう提案は勘弁してくれ』

 

 帝国を生まれ変わらせるために門閥貴族連中を掃除しろといいながら、門閥貴族を裏切ることができないという矛盾。

 言葉にできない感情。

 ふざけるなと叫びたかった。

 父の事を言われた時のようにぶん殴ってやろうかと思った。

 ほかにも色々とあったが、それら全てを奴の目が押しとどめた。

 軍人の、死ぬ覚悟を決めた目ではなく……どこか達観した、死を目前に控えた老人のような眼差し。

 あんなものを見せられては……もう、奴の顔を見ることができなかった。

 

 奴の最後、リッテンハイム侯を庇っての戦死を聞いて……似合わないと思いつつ、奴らしいなとも思った。

 戦いだから仕方ないし、あらためて処刑などと考えずに助かったとも思った。

 だから、小さく頷いただけで流したのだが……キルヒアイスが複雑そうな表情を浮かべていたのが印象に残っている。

 キルヒアイスは奴と親しかったからな……複雑だったのだろう。

 

 私は、私であり続けたいと願ったが、奴はどうだったのだろう?

 門閥貴族として生を受け、門閥貴族として生き、そして死んでいった。

 その自殺とも言える生涯に、なにか思うことはなかったのか?

 自分のことよりも、周囲のことばかりを気にかけていた……そんな印象がある。

 そんな奴に、自分が自分でいられる瞬間が、どれぐらいあったのだろう。

 考えても仕方のないことだが、あの時の、あの眼差しが、今も忘れられずにいる。

 

 

 ……いかんな。

 軽く、目立たない程度に頭を振る。

 感傷に浸っている場合ではない。

 今日というより、あと数分で皇帝になる男に、後ろを振り返っている余裕はない。

 自分が自分であるために、前だけを見て走り続ける。

 

 




今気づいた。
キルヒアイスは助かったけど、これってラインハルトが後継者を残さずに死ぬ流れ……。

やっべ、銀河は再び混沌の中に叩き込まれるよ、これ。(笑)
これか、これがバタフライエフェクトか!
二次創作なら、誰もが一度はキルヒアイスを救うことを考えると思うんだが……どうクリアするべきなんだろう。
姉ローゼさん……は、どうあがいても旧帝国の皇帝寵姫という肩書きが邪魔をして収まらないだろうし、内乱モード突入待ったなし?

誤字報告、感謝です。
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