青年期の激流 作:こたつ猫
中学時代前半の俺にとって他人とは理解はできるが、嫌悪の対象であった。同級生は言葉の重みを自覚せず、平気で相手を傷つける。集団で自分より劣ってる物を嗤い、悦に入る。大人は自己保身の為、目を反らす。そんな認識だった。周りすべてが敵に見えていた。今思えばひどく生きづらい考え方だった。切欠はある同級生に告白した所から始まった。
昔の俺は、女子が自分にプリントを渡すとかあいさつを掛けてくれるなどの日常の何気ない行動を自分への好意だと勘違いすることが多かった、その為、惚れ易く、その度に告白し、振られてきた。
なぜ振られたのか自分で気づければその後の中学生活も変わったのかもしれないが、その時の俺は気づけなかった。酷く愚かだった。また、自分で気づけなくても誰かに指摘されれば繰り返さずに済んだかもしれない。
だが、相談できるような友達も居らず、親も妹に係きりで半放置。自分で気づくしかなった。相手からすればなんとなく表面上のコミュニケーションをしてただけの、ただのクラスメイト。そんな認識なのに、親しくもない奴から告白されたならば当然分かりきった結末になる。
多くの場合、告白する前に大抵勝負は決まっている。例外はあるが前もって色々やらないといけない場合がほとんどで、告白はある意味、確認作業に近い。容姿及び能力に優れていれば、またはもっと親交が深ければ結果も違ったかもしれないが、そんなことも無く。そのときも優しさ?と好意を履き違えて告白し見事振られた。ここまでなら誰にでもある普遍的な話だと言えよう。比企谷八幡が振られるのも納得のいく話だ。自業自得と言ってもいい。だが俺にとってほとんどの他人を相容れない存在と見なした、決定的な事件は告白した日の翌日に起こった。
学校に行き教室に入ってみると周りが自分をみて笑っていたのだ。視線に侮蔑が乗っており、不思議に思い周りを観察すると黒板が目に留まった。そこには自分が告白して振られたことが書かれており、それを見た瞬間、体が動かなくなり、一緒止まった。心が苦しくなり、血の気が引く。視覚から入ってくる情報を処理しきれず体が硬直していると昨日告白した相手である少女が視界に映った。笑いながらこちらを見ていた。意味がわからなかった。今までも振られた後、女子から嫌われ陰口を叩かれたことは有ったが、こんなにも大々的に広められることはなかった。何も言えず硬直してると、彼女が言った。
「とくに関係も無いのに急に告られても、正直きもいんだけどまじウケる」
嘲笑うよう言われて、俺は今までの自分の失敗にようやく気づけた。そして、後悔や怒りなど、自分でもよくわからないどろどろした行き場のない感情が心を埋め尽くした。そこからの日々のことは正直覚えてない。誰とも話さず、周りに無視され、笑われながら生活を送り、見て見ぬふりをし、自己保身を優先した教師に気づき、事件のあった中1から中2の夏まで過ごした。
辛かった。苦しかった。だが、不思議と涙は出なかった。ただ、心が磨り減っていたのは今でも覚えている。
幸い、やることもなかったので勉強だけはやってた。ある意味、自己防衛の一種なのだろう。現実での負荷を勉学に吐き出していたのだ。誰にも言えない暗い感情を勉強のモチベーションへ変換し叩きつけていた。参考書と向き合っている時は、問題解決に脳がリソースを割くので余計なことを考えずに済んだからだ。
また勉学に没入していたのは別の理由もあった。
あの事件が有ってから俺は結果と要因に注意するようになった。告白の成功という事象に対しては様々な要因が密接に関わってくる。その中で比率が高いのが個人の感情だ。相手の情動を動かし関心を自分に向ける。実体験を伴ってない机上の空論でしかないが、これが当時の俺が反省し考察した告白の成功へ道だ。だが、この感情というモノは外的要因及び自己要因に非常に反応しやすく、常に変動し続けるため予想が困難なのだ。
だが勉学はそれに比べたら解りやすいのだ。学力を上げるための要因を推測し実行、適宜修正し自分にあった方法を確立し実行する。それだけで良いのだ。また、この要因のほとんどが自己帰結しているため、適切な努力をした分だけ試験などの結果に正確に出力され、また自分の財産になるからだ。言い換えれば"本物"といってもいい。確かで限りなく不変な物だ。不確定で不安定な他者の気持ちなどもほとんど介在せず、全てが、自分に帰ってくる。だから、勉強に逃避していた。
中学時代後半、中2の夏には、夜遊びをしていた。逃げたかったのだ。現実から。自殺したいってわけではなかった。する度胸も無いし、死んだら負けのような気がして、なけなしのプライドで這いつくばって生きていた。ただ窮屈で鬱屈としたあの空間を忘れたかったのだ。非行に走り、酒を飲むわけでもなく煙草も吸わない。ただふらふらと宛もなく徘徊するだけ。
空を見たり、騒いでる人々を眺めたりし時間を潰す。
12時をまわったら家に帰り寝て、また朝を迎えるそんな生活をしていた。両親も俺に無関心なので、補導に気をつければいいだけだった。
夜遊びを始めて1週間ぐらいした時、路上で倒れている女性を見つけた。多分それが、俺の人生の分岐点だった。
驚いた俺は、とりあえず女性に安否を確認するために近づき、体を起こし声を掛けた。いくら他人が嫌いでも、困っている人は見捨てられなかったのだ。人が嫌いな筈なのに、人を助ける。矛盾している。たぶん心のどこかで人の温もりを求めていたんだと思う。近くで見てみると目が覚めるような美人だった。
自意識がその美しさを知覚したとたん、体に頭を殴られたような衝撃が走り、クラクラして、目が離せなくなった。一目惚れだった。ちょろ過ぎると自分でも思う。でも惚れてしまった。美人局を疑え!と理性が叫んでいたが、本能がそれでも美人だ!と怒鳴り返していた。
女性から酒臭い匂いと甘い香りが漂って来た。
「あー、大丈夫、大丈夫、平気平」
喋っている途中に吐きだした。上着のパーカーに掛かり、鼻につく香りが広がる。直撃だった。今でも衝撃過ぎて脳裏に焼きついている。美人がそんなことをするとは当時の俺には想像出来ず、一目惚れによる緊張感と、一般的には忌避される物を見てしまった背徳感が混じり合い、思春期の性癖に、確実に悪影響を与えようとしていた。しかめっ面をしながら、胸の謎の興奮を誤魔化すように急いで行動した。自分の家に運ぶ訳にもいかず、とりあえず近くの公園に運びベンチで寝かせ、介抱した。1時間くらいすると女性も正気に戻ったのか。ベンチに横たえた体を起こし、辺りを見回した。
「頭痛い.....ん?ここは、どこだ?」
女性の綺麗な瞳が俺の姿を写した。倒れていたので、近くの公園に運んだことを伝えると、笑顔で礼を言ってきた。気にしてませんと返事をする。まともに顔を見れなかった。いくらひねくれていても所詮、経験値の少ない思春期の少年だ。美人に正面から相対することなど生まれてから皆無だったので、たじたじだった。話しながらこちらを見て驚いた顔になった「もしかして」服を指し示しながら問われたので首を縦に振る。女性の表情が曇った。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました。服のクリーニング代の方は弁償させて頂きます。介抱して頂きありがとうございます」
丁寧な返事が返ってきた。年上に敬語を使われるのはなんかむずむずした。なので、大事がなくて良かっです。口調も自分が年下なので堅くなくていいですと返事をした。向こうも了承し砕けた口調になった。
「助かった。もう一度言うけど、ありがとうな少年」
何かに疲れて果てたような表情だった。綺麗な女性が顔を暗くし、憂鬱そうな顔をしていた。ただそれだけなのに、知りたい、励まさないといけない。そんな使命感に駆られた。やはり美人は恐ろしい。親父の助言は正しかった。人生の先輩の言うことは参考になるとその時、実感した。
何かあったんですか?そう尋ねたかった。だが、人には触れて欲しくない領域がある。それは個人差があるが、見ず知らずの他人に踏み込まれたら、誰だって嫌がる。嫌われるかもしれない、でも彼女のことを知りたい。そうした思いが胸の中でせめぎ合い、とうとう欲望が勝ち、彼女に尋ねた。
苦笑しつつ女性は言った
「他人に話すことじゃないんだがなぁ、まあ少年には助けて貰ったし話すか」
女物のバックから飲料を出し、一口飲んでから語った。
「少年は学生かい?ああ、やっぱり学生なのか。いや、なぜこんな時間にいるのかは面倒だし聞かないよ。人それぞれ事情はあるし。まあ、良識のある大人からは詰られるだろうけどね。」
良識のある大人か、いまいちピンとこない。世の中に存在して欲しいという願望と居るわけがないという経験から来る失望が胸の中で混じり合う。
「あー話がずれたな、そう私が酔い潰れてた話だったな.....。端的に言うと疲れたのさ。板挟みにね。少年には想像がつかないかもしれないが、大人になると色々な人とたくさん関わることになるんだよ。」
不特定多数の人と関わるのか.....拷問か何かだろうか?
「そういう仕事を選ばない人もいるが私はそういう仕事でね。主に中間管理職に近いものをやっているのさ。どんな仕事かって?まあ、上司の目指す所とプロジェクトリーダーの意見の調整役みたいな物さ。」
そう言われ、学級委員長の姿が頭に浮かんだ。同じ生徒という立場なのに先生が重要視する学校の規則と生徒の意見にいつも挟まれていた気がした。
「まあ、近いね。それよりちょっと難しいけど。」
遠くを見ながら女性は語る
「どのコミュニティに所属していても往々にして人間関係のトラブルは付き物だ。当然だね、他人の持っている価値観と自分の育んできた価値観は重なり合う部分はあれど、決して同一ではないからね。そうすると、価値観が相反する中で物事を進めようとすると、そこで互いに擦り合わせて納得のいく着地点を見つける、もしくは片方が完全に妥協しないといけない訳だ。プロジェクト進行においては死活問題だね。そこの調整をスムーズにするのが私の仕事なのさ。」
街の灯りで掻き消えた夜空を見上げながら自分の仕事を誇る訳でもなくフラットに女性は話していた。
「まあ、給料はいいんだけど遣り甲斐を感じてる訳じゃあないんだよなぁ.....飲み会とか合コン、人付き合いも仕事だと割りきってやるとストレス0なんだけど、やっぱり意見の板挟みがネックでね」
転職を考えてるのかと尋ねた。
「まあな。幸い貯金はあるから少し休み、自分のやりたいことを探しながら、色々考えてみるよ」
先程までの憂鬱な表情はそこには無く、なにか吹っ切れた顔を彼女はしていた。
「酔いも醒めたし、そろそろ帰るよ。話しを聞いてくれてありがとうな少年。スッキリしたよ」
目の前の美人に自分の状況を話そうとは思えなかった。一目惚れした初対面の女性に話した所で守備範囲からますます離れることは自明の理だったからだ。面倒事を嫌う気風なのは会話の中で伝わってきた。仮に、助けてくれてもそれは保護すべき目で見られ、恋愛対象から外れることを意味する。ただでさえ年齢の壁があるのに、自ら更に厳しい苦境に追いやるのは愚か者のすることだ。今までの失敗を思い出す。惚けた脳を活性化させる。自分が今まで苦しんでいたものがなぜか、酷くちっぽけなものに思えた。心の中でどうでも良くなりつつあった。先ほどまでアンニュイな気分に浸っていたのに。現金だなとは自分でも思う。でも今、重要なのはこれからいかに顔を繋いで、会う機会を増やすか。
「私ので汚してしまったパーカーの件とは別に、お礼するよ。何か希望があれば言ってくれ。日本は治安が良いとは言え、暴漢に襲われずに済んだのは少年のおかげだ。本当にありがとう」
試験の時よりも頭が冴え、思考が駆け巡った。