青年期の激流 作:こたつ猫
優しさを感じる瞳がこちらを向いている。何てことはない。こちらの返答を待ち、見ているだけ。ただそれだけなのに、心が落ち着かなくなり、気分が高揚してくる。浮わつく感情を抑えようとするが、上手くいかない。冷静さを失っていることを自覚しつつも、何とか頭を働かせる。
考える、ひたすら考える。
何が最良の選択肢か。どうすれば良いのか。
だが、何も浮かばなかった。焦りから生まれた冷や汗が背中を濡らす。服が変に張り付いて気持ち悪い。そして気づいてしまう。自分が能動的に意中の女性へアプローチをかけたことがないことに。振り返ってみれば、告白したことはあれど、相手から好意を得るために具体的な行動を起こしたことは一度もなかったのだ。一方的に惚れて、勝手に自滅する。そのサイクルを、繰り返して来ただけなのだ。そこから、最近ようやく多少は学び、次に活かすための反省が出来たが、いかせん、経験値が足りない。そう、足りないのだ。本当に自分に足りなかった物を自覚できた失恋はたった一回しかない。当然、行動の指針が建てられず、何が効果的なのかも分からない。案が浮かばず、自分が情けなくなる。今までの失敗をなぜ、無駄にしてしまったのかと。後悔が積もる。俺は告白の成功のメカニズムは理解した気になっていたが、成功に至るまでの行動は考えたことが無かったのだ。失敗は成功の母と言われるが、ここでの失敗は致命傷に等しい。向こうからすれば対して深くもない縁なのだ。下手なことをすれば直ぐ切れる細い縁。お礼をしてもらったら直ぐに無くなる縁だ。悩む。ひたすら悩む。苦悩してる様子に気づいたのか女性が声を掛けてくれた
「そんな深く悩むもんじゃないだろ少年」
苦笑しつつ暖かい眼差しで見守ってくれている。惚れているせいか、相手の何気ない動作も肯定的にしか脳が認識しない。思慕の念が強くなる一方だった。この時、俺は確実に冷静さを喪失していた。だが、ある意味、無敵だったのだ。俺は、あまりにもテンションが上がり過ぎたのか、ごちゃごちゃ考えていることを放棄し、玉砕覚悟で突撃しようとしたのだ。過去から何も学べてなかった。理屈一辺倒の人間が極限状態に置かれ、やけくそになるのに近い。とりあえずインパクトが大事だ、と。あまりにも思考が入り乱れ、混乱し、一周回ってシンプルな解答に至ったのだ。礼の内容の前に伝えたいことがあると言う。
「ん?なんだい?」
気持ち悪いと言われ、今後会うことも出来なくなるかもしれない。無視されそのまま去られるかもしれない。そういう過去の出来事から来る、自分を引き摺り拘束する恐怖は、胸の中に有った。だが、それを覆い尽くし、燃やし尽くすような感情が、俺を動かした。しっかりと相手の目を見て意志を伝える
「外見に一目惚れしました。好きです」
シンプルに成りすぎた。やらかしたとはっきり思う。でも、なぜか清々しかった。今までの告白はただ好意を、どもって俯きながら伝えただけだった。今回は好きになった点もはっきり言えたし前進した。そう自分の失敗を誤魔化すように言い訳を作りながら、相手の反応を伺った。目に映ったのは意外な反応であり、未知の経験だった。彼女は笑っていた。嘲るような嗤いではなく、純粋に喜び面白がっていたのだ。口に手を当て、みっともなくならないよう注意しながら、心底楽しそうに笑っていたのだ。
「まどろっこしいのがなく、外見が好きだとはっきり言われたのは初めての体験だよ。変に取り繕うより遥かに興味深い」
笑い過ぎて、目尻に溜まった涙を拭きながら、彼女は言う。
「きちんと返答しないと失礼に当たるからな。はっきり言うと、私は少年のことが好きでも嫌いでもない」
だろうなと、自分でも納得する。突拍子もないし、初対面のしかも、眼中にない相手に言われた訳だし、罵られないだけましだと自分でも思う。彼女の瞳がこちらの目を覗いていた。
「だが、少年の年で勇気を出して行動したのは称賛に値する事だ。その勇気とお礼の分を加えて私の暇潰しに付き合うのはどうだ?」
暇潰し?と言われ、何をするのか想像がつかなかった。そして相変わらず、目に注目されている。
「何、珠に呼び出して一緒に雑談するだけさ。外出もデートではなく、男避け扱いで悪いがね」
一見、彼女に都合のいい提案に見えるが、そもそも彼女には自分と付き合う気もなければ、義務もないのだ。そう考えてみると、対して親しくもない自分を暇潰しに付き合わせる点でも向こうが譲歩しているのが伺える。向こうは男に誘われ煩わしい思いもしなくて済むし、自分は好きな相手と話せる。互いに利益がある訳だ。だか、ここで問題なのは、そこから関係の発展があるかどうか。そこが一番の問題だった。ここまで来てしまった俺は、恐れを感じてないのかストレートに聞いた。可能性は有るか尋ねてみる。
「さあ、分からないな。年の差もあるし、今のところ少年のことをそういう目ではみれないからな。この提案はただの気まぐれさ。いずれ恋仲になるとか、そういうのは確約出来ない。暇潰しに付き合わせるだけ。いたいけな思春期の恋を弄ぶ悪い大人さ。それでもいいなら、乗るといい。嫌なら、無理のない範囲での少年への礼をするよ」
0か未知数か、これはそういう選択だった。彼女の案に乗れば時間の代償に可能性が生まれるかもしれない。観測するまで結果は分からない。断れば、何かの礼一つでこの縁は切れる。しかも具体的な内容は自分でも思い付かない。ならば、ここは賭ける場面だと、俺は決心した。何も変わらないのは嫌だったのだ。少しでもレールから外れたい。そういう思いも有った。踏み出さなければ、何も変わらない。betすることを伝えると彼女は了承し、互いに連絡先を交換した。
「じゃあ、帰るよ。中々、新鮮な体験だったよ少年」
朗らかな笑顔を見せ、手を振りながら、彼女の背中が遠のいてく。ふと、己の行いを振り返ってみる。自暴自棄になった蛮勇の結果とは云え、複数回、顔を合わせる機会を作れたのは、初対面という状況を鑑みても、中々の戦果といえるだろう。奇跡と云ってもいい。彼女の気まぐれと愚直さが可能性を繋げたのだった。俺はその時学べたのだ。理屈ではなく感情に身を任すことが、時には最良の結果を引き寄せることもあると、身を持って体験したのだった。胸の奥底から沸き上がってくる高揚感と、嬉しさで顔が見るに堪えないことになっているのは自覚しつつも、喜びが抑えきれない。ふわふわしている。最愛の妹に見られてしまえば、キモいと罵られる顔をしているが、叫び出さないだけましだと思う。
そういう喜の感情も有ったが、なんだかんだいって緊張していたせいか、体が疲労を感じていた。家に着くと眠気が襲ってきた。何とか風呂に入り、寝る前に風呂上がりのマッカンを楽しんでいたら妹に会った。顔を見て驚かれた。妹は夜遊びに着いて何も言わない。精神上、必要なことだと理解してくれているのだ。また、俺の状況を噂で色々知っているせいか気にかけてくれている。有難い存在だ。だがこの時、何をもって妹が判断したかわからないが、すぐに慈しむような表情になり、良かったね、お兄ちゃん。と優しい声色で一言告げ、部屋に帰って行った。やはりかわいい妹だ。聖女すぎる。俺は将来、妹の結婚相手を素直に祝福できるのか?と悩み、悩みつつも眠気に勝てず、時が解決するだろうと問題を先送りし就寝した。そうして俺は、激動の夜を終えた。
連絡が有ったのは翌日だった。