.hack//S.W.   作:Wbook

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毒心

【二〇二三年三月】

 

 

「エクストラスキルを見つけた」

「……なんテ?」

 

 

 突然そんなことを言い出したのは白髪三白眼の仏頂面、ハセヲ。《鼠》のアルゴは思わず首を傾げた。

 協力態勢を取るようになってはや三ヶ月。フィールドワークを共にする機会も多い二人であったが、いつもいつも一緒という訳ではない。戦闘重視のビルドでAIDA調査のため西へ東へ奔走しているハセヲと、敏捷力(AGI)極振りの機動性隠密性優先、攻略情報入手が主目的のアルゴでは足並みが揃わない場合も多い。もちろんAIDA反応のあるエリアには二人で足を運ぶが、攻略が安定し、ディアベル以来一人の犠牲者も出ていないのが現状。ボス攻略が上手く進み、駆け足でアインクラッドを制覇していく攻略組の姿は職人や中層低層プレイヤーにとっても精神安定剤となっているようだ。

 AIDAの興味を惹くような極端な感情の揺らぎ、高ぶりも少ないのか、一桁の階層を攻略している最中に比べると出現率は少なくなっている。最近は反応のあるエリアで山狩りし、こちらから狩りに行く場合がほとんどだ。

 そのため二人は基本的に行動を別とし、ハセヲは調査を進めつつ攻略に手を貸し、アルゴは情報収集と攻略情報、加えてAIDAに関する噂を広めることに力を入れていた。今日会ったのも数日ぶりと言ったところで……。

 

 

「詳しい入手条件は検証してみないと分からないが、隠しステータスを参照するタイプみたいだ」

「待テ待テ待テ、話を勝手に進めるナ」

 

 

 頭が痛いとばかりにこめかみを抑えるアルゴ。彼女もいい加減、ハセヲという男の正体が分かってきていた。とにかくこの男は、ぶっきらぼうで愛想と可愛げが無い。無いというより、無くは無いが酷く分かりにくい。

 

 

「前置きって知ってるカ?」

「悪いな、俺の辞書には載ってねえみたいだ」

「ぐぬぬ……」

 

 

 生意気なやつめ! と心の中で憤ってはみたものの、持ってきた情報の価値を見れば、プラマイちょっとプラスというところだろう。

 これでくだらない情報であったなら顔を引っ掻いているところだ、とアルゴは自分を落ち着かせた。

 

 

「……デ? どんなスキルなんダヨ?」

「《クイックチェンジ》の発展スキルだ。名前は《マルチウェポン》。今朝、たまたまスキルを確認したら追加されていた。いつからあったんだか……。まあいい。条件は隠し熟練度でもあるのか、使用回数が鍵なのか。恐らくはその辺りだろう」

「あー、そりゃまた。辿り着くべくして辿り着いたスキルダナ?」

 

 

 というか、どれだけ《クイックチェンジ》を多用しているのだろうかこの男は。エクストラスキルに至るまでとなると、100回や200回では無いだろう。

 しかし隠しもせずエクストラスキルの情報を即日流してくる辺り、やはり公人だ。そこらのMMOプレイヤーであれば多少は躊躇するものだというのに。

 

 

「習得すると装備フィギュアが変化して同時に四種の武器が装備できるようになり、右手左手の概念が無くなる」

「ほうほう……?」

「普段は最初に選択した武器を装備している状態になるが、武器を手放すか納刀して控えの武器に対応した抜刀動作を行うと装備が切り替わり、武器が出現する」

「なるほど。手放した武器はどうなるんダ?」

「ストレージに回収される。投擲系のソードスキルを使用した場合も同様だ」

 

 

 ここまで聞いた限りでは、中々使える情報のように感じる。特にストレージへの自動回収は何かと有用に思えた。

 

 

「他には無いのカ!」

「むしろ、目玉はこれからだな。控え装備に対応するソードスキルの初期動作でも武器は変更可能だ。ソードスキル発動と同時に武器が出現する」

「おおっ!」

 

 

 瞬時に、それも攻撃と同時に武器を切り替えられるのはポイントが高い。例えばの話、打撃属性が苦手な相手にはメイスで、斬撃属性が苦手な相手には剣で……といった臨機応変な対応を《クイックチェンジ》のようなシステマチックな動作ではなく感覚的に行えるのだ。

 便利なスキルだ。突発的な戦闘で、これ以上なく安定して相手の弱点を付けるようになるのだから。

 

 

「《クイックチェンジ》なら使用回数を稼ぐのもちょっと面倒くさいだけダ。習得は難しくナイ。コイツは、ハセヲにしてはお得な情報だナ」

 

 

 なにせ、ハセヲが持ってくる情報は難度が読みにくい。適正レベルというものを馬鹿にしているとしか思えないものばかりだ。とはいえソロでクリア出来るものだから、とたかを括って一度、一人で確認しに行って酷い目にあって以来、答え合わせは慎重に行っている。誰も彼もが何処かのブラッキーくんやNAB調査員殿と同じとは思わないで欲しい。

 もっとも難度はともかく、誰でも何度でも何人でも挑戦できる類の依頼を選別してくる辺りは出来る男と信用しているのだが、それはそれ、これはこれ。

 

 

「確かに便利なスキルだ。俺にはうってつけだしな。だが、多少なりリスクもある」

「……リスク?」

「ああ、それほど影響は大きくないんだけどな。まずオンオフが出来ない。習得したら、スキル画面で適用するかどうかの選択肢が出現して、同意すると装備フィギュアが変化して従来の《クイックチェンジ》も使えなくなる」

 

 

 なんだ、そんなものか……と納得しかけたアルゴだが、ふと気づく。

 まず……とは?

 

 

「これもそう大したものじゃない。ただ、武器熟練度の上昇効率が10%低下するだけ——って、ぎゃぁああああっ!!?!」

 

 

 バリバリしてやった。ハセヲの絶叫が街中に響き渡る。

 うるさい奴め、圏内だからHPも減らないだろうに。蹲るハセヲにそっぽを向いてアルゴはその場を後にした。

 

 一応《マルチウェポン》の検証は行ってみたが、思った以上に難儀なスキルで、そもそも取得難度からして当初の予測とは異なっていた。熟練度なのか使用回数なのかは数値として確認出来ないため結局分からなかったが、そこはどちらでも良い。問題は、ただ単に《クイックチェンジ》で武器を切り替えるだけではいつまで経っても習得出来ず、戦闘中でなければ恐らくカウントは進まないという点だ。幸い同じ武器種の切り替えでも習得条件は満たせた(アルゴはそうした)のだが、そもそもそんなザマではこのスキルに価値など無い。

 

 もちろん、エクストラスキルはエクストラスキルだ。

 好事家のチンピラ男のようにこれを使いたがる奇特なプレイヤーも何処かに居るかもしれないと思い、情報公開は行ったのだが……案の定というべきか。やはり多数の武器種を使う前提と真逆とも言える熟練度効率の低下は痛いようで、アルゴの知る範囲で使っている者は発見者ただ一人という有り様。仮に習得するにしても、きっとメイン武器の熟練度がMAXになってからだろう。

 

 誰もが習得条件を知っているのに、誰も習得する気がないという……事実上のユニークスキルとなってしまった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「……またかよ」

「今日こそは逃さへんで、ハセヲはん」

 

 

 アルゴに爪痕——リアルなら絶対に付いていた!——を付けられ、ひとしきり悶えていたハセヲであったが、いつまでも衆人環視の中で蛙のようにうずくまっている訳にも行かず、ともあれすぐにフィールドに出発する気も起きず。

 手持ち無沙汰を紛らわさんと、25層にあるNPC食堂で食事を取っていた。

 のだが、既に店内にはNPCを除けばキバオウとハセヲの二人のみ。現在最上層である25層にプレイヤーがそれほど多くないことを踏まえても、作為的なものを感じてしまう。

 

 

「こっちも遊びとちゃうんや。いい加減色よい返事を聞かせてもらわんとな」

「くどいんだよ。何度言われても答えは同じだ、俺はALSにもDKBにも入るつもりはない」

 

 

 もう随分前のことだ。キバオウとリンドがハセヲの勧誘を始めたのは。

 AIDAの活動が落ち着いて以降、ハセヲは当初の目的であったアインクラッド攻略にも力を入れていた。当然ながら毎回参加できる訳では無いが、ソロで、あるいはアルゴを伴ってボス攻略に参加したことは一度や二度の話ではなく、その実力は攻略組にも高く評価されていた。

 職務としてSAOにログインしたハセヲからしてみれば当然の話だが、言動に関しても極めて公平で理知的な彼を、二大攻略ギルドは放ってはおかなかったのだ。

 

 

「ホンマに強情やな、何が不満なんや」

「強いて言うなら現状だ。分かってるだろう?」

 

 

 ハセヲは二つのギルドどちらの言い分も間違っているとは思っていなかった。リソースを最大限広く分配すべしというALSの言い分も、トッププレイヤー達が希望の象徴として最前線に立つべきというDKBの主張も、一方的にどちらかが正しく、どちらかが間違っているというものではない。本来、両者はバランスを取るべきものだ。少なくともハセヲはそう考えている。

 

 問題なのは両ギルドが主導権争いを続けている現状だ。それさえ無ければ——AIDAへの対応のため、ある程度の条件はつけるが——どちらかのギルドに所属することに対して、ハセヲは忌避感を持ってはいなかった。

 数は力だ。束ねるほど強いのは当然の理だ。碑文を満足に扱えないハセヲに、一人で事態を収拾する力は無い。

 

 

「……まあ、実際痛いところや。ワイにはこれ以上上手いやり方が出来へん。手が届かん。たぶん、リンドはんの方も同じやろう」

 

 

 苦虫を噛み潰したような表情には、気苦労が伺える。強引な人物ではあるが、ギルド内の舵取りには手を焼いているようだ。珍しく弱ったような様子を見せた辺り、今日は普段とは趣きが異なるのか。

 

 

「あんたも分かっとるかもしれへんけど、ワイもリンドはんもあんたの実力だけが目当てで勧誘しとるだけやない。もちろんそれが主なんは事実や、でももう一つある」

「俺が邪魔、なんだろう?」

「それは違う! ……いや、すまん。飾らずに言ったなら、その通りや」

 

 

 少し以前のボス攻略後のことだ。勝利の喜びに沸く中、誰かが言った。「勝てたのは、ハセヲのおかげだ」と。突然のことだった。当然、言い出したのが誰だったかなど定かでは無い。しかしよく響く、耳に残る声で誰かがハセヲを持ち上げた。

 それだけなら何も問題は無い。しかし幸か不幸か……それに追従するようにALS、DKB、その他参加者の一部から、同意の声が上がったのだ。

 情報屋《鼠》のアルゴとの深い繋がりがあり、実力者で攻略組全体への発言力も高いエギルや、《ビーター》ことキリトを筆頭としたソロプレイヤー達との交流も持っている。加えて、前述した通り実力人格ともに高評価。それを否定する者は何処にも居なかった。

 ハセヲ自身が望まなくとも、彼を主軸としたグループが生まれる可能性を、第三勢力の出現を、キバオウとリンドは意識してしまった。そして、その選択肢を認識してしまった人物は、二人の他にも確実に存在する。

 

 安い話、カリスマだ。

 

 

「すぐにどうこうなるとはワイも思っとらん。せやけどな。あんたには、あんたが思っとる以上に“存在感”がある。なんでか前に出過ぎんようにしとるみたいやが、無駄やで。目立つんや、あんたは。……正直ワイも、なんでもう少し早く現れてくれんかったんかと思うことがある」

 

 

 肩を落として、キバオウはそう漏らした。キツい言動と強引さで塗り固めた鎧を脱いだなら、彼は小柄な一人の男でしかなかった。

 キバオウもまた、ハセヲのカリスマに当てられた一人だった。

 

 自分では気づいていないだろう。

 転機となった一連のAIDA事件から五年。前しか見えず、近づくもの全てに敵意を振り撒いていた彼は、自分が如何に無力な子供であったかを思い知り歯噛みしていた彼は、もう何処にも居なかった。

 十代の頃にあった繊細さは鳴りを潜め、激情の制御を覚えた。強さの使い所を心得た。成熟した。しかしまだ、それでも若く、完成ではない。先を……可能性を感じさせる魅力。他者を引きつける力。

 非凡な資質、技能を持つオーヴァン(犬童雅人)八咫(火野拓海)、才女でありハセヲ(三崎亮)の上司であるパイ(佐伯令子)。いずれの人物も能力という面で見ればハセヲを多くの面で上回っている。

 しかし彼ら彼女らもまた、最後にはハセヲを頼った。

 

 そしてハセヲは、人を見捨てない。

 

 

「せやけどもう遅い。あんたは上に立たんかった。立てる力も、機会もあったのにや。今はもう、火種でしかない」

 

 

 キバオウはおもむろに席を立った。

 まるで、ハセヲに見せつけるかのように。

 

 

「今日はここまでやな。身の振り方、考えといた方がええで」

 

 

 そう言って店を出る頃にはいつものキバオウに戻っていた。最後の一言は、彼なりの気遣いだろう。

 物言いだけ聞いたなら威嚇にしか思えないが、キバオウはキバオウなりに危惧を覚え、解決に奔走している。ただ、それだけのことだった。

 

 そしてキバオウに懸念があるように、ハセヲにも。

 

 

「どういうつもりだったんだろうな。あの言葉は」

 

 

 ただの声援なら、これ以上話は大きくならない。少なくともハセヲはそのように動く。しかしもしも……もしもの話として。それ以外の意図があったとしたなら?

 

 ——それが、“悪意”であったなら?

 

 

「……いや、よそう」

 

 

 自身の恐ろしい想像を、ハセヲは心の内に留めた。

 だが、たとえ今は思い当たる節が無くとも、一度感じてしまった疑惑はそう簡単には振り払えない。初めから疑ってかかったなら、幾らでも不審な点は見つけられる。それが正しい推測なのか、それとも単なる懐疑心でしかないのか。今となっては、核心が得られないだろう。ハセヲはそこで、思考を切り上げた。

 それから、一週間後のことだ。

 

 ——ALS、《アインクラッド解放隊》壊滅の報が入ったのは。




もう一話投稿します。
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