.hack//S.W.   作:Wbook

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【二〇二二年十二月】

 

 

 夢のVRMMORPG、ソードアート・オンラインがデスゲームと化した日から……既に一月が経過していた。

 この時点で死者は2000人近く出ており……しかし、浮遊城の攻略は遅々として進んではいなかった。未だに第一層すら突破出来ていないことが、何よりの証拠だろう。

 

「アルゴさん」

「やっ、アイナちゃん」

「例のクエスト、当たりでした」

「そっか。じゃあアレもベータ時代から変わってなかったワケダ。いつも悪いネ」

 

 

 犬童愛奈は、このデスゲームを無事に生き抜いていた。

 

 

「いえ、そんな……実入りの良いクエストを紹介してもらってるのはこちらの方ですし……」

「気にすんナヨ! アイナちゃんはコル(お金)が、オレっちは情報が欲しいんだからサ。こっちで周り切れないとこをアイナちゃんが回ってくれたおかげで、ほら、こいつも早くに仕上がっタ」

 

 

 アルゴが出したのは、簡易な形状の本アイテムであった。表紙には、特徴的な鼠のマークが入っている。

 

 

「あ、二版も出来たんですね!」

「今回の初版の売り上げも上々だったからな。とりあえずこいつで、第一層で知るべきポイントはほぼ網羅できタ。まあ、新規で追加されてるクエストとかはその限りじゃないけどナ」

 

 

 情報屋、《鼠》のアルゴ。両頬にある三本線のヒゲのようなマーキングと小柄な体躯、短髪気味のクルっとした巻き毛から彼女はそう呼ばれている。

 金さえあれば、SAO内では死活問題となる自身のステータスすら売り払うとまで言われているが……その実、自身の作った攻略本を上位のプレイヤーに有料で販売し、その売り上げで中堅以下のプレイヤー向けの攻略本二版を無料で配布するという、正しくこの世界へ貢献する活動も行なっている。

 

 とはいえ、ベータテスト参加者と新規プレイヤーとの確執が問題となっている昨今では、危険な行為でもあった。

 もしベータテスターと疑われれば——事実、ベータテスターなのだが——新規プレイヤーの集団に私刑される可能性もある。開始当初ならいざ知らず、現在では両者のステータス差などほとんど無いことを考えれば、アルゴの行いの危うさがよく分かる。

 

 そんな状況においても、ベータテスターではないアイナにそれを打ち明け、協力してもらっている理由は。

 

 

「……で、どうだイ? 《はじまりの街》の子達、多少は落ち着いたのカ?」

「ええ……。といっても、サーシャさんの話だと塞ぎ込んでいる子の方が多いみたいですけどね。最近、あの中では年長だった子が攻略を始めたとも聞きました……少し、心配ですね」

 

 

 アイナは稼いだコルのほとんどを、《はじまりの街》で保護した10歳前後の子供達の元へ送っていた。彼女の手元には最低限装備を整えられ、食うに困らない程度のコルしか残ってはいなかった。

 ギブアンドテイクというだけではなく、アイナのそうした人柄や行動こそがアルゴの信頼を勝ち取ったのだ。

 

 とは言っても、忙しく動き回っているアイナはそちらには帰らずにいて、彼女の協力者に子供達のことを任せているという状況なのだが。

 

 

「あとはボス部屋だガ……」

「難しい、ですよね……」

 

 

 ベータ当時のボス情報を載せるだけなら簡単だが、忘れてはならない。この世界が、ベータ版ではなく正規版のSAOだということを。

 正規版になって変更された部分に関しては、アルゴにも知りようがないのだ。

 

 

「ま、そこはオレっちで考えるとしてサ……アイナちゃんにちっとばかし忠告ナ」

「私に……ですか?」

「実はここ最近、アイナちゃんのことを嗅ぎ回ってるやつがいるようダ」

「え……?」

 

 

 これに対して、アイナは思わず背筋に寒いものを感じた。

 

 実を言えば、アイナの活動を快く思わない人々は、一定数存在しているのだ。アイナの行いを偽善と断じ、前向きにこの世界で生きる彼女を疎ましく思う者達が。

 はっきり言ったなら、それは八つ当たり以外の何者でもない。しかしそれによって受ける被害は馬鹿にできなかった。

 酷い時には、街や村のような安全地帯である《圏内》から《圏外》……つまり、モンスターの闊歩する危険エリアに出た彼女を闇討ちしようとする者まで出たほどだ。

 

 幸いにも……というべきか、今のところ子供達に手を出されたことはないのだが、今度もそうとは限らない。

 “最近は減ってきていた”というのに、また今になって……というのが、正直なところだ。

 

 

「真っ白い髪をした細身の男らしいゾ。ステータスもかなり高そうだってヨ」

「……ベータテスター、ですかね?」

 

 

 現時点で考えたなら、アイナもまた十分に攻略組を名乗れるほどの装備とレベルを備えていた。そして、アルゴもまたその範疇に入る。

 そんな彼女が注意を促すほどの相手なら、ベータテスト参加者……その中でも上位に位置するものなのではないかと考えたのだが、彼女はそれを否定した。

 

 

「うんにゃ……たぶん違うナ。情報提供者の中にもベータテスターが何人か混じってたから、それとな〜く聞いてみたんだガ……それにしちゃ知識はチグハグだったみたいダ」

「そう、なんですか?」

「ああ、ソイツが動いてるとこを見たヤツの話だと、初見ぽい様子なのにデタラメなプレイヤースキルで正面突破してたそうナ。見たヤツもテスターだっただけあって結構強い方なんだが、ソイツがデタラメなんて言うとなると……かなり厄介そうダ」

 

 

 正体不明の凄腕プレイヤー。そのうえ自分を探しているとくれば、不安に思うのも仕方がなく。

 

 

「……その人についての情報がまた入ったら、教えてください。買います、それ」

「おうとモ。あ、お代はアイナちゃんが上げ始めたっていう料理スキルで、そのうち美味いもん食わせてくれればいいゾ?」

「え、でも……それだけじゃ」

 

 

 もし、件の人物がアイナに害意を抱く者ならば、それを探ろうとするアルゴを放っておくとは思えなかった。

 確かにこの世界において、食事は数少ない娯楽の一つだ。しかし、決して命に代えられるものではない。だというのに……。

 

 

「情報の価値はオイラが決めル。……ま、ここはオネーサンにカッコつけさせておくれヨ。大丈夫大丈夫、ヤバそうならすぐ逃げるからサ」

「アルゴさん……。分かりました、頼みます。ご飯、期待していてくださいね」

 

 

 無理に作った笑顔……きっとアルゴにもアイナの本心は分かっていたはずだ。本当は無茶な真似などさせたくはない。このSAOで信頼できる人間を作るのは難しい……そんな数少ない友人を、誰が危険になど合わせたがるというのか。

 彼女はそれを見透かしたうえで尚、アイナの心意気をくんでくれたのだろう。

 

 

「ああ、オレっちに任しとケ。アイナちゃんは、今度の“ボス攻略戦”……頑張れヨ。絶対生きて帰ってくるんだゾ?」

「……はい、もちろん。こんなところでリタイアできませんからね」

 

 

 その報は、先日届いたばかりの大ニュースで。

 とあるパーティが、ついに第一層迷宮区の最上階へ続く階段を発見したのだ。最上階には存在するフロアボスは一つのパーティで倒せるものではない。

 故に、発見したパーティはトッププレイヤー達にレイドを組むよう呼びかけたのだ。アイナもまた、そのうちの一人である。

 

 アルゴがボス情報の公開を決意したのも、それが理由であった。

 ベータ版のボスと正規版のボスが違っていれば当然恨まれる可能性が出てくる。だからといって注意書きなどしたなら、今までは何処の誰とも知らないベータテスターに聞いた情報を売るだけの情報屋という立ち位置であったのが、「《鼠》のアルゴはベータテスターではないのか?」という疑問を生むこととなる。

 

 どちらを選んだとしても危険……しかしそれでも、ここで第一層を攻略出来たなら、安い代償であるとアルゴは判断したのだ。

 

 

「じゃあ、オレっちはもういくゾ。気をつけてな、アイナちゃん」

「アルゴさんの方こそ、あまり心配かけないでくださいね」

 

 

 別れの挨拶を交わした後も、アルゴは困難な道を行くようには見えない……いつも通りの愉快そうな笑顔で去っていった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「おい、あんたが《鼠》のアルゴか?」

 

 

 アイナと別れて数時間が立ち、第一層ボスに関する攻略本をショップに委託した後のこと。

 すっかり日も沈んだ頃に、背後からかけられた声に気づき振り返ったアルゴは、思わず息を呑んだ。

 

 

(白髪に、細身……!)

 

 

 加えて言えば、夜闇の中で爛々とした輝きを宿す紅い瞳。そして、黒一色の革鎧。なるほど……確かに強そうだ。

 当然ステータスやレベルが分かるわけではないのだが、それでもある種の“雰囲気”というものがある。その攻撃的な風貌も相まって、警戒心を露わにしかけたアルゴだったが、すんでのところでそれを抑えつけた。

 

 

「ああ、確かにオレっちはアルゴに違いなイ。こんな夜更けに何の用かナ、お兄さん?」

 

 

 調べようとしていた対象がわざわざ自分からやってきたのだ。アルゴはこれをチャンスだと考えた。

 無論、危険は百も承知。警戒を完全に解いたわけではない。

 

 なにせここは——圏外なのだから。

 

 いざという時は転移結晶で即座に撤収。レベルで言えばおそらく大した差は無いのだろうが、伝わってくる戦力が応戦という選択肢をアルゴに選ばせなかった。

 

 

「あるプレイヤーの居場所を知りたい。随分と動き回っているらしくてな、追いつけずにいる」

「へぇ……そりゃまたどうして探してるんだイ?」

「……あんたには関係ないことだ。好き好んで情報屋の飯の種になるつもりはねえよ」

 

 

 どうやら自分の持つ情報屋という肩書きが邪魔してしまったようだが、その程度で引くつもりはアルゴには無かった。

 

 

「手厳しいネ。まあ仕方ないカ……で、誰について知りたいのかナ?」

「アイナというプレイヤーの居場所を知りたい」

「ほう、アイナ。アイナか……ちょっと知らないネ……」

 

 

 と、情報屋としてのプライドは傷つくが、それでもこの男との接点を作るためには仕方がない。

 アイナのことはこれから調べるとでも言ってトボけて、その間にこいつの情報を調べ尽くす。

 

 

「けどま、コルさえ払ってくれればこれからでも調べ——」

「おい、シラ切ろうったってそうはいかねえぞ?」

「……っ!」

 

 

 突然掛けられた圧に、アルゴは後ずさる。

 

 

「てめえがアイナと話してたって話を、こっちは聞いてんだよ!」

 

 

 アルゴはその場で身を翻し、一目散に走り出した。そして、転移結晶を使用しようとして——しかし、出来なかった。

 

 

「行かせるかよ……!」

 

 

 すぐ背後を追走してくる、白髪の男がそれをさせなかった。あろうことか、彼は投剣スキルで転移結晶をアルゴの手から弾き飛ばしたのだ。

 貴重なアイテムを失ったことよりも、男の技量に感嘆してしまう。

 

 

(くそっ、こんなやつがどうしてアイナちゃんヲ……!)

 

 

 しかし、捕まるわけにはいかない。どうやらプレイヤースキルでは勝負になりそうになかったが、それでもアルゴはハイレベルプレイヤーの一人。そのうえステータスは敏捷力(AGI)極振り……そう簡単に捕まるつもりはない。

 

 アルゴの、長い長い逃走劇が始まる瞬間であった。

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