.hack//S.W.   作:Wbook

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Encounter

「…………何見てるの」

「な、なんでもない」

(この二人、何かあったのかしら……?)

 

 

 第一層のボスに挑むために集まった四十五人。八パーティで組まれるレイドには少しばかり足りない人数だが、都合、フルメンバーのパーティを七つは作れる人数だ。

 そうすると三人が余る計算となり——アイナもまた。そのあぶれ者パーティに含まれていた。

 

 三人は三人とも、普段はソロプレイヤーであったのが災いしたのだろう。ほかには馴染めなかったために自然と出来上がったパーティであった。

 

 メンバーは片手剣使い(ソードマン)のキリトと刺突剣使い(フェンサー)のアスナだ。

 二人ともソロプレイヤーなだけあって実力はあるようだが、それ故と言うべきか積極的にこちらとコミュニケーションを取ろうというタイプではなかった。それでも、最低限必要な会話はしてくれる。アスナはどうにも投げやりなところがあるが、キリトの方はどちらかといえば良好な関係を保とうとしているのが分かる。

 個々人の能力を考えても、やってやれないことはないだろう。

 

 そもそも、フルメンバー揃っていないパーティでは主力としては戦えないのだ。サポートとしてなら、これでも十分なのかもしれない。

 

 ちなみに、アイナは槍使い(ランサー)だ、それもリアルのアイナでは持つことも不可能なほどに巨大な獲物を使う。ついでに言えば、ステ振りも筋力(STR)七割といったところだ。

 The World時代は魔導士(ウォーロック)という魔法を駆使するジョブだったのだが、SAOには魔法が無かったためにメインウェポンに槍を選択した。

 ……というのも、Re.Xで兄の友人達の中にとてつもなくキャラの濃いキンキラの槍使いが居て、その人にゴリ押しされて作った2ndPCが巨槍を扱う重槍士(パルチザン)であったからなのだが……今は特に関係のない話だ。

 

 

「おい」

 

 

 そんな折に声をかけてきたのは、アイナ達がサポートする予定のパーティを率いるサボテン頭……いや、キバオウであった。その声音は、決して友好を求めてきたものではないだろう。

 

 

「ええか、今日はずっと後ろに引っ込んどれよ。ジブンらはわいのパーティのサポ役なんやからな。大人しくわいらが狩りもらした雑魚でも相手しとけや」

 

 

 あまりの言い草に呆気に取られ、三人は三人とも何も言えずに自身のパーティに戻る彼を見送った。

 

 

「……なに、あれ」

「さ、さあ……ソロプレイヤーは調子乗んなってことかな……」

「まあ、気にしても仕方ないわ。私たちは私たちに出来ることをやりましょう。主力を務めるには人数不足なのも本当のことだもの」

 

 

 キリトはどことなく引っかかりを感じているような顔をしていたが、口に出さないということは知られたくないのだろう。深く追求するつもりはアイナには無かった。

 

 

「みんな、いきなりだけど——ありがとう! たったいま全四十五人のパーティが、一人も欠けずに集まってくれた!」

 

 

 よく通る、ハリのある声をあげたのはこのボス攻略戦の立役者たる青髪のプレイヤー、ディアベルだ。自らを騎士(ナイト)などと名乗るだけあって、爽やかな印象の男で、カリスマ性も実力も持ち合わせた正統派のリーダーのように見える。

 

 しばし彼の演説に耳を傾けながら、アイナは《はじまりの街》の子供達と……そして、今は遥か遠くにあるように感じる現実(リアル)へと思いを馳せた。

 

 敬愛する兄とともに闘病に励み、ようやく治療困難と言われた難病を完治させ、日本に帰国した矢先のことだった。

 

 ようやく手に入れた平穏……それが脆くも崩れ去ったあの瞬間。平静を失いかけたアイナの隣で、自分の胸ほどの身長の子供が周囲の喧騒に呑まれ、何もできずに泣き崩れそうになっていた。

 ふと我に返ったアイナは、気づけばその子の手を引いて集団から抜け出していた。別に……純粋な良心だけで動いた訳ではない。

 ただ——その無力な姿が、かつてオーヴァン()が自身のために足掻き、生死の境を彷徨っているのを見ていることしか出来なかった自身のそれと重なって見えたからだ。

 

 何も出来ない、無力な自分を棚に上げ……相手が非を受け入れるのを良い事に当たり散らした。結局のところ、“彼”はアイナの求めた通りに——彼の目的でもあったとはいえ——兄を救ってくれた。

 しかし、彼とは、今でも上手く話すことが出来ずにいる。治療でドイツにいる間も兄と彼がテレビ電話をしている際に何度か話したが、ほとんど挨拶だけで終わってしまった。

 

 

(ここから出たら、あの人にも謝らないと……)

 

 

 それだけじゃない。五年前の事件で知り合った一つ年下の男の子とも会う約束をしている。闘病中も度々テレビ電話でアイナを励ましてくれた、大切な友人だ。

 

 

(こんなところで、死ねないわよね)

 

 

 たくさんの人に助けられ、今のアイナはある。何処ぞの狂人が作ったゲームのフロアボス如きにくれてやれる命ではないのだ。

 

 

「頑張りましょう、二人とも」

「……?」

「え。あ、ああ……もちろん。よろしく頼むよ」

 

 

 いよいよ始まる、この世界への“反撃”。気力は十分であった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 

 人間不思議なもので、息切れなどしないはずのSAOにおいてもアホみたいな距離をマラソンなどしていれば、息が上がった気になってくる。

 とはいえ、いくら“精神的”にスタミナ切れしても足を止めるわけにはいかない。

 

 

「——お兄さん、いい加減しつこくないかナァ!!?」

「るせぇっ、てめえがさっさと止まれば済む話だろうが!!」

 

 

 昨晩からずっっと二人は追いかけっこを続けていた。敏捷値に関してはアルゴが上であったが、白髪の男はプレイヤースキルで差を縮めてくる。さらには、圏内へ逃げ込もうとすれば投剣スキルでそれを阻みそちらへ向かわせず、挙句コースを強制変更させられ、未だフィールドを走り続けていた。

 

 

「止まれと言われて止まるバカがいるかヨ!!」

 

 

 相手は手練れ。捕まれば何をされるか分からない。もしも男がPKも辞さないようなプレイヤーなら、死にひんしても尚アイナの情報を黙っていられる自信はなかった。

 だから、何としても捕まらないようにしなければならない。

 

 

「だいたい、俺が何したってんだ!!」

「あんたみたいな怪しい奴に女の子の情報なんて流してたまるカ!!」

「分からず屋が……! とりあえず——話を、聞きやがれっ!!」

 

 

 それが決め手であった。

 

 両手剣スキル、《アバランシュ》による踏み込みで僅かに開いていた間合いが詰められた。そして、巨大な刃がアルゴの頭上から振り下ろされ——。

 

 

「あっ……」

 

 

 思わず身体を強張らせ、死を覚悟したアルゴ。……しかし、蓋を開けてみればそれは杞憂で。

 

 

「……あレ?」

「ようやく捕まえたぞ……さあ、さっさとアイナの居場所を吐け」

 

 

 両手剣の刃はアルゴの目前に、道を塞ぐ形で振り下ろされており。気づけばアルゴは首根っこを掴まれて子猫のように吊られていた。

 

 

「くっ……誰が言うもんカ!!」

「……おい、俺は急いでんだよ。いい加減情報を出し渋るのはやめろ。あんたが聞いてたよりもプライバシーに煩い人間なのは分かったが、それでもこっちだって遊びじゃねえんだ」

 

 

 そこそこ整ってはいるものの、目元など節々に鋭さを感じさせるパーツが揃っているばかりに不良青年の枠を抜けきれない顔立ち。意外と睫毛長いな、などと場違いなことが頭に浮かんだ。

 昨夜……暗がりでは分からなかったが、男の表情は思いもよらぬほどの真剣味を帯びており。

 

 なるほど……確かに“これまでの輩”とは毛色が違って見える。

 

 

「あんた、なんでアイナちゃんを探してるんダ?」

「わざわざ情報屋名乗ってる奴にタダでくれてやれるほど、安いもんじゃねえよ」

「じゃ、お兄さんがアイナちゃんを探す理由を教えてくれたら、オレっちもアイナちゃんの居場所を教えてやるヨ」

「は? てめえ、立場分かってて言ってんのか?」

 

 

 こればかりは白髪男の言い分が正しい。アルゴの生殺与奪は彼が握っているに等しいのだから。

 

 

「なんダ? 殺すのカ?」

「そういう可能性だって出てくるぜ、あんたの対応次第じゃな?」

 

 

 別に、腹が座ったとかそんな訳じゃない。ただ、目の前の白髪男が、おそらくは悪人ではないのではないかと思っただけだ。

 そう思えば、先程簡単に終わらされたこの追いかけっこが長く続いた理由も分かる。アレほどの腕前があれば、アルゴ本人にダメージを与えて捕らえることなど容易かったはずだ。

 

 それでも男はそれをしなかった。十分に正しい倫理観の持ち主である証拠だ。さっきのような強引な真似も本意ではなかったように思える。

 今の台詞も、たぶんただの脅しだろう……アルゴはそう判断した。

 

 

「……こいつは情報屋としてじゃない。アイナちゃんの友人として聞いてるんダ。もしオイラを殺そうとするようなやつなら、それこそ死んだって教えてやるもんカ」

「あんた……まさかそれで逃げ回ってたのか? コルさえあれば自分のステータスだって売り払うなんて言われてるあんたが?」

「オレっちにだって友情くらいはあル。……なに笑ってんだヨ?」

 

 

 呆れたような顔で苦笑いする白髪男に、アルゴは思わず顔をしかめた。しかし、彼にも言い分はあるようで。

 

 

「いや、なんかデジャヴでな。前にも似たようなことがあったんだよ」

「?」

「気にすんな。……どうも俺たちは、お互い誤解してたみたいだ」

 

 

 それは薄々アルゴも感じていたことだ。アルゴは白髪男のことをアイナを付け狙う胡乱な連中の一人であると疑い、アイナのことを隠した。白髪男はアルゴのことを、プライバシーも人情もない守銭奴だと判断し、自身の素性や目的を語らなかった。

 

 

「俺はハセヲ。アイナの兄と俺は、親友同士でな。アイツからあの子のことを任されてきた。一応、リアルでも面識がある。ハセヲって名前にも心当たりはあるはずだ、アイナに確認を取ってくれれば証明できる」

「……ハセヲ?」

 

 

 アルゴの脳裏にどことなく引っかかる響きのそれ。しかし、どうしても思い出せない。どうにも、随分古い記憶のような気はするのだが。

 

 

「っと、今はそんな場合じゃないナ。事情は分かっタ、ともかくアイナちゃんに確認を……って、ああああーッ!!!!」

「な、なんだ、急に!?」

「あ、アイナちゃん、もうフロアボス攻略に行っちゃってる時間ダ……!」

「ボス攻略だと!? アイナは割りの良いクエストでガキどもに仕送りしてるんじゃなかったのか!?」

「普段はそうなんだガ。最近じゃ一層で出来ることに限界を感じてたみたいで、降って湧いたボス攻略レイドの話に乗っかってそのままメンツに加わったんダ……」

「ちっ……おい情報屋、今の時間ならアイナはどの辺に居るか当たりはつけられるか?」

 

 

 ハセヲに聞かれるまでもなく、アルゴもそれに思い当たってしまったばかりに叫び声など上げてしまったのだ。

 

 

「たぶん、そろそろボス部屋に着く時間だナ……」

「——くそったれが……!」

 

 

 吐き捨てるように言うと、ハセヲは迷宮区へ向けて一も二もなく走り出した。

 その姿をつい目で追ってしまったアルゴは、思わず。

 

 

「……っ。ああもう、オレっちも行くヨ! ボス部屋までの最短ルートだって頭に入ってるからサァ?!」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 結論だけ言えば、攻略は上手くいっていた。一層のボス《イルファング・ザ・コボルトロード》のHPを、リーダーであるディアベル率いる一団は問題なく削っていき。ボスの取り巻きである《ルインコボルト・センチネル》はキバオウを主とした三パーティと、アイナ達三人の手により退けられていた。

 

 四本あるボスのHPゲージ……その、三本目を削りきるまでは。

 

 HPゲージ一本となった《イルファング・ザ・コボルトロード》は、曲刀カテゴリのソードスキルのみを使うようになる……だが、それはやはりベータ時代の知識に過ぎなかった。アルゴの不安が当たる形となったのだ。

 

 ——コボルト王は、全く違うソードスキルを発動したのだ。

 

 それにより発動した範囲攻撃はディアベル含む複数人を強かに打ちのめし……ついに、このレイドの立役者の命を奪い取った。

 当然、レイドは瓦解。そんな、あわや……という場面を修正してみせたのが。

 

 

「——スイッチ、右水平斬りだ!」

「任せなさい……っ!」

 

 

 黒髪の片手剣使い、キリト。彼はボスのスキルに心当たりがある様子だった。持ち前の卓越したプレイヤースキルと、この世界への深い“理解”——あくまで、アイナが彼から感じ取ったものだが——それらを駆使してボスを相手に立ち回る姿を見て、一時は崩壊寸前まで至ったレイドが盛り返した。

 

 ソードスキルを放ち硬直が発生するキリトと交代(スイッチ)し、アイナはコボルト王の前へ躍り出る。

 既にソードスキルは発動済み。頭上で高速回転し威力を蓄えた重槍が、コボルト王の振るう刀と激突し、両者は大きく弾け飛んだ。

 

 その隙を逃さず、基本技とは思えない閃光の如き刺突(リニアー)を……美貌の細剣使い、アスナが叩き込む。

 

 キリトを中心とした三人は、人数すら揃っていない半端なパーティにも関わらず、素晴らしい成果をあげていた。

 とはいえ、このうちの誰かがミスをすれば、途端に回らなくなる欠陥品であったが……。

 

 

「ぬ……おおおおッ!!!」

 

 

 周囲の者達とて、それを黙って見ているほど愚かではない。

 

 ダメージを負ったキリトの代わりに、巨漢の斧使いエギルをリーダーとする壁役(タンク)達がコボルト王へと挑みかかる。SAOの回復ポーションは時間回復性だ。そのためにパーティ単位でのローテーションを必要とするのだが、彼らはその役目を引き受けてくれたのだ。

 

 キリトの指示の元、コボルト王の猛攻を耐え切るエギル達。そして、危うい場面を乗り越えながら、ついに……。

 

 

「——お……おおおぉぉおおおッ!!!!」

 

 

 キリトとアスナ、アイナのコンビネーションでコボルト王のHPをゼロにしてみせたのだ。

 ようやく、この地獄を生み出した者への反抗劇が開始された……そう思った矢先のこと。

 

 ——アイナは、それを見た。

 

 

「えっ……あれ、は……?」

 

 

 倒れゆくコボルト王。そのHPゲージは確かにゼロのはずだった。だというのに、怪物は消滅せず……あろうかとか、その場にいたアイナへ向けて、刀を振り下ろそうとしている。

 しかし、アイナは動けない。完全に不意を突かれたのもあるが、それ以上に……。

 

 

「おい! アイナ、何してる!? 早く避けろ!!」

 

 

 そんな声も、どこか遠くに聞こえた。それほどまでに、コボルト王の周りに僅かに見えた“黒点群”は、アイナの心を強く揺さぶった。

 

 我に返った頃には既に遅く。頭をよぎる走馬灯とともに、スロー再生のようにゆっくりと迫る刃を、アイナは受け入れようとしていた。

 死にたくない、終わりたくないという彼女の声ならぬ慟哭を、しかし彼女の身体は聞き届けてはくれなかった。

 だから彼女は、ただ漠然と目を瞑ることしか出来なかった。

 

 そうして、彼女はこのボス攻略における第二の、そして最後の犠牲者となる——はずであった。

 

 

「——させるかぁぁぁぁあッ!!!」

 

 

 響いたのは、どこか聞き覚えのある男性の声。そして、ソードスキルが発する炸裂音。

 

 

「おい、そこの黒髪! もういっぺんトドメくれてやれ!」

「っ! おうっ!!」

 

 

 目を開けた時に見たのは、再びキリトのソードスキルを受けたコボルト王が消滅する瞬間であった。

 黒髪の片手剣士の隣に立つ、両手剣を携えた白髪の男性。顔立ちこそ違うものの、その出で立ちは嫌が応にもあるPCを想起させ……目の前の男性が、他人の空似ではなく自身の知るその人であることが理解できた。

 

 

「……ずるい、ですね。こんなタイミングでだなんて。私までオトすつもりですか?」

「おい?」

 

 

 照れ隠しに、つい憎まれ口を叩いてしまったのは、長くギクシャクした関係を続けてきた弊害であった。

 

 

「久しぶりだな、アイナ」

「はい、お久しぶりです。——ハセヲさん」

 

 

 だが、この男がこれ以上ないほど頼りになる人なのは、アイナも認めざるを得なかった。

 口元が緩むのを我慢できなかったのは、そのせいだ。

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