.hack//S.W.   作:Wbook

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無頼

「そういえば、結局ハセヲとアイナはどういう関係なんだ?」

 

 

 狩りを終えた四人は、NPCレストランで夕食を食べている途中で、そんな話をしていた。

 何気なく口に出したキリトの疑問に、同じく二人の関係を気にしていたアスナも乗っかる形で加わる。

 

 

「確かに……お互い歳もちょっと離れているみたいだし」

「別にそんな珍しい関係でもないさ。アイナは俺の親友の妹なんだ」

「親友?」

「ああ、以前やっていたMMOで知り合った奴でな。この子ともその時に知り合った。……もう、六年は前の話になるな」

「へぇ……」

 

 

 その割に、ハセヲとアイナの距離感は遠いと——鈍感なキリトはともかく——アスナは感じていたのだが、口にはしなかった。

 二人の間に何か確執があったとしても、フロアボス戦でハセヲがアイナを命懸けで助けに来たことだけはアスナも知っている。アイナもハセヲとの再会を喜んでいたように見えた。

 それだけ分かっていれば、その確執もさして深刻なものではないのだと理解できる。

 

 ちょっとしたキッカケで改善できるような関係なら、部外者が割り込んでも良いことはないとアスナは判断した。

 

 

「さて……そろそろ本題に入ろう。今日、俺が多少強引にでも君たちのパーティに加わった理由でもあるしな」

 

 

 全員が食事を終え、落ち着いたタイミングを見計らってハセヲが話を切り出した。

 場の空気が、俄かに引き締まるのが感じられる。

 

 

「第一層、迷宮区最奥。俺と君たちが初めて顔を合わせたあの場所で、君たちは見たはずだ。——あの、黒い泡を」

 

 

 思わず、アスナは息を飲んだ。彼女はアレに心当たりがあるわけでも何でもない。ただただ、ハセヲの表情の険しさに気圧されてしまった。

 彼が険相を露わにした時から、場に重苦しい“圧力”のようなものが発生した気さえしている。

 

 

「……」

「アレは一種のコンピューターウィルスに近いものだ。非常に危険な存在で、おそらく“普通”のプレイヤーでは絶対に排除できない。だが、逆は簡単だろう。アバターの消滅がリアルでの死を意味するこの世界で、それがどういうことかは……言うまでもないな」

 

 

 絶対に倒せず、かつプレイヤーのHPを容易くゼロにする存在。アスナは、久しく忘れていた深い絶望感を思い出した。

 

 

「そんなものが、この世界に……?」

「君たちも見ただろう、トドメを刺したはずのフロアボスが息を吹き返したのを? キリト、君は知っているはずだ。——あのモンスターが、ラストアタックボーナスを落とした後に復活したのを」

「……っ」

「本当なの……キリトくん?」

「……ああ。《イルファング・ザ・コボルトロード》は間違いなく倒れていたはずなんだ。なのに、あの黒点が出た瞬間、再び動き出した」

 

 

 キリトの抑揚のない声音が、アスナには何故だか、死の宣告のように聞こえて来た。

 

 

「茅場晶彦は、どこまで私たちを苦しめるの……? そんなものが居たんじゃ、生き残れる訳ないじゃないっ!」

「あ、アスナ……落ち着いて——」

「落ち着ける訳ないでしょ! アレがウィルスだとしたら、プレイヤーに倒す方法は本当にないってことなのよ!?」

 

 

 そのうえ、それがウィルスなのだとしたら、ほかのモンスターとは異なり、出現するのがフィールドだけとは限らないのだ。

 戦って死ぬならまだいい……しかし、子羊のように追われ、無残に散らされるのは耐えられない。

 

 

「いや、だから落ち着いてくれっ! ハセヲは、“普通のプレイヤーには倒せない”って言ったんだ!」

「え……?」

「だって、そうだろう? 絶対に倒さないはずのウィルスを——ハセヲは、倒しているんだから」

「……あっ!」

 

 

 その通りだ。あの時たしかに、ハセヲの攻撃で黒い泡は霧散して消え去っていた。トドメを刺したのはキリトであったが、泡を消し去ったのはハセヲの方だ。

 

 

「なあ、ハセヲ。あんたは一体……何者なんだ?」

 

 

 また少し、圧が強まった気がする。

 アスナは他人の表情や感情に敏感な方だが……アバターの身体を以ってしてこれほどまでの気配を発することができる人を見るのは、初めてのことであった。

 

 

「それに俺は、あのウィルスのことも知ってる。もう五年も前のことになるけど、アレについての資料を読んだことがある。あのウィルスの名前は——“AIDA”。第三次ネットワーククライシスの原因とも言われているウィルスだ。五年前突然AIDAウィルスは姿を消し、それ以降はほとんど姿を見せていない。正体どころか除去する方法すら謎の……そもそもウィルスなのかさえ怪しい存在さ」

「そんなものが……どうして今更、このSAOに……?」

「そこまでは俺も分からない。ただ、俺はアレがAIDAと呼ばれていると知っているだけだ。——でも、あんたなら知ってるんじゃないか、ハセヲ?」

 

 

 その時ハセヲから放たれた圧は、この日最も大きなもので。

 それを直接向けられておきながら平然としていられるキリトの気がしれなかった。……もしかしたら、知覚できていなかったのかもしれないが、だとしたらその鈍感さが羨ましい。

 

 

「なぜ、ここにAIDAが存在しているか……推測以上のことは、俺にも分からない。だが、対処法を俺が持っているのは確かだ」

「やっぱりか……」

「俺のアバターボディには、それが出来る特殊なプログラムが組み込まれている」

「あんた、もしかして政府機関の人か?」

「いや、日本政府とは協力体制にあるが、所属が違う。——俺は、NABの調査員だ」

 

 

 その名前を知らない者は、このネットワーク社会において少数派だろう。ネットワーク管理局……通称NAB。ネットワークが関係した犯罪や災害、その他あらゆる問題に介入してくる国連機関だ。

 三度に渡り発生したネットワーククライシスの再発を危ぶみ、最近では権限も大きくなってきていると聞いていたが……。

 

 

「ちょっと……待ってください。まさか、貴方は——SAOの正体が分かった後でこの世界に来たんですか……?」

「——その通りだ」

 

 

 その瞬間、アスナがハセヲから感じていた圧は、全て恐怖に塗り替えられた。SAOに囚われたプレイヤー達が必死に目指すリアルを、安全を捨て去り、このいつ死ぬかも分からない牢獄に自ら足を踏み入れたというのだ。

 アスナは目の前の男の正気を、本気で疑っていた。

 

 ハセヲもそれを感じ取ったのだろう。以降、アスナと目を合わせることをしなくなった。

 

 

「上層部から指示があった。元々俺はオンラインゲーム関連が専門の部署にいてな、腕を見込まれたと言ったところか……。本来はこの世界の解放が目的だったが……AIDAが、それも“人を襲う”AIDAがいるとなれば、話は違ってくる」

「まるで襲ってこない奴が居るみたいな言い方だけど……あんたのスキルの高さ、その理由だけは分かったよ。そんな部署に居たら嫌でも上がるだろうからな。それで、あんたはこれからどうするんだ?」

「悪いが、攻略に積極的に参加できるかは怪しくなってきた。俺はAIDAの調査を優先する。……元々、可能性はあったんでな。事前に探査プログラムをインストールしてある」

「……あんたほどのプレイヤーが攻略から遠のくのは痛手だけど、仕方ないか。あと、AIDAのことは公表しないのか?」

 

 

 アスナはといえば、内心で攻略が遅れる事よりもハセヲと顔を合わせる機会が減ることを喜んでいた。アイナに申し訳ないと思いつつも、そのスタンスは変えられなかった。

 

 

「アルゴと交渉して、それとなく広めてもらうつもりだ。いきなり公表なんてしてもパニックになるだけだからな。さて……俺はまた、フィールドを回る。これは今日の手間賃と思ってくれ」

「え、マジで。いいのか?!」

「構わねえさ。……随分、不愉快な思いをさせちまったみてえだし」

 

 

 ハセヲはキリトが払うはずだった三人分のケーキを注文し、席を立った。

 

 

「ともかく、AIDAには近づかないように注意してくれ。遭遇したなら、すぐに逃げろ。最後に……これは、個人的なことになるが。二人とも——アイナを、よろしく頼む」

「ハセヲさん。……ハセヲさんがこちらに来たのは、本当にNABの命令だったからなんですか? 本当は兄さんが貴方にっ——」

「上からの指示だ。オーヴァンにも協力してもらったが、それは俺の方から頼んだことだ。交換条件として、お前の安全を守るよう頼まれはしたけどな」

「でも……っ!」

「オーヴァンとの約束だからな、本当ならお前に付いていてやりたかったが、そういう訳にもいかなくなった。……すまねえな」

「ハセヲさんっ!」

 

 

 いたたまれなくなった……とばかりに、ハセヲは店を後にした。呼び止める声に振り返ることもせずに。

 

 

「なあ、アスナ。ハセヲは別に悪いヤツじゃないと思う。確かに“俺たち”からしてみれば彼のやったことは正気の沙汰じゃない。でもだからって、それは彼のしがらみがそうさせただけだ」

「……分かってる。私にだって、それくらい。私の考えてることは言いがかりで、八つ当たりでしかないんだって」

 

 

 それでもこれは、理屈ではない。

 命の危機のある場所に、目的を以って挑む人々は、世の中に大勢存在する。自衛隊が命の危険を恐れて災害の現場から逃げないように、ハセヲはSAOに囚われた人間達を見捨てなかっただけだ。

 

 全部、理性では理解できていた。

 

 

「ごめん、ごめんね……アイナさん。でも私、今はまだあの人のことを受け入れきれない……」

「……アスナ、大丈夫。謝られるようなことじゃないわ」

 

 

 ソッと肩に手を添え、慈しむような表情でこちらを見るアイナを、何故だか……女神様のように幻視してしまう。

 

 

「私も、あの人とは色々あったからまだ距離感が掴めてないの……。でも、私知ってるわ。あの人はとっても不器用で、強い人。きっと、あの場で語った様子ほど簡単にここに来た訳じゃ無いと思う」

 

 

 だとしたら、自分の姿は彼から見てもさぞ滑稽なものに映っただろう……などと、卑屈めいた考えが頭によぎる。

 被害妄想でしかないと理解していたが、どうしても「否」には出来ない。

 

 

「今はまだいい。だけど、いつかハセヲさんの前に立てるようになったら……その時は——」

 

 

 アイナの言葉は、何故だかアスナの耳に入らなかった。

 聞き逃してしまったのか、あるいは聞きたくなかっただけなのか……それは定かではない。

 

 ——アイナはなんと言ったのか。その答えを追うことが、アスナのもう一つの命題となっていた。

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