.hack//S.W.   作:Wbook

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Spin off

「……ここ、は?」

 

 

 目覚めた時、まず目に入ったのは見知らぬ天井であった。寝かされていたベッドから起き上がり、右左と周囲を見回せば、さほど広くはない民家の一室であるのが分かる。

 ハセヲも普段は似たような部屋を見つけて寝泊まりしているためか、どことない既視感があった。

 

 どうやら部屋にはハセヲ一人の様子だが……どこからか足音が聞こえてくる。

 おそらくは、ハセヲをここに連れてきた人物だろう。

 

 まあ、大方の予想はついていたが。

 

 

「……アルゴか」

「っ! なんダ、起きたのカ。もう大丈夫なのカ、ハセヲ?」

 

 

 部屋に入ってきたのは、やはりと言うべきか……《鼠》のアルゴであった。一度は驚いたように目を見開いていたが、すぐにいつもの調子を取り戻す辺り、食わせ者の空気が拭えない。

 

 

「手間、かけさせちまったみてえだな」

「全くダ。おかげで、後生大事に持ってた回廊結晶を使う羽目になったゾ。オレっちの筋力値じゃハセヲを街まで運ぶなんて無理だからな」

「お前……転移結晶どころか回廊結晶まで持ってやがったのか……」

 

 

 一つはハセヲが破壊してしまった経緯がある。まさか現時点では凄まじく貴重な代物である転移結晶だけでなく、さらに希少な回廊結晶まで持っているとは思っていなかった。

 やはり油断ならない女だ……と、ハセヲは半ば呆れたように漏らす。

 

 

「流石にこれで最後ダ。まあ、“命の値段”に釣り合ってるとは思ってないから、依頼の方は受けてやるヨ。……あんなもんにそこらをウロチョロされたら、溜まったもんじゃないしナ」

 

 

 不幸中の幸いと言うべきか……アルゴはAIDAの存在とその危険性を正しく理解してくれた。

 その点を見たなら、ハセヲが痛い思いをした甲斐もあるというものだ。

 

 

「なぁ、ハセヲ。今更隠してもあれだから正直に言うガ、オレっちはハセヲの戦いを途中からだが見ていタ。だからこそ分からなイ。AIDAとはコンピューターウィルスだろウ? それがどうして、あんなモンスターのような姿をしているんダ? そもそも、どうして普通の攻撃が通用するのかも分からなイ」

 

 

 どうやらアルゴは、ある程度コンピューターやネットワークに見識のある人間らしい。興味の薄い人間なら、場の流れだけでスルーしてしまいそうな疑問を、端からハセヲにぶつけてきた。

 

 

「ハセヲがAIDAに関して、少なくともニュースに流れている以上の知識を持っているのは分かル。それを、出来ればオイラにも教えてほしイ。……別に興味本位って訳じゃないゾ? 知っておきたいだろウ、敵のことハ?」

 

 

 アルゴの目は、好奇心に突き動かされた猫のものではなく、まさしく外敵に対して最大限の警戒を発する鼠のものであった。それは、断じて遊び半分の不謹慎な眼差しではない。

 

 《鼠》のアルゴはどこまでも真剣で……そんな彼女に対して、ハセヲの出した答えは。

 

 

『——お久しぶりです、ハセヲさん!』

「うにゃあ!?」

「な、に……?」

 

 

 そんな重大な選択を迫られる最中、響き渡る底抜けに明るい声は——。

 

 

「欅っ!?」

「な、なんダ!? 知ってるのカ、ハセヲ!?」

 

 

 突然空中に浮かび上がったそれは、半透明の人影……言うなれば、ホログラムのようなもの。そのシルエットは忘れるに忘れられない……今となっては、少しばかり懐かしい人物であった。

 

 

『コングラッチュレーション、ハセヲさん! ぼっち卒業、おめでとうございます!』

「……は? お前何言って——」

『約一ヶ月。思ったよりも長かったですね。なお、“この僕”は応答のための簡単なAIを組み込んだだけのフェイクです。難しい質問には答えられません』

「ふざけんな、どういうつもりか説明しやがれ!」

『質問は具体的にお願いします♪』

「だから、どういうつもりでこんな真似したのか聞いてんだよ!」

『質問は具体的にお願いします♪』

「〜〜っ!」

 

 

 間違いなく欅の仕業であることをハセヲは確信した。AIの性能を意図的に落としている気配すらある。

 

 

「……順を追って、事と次第を説明しろ。お前に分かる事を全てだ」

『了解しました、ハセヲさん♪』

「まずはお前の“出現条件”だ。どうして今になって現れた?」

 

 

 声の調子も張り付いたような笑顔も本物の欅と瓜二つ。……本当に本人じゃないのか、少しだけ疑わしかった。

 

 

『オリジナルはAIDAがSAO内に存在する可能性を極めて高いものと見ていました。そして、僕はハセヲさんが“AIDA反応のあるエリアで、他のプレイヤーとパーティを組む”という条件を満たした時だけ現れるようプログラムされたのです』

「パーティって……おい、そういえばお前、どうやって回廊結晶を俺に使った?」

「ニャ、ニャハハハ……い、いや、だって、仕方ないだロ? 悪いとは思ったんダ、本当だゾ?」

「お前……まあ、仕方ねえか……」

 

 

 歯切れの悪い反応から、アルゴが何をしたのかは察しがついた。

 おそらくは、意識を失ったハセヲの指を操作して、無断でパーティを組んだのだろう。重大なマナー違反……どころか、本来なら犯罪にも繋がる悪質な行為だが、あの場合は仕方がないだろう。

 

 アルゴが何かアイテムを取ったとは思わないし、かりに何か取られていたとしても、こちらは馬鹿に希少な回廊結晶まで使わせているのだ。多少のものなら、見逃す気でいた。

 

 

「……で、どうしてそのタイミングなんだ? 何が理由で、何を伝えるためにお前は現れた?」

『それは、オリジナルがハセヲさんの行動に危機感を抱いていた為です』

「危機感?」

 

 

 少なくとも、SAOを始める直前の欅は、そんなものおくびにも出さなかったように見えたが……。

 

 

『はい。オリジナルはハセヲさんに、ソロでの活動を選択肢として与えたはずですが——同時に、信頼できる人間には、貴方の事情を明かして構わないという提案もしたはずです』

 

 

 確かに、記憶の片隅を探せば思い当たる節はあったが……。

 

 

「分かりにくすぎるだろ……」

『貴方はきっと、全てを一人で解決しようとする……以前のように碑文をコントロール出来ていたなら、それも選択肢の一つだったかもしれません。この世界に元々存在するモンスターでは、たとえ百層のフロアボスでも“憑神”を倒すことは出来ませんからね』

 

 

 しかし、今のハセヲは。

 

 

『今の貴方は昔とは違う。不完全なデータドレイン、そしてアバターボディとの強すぎるリンクによる“貴方だけにある不都合”。仕様外の存在でなくとも、今の貴方を倒すことは簡単です。だからオリジナルとオーヴァンさんは、貴方のアバターボディにもう一つの機能を付け加えました』

「……もう一つの、機能?」

『ええ、貴方の“黄昏の碑文”としての役割を利用しました。かつての“英雄”が持っていた加護……それと同じものを、貴方はパーティメンバーに与えることが出来ます』

 

 

 かつての英雄……その言葉が示すものを、ハセヲは知っている。ならば、彼が持っていた加護と同じだというそれの正体も、自ずと見えてくる。

 

 

「まさか——パーティメンバーに、AIDAへの抵抗力とプロテクトを破壊する攻撃力を付与するってとこか!?」

『はい、概ねその通りです。簡単に言えば、ハセヲさんの莫大なデータ質量の一部をパーティメンバーが“間借り”する形になりますね』

「なんで、お前のオリジナルとオーヴァンは俺にそれを黙ってやがった?」

『だって、言ったらハセヲさんは絶対に人とパーティを組まなかったでしょう?』

「……っ!」

『ご理解いただけましたか? 僕の存在は、オリジナルとオーヴァンさんにとっても苦肉の策だったんです』

 

 

 欅の言葉は、極めて理性的——AIであるというならそれは当然のことだが——であった。

 もし仮に出立前に明かされていたなら、余程のことがない限りパーティなど組まなかっただろう。欅とオーヴァンはそれを見透かしていたのだ。

 

 

『もちろん今後の判断はハセヲさんの自由です。そもそも貴方とパーティを組んだ、彼ないし彼女にも選択肢はありますからね。その選択をより意味のあるものにするための“説得力”として、僕の存在を利用してくれると幸いです』

「……まあ、確かにハセヲの話にさらに信憑性は出てきたナ。あんたらの会話には分からない部分も多いガ」

『詳細を伝えるかはハセヲさんにお任せします。ぜひ、賢明な判断を……。それではハセヲさん、今度は“向こう”で会いましょうね♪』

「あっ、おい……!」

 

 

 その言葉を最後に、欅の幻影は姿を消してしまった。今度は向こうで……ということは、本当にもう現れることはないのだろう。

 結局この欅が本人であったのか、はたまた自称した通りのプログラムであったのかは定かではない。きっとリアルに復帰して欅に聞いたとしても、はぐらかして答えてはくれないのだろう。

 

 

「……アルゴ、俺は」

「なんダ?」

「俺は、お前の選択を尊重する。だが、知らなければ良かったなんてこともあるかもしれないぞ?」

「それは、オレっちが判断することダ。オレっちは情報屋だゼ? そいつをどう有効に使うかくらい、自分でかんがえられるサ」

「……オカルトだぞ?」

「オカルトってのは大抵なんらかの理由があるもんダ。構いやしないサ。——だから、話してくレ。知らないままでいたいなんて、オレっちには思えなイ」

「……そうか」

 

 

 ハセヲはアルゴに、AIDAや自身の持つモルガナの碑文について教授した。

 途中、何度も口を挟みそうにしていたアルゴだったが、結果としては黙って最後までハセヲの言に耳を傾けていた。

 

 全てを話し終わるとアルゴは、ドッと疲れたようにため息を漏らす。

 

 

「データ生命体……カ。オカルトだな、確かニ」

「信じられないか?」

「いや……どうだろうナ? 危険な存在だってことは嫌というほど理解できたけどサ」

「そうか。いや、当然の反応だな」

「ハセヲのやってたネットゲームに現れたそいつを、運営会社が企画した組織とその協力者でネットワークから排除はいいが、その余波で第三次ネットワーククライシスが発生。いまSAOにあるやつはその生き残り……合ってるよナ?」

「概ね、な」

 

 

 アルゴには、固有の名称をあれこれ伏せて伝えている。それ自体に大きな意味はないが、強いて言うなら自身のネームバリューを考えてのことであった。自身を「オネーサン」と呼んで憚らない彼女は、自己申告通りならハセヲと近しい年齢——もっとも見た目通り、単なるマセガキという可能性も十分あると考えてはいるが——のはず。一万本限定のゲーム……そのベータ版をやり込んで本番に活かせる程度にはコアなゲーマーである彼女なら、ハセヲの名前に心当たりがあるかもしれない。それを理由にからかわれるのはごめんだった、それだけのこと。

 

 当時。AIDAが出現したネットゲームはThe Worldだけではない。上手く誤魔化されてくれると良いのだが……。

 

 

「ま、いつか詳しい話も聞かせておくれヨ」

「ああ、気が向いたらな」

「……で、ダ。ハセヲ。オレっちこれからフィールドを回らないといけないんだガ。——一緒にどうダ?」

「なに?」

 

 

 そうこうしているうちに、アルゴに連れられるままハセヲはフィールドに出ていた。

 

 つい先日攻略されたばかりの第二層迷宮区の先。最奥まで辿り着いておきながら、結局は転移門を経由して訪れたそこは……青々と木々が生い茂る森林フィールド。事前の情報通りなら、この辺りには木々に擬態するトレントなどのモンスターが出没するはずだ。

 

 

「ハセヲ、オレっちが攻略本書いてるのは知ってるだロ?」

「ああ、まあな。それがどうした?」

「その手伝いというか……アルバイトをアイナちゃんがやってるのも、たぶんハセヲなら嗅ぎつけてるよナ?」

「別に、隠された情報ってわけでもないしな」

 

 

 どうにも単純明快な会話の流れを、アルゴは好んでいないように感じる。情報屋ゆえの性なのか、遠回りをするくせがあるようにも思えた。

 いろいろ喋らせて、相手が迂闊に口走った何かを情報に変えようという魂胆が、根っから染み付いているらしい。

 

 

「けど、最近は不確定な情報にも手を伸ばす必要が出てきタ。理由は分かるよナ?」

「ベータ版の知識が当てにならなくなってきたから、だろ?」

「正解ダ、つまり?」

「……人手が足りない?」

「またまた正解、察しがよくて助かるゾ。オイラは情報を、ハセヲはAIDAを追ってフィールドや街、村を駆け回ル。ギブアンドテイクの関係ダ!」

 

 

 言いたいことがようやく分かってきた。

 つまりアルゴは「自分にも得のある話なのだから、危険やら義務やら云々について気にする必要はない」と言っているのだ。

 

 

「……あんた、案外不器用なところもあるんだな」

「な、なんのことかナ……?」

「まあ、理解したよ。——こちらこそ頼む、手を貸してくれ」

 

 

 足を止め、小柄なアルゴの目線よりさらに下へ頭を下げるハセヲを見て、彼女は一度キョトンとして。しかし、ニシシと笑ってみせた。

 

 

「そういうハセヲは、案外素直なところもあるんだナ。強さの塊みたいでオネーサンの好みじゃないけど、カッコいいゼ?」

「へいへい、そりゃどーも。……おい?」

「もちろん分かってるとモ」

 

 

 楽しげな談話もここまでと言ったところか。ハセヲとアルゴの周囲を囲むように、索敵スキルに反応が出た。

 

 

「ちょっと油断したカ?」

「肩慣らしには丁度いいだろ。さっさと蹴散らすぞ」

「……そういやハセヲ、あんたの大剣は砕け散ったままだロ?」

 

 

 ハセヲの腰に刺さっている短剣を見ながら、アルゴは言う。確かに一体ずつしか相手に出来ない短剣でこちらを囲む相手に対応するのは、効率的とは言えない。

 しかしそんなアルゴの心配も、実際には無用のものだ。

 

 メニューウィンドウを開き、クイックチェンジで素早く武器を換装したハセヲは。

 

 

「しゃがめ、アルゴ」

「エッ?」

 

 

 ——ソードスキル《ワールウィンド》。身体をほぼ一回転させる、広範囲の薙ぎ払い。それは、両手斧スキルにカテゴライズされる代物のはずだが、ハセヲの手にあるのは。

 

 

「か、鎌……?」

「分類としては両手斧だ。……終わりか、情報通り強さは二層と同じようなもんみたいだな」

 

 

 アルゴが辺りを見渡せば、三体のトレントが一撃の元に葬り去られていた。

 パーティの仕様で経験値が入ることが申し訳なく思えるくらい呆気なさである。

 

 

「ニャハ、ニャハハ……た、頼もしい限りだナ、相棒」

「しかし、大剣の方も代わりを仕入れないとな。何か当てはあるか、出来ればデカくて重いのがいいんだが?」

「ま、任せとケ。そっちはオイラの領分ダ」

 

 

 何処と無く締まりがないが……ともかくこうして、SAOにおけるもう一つの英雄譚(アナザーキャバルリィ)は幕を上げたのであった。

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