ありゃ美しいなんて言えんわ。
「ちょっといいかい」
俺が呼ぶ前に、ロマンに声をかけられる。
マンションから出る前の事だった。
「ああ、ロマン。買ってきてもらいたいものとかないか? 今回は完全に俺のミスだったからな。アイツだけに割ける時間なんてなかったのに、随分と無茶させたみたいですまなかった」
「よくある事だから気にしなくていいよ……。こんな事は他のサーヴァントでもある事だから」
話はあるだろうが、先に謝罪をさせてもらった。これは声をかけられる前から言おうと思っていたことだった。
俺の謝罪は受け入れてもらったが、苦労が絶えない立場なのだろう。相変わらず眼の下の隈は取れていないままだ。一度「手伝う」と言ったが拒否された事があるため、差し入れをするぐらいしかできる事がないのは少し歯がゆい。
ロマンは「そんなことより」と口を開いた。
「いいかい。本来、サーヴァントとは神秘の塊だ。それでいて、今現在も隠匿されている。外にいるサーヴァントのほとんどが周りの人々に溶け込んでいるんだ」
ロマンから出た言葉が重く響く。
「もしバレてしまったら。そんな仮定は意味をなさない。必ず奇跡のような存在だと、その正体が英雄であると悟られてはならない。特に君のサーヴァントはバーサーカー。スイッチが入れば狂化する稀有なサーヴァントだ。そして、君はサーヴァントが暴走したとしても御しきらなければならない。いいね?」
「分かった」
俺は、頷いた。
ロマンはカオスな飲み会の時にバーサーカーが暴走しかけた報告を聴いていたようだ。アタランテさんかエミヤ辺りが教えてくれたのだろう。
「なら、よし。いってらっしゃい、ヤマトくん。彼女にとって最高の一日になるように祈ってるよ」
「行くぞ、マスター!」
「ああ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
▽▽▽
「ほああ……っ! 空の下に! 私が! いるぞ!!」
「当たり前だろ、子どもかお前は」
「子どもだぞ! 今はな!」
「そうだったな。だっこでもしようか?」
「やだ!」
「えぇ……いや、マジに子どもにしか見えねぇ。はしゃぎすぎだろ」
髪の毛の飾りなどを全て取り白シャツにジーンズの短パンを履いたラフスタイルに身を包んだバーサーカーは、側から見ればセミロングの銀髪がたなびく綺麗な子どもにしか見えないだろう。
ここまで来るのが長かった。
なんせ、バーサーカー専用の服がなかったのだ。
今までは、戦闘装束のような野性味溢れる服装をさらに武装面を簡略化したような装備を身につけていたため、そんな服で外出なんか出来るわけない。俺自身もバーサーカーに服を買う事がなかった––––––––というより、幼女の服を買う経験がなかった––––––––ため、出掛ける用の服を拝借するのに苦労した。
特に、メディアというキャスターの所へ行った時がやばかった。
バーサーカーがコスプレを強要され、撮影に五時間はかかったと思ったらくれた服はフリフリのドレスである。流石に日常には要らない服だ。終始顔を真っ赤にしながら堪えていたバーサーカーが遂に噴火した時は俺もメディアに殺意を覚えた。だって、「あらあら、照れた顔も可愛いわね」なんて仰りやがって動かないのだ。無事なんとか尻拭いをやりきった俺を褒めて欲しい。
結局は、エミヤの投影全任せで服を作って貰い、今日の内に投影品ではない服を買いに行く事になった。本当に助かった。エミヤありがとう。
「よし、行くか。
「ああ、マス……ヤマト」
二人は駅前を目指して歩き始める。
「……なぁ、マ……ヤマト」
「なんだよ」
「名前が言いづらい。マスターじゃダメなのか」
「当たり前だ。なんで外で子どもにご主人様同然の呼び方をされなきゃならん。犯罪待った無しじゃんか」
「くっ、ずっとマスターと言っていた弊害か……!」
「慣れろ。むしろ、ずっとヤマトでいいぞ。マスターって呼び方はなんか……俺が嫌だ」
「そういうものか? 上下関係はハッキリさせておくべきだと思うが」
「本来の聖杯戦争ってヤツなら必要かもしれんな。だけど、暮らすだけならいらねぇな。好きに呼べ」
レイアと呼ばれた少女はしばらく考えると、思いついたかのように口を開いた。
「やーくん」
「お前本当にそう呼ぶんだな? 呼ぶんだな!?」
「うっ、冗談だ悪かったから近付くな!」
「はっ、冗談なのは知ってるわバカめ。部屋で『お兄ちゃん』と呼べなかったお前がそんな事言えるわけないだろ」
「当たり前だろう!?」
「当たり前? なんで? ただの設定だろ?」
「えっ? な、な……なんでだろうな? 言われてみれば……そういう設定だったと思えばよかったはず……」
そう呟くと、レイアは今度こそ首を傾げて静かになった。
「お前こそ
「問題ない」
レイア、とは。
以前の外出するためのテストにて、バーサーカーがペンネームとして氏名に記入した名前である。らしい。
本人はその時、エルドラドのバーサーカーと記入しようとしていたが、初回は同席していたロマンに「その呼び名は長いし、どうせなら外でも通じる名前にしたらどうかな」と提案されたそうだ。
かなり悩んで、記念すべき最初のテストが時間切れになるまで考えていたのは救えない。しかし結果、本人はこの名前を生みだしたそうだ。
何故、その名前なのか。
由来なんかはおそらくあるだろうが、敢えて聞かないことにした。相変わらず、本来の真名や正体に繋がりそうなことを探るつもりがないのは変わらなかった。
「レイア」
「なんだ」
「あっ……いや、なんでも。まぁ、なんつうか、返事できるなら大丈夫だろ。コミュニケーション的に」
「ああ……そうだな」
嘘だ。気付いたら呼んでしまっただけだった。
少し静寂。
「ヤマト」
「どうした?」
「いや……言ってみただけだ」
「……用がなければあんま呼ぶなよ」
「呼ばない方がいいのか?」
「まぁ、用がなければ、な」
「……じゃあ、呼んでみただけだ」
「ん?」
「さっきは実際に呼んでみて、反応してくれるかを試しただけだ。それなら、用がないわけではないだろう?」
「んー……そうだな」
ふっ、とレイアが笑った。
似た者同士だと分かって、つられて少し口角が上がってしまった。
▽▽▽
冬木市新都のショッピングモール、ヴェルデに到着した。
同じ新都に俺たちの住むカムクラマンションがあるとはいえ、そこまで近いわけではない。だから朝から歩いて出かけたというのに、腕時計を見れば正午を過ぎていた。遅くなったのは距離の問題だけではないが。
案の定、レイアが騒いだのが原因だ。「あれはなんだ」「これはなんだ」と質問を畳みかけ、終いには目的地と正反対の場所へ向かうバスに目を輝かせながら乗っていた。さすがに冬木大橋を渡ってしまったときは遠ざかりすぎたと少し後悔した。
深山町でバスから降りたレイアは商店街を突き進み、あらゆる品を物色。これはさすがにまずいと、首をつかんでそうそうに引き返して今に至る。
正直、遠くへの散歩自体に否定はしない。だが、今回は衣服や寝具を買うのが目的だ。投影された衣服がなんらかの原因で壊れて消えてしまえば即全裸なのだが、うちのサーヴァントはそのあたりをちゃんと認識しているのだろうか。
自動ドアにビビりながらもショッピングモールに入るレイア。子供っぽい見た目だからか目立ちにくくはあるが、どう見ても挙動不審である。やめろ、きょろきょろすんなって。
「メシ先に食うか」
「いいぞ」
「何食べる?」
「お前が作るものならなんでもいいぞ」
「このタイミングで嬉しいこと言うなや。外に来てまで料理作りたくねぇし。ほら、行くぞ」
牽引しつつ、レストランエリアに向かう。
ファストフード店でハンバーガーをモシャモシャと食べるレイアを見つつ手短に済ませた。
おんぶしつつ、服飾コーナーを回る。
季節に合う物をそれぞれ2着、計8着ほど購入した後に下着コーナーへ向かった。家族と勘違いしてくれた店員に案内してもらう。いくつか見繕ってくれたおススメの殆どを買った。
右肩に背負いつつ、寝具コーナーを見やる。
フカフカのベッドに大興奮していたレイアだが、俺と寝具を合わせようとしたのか、最終的には布団セットに落ち着いた。薄い桃色の布団だった。
「ふぅ……」
かなり疲れた。
ショッピングというのはたった一つ買うだけでも疲れるのだが、ちょっとした生活用品を複数買うとどれほど疲弊するかは想像に難くない。
近くの休憩用スペースで飲み物を飲み干す。それと同時に、肩車の体勢になるためにレイアが俺によじ登る。
「よし、行くぞ」
「いや降りろやァァアア!?」
なんで途中から、俺はお前を運ばなきゃならなくなってんだおい!?
腕を掴んで前にぶん投げると、レイアは危なげなく着地した。
「何故だ?」
「テメェはしゃぎすぎだボケェ!! 俺が今疲れてる原因の大半がテメェ乗せてるからじゃい!」
「うむ、疲れてるとは思うが頑張るが良い」
「ソユコトじゃねぇんだよ!? 歩けや!!」
「むぅ、矮小な器は持つものではないぞ」
「だから、なんで俺の器が小さいみたいになるの!? しばくぞ!?」
「あー、オトナにおそわれるー」
「おいやめろ、棒読みでもやめろ。割とマジに俺が怒られる」
周りからの微笑ましく笑われる声が体に刺さりながらも立ち上がる。構わず歩き始める俺にレイアはついて行きながら言った。
「おい、肩車はしてくれないのか?」
「するか!!」
レイアは珍しくガックリとしていた。
ずっしりとした荷物を両手で抱えながら帰路に着いた頃、豪快な男に呼び止められた。
「応、帰りか!? 随分な荷物だな!」
「あっ、フェルグスの兄さん」
はち切れんばかりのTシャツを着たフェルグス・マック・ロイに遭遇した。
ちなみに俺は衣服類中心に荷物を持っており、レイアは布団セットを小さな体で運んでいる。頑なに自分で持とうとするから放って置いた。
「むっ、セイバーか」
「クラスで呼ぶのはやめてやれレイア。秘密的な、な? そういう事だから慣れろよ? そんで、フェルグスは何をしていたんだ?」
「無論、ナンパだ」
「なるほど、聞いた俺が悪かったようだ」
言い切ったぞ、この男。
「何、最近の女子はなにやら恥ずかしがり屋が多くてな……なかなか捕まらん」
「あんた、ちょいとエンジョイし過ぎでねぇ?」
「まだ3桁の大台にすら乗れておれん。これは由々しき事態だ」
「エンジョイし過ぎでねぇ!!?」
由々しき事態とは何を指しているのか。フェルグスは一体、何処を目指しているのだろうか。
さっさと立ち去ろうとすると、別れ際にフェルグスは言い放った。
「ではな。今日はもう帰るのか?」
「ああ、そうだよ。見ての通りの荷物だからな。早めに戻るとするよ」
「その方がいい。近頃、あまり良くない噂も飛んでいるからな」
「噂?」
レイアは足を止めずに歩き出す。おそらく大きい布団セットを担いでいるからバランスが悪いのだろう。
よろよろしながら自宅へ向かうレイアを見つつ、俺は聞いておくことにした。
「一部のサーヴァントが姿を消しているらしい。あくまで噂だが、既に俺を含む好戦的なヤツはパトロールと称して原因を究明している最中だ」
「そいつらの誰かが流したんじゃないのか?」
「可能性はある。名目を用意して外で闘いたいヤツもいるだろうさ。まだ噂程度で実際に異常があったかどうかも分からない状態だが」
「何か企んでたら厄介だな」
「ないとは言えんが、だからといってあるとも言い切れん。なんにせよ、危険な目に遭ったら俺を呼べ。駆けつけてやるさ」
「応よ」
▽▽▽
「これはどうだ!?」
「ハイハイいいですね」
「貴様の口は壊れかけか? その程度の賛辞しか言えんのか」
「アダダダダ!? ワガハイの頭蓋が砕け散るぅ!?」
夕飯の支度をしながら話半分に聞いていたせいで、アイアンクローが頭部に刺さっている。
レイアは笑みを抑えきれないままに、服を着ては見せてを繰り返していた。
レイア着る→褒める→ボコられる。
そのループである。
お前のキレるスイッチを知ってるんだから、ボキャブラリーが貧相なんだよ。分かってくれ。
どれだけマスターを傷つければ気が済むんだこのバーサーカーは。
結局、いつまでもハイテンションなレイアは夕飯が過ぎてもこのままであった。非常に面倒くさい。
「おいレイア」
「なんだ。気に入らないことでもあるか?」
「……いや、今日は楽しかったか?」
「……正直に言えば、そこまでではない」
「って、嘘だろおい」
なんて奴だ。これよりまだ先があるというのか。これ以上テンションが上がるのならば、建物ぐらいなら簡単に破壊してしまうのだろうか。
「なんと言えばいいのか……まだ、外の世界のすべてを見たわけでもあるまい。その程度で楽しいと浮かれるなどもったいないではないか」
レイアはそう言った。しばらく、時が止まっていた気がした。
「ではおやすみ、ヤマト」とレイアが新しい布団に向かってからしばらくすると、小さな寝息が聞こえてきた。俺は眠れないままテーブルについていた。
つくづく、俺に似ている。
それが、最近のレイアに抱く印象だった。
粗暴な面や子供らしい部分はかけらも変わってはいない。しかし、考え方や思考回路がかなり似ているように思えてきていた。現状に満足しないような性格は特に。これも召喚した時の異常だとするならタチが悪い。
考え方の変化自体は別に悪いことではない。だが、今までの自身の境遇が自分に似る事に悪感情を促していた。
「俺みたいなやつは、運命に翻弄されたままだ。お前も、そうだったのかね?」
その小さな懸念は届かない。我がサーヴァントには。
自分に似ているという純粋な嬉しさとは別に、運命さえも酷似するのなら心配したくもなる。
––––––––––––世界のすべてを見たわけじゃない。ならなぜ、この人生が幸せといえるだろうか–––––––––––
過去に弟に言った言葉がある。まだケツも青い、白い髪もまだ黒だったガキの頃の話だ。
いままで、自由だったことはない。あんな実父がいた人生だ。上流家庭の選ばれた人間としての責任が付きまとっていた。だが、それは小学生だった小さな頃には重すぎるものだった。生きるための訓練で血反吐を吐いた。人を救うために走り続けた。浴びるほどの称賛に吐き気がした。
だが、もう家には縛られない。そう思っていた。
「キリヒト。俺はいつか、またアンタを親父と呼べるのか?」
いつか、東条家に戻りたい。そう思っている自分がいた。
答えは返ってこない。この沈黙は否定か肯定か、分からない。
椅子から立ち上がり、のどを潤そうと冷蔵庫に向かう。
父が絶縁を言い渡した理由は、10年経っても未だ分からないままだった。
▽▽▽
気分転換のつもりだった。
近くのコンビニ、または自動販売機でもいい。たまたま切らした炭酸飲料を買って、口内の刺激とともに憂いを一掃してしまいたかった。
そんな午後十一時頃。それは聞こえた。
(……なんだ今の?)
わずかに聞こえた甲高い音。金属と金属のぶつかり合う音。常人にはまず聞こえない距離からの音だったが、夜間の静けさや自分のポテンシャルも相まってかろうじて聞き取れた。
戦闘態勢を取る。直感がこれを剣戟と認識したためだ。
未遠川方面へ駆け出す。剣戟が鳴った方向であった。
あれ以降、戦闘音は聞こえない。しかし、それがより不穏を際立たせていた。
もし仮に剣と剣がぶつかり合ったとしたなら、両者が生きている可能性は高い。互いの武器が当たったのだから負傷は考えにくいからである。なのに、近づいているのにもかかわらず聞こえた音は剣戟のみである。
(一撃離脱? それとも互いに一度矛を交えての撤退? いや、どちらも可能性は低い。原因究明に動いたサーヴァントなら追撃一択しかない!)
夕方に出会ったフェルグスは、同じような好戦的なサーヴァントが動いている事を話してくれていた。
ならば、可能性が高いのはサーヴァントと異常なナニカの衝突。
冬木大橋の上に何かが光っている。
遠すぎて良く見えないが、紅い光沢と無数の黄金の輝きが視認できた。
「あそこだ……! くそっ、結界かこれ!!」
見えない壁を感知する。人避けの魔術は確実に使用されている。現に今、なんとなく冬木大橋に向かう意思が削がれてきている為だ。
そして、もう一つ。
「な、コイツは……!?」
目の色が変わったと、自分でもわかった。
これは知っている。
この結界は知っている。
かつて幼いころ、実父の東条キリヒトが使用したのを見たことがある。
結界内に侵入する。見覚えのある結界ならば阻まれも妨害もない。ただ、強い認識阻害と外への防音機能があるだけだ。しかし、その事実によりさらに足に力が篭った。
結界内へ勢いよく飛び出した。
冬木大橋中央に差し掛かる頃、足を止めた。
そこにはあざやかな剣にて切り裂く見知らぬ男と。
首を落とされ紅と黄の双槍を取り零した、ランサー・ディルムッド・オディナの姿だった。
「サーヴァントに認識阻害がかかっていても、マスターにかからないのでは意味がないぞ。欠陥だな、これは」
目の前の男は最早ディルムッドを見てはいない。翡翠の目を光らせていた。
「悪いけど死んでもらうよ。どうせ、何者だろうと生かしては置けないからね」
正体不明のサーヴァントは右手から火の玉を生み出して放ち、左手に
【現在公開可能な情報】
大和
若い頃から髪が白い男。白髪は後天的要因らしい。
メイド一族でありながら主を選ばない特殊な家系の長男として生まれるが、実父からは絶縁となる。何故か仲は悪くない。
東条斬人の元で訓練したため、常人とはかけ離れた知識や技術、肉体を持つ。