何故か昨日の記憶がほぼ無い。
それだけならまぁ何もされてないから良いのだけど……。
「あ、イッセーくん……、そ、その……おはよ」
「ぅ、い、一誠……昨日はその……」
「一誠兄さま……♪」
「……色々と凄かったわよ」
「は?」
セラフォルーもソーナもミリキャスもリアスも……何俺を見て照れてるんだ?
いやそれだけならまだ良いんだが……。
「ぁ……せ、先輩。わ、私……初めてでしたけど、多分もう一誠先輩じゃないとダメだと思います」
「ドラマの描写はそ、ソフトだったと実際に受けてみて思い知りましたわ……」
「???」
猫妖怪とハーフ堕天使も同じように俺を見るやたどたどしく要領を得ない言葉を吐いてるし……。
「お前っ、お前ぇぇっ!! どうしてくれるんだよ! 俺初めてだったんだぞ!?」
「つ、ついでに言うと僕も……」
「……???」
ソーナん所の兵士とリアスん所の騎士までもが意味の解らんことを言ってくる。
…………。昨日の俺は何をしたのだろうか? まさか全員一発ずつ殴ったのか? いやそれだと初めてって言葉が成り立たないし……。
「………変な奴等」
結局誰に聞いても同じような返ししか返ってこなかったのと、どうせ大した事じゃないんだろうと自己完結する事にして、俺は明後日帰るまでの時間を仕事に費やすことにするのだった。
こう、反抗期の弟みたいな……そんな感情だと思っていたつもりだった。
しかしまさか酔っていたとはいえあんな激しく……しかも初めてだったのに……。
年下で人間の少年によって奪われた魔王は、今更になって人間の少年――つまり一誠を直視できないくらいに恥ずかしくなっていた。
「うー……」
「……。なに? またお前の寸劇に付き合えってか?」
「い、いや違う、けど……」
「じゃあ何だよさっきから? 床のバフ掛けしてる絵なんざ見ても面白くないだろうに」
多分だけど、恐らくだけど、あの時受けたキスはこの先絶対に味わうことの出来ない快楽だった。
その時の余韻というか記憶が鮮明過ぎるせいで、何時もなら普通に接してあげられる筈が、せっせとグレモリー家の床磨きをしている一誠少年を今は見るだけで心臓の鼓動が半端無い。
つまりセラフォルーは今、自分の感情にテンパっていた。
「ねぇ、本当に覚えてない?」
「それさっきも言われたが何の話だ?
確かに俺は飲み物をお前の親父に貰って飲んでからの記憶は無いが……」
「……。うん、仕方無いとはいえ複雑かも……」
ミリキャスの気分は晴れやかだった。
大好きな兄がもう少しで人間界に戻る事になるというのを差し引いても、ミリキャスの気分は最高だった。
「ね、ねぇねぇ、女の子とデートしたいと思わない?」
「思わねーよ。
てかお前は朝から何なんだよ?」
「だ、だってぇ……」
意外な事に一番年上のセラフォルーがあの時以降から一誠に対してもじもじしまくりで、今も鬱陶しそうな顔をする一誠にうーうー言いながらもひょこひょことついて来ている姿が発見されてたりする訳で……。
「ほらお姉様、お父様とお母様が呼んでますから……」
「だとよ、早く行けよ」
「う、うん……じゃあまた後で……」
チラチラと明らかに意識した視線を一誠に対して密かに向ける妹のソーナに連れられる事でやっと一人になれたと思った一誠は、さて仕事も片付けたし鍛練でもしようかと考えた矢先だった。
「一誠兄さま」
「今度はお前か……」
父親の血を確実に受け継いでると一発でわかる紅髪の幼子にて、ある意味で最も一誠を敬愛――いや、若干それを越えてヤバイ想いを日増しに重ねまくるミリキャスが、一誠目線的に他と違って何時もの様子でトコトコとやって来た。
「どうしたんだ?」
「一誠兄さまのお仕事はどうかなーって」
どうやら一誠の受け持つ仕事の状況が知りたいらしく、ニコニコしながら当たり前の様に一誠の腰辺りに抱き付くミリキャスに、一誠は察した様に言った。
「終わって暇をもて余してるつもりだが」
「ほんと!?」
「あぁ、お前もその様子じゃ暇そうだし、何かしたいなら付き合うぜ?」
無口、無愛想、無表情。
殆どの生物なら殆ど抱くだろう一誠のイメージとは正反対のぶっきらぼうながらの優しさに、ミリキャスは一誠の腰に抱き付いたまま、胸の中にある気持ちがより増大していくのを自覚し、言葉では言い表せない堪らなさに悶絶すらしたくなった。
だが、ここで悶絶してしまえば一誠は引くだろう。
だからミリキャスは、敢えて他は微妙に態度がよそよそしくなっても自分だけは変わらないよとアピールしつつ――
「えへへ……それじゃあ一誠兄さまとお昼寝したいな?」
もうすぐ人間界へと戻る一誠と少しでも一緒に何でも良いから居たいという気持ちを込めて、ミリキャスは笑顔を見せながら只無垢に願った。
結果的に言えば、ミリキャスの願いはアッサリと叶った。
「ま、たまには良いか」
鍛練でもとは思ったものの、何となくそんな気分でも無かったからの気まぐれ故か、それとも単純にミリキャスの言う事を聞いたからなのか。
それは一誠にしか解らぬ事ではあるものの、ミリキャスの願いは叶った。
「くー……くー……」
質素な家具で構成された部屋のベッドにて、ぐーすかと呑気に眠る一誠。
何やかんやで気疲れでもしていたのだろう、ベッドに入るや否やあっという間に眠りこけてしまった訳であり、その後もぞもぞと入ってきたミリキャスに抱き着かれても起きる気配が全く無かった。
「一誠にぃさま……」
簡単に言えば、一誠はミリキャスを根性のある餓鬼と思ってるだけでそれ以上の感情は良くも悪くも無い。
「あは……♪」
しかしミリキャスは違う。
単純に兄として慕うといったラインを軽く越えており、少しでも他の者と仲良さげにしているのを見てしまえば嫉妬すらするレベルに一誠へ依存しまくっている。
つまりだ……。
「寝ちゃったね……一誠兄さまぁ……」
とても危険が危ないということなのだ。
「はぁ……はぁ……」
そもそも前提として、いくら気疲れしてても一誠がこんなに無防備に爆睡するのか? 彼を知る者からすれば答えはノーだ。
しかし今の一誠は余りにも無防備に、頬を上気させているミリキャスの隣で寝ている。
なぜ? それはもう殆どお気付きだろう。
『兄さま! 寝る前にホットミルクを飲むと良いよ! ほら、僕が入れたから飲んで!』
『ふーん……じゃあ飲んでみるよ』
『えへへ~』
『? 何か苦いぞこのミルク?』
『あ、あれれ? お砂糖の量でも間違えちゃったかな……』
『まぁ別に飲めない訳じゃねーから大丈夫だけど』
『………ほっ』
『んぁ……何かマジで眠くなってきたかも』
『じゃあお昼寝する?』
『おう……そうす……る』
「くかー……」
「あは、あはは……一誠兄さまぁ……!」
つまり、何処の誰に教えられたのか……ミリキャスの仕込みだった。
「えっと、説明書によると仕込んだ本人が念じるまでは何をされても起きない筈だから……」
ミリキャスに対してはほぼ警戒心が無いからこそ成功してしまう。
スヤスヤと特殊な何かで眠る一誠を愛しそうに見つめていたミリキャスは、一人でブツブツと何かを確認してから頷くと……。
「んっ……」
眠る一誠の身体に跨がり、何の躊躇も無しに一誠の額に口づけをした。
「っ……んっ!」
無防備だからこそ出来る真似。
幼い心に初めて宿る背徳心とのコラボレーションがミリキャスの全身を焼かれた様な熱さが駆け巡る。
「はぁはぁ……!」
正直、最初は本当にすべきかと迷っていた。
けどこのままでは一誠とずっと一緒には居られなくなるかもしれないという焦りが、幼いミリキャスに勇気を与えてしまった。
「身体が熱いよ兄さま……!」
故にタガが外れたミリキャスは割りとすさまじかった。
「もっとしたい……もっとキスしたい……!」
額じゃもう満足できませんとばかりに、トローンとした瞳と表情となるミリキャスがそのまま昨晩の時みたいにその口に自分の口を重ねる。
「あうっ!」
その度に自分でもわからない何かが身体を駆け巡り、ちょっと困惑してしまうミリキャスだけど、それ以上に勝る一誠への異常な情念が更なる領域へと進ませようと幼い子供の背を押しまくる。
「熱いよね兄さま? このままじゃ寝づらいよね? えへへ、僕が兄さまの服を脱がせてあげるから大丈夫だよ?」
「くーくー……」
それでも起きない一誠の着ているワイシャツのボタンを、頬を上気させながら嬉しそうに外しだすミリキャス。
「わぁ……」
外して露になる鎖骨や胸元にミリキャスは更におかしくなる。
「好き、好き……大好き……! 一誠兄さまの事、僕は大好きっ……!」
そのおかしさはよりミリキャスを大胆にさせ、やがて脱がされても尚起きない一誠の胸元に顔を埋めながらミリキャスは狂った様にその感情を只ぶつけ……。
「だから……この前見ちゃったお父さんとお母さんがしてたのと同じ事を……しよ?」
その異常性を異常な速度で異常なレベルで爆発させたのだった。
終わり
補足
どんどんと枷が抜け落ちていくスタイル。