第1話
天空城発見の一報は、驚くことに人間からもたらされた。
その日、カルネ村の若き村長エンリ・エモットは鍛え上げられつつある上腕二頭筋を惜しみなく活動させていた。季節外れの嵐のせいで畑に被害が出たためである。朝から倒れた麦穂をおこし、生き残っていた麦穂にほっと息を吐くという作業を繰り返している。大嵐といっていい豪雨が夜中吹き荒れたにもかかわらず麦にあまり被害がないのは、おそらくルプスレギナがアインズから渡されたアイテムを行使して村を守ってくれたおかげだろう。嵐の去った朝からエンリの家の居間に現れ足を組んで椅子に座っていた彼女が、金色のはかりのようなものを愛おしげに撫でながら「アインズ様に感謝するっすよ!」と言っていたのだ。エンリにはアイテムの詳細はわからなかったが、「ルプスレギナが大事にするもの=アインズ・ウール・ゴウンが下賜されたもの」のが絶大な結果をもたらすことはよくわかっていたので心の底からの礼を口にしてルプスレギナを満足させた。
「麦穂まで守ってくれるなんて、ほんとう、ゴウン様は神様だわ…」
農民にとって作物は命のようなものだ。これがダメになると人生という道の先が真っ黒な穴になってそこに落ちてしまうといっていい。昨日の嵐は道に大穴を開けるエネルギーを持っていたが、ゴウン様がその大穴を開ける強大な拳から村を守ってくれた。ああなんと素晴らしい御方だろう。正直口にした割に神という存在についての定義的なものはよくわかっていないが、強大な力で守ってくれて、優しくて、素晴らしい、という幼稚な印象をもとに当てはめる存在を探してみれば、エンリにとってそれはアインズしか当てはまらなかった。
そんなことを考えつつ、彼女はまた一つ麦穂を起こす。くたりと垂れた者達に喝を入れ、優しい黄色の背を伸ばす。その作業は腰に来る。故にエンリは凝り固まって腰が起こせなくなる前に、ぐぐ、とその若い身を空に向かってゆっくりと上げて伸びをした。
そして、伸びをして、すっきり晴れ渡った空の彼方に眼をやったエンリは、見てしまった。
「……ん?」
散った雲達の中にやけに大きな雲がある。入道雲のような形の雲だ。その大きなものの端から、茶色の、決して空にあるべきではないものがちらりと見えた。
最初、エンリは見間違いか眼にゴミが入ったのかなと思った。だから土のついた手をエプロンで拭ってから眼の辺りを少しこすって同じ場所を見てみた。けれどそれは消えていなかった。エンリの目は、アインズの元の世界の人間のように酷使されてはいなかったのでやたらと性能がいい。その性能の良さを最大限に生かして、具体的に言うと2.0を超える視力で彼女が雲の端に見たのは、紛う事なき土色の大地だった。
「……は!」
ありえない。ありえない。ありえない。
ありえないものは害してくる可能性がある。害さない可能性もある。恐ろしい可能性がある。恐ろしくない可能性もある。エンリは農民で知識がない。知識が無ければその判断はできない。ンフィーレアは知識があるが、あんなものが何か即答えられるような知識は持っていないと何故だか断言できた。だからエンリは麦穂を放り出して走り出しながら叫んだ。知識持つ人、あるいは知識持つ人に繋がる人に助けを求めるために。
「ルプスレギナさん!ルプスレギナさーん!!」
生憎ルプスレギナはすぐにナザリックにアイテムを返しに戻っていたために、エンリが発見した『何か』はアインズが報告を受け外に眼を向けた頃には見えなくなっていた。だが、「トトロいたもん!絶対いたもん!」くらいの勢いで一生懸命報告するエンリの様子と、何より思い当たるものがあったアインズは<飛行>で空に飛び…そして、見つけたのだった。