「で、蓋を開けてみれば天空城だったってことか…」
ぽつりと呟くアインズの目の前には、鈴木悟の世界で百年以上前に流行ったとあるアニメ映画のワンシーンを彷彿とさせる天空城が浮いている。まるで山を一部切り取ったような三角形のシルエット。だが山肌に当たる部分は綺麗に整備されており、山肌というよりは階段状になった城壁を思わせる。てっぺんには神殿のような場所があり、そこの上からまっすぐ下を見下ろせば、階段状になっている城肌のあちこちに生い茂る緑が見えた。
この世界の基準と常識で判断すれば、空に浮いているという一点を除けば「城の遺跡」と表現するのがしっくりくるものだ。逆の言い方をすると、浮いて飛んでいるという一点においてこの世界の何よりも警戒すべき存在と断言できるだろう。だってどう考えたって「この世界の技術水準では」ありえない存在、オーパーツに等しい存在なのだから。
だが、アインズはこの城を見、さらに城のてっぺんに掲げられた旗と城壁に描かれたいくつもの印を見て、この建物にすぐさま敵対するのは悪手であると判断した。判断できた。何故なら、彼にとってこの建物は覚えのあるものだったからである。
「まさかここで見ることになるとは…」
ぽつり、呟いた声には、感嘆と郷愁の色があった。もう戻れない「故郷」に対する愛着を、「故郷」を思わせるものに触れて思い出す時に滲む感情だ。
「アインズ様、見覚えが?」
そう問うのは蛙頭になってアインズに追従してきたデミウルゴスである。<飛行>の魔法ではなく自前の翼をばさり、ばさり、と羽ばたかせる彼はアインズの普段と違う印象のする呟きを耳ざとく拾ったのだ。
「ん?ああ。これはギルド『翼持つ人々』の天空城だ」
「それは一体」
「簡単に言うと、アインズ・ウール・ゴウンと同じ戦闘能力を持つ可能性がある…私と同じプレイヤーがいる可能性がある城ということだ。というか、いるだろうな、これは」
この地に転移してきてからずっと探してきたプレイヤーの存在を、アインズはやけにあっさりと受け入れた。実は天空城に記された印を見た時に精神的動揺が振り切れて強制平定が起こったのだが、それをわざわざデミウルゴスに言う必要はあるまいとアインズは判断していた。
「!!!」
アインズの言葉に、デミウルゴスの目が驚愕に見開かれる。直後、ばさり、とひときわ大きく羽ばたいた彼の手に魔法の揺らめきが発生する。デミウルゴスに顔を向けていたおかげでそれにいち早く気づいたアインズはすぐさま彼を止めた。
「やめろ!」
「はっ…」
アインズの叫びを聞いてデミウルゴスは魔力を霧散させた。しかし、その顔にはありありと「何故ですか」という問いが書かれている。アインズは間一髪攻撃の手が止まったことに安堵しながら、隣に浮かぶマーレとアウラにも同じ注意をした後天空城を見ながら答えた。
「この天空城がユグドラシルの時と同じアイテムを持っていればお前の力では到底太刀打ちできない。だからやめろと言ったのだ」
「も、もしかして…」
は、と何かを思いついたようにマーレが目を見開く。その目の中にあるものが何かは洞察力の低いアインズにはわからなかったが、たぶんこれだろう、という予想の上で彼は大仰に頷いた。
「そうだ。この天空城は世界級アイテムによって守られているのだ。おそらく、な」
「世界級アイテムですか!?」
「ああ。『翼持つ人々』が所有する世界級アイテムの名前は『観察者の目』。装備者の身を一切の魔法と特殊技術の発動と引き替えにいかなる攻撃からも守るという防御系世界級アイテムだ」
『翼持つ人々』。それはアインズの言うとおり、ユグドラシルにあったギルドの名前である。天空城を拠点にしたギルドはいくつかあったが、そのギルドの中でただの一度も他のギルドに制圧されなかった拠点はここくらいだろう。ナザリック地下大墳墓のように攻撃者を撃退することで防衛するというよりは、世界級アイテムで大規模な<次元断層>のようなものを恒常的に発生させることでいかなる攻撃も無効化するという形で拠点を守ってきたギルドだ。
さらに、この天空城、天空城というだけあって空にあって移動する。拠点全体に世界級アイテムの効果を及ぼすということは拠点自体が持つ魔法や特殊技能も使えなくなるはずなのに何故魔法も使わずに浮いていられるのだ、と首を傾げた者は多い。アインズ、いや、モモンガもその一人だった。まさかこの世界でその小さな疑問の謎が解かれるとはなぁ、と内心で呟く彼の視線の先には、天空城の下やら横やらに取り付けられた無数のプロペラがある。全てが飛行系アイテムであるのは明らかだ。
つまり、この城は、城自体の膨大な魔力を全て防衛の贄に捧げた上で浮くために頭のおかしい数のアイテムを使っているのだ。無駄というか、贅沢というか、何を考えているのかよくわからないギルドである。
もっとも、このギルドは「何をやりたいのかわからない」という点にかけては先頭を突っ走っていたようなギルドなので、そも理解しようとする方が間違っているのだがな、とアインズは内心肩をすくめた。
「世界級アイテム…それを所持している、ということはこのギルドはシャルティアに精神支配をしかけたアイテムを持っている可能性もあるのでは?」
蛙顔で器用に「眉をひそめる」という表情を浮かべたデミウルゴスの言葉に、アインズは首を横に振った。
「無いとは言わないが、可能性は著しく低い。理由はいくつかあるが、最大の理由は先程述べた世界級アイテムの存在が示すこのギルドのスタンスだ」
「恐れながらアインズ様。そのスタンスというものを、この愚かな身にご教授願えないでしょうか」
空中で器用に頭を下げるデミウルゴス。その後ろでアウラとマーレも「お願いします」と声を揃えている。元よりユグドラシルの世界について語ることが好きなアインズは、骨の顔に表情を浮かべる代わりに声に喜びをのせて答えた。
「いいだろう。先程も言ったように、この天空城にはいかなる攻撃も効かない強靱な防御が張ってある。自身の攻撃能力をはじめとする全て捨てるという大きすぎるデメリットを持つことからその防御はユグドラシルのバランスから考えて最高のものだろう。もしかすると世界級アイテムの中でも相当上位の攻撃系でしか突破できないかもしれないし、そもそも『何ものも突破できない』かもしれない。それくらいありえるものだ。
他人からのいかなる攻撃も効かず、また、いかなる攻撃も自ら為せない。それは世界からの離脱だ。この世の拒絶だ。だからこのギルドはこのアイテムを手に入れて以降、どのギルドとも、どの事件とも関わってこなかった。うたい文句は『全ての自由を愛する翼の民の宿り木になろう』…だったかな。つまり、このギルドにとって、世界級アイテムでシャルティアの精神を支配するという行為は、ギルドの根幹の掟を揺るがす行為になりかねない」
「えっと…?」
こて、と首を傾げたのはアウラとマーレだ。その前のデミウルゴスは表情が動かないのでわかっているのかわかっていないのかわからない。けれど、彼の頭脳から考えて、わかっていると考えていいだろう。だからアインズはデミウルゴスの頭を越えてアウラとマーレを見つめながら言った。
「言い換えると、このギルドにとって『シャルティアを積極的に支配目的で攻撃する』というのはナザリックにとって『ナザリックの至高の四十一人に新しく人間種を迎える』という行為と等しいのだ。そんなことがナザリックでありえるか?」
「いいえ!絶対にありえません!」
ぶん!と首を振った闇妖精の頭が同じリズムで振られ続ける。三分の二が納得したことになる。だが、デミウルゴスだけはこのギルドがただものじゃないことは理解できても敵ではないと認定することについては納得できないらしい。彼は少しだけ苦しそうに顔を歪めつつ、言葉を重ねた。
「ですが、でしたらそれこそ事故や向こうの自己防衛等の事情でシャルティアを攻撃したという線もあるのでは…?」
「ありえるな…しかし…うーん、そうだとしても、このギルドに敵対するのはダメだ」
「それは世界級アイテムを持っているからですか」
「というより、ここのギルドマスターは私の恩人でもあるんだ。あの人がシャルティアにあんな真似をするとは考えられない。もっとも、代替わりしていなければの話だがな」
さらりと落っことされた爆弾発言に、三人は文字通り飛び上がって驚いた。