偶然という言葉がある。なんと甘美な響きの言葉だろうか。これが無ければ世界は酷く味気ないものになっていたと断言できるだろう。
さてこの偶然、時にとんでもない仕事をする。いい意味でも悪い意味でもだ。此度その両者の意味を持つ好例が生まれたので、詳しく観察してみよう。
タブラ・スマラグディナがこの世界に「一番最初に」やってきた。
それは彼に創造されたアルベドにとって、間違いなく「不幸な偶然」であった。
何故なら彼女は秘密裏に至高の者達の暗殺を計画しており、パンドラズ・アクターという協力者とルベドという火力を頂き暗躍をはじめていたからだ。愛しい人の心を切り裂く過去の幻影が愛しい人の前に現れるその前に、現れたことすら隠して消して、いずれ愛しい人を自分のものにする。それが彼女の秘めた目的だった。
だった、という表現が示す通り、それはもう実現不可能な目標になってしまった。なんせナザリックの中からタブラ・スマラグディナが出てきたのだ。多くの守護者とシモベ達の前に、堂々と。パンドラズ・アクターの変装ではないことは、アルベドから少し離れたところに彼がいる故に証明された。
もしも出てきたのがタブラでなければアルベドはすぐに「偽物だ」と声を上げることができたかもしれない。自分の中の歓喜の声を上げる感覚器官を騙し、皆を扇動して目の前の至高の存在を殺せたかもしれない。けれど彼女の体は、精神は、全ては、目の前のタブラを本物だと断定してしまった。
敢えて言うのであれば、その断定によりアルベドの思考が止まった刹那の時間。
彼女の行動が止まり、タブラが先手を取れた、その僅かな隙。
それが運命の分かれ道だった。
「やぁ」
至極簡単な声で片手を上げて挨拶した彼に、息を止めぬ者がいただろうか。直後、歓喜の涙を流さぬ者がいただろうか。いるにはいた。アルベドだ。だが彼女以外の全員が恋い焦がれた至高の存在の一人が戻ってきたことに歓喜した。
そして、アルベドにとって不幸なことに、タブラは皆に伝えた。モモンガが自分を助けてくれたのだ、と。
死にかけの設定厨はあの病室での僅かな会話と向けられる過度な親愛の情でなんとなく状況を察していた。さらにアルベドの目に見える確かな憎悪で正確に状況を理解し確信した。即ちNPCはギルドメンバーのことを崇拝し、であるが故に置いて行かれたことに悲しんでいると。悲しみはやがて憎悪へと変じ、その最たるものが自分の被造物の美しい守護者統括であるのだと。
―――私達が戻った世界。あれは、私達の意識を入れるために必要な入れ物がある場所だった。そこに居なければ、戻らねば、我々はいずれ死んでしまう存在だった。
デミウルゴスはその言葉を聞いて宝石の目を見開いた、ならばアインズ様は…と。
アインズ様?とタブラは内心首を傾げたが、おそらくモモンガのことを指しているのだろうとあたりをつけて彼は深く頷いた。
―――彼は向こうの世界で死んでいる。
守護者やシモベにとって衝撃的な発言であった。呼吸する者全てが息を止め、鼓動する心臓を持つ者全てが刹那生命活動を放棄する程度には。
タブラの言葉は事実であった。ユグドラシルはサービス終了時に重大なバグか何かが発生し、その時接続していた人間全ての脳が焼き切れるというとんでもない事件が起こったのだ。多くの人間が死んだ。鈴木悟という名を知る元ギルドメンバーの一人が顔を青くしてかつての仲間と連絡を取り、そして全てのギルドメンバーが知った。
―――ああ、リアルで会う約束をしていれば。
―――ちくしょう、次のゲームに誘っていれば。
―――嗚呼、モモンガではなく、鈴木悟と交遊をもっていれば。
ユグドラシルが終わった後にした後悔は、何の意味ももたらさなかった。
彼の穏やかな性格は皆が好いていた。ぶっちゃけ、モモンガのことが嫌いになってユグドラシルを辞めた者はいなかったのだ。引き際をわきまえすぎて遠慮がち、なれど深く仲間のことを思っている、見目の割にとても優しいスケルトンを嫌う者などいなかった。天涯孤独であったが故に葬儀などされなかった彼のために、かつて四散したギルドメンバーの多くがぷにっと萌えの集合メールで集まり無言で献杯したことをタブラは覚えている。
タブラが語った言葉に皆は顔色を無くした。至高の存在のためであれば命など惜しくないと思っていた、その自分達を優先したために愛する至高の御方が亡くなっていたなど、衝撃以外の何者でもない。多くのシモベは身を焼くような後悔の念に耐え切れずその首をかっきろうとしたが、タブラはそんな彼らに大きく首を横に振った。
「モモンガくんは、そんなことを望まない。彼は自分の全てを捧げるほどに君達のことを愛している。君達が自分のために傷ついたと知ったら、彼はきっと何よりも悲しむだろう。
私も向こうで死んだ。死んでどこかに行くだけの身だった。けれど、モモンガくんと、あと不思議な蛇の女性のおかげでこちらに来れた。もしよろしければ私もここに住んでいいかな」
脳喰いの頭で、わかりにくくもにこりと笑ってみせたタブラに否と答える者はいなかった。口を閉じた者は、残念ながらいたのだけど。
タブラ・スマラグディナがこの世界に「一番最初に」やってきた。
それは彼とともにユグドラシルを駆けた仲間達にとって、間違いなく「幸福な偶然」であった。
何故なら彼はアルベドに対する、唯一超級の切り札だからだ。彼らの命を奪い存在を消すことでモモンガの全てを手に入れようと画策する、アルベドの。
アルベド抑制の役目は戦闘力にすぐれたたっち・みーでも、アインズ・ウール・ゴウン一の問題児であるるし★ふぁーでもこなせない。諸葛孔明とまで言われたぷにっと萌えですらアルベドやデミウルゴスには知能で劣るため、作戦だけで勝てる相手ではない。故に切り札になるのは創造主という立場がもたらす絶対の力関係だけであった。
もしもタブラが最初でなければ、たおやかな笑みの下に苛烈な殺意を隠したアルベドがモモンガが戻る前に至高の存在を殺していっただろう。そんな性質を、行動を、彼女を創造し、彼女の内面を細かく編み上げたタブラだからこそ見抜けていた。故に彼はこの世界に来てすぐ自分の役目を悟り、後から来るかもしれない…いや、絶対に来るであろう仲間達のために、ナザリック一の爆弾を押さえる役目を買って出たのであった。
四十分の一の正解を見事掴んだ死の支配者は、気づかぬままにバッドエンド確定ルートを回避して先に行く。彼の行く末に何があるのか、その答えは、たどり着かねばわからない。
わからないのだから、それなりに慎重に行くべきなのだが…
「やった!あまのまひとつさん説得成功!」
「五分で頷くとはね…」
「やった!ぬーぼーさん説得成功!」
「まさかゴーレムを見たいがために頷くとはね…アインズ・ウール・ゴウンってもしかして変人の集まりだったりするの?」
「変人ってあなたには死んでも言われたくないですね…」
「もう死んでるけどね、モモンガくんは」
「ははっアンデッドジョーク」
常ならぬ状況と発動しない精神の沈静化のせいで、モモンガは割と簡単に調子に乗り。
次のギルドメンバーにユグドラシルのことを覚えていること前提で話しかけても色よい返事をもらえず、大変盛大にしおれてしまったのだった。
モモンガによる説得ロール、1d100で50以下で成功、51以上で失敗
あまのまひとつ 28 成功
ぬーぼー 30 成功
名無しのメンバー 83 失敗
現時点で成功3、失敗1
よく考えたらタブラさん最初に行かないとアルベド止められなくね?と気づいた筆者であった。ううっブルブル。やばかったなオイ。