自由人のための天空城【完結】   作:おへび

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第6話

 西暦2138年某月某日。

 日付を跨いだ瞬間に一つの夢の世界が永遠に失われると決まっていた日。

 その夜、午後10時を少しだけ回った頃。一人の男が病院のベッドに横たわる娘にキスをして、肺の病で亡くなった妻の位牌に手を合わせ、職場に出勤した。仕事内容はアーコロジー内で肥え太る富裕層の護衛というくそったれなものである。男の職業は警察官。職業の字面と任務内容が噛み合っていないのは、ずっと昔からのことである。

 午後十一時。男は着替えのためにロッカールームに入った。がらりと自分のロッカーを開けて整頓された装備を順番に取り出し身につけていく。殺傷能力の高いものから身を守る装備と殺傷能力の高い装備を見下ろし、鏡の中の自分の顔を見つめ、男は深いため息を吐いた。

 男は鏡の中で疲れた顔をした男に問う。自分はこんなことをするために警察官になったのか?

 鏡の中の男が溜息まじりに答える。違うだろう。幼い頃からのあこがれである「正義の味方」になるためになったんだろう。

(だというのにこれは一体どういうことだ)

 男以外誰もいないロッカールームの中で、己を嗤う諦めきった笑い声が微かに大気を揺らした。

 胸部を覆う薄型の防弾チョッキは弱者から考える力を奪い富を奪う者の盾として、腰に帯びる警棒と銃は生きるために足掻こうとする者を排除するのに使うために与えられた。自分は正義の味方などではなく肥え太った略奪者の護衛だ。

 それを認め、厭う気持ちが大きくなってから、一体どれだけの時間が経っただろう。夢はあくまで夢であり、この現実では何も望めぬと理解してから、一体どれだけの年月が経っただろう。

(今日もか…)

 正義の味方になりたかった。なれなかった。なりそこないだ。愛する妻を病で失い、残された娘も病床故に明日をも知れぬ命。もしも娘もいなくなってしまえば、果たして自分には生きる意味があるのだろうか。貧困層の人間に聞かれれば烈火の怒りと憎悪を持って殴り殺されそうな幸福な悩みを抱えながら、男は夜通し行われているアーコロジー会議の交代に向かった。

 

 

 男が交代の申し送りをしている頃。警護任務のために出勤した会議場で爆弾が爆発した。テロだ。どうやら警護の交代時にどうしても発生する隙を狙われたらしい。

 男は優れる身体能力を生かし護衛対象の盾となり、飛んでくる多くの木っ端を身に受けた。防弾チョッキで守られた身とて殴打には弱い。あちこちに打撲と傷を作りつつ、男は鼻血を流しながら部下に護衛対象を安全に会議場の外まで連れて行くように指示した。空いた手で腰の武器をまさぐる。

 弾がどこに向かうかわからない拳銃は使えない。黒づくめのテロリスト達が「我々に生存権を!」「生きる糧を!」「奪う者から奪い返せ!」と叫ぶ彼らに向かって発砲すれば、彼らを押しとどめようとする仲間の誰かに着弾する恐れがあるからだ。

 拳銃を無視し、伸縮する特殊警棒を構え、足元を少なくない流血で彩りながら走り出す。護衛の盾になれぬのであれば向かってくるテロリストを押しとどめなければいけないからだ。壊れた椅子の背をタッと駆け上がり瓦礫を乗り越えた先で、視界にちらりと映った柱に引っかかっていた時計が午後23時59分を告げていた。

 

 ―――ユグドラシル…。

 

 任務中だというのにちらりとその言葉が頭に過ぎったのは、彼が求めた正義の姿をそこでだけ体現できたからだろうか。生きようと必死な者達、生きるために最悪な手段にしか出られない者達、そんな人達の頭を警棒でたたき割らねばならない我が身からの逃避したかったからだろうか。

 

 確かにそれはあっただろう。けれど、それだけじゃない。

 

 視界の真ん中で、同じ特殊装備を身に纏った仲間の一人が体勢を崩す。彼の体を押しのけて、一人の黒ずくめの男が現れる。その手には警察が持っているのとは違う拳銃が握られている。改造されているのか所々に溶接の跡がある。そんな銃、下手に使えば暴発するかもしれないというのに、彼はそれだけが心のよりどころだとでも言うようにしっかと抱え構えていた。

 自爆覚悟の武器を持った男が、その銃口を男に向ける。けれど黒づくめは彼の姿を見てぴたりと動きを止めた。まるで、見知った人でも見たかのような驚きが、目出し帽の隙間に見える黒い目から溢れている。

 

 ―――おいおい。

 

 悲鳴と怒号とものが崩れる音の中、黒づくめの呟きは、果たして男に届いたのだろうか。

 届かなければいい。届けば男は気づいてしまう。聡明な頭脳に相応しい記憶力が、何年も前に仲違いした者の声だと気づいてしまう。

 だというのに小さな音はやかましい音の間をすり抜けて正確に男の外耳を震わせた。内部に響き脳に届き、脳が高速で記憶の本棚をかきあさる。やがてコンマ数秒もせぬうちに男の脳は該当の声を持つ者の名と来歴を記したファイルを見つけ出した。男の頭の中の司書が、それに手を伸ばす。

 

 ―――時刻、0時00分00秒。

 

 けれど、それに指をかけ、ファイルを引き寄せ開く前に。

 

 無防備な男の頭部に、斜め後ろで構えられたテロリストの発砲した弾丸が着弾し。

 

 男の頭は、首から上は、真っ赤な花の如く四散した。

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