問題。久しぶりに会った友人の首から上が爆散していた場合、最初にかけるべき言葉は何か。
普通に人生を送っていればまず間違いなくぶちあたることのない問題に正面衝突したモモンガは、瓦礫の中で悩んだ挙げ句に普通に声をかけることにした。
「た、たっちさん」
首から上の無い死体の頭の所にぼうっとした表情で足元の人間と同じ装備をした男が立っている。彼の体は少しだけ透けており、向こう側が見えている。幽霊だ。紛う事なき、生まれたてほやほやの幽霊だ。幽霊に生まれたてという概念があるかどうかは置いておいて。
「たっちさん」
軽く声をかけても応答が無かったのでモモンガはもう一度大きな声をかけてみた。周りではやかましい戦闘が続いている。それにかき消される可能性を考えれば最初からそれくらいの大きさで声をかけるべきであった。
怒鳴り声に近いモモンガの声は距離から考えても男に届いたはずだ。けれど男は動かない。
男の足元の体を、数秒前まで男と相対していた黒ずくめの人間がちらりと見て確認し、たったったとどこかに去って行く。モモンガはその人間にちらりと視線をやることすらせず今度は瓦礫を乗り越えて幽霊の至近距離にまで行き、その手を取って耳元で叫んだ。
「たっちさん!」
「うわっ!?」
びく!と男の体が動く。端正な顔に意識が戻り、ぼうっとしていた表情からはっきりした表情に切り替わった。
男の顔は反射的に自分に声をかけた者の方に向いた。即ちモモンガの顔だ。男は真正面からモモンガの顔を見て、その口をぱかりと開けた。驚きの表情というやつだ。
「たっちさん、俺です。モモンガです。わかります?」
「え、あ、うん。わか……え、俺は今どうなって…?」
死んだばかりなのだ。気が動転するのも無理は無いだろう。きょろきょろと辺りを見回し、自分の状況に首を傾げる。けれどすぐにその目が足元で倒れ付す自分の体を見つけた。
「っ!?」
びくり、と男の体が震える。本能的にそれが自分の体だと理解したのだろう。目を見開いて死体を凝視する男に、モモンガは今度はそっと手を添えてゆっくり声をかけた。
「たっちさん、あなたは死にました。わかります?死んでるんです」
「死んで…やっぱり、これ、俺か」
すいと男が腰を落として死体の胸元に手を伸ばす。制服のジャケットを開きたいらしい。だが幽体故かどうしてもすり抜けてしまう。見かねたモモンガは男の代わりに死体に手を伸ばし、ジャケットの内ポケットから警察証を取り出した。開いた中に、幽霊となった男の端正な顔がある。
「俺だ…」
「そうです」
「死んでる…俺は死んでる…じゃああなたは死に神なのか?」
くるりと振り返った男が少し首を傾げながらモモンガに問うた。仕方ないだろう。死んで骸骨の顔をした何かに出会ったら死に神と想像するのは死に神の概念を持つ者の定めだ。
けれどもう何回もかつての仲間に「死に神?」と言われているモモンガは若干ウンザリしたような溜息を吐きつつ首を横に振った。
「いやだからモモンガなんですって。説明しますとですね…」
モモンガは骸骨の顔をかりかりかきつつ、喧噪の中もう八度目になる説明を男に語った。即ち自分はユグドラシル終了と同時に異世界に転移した、そこで元気にやっている、そこには男が創造したNPCがいる、世界の状況は大体中世くらいで自然がいっぱいでこことは大違い、そんなことである。
暢気な説明に反して辺り一帯では悲鳴と怒号と断続的な爆発音が響いている。そんな中でもモモンガが動じずに説明できたのは彼にとってこのような戦いはここ数ヶ月で慣れたものだったからであり、男が動じずに説明を聞けたのは死んだがために現実が酷く遠いものに感じられたからだった。一人のアンデッドと一人の幽霊は飛び交う銃弾が体を通り抜けるのも気にせずに話し続けた。ちなみにリュウズは近くの瓦礫の上に寝転がって二人の会話をじっと聞いている。
「―――というわけで、俺は今皆の所に行ってこっちに来ないかって誘ってる所なんです」
モモンガがそう言って説明をしめくくると、まるで物語のような話をされた男は呆けかけた表情で「はぁ」と相づちを打った。
「なんだか壮大な物語ですね…」
「事実なんですけどねコレ。で、どうですか。ここで死んでどことも知れぬどこかへ行くか、それとも俺と仲間と一緒に異形の身になってこっちに来るか。どうしますか。というか、一緒に来ませんか」
モモンガの問いに、男は呆けた表情を終い少し考え込む。数分も黙って考え込んだ後、彼は一転して寂しげな笑みを浮かべて答えた。
「お誘いは嬉しいんですけど、申し訳ない。行けません」
男の答えを聞いた瞬間、モモンガの眼窩の炎がふらっと揺れた。まるで涙で目が潤んだかのように。
「……それは、ご家族がここに居るからですか」
絞り出した、という表現が相応しい声がモモンガの口から紡がれる。詰まって苦しむ喉も、熱くなる目元も、痛む胸もないというのに、彼の声には苦しさがあった。けれど同時に少なからぬ諦めの色もあった。彼は問いかける前からわかっていたのだ。この男にはたぶん断られるだろうなぁと。だって彼には鈴木悟が手に入れられなかったリアルでの幸せを掴んでいたから。彼にはリアルに帰る明確な理由があったから。
けれど、それでも真摯に真剣に誘いたい程、モモンガにとって目の前の男は大切な友であった。だから誘ったのだ。断られることで痛みを覚えるとわかっていても、モモンガにははじめから誘わないという選択肢は存在しなかった。
男はモモンガの内心をわかっているのだろう。申し訳ない、ともう一度呟き、小さく「うん」と頷いた。
「妻は暫く前に亡くなったけど、娘がまだ生きてるからね…せめて、娘が死ぬ時までは一緒に居てあげたいなって」
何も為せなかった。何も残せなかった。ならばせめて娘だけでも見守りたい。
父親の顔をしてそう言った彼に、モモンガがかけられる言葉はない。彼は子どもを持ったことがない。父親になったことがない。だから男の内心も、適切な答えも、わからないのだ。だから彼には沈黙するしかなかった。
けれど沈黙を選択せざるをえなかったのはモモンガだけらしい。
「ちょっといいかしら」
しんみりした会話に別の声が割り込んできた。声の主はモモンガの後ろでじっと話を聞いていたリュウズだ。モモンガが振り返り、男はモモンガの後ろをのぞき込むようにして瓦礫の上にいる大きな異形を見、目を丸くした。
「
「正確に言うと
「今、その方、娘さんの側に居たいって言ったわね」
白い指先が男をついっと指さす。人差し指を向けられた男はためらいがちにこくりと頷いた。
「そうですが」
「会えないわよ。どう頑張っても、娘さんに会いに行く前にあなたは消滅する」
リュウズはすっぱりと言い切った。その言葉に男の目が丸くなり、モモンガの口がぱかっと開く。
「何故言い切れるんですか」
モモンガの問いに、リュウズはさらりと言い切った。
「だってこの人厳密には幽霊じゃないもの。幽霊になれるほど、あなたの魂はもう強くない」
リュウズは答えつつ視線を幽霊の男の足元をに向けた。釣られて男とアインズが見た先には、大きなヒビがあった。まるで陶器に入ったヒビのような、大きなヒビが。
「なんっ!?」
「そのヒビね、魂が壊れかけってことを示してるのよ。
何があったかは知らない。けど、これだけは言い切れる。この人絶望しかけてる。だから魂が壊れかけているのよ。もしかして娘さんも不治の病とかになっているんじゃない?お先真っ暗とか思ってるんじゃない?」
オパールの目が光を揺らしてじいと男の顔を見る。幽霊の身であるから血などないはずなのに、彼の顔は一瞬で白くなった。
図星、という言葉がモモンガとリュウズの脳に過ぎった。同時にぱきりという渇いた音がして、男の体に入るヒビが大きくなる。音も無く崩れ落ちた男に、モモンガは驚きの目を向けることしかできなかった。
「奥さんを亡くした。娘さんも長くない。警察官なんてやってたんだからあなたは富裕層ね。でも見たところ富を貪る搾取者ではないご様子。てことは搾取する側と搾取される側の板挟みに遭った方ね。お可哀想に。
そんな方であればこの腐った世界に希望なんて見いだせないでしょう。そんなあなたにとってきっとご家族は唯一の生きる希望だった。けれどもうそれも長くない。だからあなたにこの世に残る理由なんてほんとはもう無いのよ。
なのにあなたはここに残りたいと言う。娘さんを見守りたいという気持ちが嘘だとは言わないけど、それは最大の理由ではないわ。だったら今のあなたの魂にそんな大きな
つうっとオパールの目が細められる。まるでかわいそうなものでも見たかのように。まるで不快なものでも見たかのように。
「あなたは立ち上がるのをやめている。行動することを諦めている。だから残りたいなんて言葉が出たのよ」
リュウズはその目をついと動かし、固まっているモモンガをじいと見つめ、言い切った。
「彼が自分で立ち上がらない限り、彼を連れてはいけないわ。彼は何にもなれないわ」
モモンガは手を伸ばせる。リュウズはその手が届くように長くできる。けれど、その手を取らせることはできない。手を取るか取らないか決めて行動できるのは、当人だけなのだから。
モモンガによる説得ロール、1d100で50以下で成功、51以上で失敗
名無しの誰か 63 失敗
名無しの誰か 34 成功
成功5、失敗2
たっち・みー 友情補正で+30 87 失敗
タブラ・スマラグディナのクリティカル報酬を使用し、再ロールします。
+30補正で失敗されるとおへびさん困っちゃうYO。