タブラ・スマラグディナのクリティカル報酬を使用しての再ロール
たっち・みー 友情補正で+30 98 ファンブル
モモンガが壊れかけの手首を掴み、引き上げて抱きかかえる。モモンガではなく鈴木悟であったら間違いなく不可能な動きだ。急激な動きと視界の変化に対応できず、うわっという小さな声がたっちの口から僅かに漏れた。
そのままモモンガが瓦礫の上に寝そべるリュウズの方に歩み寄ると、彼女はもう一つ溜息を吐いて「しょうがないなぁ」と呟き、羽ばたいて空中に浮かび上がるとモモンガの体を掴んで上昇した。瞬く間にいくつもの階をすり抜けて会議場の外に行く。外にはテロ組織のものだろうか、多数の黒いバンが乱雑に止まってバリケードモドキを作り上げていた。警察隊がその外で突入の機を伺っている。
つい数十分前までそちら側の人間だったからだろうか、たっちは複雑そうな目で眼下の緊迫した状況を見つめた。けれど死んでしまった彼には何もできない。たっちは彼を抱えるモモンガの骨の腕の上でぎゅっと手を握り、眼下の抗争から目をそらした。
「たっちさん…」
「いいんです…もう、私は死んでますから」
彼は生者の活動に口を出せる身ではなくなった。だからこそ最後の最後で求めるもののために仲間の緊迫した表情を背にして神と死の支配者を借りて娘に会いに行っているのだ。彼に残された時間はあまりにも少ない。寄り道している暇なんてない。
「娘さんがいる所は病院でいいのよね」
「ええ。病室は―――」
たっちは顔を上げて詳細な病室の位置を伝えた。病室の番号ではなく別棟の何階の右から何番目の窓、と答えたのは彼ができる人間であることの証左かもしれない。彼らは正面玄関から入り面会手続きをして会いに行くわけではないのだ、何号室などと答えても意味が無いのだから。
「わかったわ」
たっちの答えに一つ頷いて了承したリュウズが羽ばたきの間隔を短くして空を飛ぶ。地上を行けば会議場を中心とした混乱も相まって着くのに相当時間がかかっただろうが、空を直線距離で行く彼らには関係のないことだ。
たくさんの車が乱雑に止めてある。外に出ている人もいる。携帯電話で連絡を取ろうとしている人もいれば近くの人と口論のようなことをしている人もいる。全体的にやかましい。だからモモンガもたっちも彼らの上で風に紛らわすようにしてリュウズが呟いた言葉を聞くことができなかった。憐れみの滲む僅かな声を聞き取ることができなかった。
病院に着くと、ここはここで混乱していた。少し考えればわかるだろう。会議場であれだけの爆発があったのだ、そこで発生した怪我人がほぼピストン輸送で運ばれてくることなど想像に難くない。会議場での直接の被害者のみならずその混乱で発生した交通事故の怪我人などもおり、病院は外から見ただけでかなり混乱していることがわかった。
「随分混んでますね」
「テロがあったから仕方ないです」
そんなことを男二人が話す中、ばさりばさりと羽ばたくリュウズは目的の病室を見つけて頭から突っ込んだ。頭から突っ込んでも実体が無いから怪我などしない。彼女の体の下でモモンガとモモンガに抱えられたたっちは反射的に身を固くしたが、そんな彼らもアッサリ壁をすり抜けて病室内にダイレクトお邪魔しますをぶちかました。
「ほい到着」
「うわっぷ」
そのままポイとモモンガを放り出す。骨の身はゴロゴロと床を転がり、さらに廊下の方に壁を越えて転がっていった。少しばかり滑稽な姿だ。部屋の隅にとぐろを巻いて身を落ち着け、転がっていった方を見てくすくす笑っているとモモンガはたっちを抱えたまま壁をすり抜けて帰ってきた。
「ひどいですね」
「サービスしてるんだからこれくらいはご容赦頂きたいわ。それで、ここであってるの?」
リュウズの目が目を回しているたっちに向かう。たっちは少し頭を振って目眩を振り払うとベッドの上を見て頷くと同時にモモンガの腕を振り払ってベッドに駆け寄った。
ベッドの上には小さな人間がいた。大人用のベッドに横たわっているからか余計に体が小さく見える。
たっちはその小さな人間の側に駆け寄った。「お父さんだよ」そんな声が、リュウズと同じく部屋の隅に寄ったモモンガの元にも聞こえてくる。
モモンガはそれを見てしみじみ思った。ああ残念だ、と。
たっち・みーはモモンガの恩人だ。愛する世界で倒れ付して消えかけていた時に、守って手を伸ばしてくれた救世主だ。そんな人間を自分の愛する世界に連れていってまた一緒に居られないのは、正直、ものすごく残念だと思う。
それと同時にモモンガは満足もしていた。傷ついた恩人の、その消滅の間際にでも、彼の望むことができた、恩返しが少しでもできた、よかったなぁ、と。
おそらく娘の名前であろう女性の名前を繰り返すたっちの声を聞きながら、モモンガは小さく息を吐く真似をする。そこに安堵の色をのせるために。
(誘うのは失敗したけど、これでよかったんだ。うん。たっちさんもこれで笑って逝けるだろう)
モモンガは心の底から安堵する。わき上がる満足感と達成感に身を浸す。『困っている人を助けるのは当たり前』。その言葉を胸に生きた男に最後に同じ形で恩返しができた事に、心持ち胸を張りすらした。
それは大きな間違いだというのに。
「―――」
娘の名を呼ぶたっちの声に、すぐに愛情以外の感情が表れた。困惑。焦り。恐怖。悲しみ。瞬く間にマイナスの感情があふれ出し声に満ちた愛情を塗りつぶす。
「なんで、なぜ」
「どうしましたか」
たっちの異変を素早く感じ取り、モモンガはベッドに駆け寄った。眼球の無い骸骨の顔が、そこに横たえられている娘の顔を確認する。奥さんに似たのかあまりたっちには似ていない、おそらくは可愛いのであろう女の子がそこにいた。
おそらくは、という言い方をしたのは、お世辞でも彼女の状態がよいとは言えなかったからだ。青白く荒れた肌。こけかけた頬。髪の代わりに頭部を覆う帽子。伸びた点滴。ベッド用品が明るいもので揃えられた分状態の悪さが引き立つ彼女の、その唇はあまりに青い。
そして、体は眠っていることを差し引いてもおかしいくらい動いていなかった。
「まさか…」
「―――、お父さんだよ、―――!ああ、先生は、ナースコールを、起きてくれ!頼む、―――!」
血を吐くような叫び声とはこのことを言うのだろう。彼はすり抜ける手を何度も娘の肩に伸ばした。だが掴めない。ならばとベッドサイドに取り付けられたナースコールに手を伸ばす。だがすり抜ける。霊体となった彼に、この世界に干渉する術はもう無いのだ。
くそ、ああ、なんで―――そんな言葉とも言えぬ何かが男の口から際限なくこぼれ落ちる。言葉の合間にぱきぱきという音がして、男の体がまるで砂の城のように崩れていく。ぼろぼろと身を崩す中、彼は必死の形相でモモンガに掴みかかった。
「モモンガさん、お願いです、娘を助けてください!」
言われる前にモモンガは思わずと言った様子でナースコールに手を伸ばし骨の指でボタンを押し込んでいた。だが誰かが来る気配はない。何故、と男二人が顔を見合わせる中、リュウズがぽつりと言った。
「テロがあったから皆救急患者の対応で出払っているんじゃないかしら」
非情なことに彼女の言葉は真実だった。ローブの裾をはだけさせてモモンガが駆け込んだナースステーションには人の姿は何もなく、ただナースコールの受信を示すランプの光とブザー音だけがその空間を占領していた。
「そんな」
そう呟いたのは、たっちとモモンガのどちらだったのだろう。二人ともだったかもしれない。
けれど呟いたところで何も変えられはしない。起こってしまったことは、人間には変えようがない。
止まってしまって時間の経った心臓が再び動き出すことはない。
失われた少女の命が、戻ってくることはない。
ぱきり、という音がばきり、という音になる。「たっちさん!」という焦りの中に酷く取り乱した後悔の色滲むモモンガの声が、戻ってきた病室に響く。骨の顔の奥に灯る炎は、娘の体に手を伸ばし、その指先からぼろぼろと崩れ消えていく恩人の手を見た。顔を見た。顔に入った大きなヒビを、見てしまった。
「たっちさん、待って、そんな」
モモンガはたっちの肩を掴んだ。崩壊していく砂の城を、なんとか掴んで形を留めようとするように。
―――絶望を見せつけたかったわけじゃない。最後に少しだけ幸せをあげたかったのに。すぐに崩れ落ちるその顔に、ただどうしようもない諦めの表情じゃなくて、満足で穏やかな表情を浮かべて欲しかっただけなのに。
感情は、言葉は、モモンガの空っぽの頭蓋の中で響くばかり。声にすらならない。感情を選び、言葉を選び、言語として組み立てようと頭のどこかが一生懸命稼働する。けれどそれが満足な結果を生み出しモモンガの口に言葉を載せる前に、
「―――」
モモンガの前で、娘の死に顔を凝視して、男の魂はばきんと割れて、散って消えた。
「どうする?やめる?」
夢破れ愛しい娘の命に触れることすら能わなかった男が消え去って暫く。呆然と立ち尽くすモモンガに、一つの声がかけられた。部屋の隅で待っているリュウズの声だ。
返事は無い。立ち尽くしたままだ。二人ぼっちになった故か、『観察者の目』の効果を遺憾なく発揮して時の止まった空間で、リュウズは何度目かもわからぬ溜息を吐いた。
彼女は知らなかった。たっちと呼ばれる警察官だった男の愛娘がもう死んでいたなんて。けれどなんとなく嫌なことがありそうだなとはわかっていた。だって彼は今までの人生で幸せな男だったらしいのだ。今際の時を過ぎて尚幸せに振り切れすぎていた彼に、その振り切れた分の返済が来ることは、何となく予想がついていた。
だから渋ったのだ。彼女は他人の失意や絶望を笑う趣味はない。絶望で砕け落ちる人間の顔なんて、好き好んで見たいものではない。だからこうなる可能性を考えて、あの場で渋ったのだ。
けれどモモンガは選択した。選択の結果がこうなったのは残念なことだ。けど、それでもこれは彼の選択の結果なのだ。ただ消えるだけだった魂に、ただ消えるだけではなく絶望を叩きつけたのは、彼の選択の結果なのだ。
であれば彼にはそれを受け入れる義務がある。
消えていった魂のその顔に刻まれた絶望を、胸に抱える義務がある。
けれどそれは、先に進む義務と同義ではない。
「どうする?やめる?」
絶望で膝を屈するなら彼女はそれを止めはしない。残念だなとは思うけど、それだけだ。
絶望で立ち止まり、崩れ落ち、その結果賭けている最中の己の命と、今までの交渉で断った二人の仲間の命を消すに任せると言うのなら、それはそれで受け入れる。だってそれはプレイヤーの選択だ。プレイヤーの選択を決定を、ディーラーは、マスターは、邪魔は出来ても止められない。
だから彼女は何度でも問う。答えが出るまで。
「どうする?
無慈悲な問いかも知れない。けれどこの場に来たのはモモンガの意思だ。彼の選択だ。だから、彼女は、問うことを決してやめはしないのだ。彼が答えを出すその時まで。
ダイスの女神は無慈悲に笑う
にしてもここまで無慈悲だとは流石の私も思いませんでした